第7話

サッカーを観に行こうよと彼女が言ったのは、夏休みが終わって後期が始まったばかりの頃だった。

フットサルから遠ざかってからサッカーの話をしてなかったし、

まさか一緒に観に行くなんて考えたこともなかった。

思わず、「えっ?マジ?」と言ってしまった。

「だって、私と良ちゃん、サッカー好きじゃん」

「まあ、そうだけど、まさか咲希と行くなんて思ってもみなかったから」

「へへっ、実はチケット二枚あるんだ」

「どうしたの」

「うーん、お父さんからもらった」

「そっか。親父さんがくれたのか」僕がしみじみした顔で言うと、彼女は少し気遣ってか小さな声で、

「うん、二人で行ってきなさいって」と言った。


当日は、咲希が家まで迎えに来てくれて、

彼女が運転する車の助手席で僕はドキドキしていた。

門の前に止まった彼女の車を僕は初めて見た。

かわいらしい、おもちゃ屋で買ったような軽自動車で、色は真っ青だった。

いかにも咲希らしい車だと思った。

僕が先に乗って、車いすは折り畳んで後ろに乗せた。

出発するとき、彼女は玄関の方をちらっと見て誰もいないことを確認すると、アクセルを踏んだ。

「最近、お母さんどう?」

「相変わらずかな」

「そっか」相変わらずとしか言えなかった。咲希のことを話そうとすると怒り出すか、話をそらすかのどちらかだったから。


丸いスタジアムの屋根が見えると、急に彼女が口を開いた。

「私、いつになったら良ちゃんのお母さんに認めてもらえるのかな」独り言のようにも聞こえたし、僕にたずねているようにも聞こえた。

でも、どちらにしたって僕は、この言葉に対して何も返せなかった。

右を見ると、咲希の横顔があって、真っ直ぐ前を見すえるその大きな瞳は、かすかにうるんでいるようだった。

それを見た僕は、思わず「ごめん」と言ってしまった。

「ううん、こっちこそ久しぶりのデートだって言うのに暗い話して」

「そうだね、楽しく行こ」


いつもは、ヨーロッパサッカー中心だったけど、Jリーグ観戦もそれはそれで面白かった。

ちょうど点の取り合いという、分かりやすい攻撃的なゲームだったからかもしれない。

二人とも満足した。


帰る途中、彼女の家に寄っていくことにした。

それは、まずい。と僕は言ったが、今日はいいの。と彼女は言った。


彼女いわく、お父さんは最近、落ち着きがなくフラフラ出歩いて一晩帰ってこないのは、しょっちゅうらしい。

おまけに、お母さんはこんなときだというのに友達と旅行だと言う。

「お母さんもお母さんなら、友達も友達だわ」と咲希は言った。

そういうことで、僕は彼女の家に上がり込んでしまった。

思えば、ここに来たのは、2回目だった。

車いすからソファーに移ると、彼女は隣に座った。

「ふふ、良ちゃんと同じ場所に座ってる」

「え?」

「だって、いつもは良ちゃん、車いすだから。一緒にベンチにだって座ることないし、歩いてるときだって、手もつなげないでしょ」

そう言うと、彼女は僕の手を握った。

すごく温かくて、きれいで落ち着ける手だった。それをもっと感じたくて、僕はぎゅっと握り返した。

それから、僕たちはミックスピーナッツを食べながら、スカパーでサッカー観戦をした。

これだけサッカー好きのカップルというのも珍しいだろう。

どちらのチームのファンというわけでもないのだけど、ゴールが決まったときは拍手をして、すごいプレーが出たときは感嘆の声を上げた。

試合が終わる頃には、0時を回っていた。さっきまで白熱の試合を映していたそのテレビは、ソファーに座っている僕らを映していた。

彼女は黙っていた。そして一言、「良ちゃん……」と言った。

僕は、左を向いて咲希の顔を見た。

その横顔は、すぐ近くにあった。

僕は思わず、そのほおに口づけした。

それから僕は、いや僕たちは、そのままお互いの体を重ね合わせていった。

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