第4話

帰りは、孝が気を使ってかよくしゃべった。

孝、僕、咲希の割合で言えば、7:2:1くらいだった。

とても自然な感じで、にこにこしてる女の子だった。

サッカーが好きで、このサークルに入ったらしい。


それから僕は、ボールを蹴ることすら出来ないのに、よく観に行った。

そして、3人でよく話した。

フットサルをたくさん観て分かったことは、サッカーとは全く別物だということ。

決してサッカーの縮小版ではない。

サッカーでは滅多にやらない技術や独特のルールがあるということだ。


しかし3人とも、サッカーから興味を持ち始めたので、国内サッカーのことから本場のヨーロッパサッカーのことまで、いろいろ話した。

最初は控えめだった咲希も、徐々に打ち解けて積極的に話していくようになっていった。


サークルの連中、数人と飯を食べに行った帰りだった。

咲希もいて、帰り道が同じだった僕らは二人で歩いていた。

もう既に人気がないところでは、真っ暗だった。

普通なら男である僕が女の子を送るわけだけど、

どちらが送ってもらっているのか分からないような感じだった。

酒は飲んでいないはずなのに、何だかほろ酔い気分で、黙々と二人で駅まで歩いていった。

向こうの方に、小さな駅の明かりが見え始めた頃、突然、咲希は言った。

「夜景を見に行こうよ」

真っ暗闇での突然の提案に、僕は驚いたが、承諾した。


そこは、僕もよく知っている、街が見渡せる丘公園だった。

いつもならカップルがたくさんいるという話だったが、その日は珍しく、あまり人影は見られなかった。

「自分、結構、ここの夜景好きだよ。大体さ、夜景っていうのは真っ暗なところから見るのがいいんだよ。タワーの最上階から見るってのも悪くはないんだけどさ、やっぱり夜景っていうのは……」

会話の間が嫌いな僕は、いつにも増して饒舌になっていた。


そんなときだった。急に何か柔らかいものが僕の口に、そっとくっついた。

暗闇の中では、一瞬、何が起こったのか分からなかった。

しかし、彼女のそれと分かるまで、それほど時間はかからなかった。

彼女は、そっと離れると言った。

「静かにして」それは、か細くて今にも風に流されてしまいそうな声だった。


それからだった。僕らが付き合うようになったのは。

色が無かった僕の車イス人生に、徐々にカラフルな色がつき始めたような気がした。


いつもは、孝か別の友達と昼食は取るようにしていたが、

たまたま一人で食べていた。

大抵のことは、誰かの介助を借りることなく一人で出来るようになっていた。

ドラマみたいなことはあるものだ。


「ここ、いい?」目の前に、咲希がいた。

「お、いいよ」僕は、それだけしか言えなかった。

学部が全く違う咲希と、構内で会ったのは意外にも初めてだった。

でも、すぐにいつもの調子を取り戻して、いろんな話をした。

二人とも食べ終える頃、咲希は突然言った。

「今度、決勝戦あるじゃん。みんなで、うち、来ない?観戦パーティーしようよ」

欧州のチームのカップ戦の決勝をみんなで観ようということだった。

「うん、行く行く。孝にも言っとくわ」

「じゃ、人数決まったら教えて」


夜も押し迫った頃、僕も含めたフットサル仲間の面々5人は、咲希の家に集まった。

咲希を入れると、男3女3だった。

家族は、両親と一緒に住んでるということだったが、人が家に来るということに対して寛容らしい。

寛容と言っても寛容すぎるだろうと僕は思った。

だけど、一人でサッカー観戦したことはあっても大勢でしたことはなかったので楽しみにしていた。

「テレビ、でかっ!」一同、思ったが最初に口に出して言ったのは、アキラだった。

家の中も車イスで普通に動けるほど広かったが、テレビもでかかった。

これで、心行くまでサッカー中継が楽しめるだろう。


キックオフまで、あと15分。思い思いが、サッカー雑誌を読んだり、お菓子を食べたりくつろいでいた。

家族は別室にいるということだったので、リビングは完全貸し切り状態だった。

そのときは、突然やってきた。人生には、「ま坂」があると聞いたことあるけど、

本当に、まさかだった。

どうして、何の用事があって、咲希の父親が入ってきたのかは分からない。


「あ、お父さん、何?」

「いや、ちょっとメガネがあるかな。と思って」

「あ、ここにありますよ」僕は、サイドテーブルに置いてあった高級そうなメガネを指さしながら振り向いた。


そこにいた男性は、僕の知っている人だった。

よく話したことのある人とか、親しくしているとか、お世話になっているとか、そういうレベルではない人だった。

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