第21話 私の中の光

 あかりは薄暗い部屋の中、ベッドの上で両足を抱え込んでいた。ムムッと眉をひそめて懸命に考える。

 ミカたちに出会ってすぐの時は、不思議なことだらけで、聞いたことをそのままそういうものかと、とりあえず納得していた。しかし、今いろいろと思い返してみると、おかしなことに気付くのだ。


 自分に命の光が集まって来るのは、光と相性良くてその上、近くに大きな光があるせいだと言われていた。だが光同士が引き合うなら、この部屋にいたような小さな光の粒は、その大きな光に直接集まるはずなのだ。わざわざ自分に集まってくるのは、おかしい。

 と、いうことは……そこまで考えてあかりは顔を上げる。

 少しだけ開けていた窓から、ふわふわと小さな光の粒が入ってきた。部屋を見わたせば、粒は十個程に増えている。やっぱり、ミカの命の光は、あかりに集まってきている。


――そっか、そうだったんだ。……赤ちゃんじゃなくて、私の中に光が隠れてるんだ。だからあの日、ミカは私を見つけて……。私の所にやってきたんだ……。


 ミカが手伝って欲しい、協力して欲しいと言った、本当の内容がやっと分かった気がした。あかりは、自分の中に命の光があるから、ミカが引き寄せられてきたこと、取り戻したいたいけど迷っていただろうことに、やっと気づいた。


――返してあげなきゃ……


 素直にそう思う。

 返したら自分はどうなるんだろうと、怖い気持ちはもちろんある。でも、ミカの命を自分が奪っているようで、申し訳ないような、後ろめたいような気持ちの方が強かった。だから返してあげたい。

 妹の中にあると言われたときは、絶対に渡すものかと思った。黒助がいきなり年老いてしまったのを見た直後だったから、妹もそうなってしまうような気がしたのだ。死んでしまうような気がして、だから守らなきゃと必死になった。


 落ちついて考えれば、そんなことはないと分かる。

 ぷう子が言ったように、黒助は本当はとっくにおじいさん猫のはずだったのだ。たまたま入り込んでしまった、命の光のおかげて若い姿をしていただけで、本来の姿に戻っただけなのだ。黒助自身の命の光が奪われたわけではないのだ。

 だから自分の中に多分あるミカの命の光を取り出しても、いきなりおばあさんになったりはしないはずだ。余分に入っている、ミカの光を取り出すだけなのだから。


――私が怖がると思って、ミカ、黙ってたのかな? 確かに、いきなり初対面で命を返してくれ、なんて言われてたら、絶対逃げて二度と会わなかっただろうしなぁ……


 あかりは、クスッと笑った。あれで、ミカは結構気を使ってくれてたんだなと、嬉しいような気分だった。

 と、コツコツとガラスを叩く音が聞こえた。

 窓を見ると、屋根から垂れた腕が二本、ぶらんぶらんと揺れていた。白い翼も見えている。

 パッとあかりの顔が輝いた。


「ミカ!」


 逆さまになったミカの顔が降りてきた。髪の毛をバサリと垂らして、舌を出して、ベロベロバアなんてやってる。お化けのつもりだろうか。

 思わず真顔で、じっとり見つめてしまうあかりだった。


「…………何やってんの? 全然、面白くないけど」

「うっ! べ、別に笑わせようとか、機嫌とろうとかじゃねえから!」

「……ふうん……」

――そうか、私が落ち込んでるとか、怒ってるとか、思ってたんだ……


 そう思うと急におかしくなってきて、プッと吹き出してしまった。

 チェッと鼻息荒く、ミカはくるりと回転して窓をがらりと開けると、よっこいしょと足をかけてくる。

 当たり前の顔して窓から入ろうとするのは、どう考えてもおかしいぞと苦笑しながらも、ちゃんと靴を脱いでいるので、あかりは通してやることにした。

 どうぞと言うと、いやいや夜だし女の子の部屋だからここでいいと、ミカはそのまま窓枠に座った。片膝を立て、もう片足をあかりのベッドに降ろす。

 月の光がミカの翼を輝かせている。昼間見るより、夜の方がきれいだと思った。

 あかりはベッドの上で体育座りをして、見とれるように彼を見上げた。胸の奥がじんじんした。


「今日ね……お母さんといっぱい話しできたの。ミカのおかげだと思う……。あのね、お母さんがね、ありがとうって言ってくれたの。いつもガミガミ言うばっかりで、いっぱいお手伝いしても当たり前みたいに用事言いつけてたのに……すごく感謝してるよって言って……バカみたい、お母さん泣いちゃうんだもん……」

「君も泣いてるね」

「う、うるさい! バカ!」


 泣いてなんかいない。ただ泣きそうになっているだけなのだ。

 ずっと寂しかった。不安だった。でも、今はもう大丈夫だ。大好きという言葉が、勇気と自信をくれたから。ミカがきっかけをくれたから。

 本当は顔を見て言わなきゃいけないのだけど、少し恥ずかしくて、少し申し訳なくて、頭を上げられなかった。うつむいて、独り言のようにつぶやいた。


「ありがとう、ミカ。それから、ごめんね」

「なんで謝るの?」

「ミカのこと、嫌いって……悪魔って、言っちゃったから……」

「ああ。いいよ、別に。あかりちゃんの嫌いは、好きだって、知ってるから」


 ニヘッと笑われて、頭をなでられて、胸がドキンと鳴った。

 きっとほっぺが赤くなっているに違いない。電気をつけてなくて良かった。


「う、うん。まあ、好きだよ……。ユーリもぷう子も黒助も、大好き。お母さんもお父さんもおばあちゃんも、輝も翼も……みんな大好き」

「翼?」

「妹の名前、私がつけてもいいんだって。だから第一候補『翼』にしようかなって思ってるの」


 あかりは、枕もとに置いていたミカの羽根を手に持った。病院に向かう車の中で、ミカが話しかけてきてくれた時の羽根だ。

 ふわふわ漂っていた光の粒を、羽根でツンと触れると、粒は羽根の周りをまわりだしキラキラと輝いた。とてもきれいだった。


「『翼』は、ミカの翼のことだよ」

「……うえぇぇ? オレを名前のモデルにしちゃっていいの? 嘘つきになっちゃうかもよ?」

「いいよ。きれいだし、優しい嘘つきだから」

「な! はう……うぐっ!」


 ミカは、口を押えてバッと横を向いてしまった。照れているらしい。もう片方の手を止めてくれとブンブン振って、それから魔法書で顔を隠してしまった。

 くすくす笑いながら、あかりは続きを言う。


「だって本当に、ミカって優しいなって思ったんだもん。翼もきれいだし」

「え、あ、翼のことね、ハハハ。うん『翼』ちゃんだもんな」


 なにか、かん違いしたらしい。挙動不審気味にきょろきょろして、あらぬ方向を見てアハハと笑っている。耳が赤い。

 たまたまだけど、さっき赤面させられたお返しはできたみたいだ。


「……だから、返すね。持っていっていいよ。私の中に、ミカの命の光があるんでしょう?」


 きっと、ミカもその話をしに来たのだと思う。

 もう彼を疑ったりはしていない。悪魔だなんて、全然思っていない。ミカは大切な友だちだ。

 ミカを好きになったのは、お互いの中にある命の光が引き合ったせいかもしれないけど、今なら返したってきっとずっと好きなままだと思う。大人と子どもだけど、ミカが合わせてくれてるんだろうけど、全く対等じゃないけど、それでも大好きな大事な友だちなのだ。

 ミカには、少しでも多く命を取り戻して欲しい。命の光を返すことで、少しでもお礼がしたいと思っていた。お母さんと仲直りをさせてくれたお礼だ。


「やっぱ、気づいちゃったか。さっきは、ちょっと口がすべっちまったもんな……そりゃあ、気付くよな」


 ミカは、頭をポリポリとかいていた。

 黒助のことを内緒にしようとしたミカだから、きっとあかりの中に光があることも秘密にしておくつもりだったのかもしれない。

 それにしても、こそっと抜き取る気だったのだろうか、バレないとでも思ったのだろうかと、少し呆れてしまった。


「うん、あかりちゃんの正解。でも、光は持って行かないよ」

「なんで?」


 何年分あるのか知らないが、まあいいやであきらめていいような量ではないはずだ。黒助と同じか、それ以上。きっと大きな光だと思うのだ。

 不思議そうにミカを見ると、困ったように眉をしかめて、彼は笑う。


「今の時点で、この世界にある光は、小さい粒粒は別として、大体回収できたと思うんだよね。でも、これから時間差で飛んでくる光もあるはずなんだ」

「時間差?」

「そう。黒助やあかりちゃんに入りこんだ光は、過去に向かって飛んだ光だ。未来に向かって飛んだやつは、これからここにやってくる」

「あ、そっか……なるほど」

「その光も、多分あかりちゃんに集まってくる。あ、ほら、噂をすれば……」


 窓からまた、光がふわふわと入ってくるところだった。ミカの前を通りすぎて中に入ってくるのだ。


「ミカに寄っていかなんだね……」

「ああ、ったく。そんなとこに気が付かなくていいのに」


 肩をすくめてミカは笑った。あかりのおでこを指で突いて、女の子は本当に目ざとくてかんが良くて困ると、おどけるのだ。

 そうしているうちに、また粒が部屋に入って来た。この調子で光が集まってくるなら、すぐにこの間の星空のようになるかもしれない。

 そして、やはりミカには寄り付かないのだ。

 今ミカの中にある光より、あかりの中にある光の方が大きいということの証明だ。やっぱりすぐに返さなきゃと、あかりは思った。


「ミカ、今すぐ、持って行って」

「しばらく預けておくよ。これから飛んでくる光が、あかりちゃんを目印にして集まってくるだろうしね。それに、小さな粒の回収もしやすい」


 ミカはバチンとウインクしてみせる。

 命の光は、はじけ飛んだ時を起点に、十数年の過去と未来に向かって幅広く散ってしまったのだ。それは、これから先飛んでくる光も相当量あるということだ。


――そりゃ、一回で回収した方が手間がかからなくていいかもしれないけど……でもなるべく早くミカの中に戻した方がいいんじゃないのかなあ。


 心配に思ってミカを見上げていると、彼は目を細めて静かに微笑んだ。


「たくさん溜まった頃に、また来るよ」

「……また来るって?」

「うん、一旦、元の世界に帰ろうと思ってさ」

「え?! か、帰っちゃうの……?」


 あかりの胸がバクンと跳ねた。

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