第5話

僕を車イス生活にした加害者だった。

この今から楽しくて興奮する出来事が起ころうとしている中で、

その事実を知っているのは、僕と咲希の父親だけだった。

二人とも何も言葉が出てこなかった。

「どうしたの?」咲希が、ただならぬ気配に気がついて父親に声をかける。

「いや……」父親は、そう言ったきり無言で部屋を出て行ってしまった。

取りに来たはずのメガネを残して。


他の面々も不思議そうな顔をしている。

僕は、いたたまれなくなって一人で帰ることにした。

みんなが、どうした。どうした。と声をかけてくる。

ごめん。僕は、それだけ言い残して車イスをこいだ。


玄関を出てから、咲希だけが出てきた。

他は、試合が気になるようだ。

急変した友達は気になるものの、背に腹は代えられないといったところか。

「どうしたの?なんで?なんで帰っちゃうの?」明らかに動揺していた。矢継ぎ早に質問してくる。

「ちょっと用事、思い出しちゃって」僕は、できるだけ明るく言った。

しかし、言葉の端々に出てくる不安な気持ちは相手に伝わるようだった。

「意味、分かんないけど」

咲希が話している間も、僕は車イスをこいだ。

結局、一つ目の曲がり角を曲がったらついてこなくなった。

それから家に帰ってベッドに寝転がるまでを覚えていない。


頭の中は、ぐるぐる回って、身体の末端から血の気が引いていった。


眠れないかと思いきや、衝撃的なストレスを受けたためか、深く眠れた。

朝、それで疲れが取れれば良いが、一層身体は重くなっていた。

携帯を見ると、マナーモードにしていた画面に着信履歴が5件残っていた。

咲希3件、孝2件。

留守番電話には、咲希の声が録音されていた。

「お父さんから全部聞きました。電話下さい」いつもとは違う、とても冷静で落ち着いた声だった。

咲希のことは、もちろん嫌いじゃない。

でも、付き合っちゃいけない。

人として付き合っちゃいけない関係なんだ。

僕は、そう思った。


同じ内容のメールも入っていたが、無視した。今までの関連する出来事が、脳裏にフラッシュバックした。

事故にあった瞬間、集中治療室に入っていたとき、当時は知らなかった咲希の父親が病室で謝る姿、そして、夜景の見えるところでキスしたこと。


大学は、休んだ。

家族もただならぬ様子に気がついたようだったが、体の調子が悪いとだけ言った。

事故の物理的、精神的ショックから立ち直り始め、少しだけ明るくなり始めていた景色が、

また、もとの色の無い灰色の世界に戻ったような気がした。


咲希とは、それから一週間会わなかった。連絡もしなかった。

もうこのまま関係を自然消滅させようと思った。

孝や他の友人たちとは付き合えるようになったけど、理由(わけ)はあえて言わなかったし、気を使ってるのか聞かれもしなかった。

咲希とはニアミスもあったが、できるだけ会わないように努力していた。

まあもともと、こんな車イスになったら彼女なんてできるはずないから、

いい夢でも見させてもらった。そう思うことにした。

夏が終わろうとしていた。

夏休みは、無駄に過ごした。マンガ読んだり、テレビ見たり、ネットしたり……

こんなに無駄に過ごした夏というのも初めてかもしれない。

後期が始まると、僕は勉強にいそしんだ。今は、「スポーツ科学」

スポーツはできないけど、これを発展・応用させて「障害者スポーツ」の研究をしたいと密かに思っていた。

この密かな思いは、孝にだけは打ち明けていた。


「お前さ、スポ科、やってんだろ。だったらさ、うちのフットサル研究しに来いよ」

学食のコロッケをもぐつかせながら、気軽に提案してきた。

「だってさ……」

「咲希ちゃんだろ。そりゃ、分かる。咲希ちゃんな、辞めちゃったんだよ」

(えっ、辞めた?)僕の心の中に、ざわめきが走った。

そういうことなら咲希に会わずに済む。

単純だが、僕は、行くことにした。

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