第2話

 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ…規則正しいアラーム音。

 シュー、シュー、シュー…規則正しい空気の音。

 バタバタバタ、バタバタバタ…定期的に近くにやってきては、何かをやってすぐに去っていく人の足音。


ここでは、すべてにおいて規則正しく時間が動いているようだ。

周りには見慣れない機械がたくさん置いてあって、僕は、たくさんのチューブにつながれている。

初めは、宇宙人にでもさらわれたのかと思ったくらいだ。

自分は何をされているのか、一体どこに来てしまったのか。

「高山さん、お母さんがお見えになりましたよ」

ふいに女性の声がして、しばらく経つと、白い防護服のようなものを着たおふくろが現れた。

「これ着なきゃ駄目だって」僕の顔を見ると、苦笑いしながらそう言った。

そして、僕がしゃべるまもなく頭は痛くないかとか、気持ち悪くはないかとか、何か食べたいものがあるかとか、矢継ぎ早に質問した。

僕は、「うん」とか「いや…」とか究極に短い言葉を発することしか出来なかった。

聞いた話だと、もう一週間が経っていた。

事故ってから、最初の三日間は意識が無く、どうなるか分からない状況だったそうだが、

目覚めてからは幸いにも記憶障害とかはなく、順調に回復しているとのことだった。

一つの懸念材料を残しては……


ここは普通の病室とは違って、集中治療室だから白い服を身にまとわなければいけないらしい。

その集中治療室もあと数日で出られて、普通の病室に移れると聞かされた。

僕にとっては、希望が持てる話だった。

また普通の生活に戻れるのだろうと……

「じゃ、そろそろ帰るね」全身を白で覆われたおふくろが言った。

僕はさっきと同じように、「うん」と答えた。

視界からおふくろが消えるまで見送ってから、僕は天井を見つめた。

つけてもらったFMラジオが、鳴り響いている。

日本人だか外国人だか分からない陽気なDJが、

「今日は真っ青ないい天気。こんな最高な日に聞きたい曲をどんどんリクエストしてくれ」と言っている。

何が最高だよ。と心の中で思った。

することがないので、そのままゆっくり眠りにつく。

目覚めては心の中で何かを思い、眠る。最近は、それの繰り返しだ。

かといって何かしたいなんて、そんな気持ちは全くなかった。

体は全く動かない。

医者の予告どおり、三日経ったら一般病棟に移されることになった。

医者は、しきりに

「若いっていいね。回復が早いからね」と繰り返した。

しかし、まだベッド移動。

ストレッチャーと呼ばれる簡易型ベッドに乗せられて、一般の病室に移送された。

僕にとっては、いいことなんて全くなかった。

ただ、かわいい看護師さんが世話してくれたのが、せめてもの救いか。


一般病棟に移ってから、一週間が過ぎようとしていた。

たまに、奇妙な夢でうなされるくらいで、痛いとか苦しいとかいったことは無かった。

回復している事が分かると、次第に医者の来る回数も減り始め、

どうなっているのかイライラし始めた。

そしてある日の朝、両親と一緒の時に話があるから、診察室まで来て下さい。と言われた。


車イスに乗せられて診察室に着くと、自分の足と思われるレントゲンが張り出されてあった。

「どうですか、よく眠れますか?」集中治療室の医者とは違って、ひどく真面目で話しにくい相手だった。

僕は両親を背にして、

「ええ、まあ……。うなされることもありますけど」と正直に答えた。真面目な医者は、聞いているのか聞いていないのか、チラッと横目でレントゲンを見ると、

「今日は、今後に向けてのお話をしようと思いましてね」と言った。

「まず明日からは、理学療法士の先生と一緒に、リハビリをしてもらいます。出来るだけ、元の状態に近づけないとね」

「近づけるって、もう元の状態には戻れないってことですか?」

「うーん、君次第ですね。まあ、とりあえず明日からのリハビリを頑張って下さい」真面目な医者は、何がおかしいのか苦笑いをするとそう言った。

落ち込んだ。

君次第という言葉が頭にのしかかった。

両親は、特に何を質問するわけでもなかった。

ということは、もう知らされていたのだと思った。

もしかすると、まだ自分の知らないことまで知っているのかもしれない。


リハビリの先生は、佐山という明るくて気さくな先生だった。

年は、三十前半くらいだろうか。

「いやぁ、いつもはジイさんバアさんばっかで、君のような若い人が来ると元気が出るよ」と耳打ちをしてくれた。

しかしその割には、ジイさんバアさんからすごく好かれているようで、

いろんなところで声を掛けられていた。

僕はというと、足に重りをつけたり、訓練用のプールで歩行訓練をしたりした。

そして、次第に退院の目途がつき始めた。

まだ車イスだが、何だか家に帰れることの方が嬉しかった。


一般病棟に移るといろんな連中が見舞いに来た。

高校の男友達はもちろん、学校の先生やバイト先の源さん、その奥さんの文恵さん……一方で、迎えざる客も来た。

僕が起こした交通事故関係者だった。警察、弁護士、加害者

加害者は男性で、親父より少し若いくらいだった。

わき見運転。

ニュースなどで、よく目にする交通事故だ。

一度は逮捕されたが、すぐに釈放された。

逃げることもなく、すぐに救急車を呼んだそうだ。

加害者は、僕の前で土下座をした。

額を床に押し付けて、何度も泣きながら「ごめんなさい」と言っていた。

その行為は、家族が止めに入るまで続いた。

そして、オロオロと立ち上がると、うなだれて病室を出て行った。

僕は、自分の方が悪いことをしているような気持ちになった。

彼女の亜佐美も来た。

「どうしたのー」開口一番、ベッドに横になっている僕に向かって言った。

不安な言葉の割には、どこか好奇心に満ちた声だった。

普通だったら、とんで喜ぶほどの気持ちになるのだろうけど、そんな気持ちにはなれなかった。

彼女の態度が気に障っただけだった。

僕は、何も言わず、じっと彼女を見つめた。

「良仁が死ななくて良かった。あたし、良仁がいなくなったら……」

本当に泣いているのか芝居なのか。

冷めた目で彼女を見ている僕が、ベッドにいた。

それ以来、亜佐美には会っていない。それだけの仲だった。


リハビリが思いのほか順調に進んだのが、せめてもの救いだった。

最初と比べると、自分でも驚くほど身体を動かせるようになった。

ただ、自立歩行は困難だった。

あっけなく、車イスの生活が決定した。

僕は、車イスの生活というものがどういうものか分からなかったので、

肯定でも否定でもないゼロの気持ちだった。

ただ、退院して帰ってきたとき、相棒の赤いマウンテンバイクには乗れないな。と思ったのが悲しかった。

相棒は、幸いと言って良いのか無傷だった。

普通に、いつもの場所に置かれていた。

家族の誰かが持ち帰ったのだろう。

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