第8話

朝帰りは初めてだった。しんと静まりかえった早朝の廊下も初めてだった。

いつもとは違う角度で、日の出したばかりの太陽の光が差し込んでいた。

朝飯まで、まだ時間があったのでベッドに横になることにした。

カーテンを閉めていない窓から陽が差し込んでいた。

鳥のさえずりも窓を閉めているのに聞こえてきた。


特に、いつもと変わらない朝だった。

怒られることもなく、これと言って不機嫌な様子もなく、淡々と朝げは済んでいった。

多少のもどかしさを感じたが、特に何も言い出すこともせず、いつものように大学に向かった。

それから咲希とは、クリスマスも過ごしたし、初詣にも行った。

周りからは何も言われなかったし、言わせなかった。

すべてが満ち足りていた。

気がついたら、季節はいつの間にか年を越して冬が終わりかけていた。

無事、留年もせず上がれそうだということが分かり、

意気揚々と彼女に伝えた。自分のことのように喜んでくれるところを想像しながら。

でも僕は、彼女の反応を見てがっかりした。

「そうなんだ」たった、その一言だけだった。

心ここにあらずといった様子だった。


それから、3日後。

僕は、咲希に呼び出された。なにかが起こりそうだった。

春の風が吹き始めていた。

「いきなり、ごめんね」風で顔にまとわりつく髪をかきわけながら、咲希は言った。

「うん、何だった?」


「私、引越しするんだ。それで中退する。」

グラウンドに向かって、ゆっくり歩きながらそう言った。

最初に引越しを言い始めたのは、お父さんということだった。

家族全員反対したけど、最後は納得したらしい。

やはり、僕に再会したことが引き金になって出した結論が、家族全員すべてから離れて、新しい土地で一からスタートすることだった。

僕は、認めたくなかった。ましてや咲希と別れるなんて。


「私だって嫌。でも……また落ち着いたら連絡するから」

終わっていない。まだ終わっていない。

微かな一筋の淡い光のようだったけど、それだけが唯一の希望だった。

「だから、それまで待ってて」気がついたら、僕たちはグラウンドの真ん中まできていた。

後ろを振り返ると、歩いた跡が地面についていた。


僕の平行に並んだ車輪の跡と、咲希の小さくてかわいらしい靴の跡だった。

それは、長くくっきりとついていて、まるで僕たちが今まで歩んできた足跡のようだった。

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あしあと 春田康吏 @8luta

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