第22話 さようなら
ユーリは、黒助を神社の彼の寝床に帰してやった。少し餌と水をやり、頭をなでてさよならとあいさつをした。
そしてあかりの家に向かったのだった。足が重たい。
もしも彼女が泣いていたら、どう言って慰めればいいのだろうかと、ため息が出る。ミカは、あかりに命の光を預けて、元の世界に帰ることを決めたのだ。
もう少しこの世界に留まってもいいんじゃないかと言ったが、却下されてしまった。小さな光の粒を探し回るのは骨が折れるし、あかりに集まってくるともう分かっているんだから、後でまとめて回収する方が効率がいいとミカは言うのだ。
そして、ここに自分たちが居座って、もしも雷竜がまた仕掛けてきたら、こっちの人たちに迷惑かけるだろうと言い返されてしまった。
あかりの中にある光を回収することも、受け入れてもらえなかった。
「黒助の時は成功したけどね。次も上手くいくかどうかは分からない。というか、多分無理だわー」
「どうしてですか?」
「あかりちゃん自身の命の光と、オレの命の光、仲良し過ぎて引っ付いてるみたいなんだよねぇ」
「は?」
「合体してるんだ。分離は難しいだろうな……」
ミカは腕をさすりながら言った。
雷竜の角で、あかりの頭を触ったときの衝撃を思い出しているようだった。あの時彼は、ひどく驚いて呆然としていた。それは恐らく、今いった事実を雷竜の角が教えてくれたからだったのだろう。
「が、合体って……」
「十数年分、あかりちゃんの寿命が延びるってことだな。多分、他に害はないと思うから、もうそのままでいいんじゃないかな」
「…………いいんですか、それで」
「んじゃさ、無理に取り出して、あかりちゃんに何かあってもいいの?」
「そ、それは……」
「まあ、帰ってから何かいい方法ないか、ゆっくり調べてみるさ」
「……そう、ですね」
「もちろん、あかりちゃんには内緒だぞ」
ミカとの会話を思い出すと、またため息が出て来るユーリだった。なんてついてないんだろうと、切なくなってくるのだ。ぷう子に十年をふいにされ、あかりの中の光は取り出せないなんて。
だったら、あとはどんな小さな光でも、残さず集めなければならないと思う。それにはあかりに任せて、引き寄せてもらうのが、多分一番いい方法なのだろう。今はそれしかできそうにない。
そしてそれは、ここに留まる理由がなくなったということでもあった。
だから、自分もさようならを言いにいかなくてはと、歩みを進めるユーリだった。
*
いつかは帰るんだと思っていた。でも、こんなに突然帰ると言い出すなんて、全く思っていなかった。
「初めはさ、時を超えて飛び散ってたなんて知らなかったから、すぐに戻れると思ってて、いろいろ仕事とか放りっぱなしにしてきたからさ。ずっと何年もここで待ってる訳にはいかないんだ」
「そ、そう…………そうだよね」
あかりは、喉がつまり胸がざわついた。
せっかく友だちになれたのに。これからもっと仲良くなれると思ったのに。一緒に、光を集めていくんだと思っていたのに。
ミカにはミカの事情があるのだと理解できるし、引き止めたくてもそうしないだけの分別だってある。それでも、行かないで欲しいと心の奥で願ってしまうのだ。
「あれ? 寂しがってくれるの? こんなに懐いてくれるなんて、嬉しいなぁ」
「べ、別に! そんなんじゃないから!」
「また、必ず来るよ」
「…………」
「じゃ」
ミカは二カッと笑って、足を窓の外側に降ろし背を向けた。月を見上げてから、少しだけふり返って手を振る。
「え? い、今から帰るの?」
心臓がドキドキとなって、息苦しさを覚える。もう行ってしまうのだろうか。こんなにいきなり行ってしまうのか。
胸がきゅんと苦しい。寂しくて切なくて、あかりは思わずミカの腕を握った。自分の半身がはがされて、持って行かれるような気がした。きゅっと両手でつかんで、彼を見上げていた。
「ミカ……!」
なに? と、ミカはふわりと笑って首をかしげる。
なんと言えばいいのか分からない。行かないで、が言えないでいる。
「……あ、あのさ……く、黒助……」
「そうそう、黒助にはさ、フリーの光って覚えてる? あれを少し入れてやったんだ。だからさ、あかりちゃんと話する時間は残ってると思う。明日にでも会いに行ってあげてよ」
「う……うん。そうする……。あのねミカ、きっときっと、光、取りにきてよね」
「もちろん」
「私の中にある光も、ちゃんと持って行ってね……」
「…………」
ミカはふふっと笑って、すっと空中に飛び出してゆく。バサリと羽ばたいてから、あかりに向き直る。腰に手を当てて、クスリと笑う。
あかりは窓から顔を出して、ミカの姿を目に焼き付けようとしていた。涙がでそうだった。
「そんな顔するなよ。また来るって言ってるのに。永遠の別れじゃないんだけど?」
「で、でも……遠いもん。別の世界なんて、意味分かんないくらい遠いし、会いに行けないし……いつ来るのか分かんないし……」
泣きたくないのに、目が熱くなってくる。
お父さんが仕事でいなくなるって聞いた時より、寂しくてたまらなかった。ミカと過ごした時間なんて、ほんの少しなのに。だけどそれは、とても濃密な時間だったように思う。ミカやユーリと過ごした日々は、あかりの大切で忘れなれない記憶になるだろう。
「……じゃあさ。これあげるよ」
ミカは魔法書のページをめくり、丁寧に一枚ちぎった。そして、あかりにそっと差し出してくる。
「話したいことがあったら、いつでもこの紙に書き込めばいい。そしたら、オレやユーリと文字で会話できるから。えっと、そだな、こっちでいうところの電子メール? チャット? ま、そんな風に使える、と思う」
紙を受け取るあかりの指が震えた。
これがあれば、彼らと繋がっていられるらしい。そう思うと、少しホッとした。使い方は、多分書いてみれば分かるのだろう。紙を胸に押し当ててうなずいた。
でも、決して寂しさが消えるわけでは無いし、顔を合わせて言葉で話す方がいいに決まってるのだ。
『せやからぁ! なんでワシを数に入れへんねん、このクソ魔法使い!』
突然、魔法書の中から、ぷう子のわめき声が聞こえてきた。ミカの手の中で、勝手に魔法書がペラペラとめくれて、ぷう子のページが開いていた。泣き虫の子ドラゴンは、閉じ込められても威勢だけはいい。
『なあ、あかりちゃぁん。ワシともおしゃべりしたいやんなあ?』
「やかましいわ! つーか、お前、そんなちっこい手でペン持てるのかよ! 字書けるのかよ! ほとんどヘビのくせに!」
『意地でも書いたるわい!』
あかりは、二人のやり取りに思わず笑ってしまった。
そして涙がこぼれた。ずっと、このままならいいのにと。でも、彼らは帰ってしまうのだ。
ぷう子ももう承知しているようだし、窓の下、家の前の道には、ユーリも来ていたのだ。少し寂しそうな顔をして。やっぱり、彼らとはもうお別れなのだ。
ユーリはそっと手を振って、笑いかけくれた。
「あかりちゃん」
「ユーリ……ミカを見張っててね。こっちにまたくるの、忘れないように気を付けてあげてね」
「わかったよ。しっかり見張っておく」
うなずき合う二人を見て、ミカが肩をすくめた。
「いやさ、なんで、ユーリに託すの? オレ、そんなに頼りないわけ」
「ちょっとね」
「見損なってもらっちゃ困るね、この偉大なる大魔法使い様を! どんだけ命をぶっ散らかそうとも、オレ様は全然の全然、平気なんだぜ!」
「ぶっ散らかしたこと、反省してないんだ……」
「ミカさんが反省するわけないよ。まったくもう……」
「ぐは!」
ミカはオーバーアクションで傷ついたフリしながら、苦笑するユーリの所に降りていった。
あかりもくすりと笑った。
ヘマをやらかしやすいミカだから、ユーリが見守っていると思えば安心できるというものだ。
「ったく、二人ともオレをなんだと思ってんの?」
ユーリを軽く小突きながらも、ミカは笑っていた。心配してくれる人がいることが、とても嬉しいようだ。
自分のことを心から心配して、無事を祈ってくれたり幸せを願ったりしてくれる人がいるということは、本当にありがたいことだと、あかりは思う。お母さんもおばあちゃんも心配してくれた。ミカもユーリも心配してくれた。きっとそれが愛情や友情なんだと思う。
みんなから優しさを貰ったから、今度は自分も返したい、そう思った。
自分には何もできないけど、ミカもユーリもそれからぷう子も、ずっと元気で暮らしていって欲しい。そして次会うときまでに、彼の命の光をいっぱい集めておいてあげなくちゃと思う。
あかりは、もらった魔法書の一ページを頭の上で振って、わざと思いきり口を開けて笑顔を作る。今はさようならだけど、きっとまた会えるのだから、寂しいのは少しだけだ。
「手紙、書くからね!」
「おう、待ってるぞ」
ミカはユーリの肩を組んで、翼を広げた。そしてゆっくりと、空に登ってゆく。
にっこりと笑う顔は、前に夢にでてきた白いピラピラの天使の衣装を着た彼とおんなじで、優しくてきれいだった。
見た目チャラいけど、剣を振り回したり怖い魔法も使うけど、お調子者で変なヤツだけど、もしかしてもしかすると、本当の本当は天使なのかもしれない。
月の光に、羽ばたく真っ白な翼がキラキラと輝いて、夢みたいにきれいだった。
真っ直ぐに空に登ってゆく二人を、手を振って見送る。月に吸い込まれてゆくように、どんどんと小さくなってゆくキラキラをずっと見つめていた。
――天使のモデルってミカなのかな……。うーん違うか、それじゃ、ミカは大昔から生きてることになっちゃうもんな。きっとミカみたいに翼のある人が、時々こっちの世界にやって来てたんだ……
住む世界は違うけど、別々の世界で生きているけど、それでもどこかで誰もが繋がりあっているんじゃないかなと思うのだった。
小さな点が、月の光の中に消えてしまっても、あかりはずっと空を見つめ続けていた。時々、薄い雲が月の前を流れていく。それをじっと眺めていた。
「ミカは本当に嘘つきだね。私の中にある光、取り出す気無いんでしょう? 持って行くって言わなかったもんね……。ねえ、なんでなのミカ?」
窓枠に肘をついて、月に語りかける。
「また、何かを守ろうとしてるの? それは私……?」
ポロリと涙が頬を流れいった。
次に会ったら、あの優しい嘘つきを問いつめてやろうと、あかりは心に決めた。
了
ミカエルさまがやって来た! 外宮あくと @act-tomiya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます