䞃぀の尟っぜの空色レシピ

真野絡繰

🐢 。。。。。

「ほえヌ。やっぱ、本人は迫力あるにょ」


 氎族通の爬虫類ブヌス。ガラスケヌスにしがみ぀くようにしお、䞀いち穂ほが蚀った。正確には「本人」ではなく「本物」ず衚珟すべきずころだが、身の呚りのものすべおを擬人化する特性のある䞀穂にずっおはこれが平垞運転だ。


「めっちゃむケメンくんだし、背䞭のギザギザお荷物がかわいいっぎヌ」


 ガラスケヌスの䞭には、カミツキガメの子どもがいる。オスかメスかを刀断できる因子も材料もたったくない状況で「くん」ず断定的に呌んでいるこずにも、ツッコミはいらない。


「ギザギザお荷物っお、もしかしお  甲矅のこずか」

「それそれ、甲矅だヌ。拓たく銬たっぎったら䜕でも知っおるよね。賢いヌ」


 埅おコラ。カメの背䞭にある楕円圢の硬い物䜓は先祖代々の叀来から甲矅ず決たっおおだな、幌皚園児だっお知っおるぐらいの垞識だぞバカにしおんのか――ずいう蚀葉が脳裏によぎっおそのたた喉から出かけたけど、党力で黙っおおく。䜕かに興味をもっお集䞭したずきの䞀穂に日垞的な蚀語は通甚せず、特にこうしお語尟が「にょ」ずか「ぎヌ」などの特殊な掻甚倉化に及んだ堎合には、こちらが発した蚀葉のすべおは空気ず同じ扱いになる、

 ず俺は孊んでいた。


 なぜなら、愛しおいるからだ。その小柄で華奢な姿も性栌も䟡倀芳も色癜の肌も染めおないのに栗色のサラサラ髪もアニメ声でゆっくりず喋るこずも、さたざたな課題や問題を内包した蚀語䜓系を駆䜿するこずたで含めお党郚、

 俺は䞀穂を愛しおいた。


「甲矅くんはあたしの手ずおんなじぐらいだねえ  。生たれたばっかり系の子どもちゃんなのかな かわいいにょヌ」

 小さな手を粟䞀杯広げお、ガラス越しに甲矅に合わせる。䞀芋かよわいけれど、それは魔法䜿いに等しい手だった。


         


「わが石川県が誇る胜登半島くんっおね、カミツキガメが銖を䌞ばした暪顔みたいな圢しおるの。これに牙がギュヌンっお぀いおたらガメラになっお映画に出られたんだけど、惜しかったねヌ」


 口の脇に二本の人差し指を立おお蚀い終えるず、䞀穂は氎色のサむンペンをサラサラずノヌトに走らせる。ものの数秒埌に「できた」ず満足げに枡されたノヌトには、胜登半島の圢がくっきりず描き出されおいた。


「すっげヌ。完璧だ」


 俺はスマホで北陞の地図を開き、䞀穂が曞いた氎色のラむンず芋比べた。ふた぀は、寞分の狂いもなく䞀臎しおいた。


「だっお、䜏んでたんだから。ここだよここ。ここが䞃なな尟お垂。石川県の」


 胜登半島をカミツキガメの暪顔に芋立おるなら、倧きく開けた口の䞋唇あたり。䞀穂はそこに赀いサむンペンで星印を぀けお、「海沿いの、なヌんにもない街。でも、花䞞あげたいぐらい倧奜きな故郷だぜ」ず、倧奜きなキペシロヌみたいな口ぶりで胞を匵った。


「海の街かあ  俺みたいな長野県民からしたら、憧れの堎所だよ」

「行っおみたい」

「うん」

「蚱す。ようこそ、わが街ぞ」


 䞀穂はうれしそうに埮笑み、そしお続ける。


「あのね、あたし本物のカミツキガメが芋おみたい」

「芋たこずないの」

「だっお、䞃尟には棲すんでないから」


 そりゃそうだ。あの獰猛な生物は確か北米倧陞の原産だから、誰かが違法な攟流でもしないかぎり䞃尟垂に生息しおいるはずがない――ず浮かんだ脳内䜜文を電光石火で削陀しお、俺は肯定的か぀前向きに話を進めた。


「  すっごく芋たい」

「芋たい芋たい あたしをカミツキガメに連れおっおヌ」


 こうしお俺は、䞀穂を連れお氎族通に行くこずになったのだった。小孊生を匕率する担任教垫みたいな気分だった。


         


 䞀穂ず最初に䌚ったのがどこだったか、いくら考えおも思い出せない。孊郚は違うけど同じ倧孊ではあるから、友達の友達ずいうのがきっかけだったずか、どこかの飲み䌚で䞀緒になったずか、そんな感じだったず思う。いずれにせよ、海の街で育った女ず山の街で育った男は東京の倧孊で出䌚い、そしお魅ひかれ合った。出䌚いを忘れおしたうほど自然な成り行きだった。


「拓銬っぎ、心肺機胜匷い」


 これは長野県生たれの人間がよく聞かれる質問だが、実際にはほが郜垂䌝説でしかない。高地で生たれ育ったこずず心肺機胜のよさは察偶の関係になく、珟に俺は長距離走が倧の苊手だった。


「それっお、海沿いで育ったら絵がうたくなるか、みたいな質問だず思うな」

「そっか  長野はやたら山が高いノッポくんで、朚もいっぱい生えおお酞玠モリモリだず思っおた」


 䞀穂は芞術孊郚で氎圩を孊び、むラストレヌタヌを目指しおいる。ただ確固ずしおはいないけれど、がんやりずした目暙に掲げおいるのは本の衚玙絵を描くこずだ。い぀だったか、「フランス映画みたいな小説の衚玙を描きたい」ず蚀っおいたのを聞いた蚘憶もある。でもそれは明らかに準備段階ずいうか、珟時点では挠たる願望だずしか思えなかったので、俺は深く掘り䞋げるこずをしなかった。


「た、長野の魅力は自然に満ちおいるずころだし、そこら䞭が山ず森なのも正しいけど」

「ほら」

「どした」

「朚、たくさんあるよね」

「うん。たくさんある」

「やっぱり」

「䜕が」

「森だから酞玠モリモリ」


 埌ろは長く䌞ばしおいるけれど、おでこは半分出しお真っすぐ氎平に切りそろえた前髪。その髪型にベレヌ垜をちょこんず乗せた姿が、たたらなくかわいかった。


「たしかに山だらけではあるけど、人が䜏んでるずころはだいたいスカむツリヌのおっぺんぐらいの暙高なんだよ。せいぜいメヌトルずかだから、そんなに高くないんだ」


 䞀穂は再び氎色のサむンペンを動かし始める。奜きな色は䜕色かず聞くず「ブルヌ系」ず答え、なかでも氎色が「たたんない」ず蚀う。珟実にある色では、よく晎れた日の空の色が䞀番奜きなのだそうだ。


「あの子っお、こんな圢しおたっけ」


 描きたいものがあるず、い぀でも取り出しおペンを走らせるためのノヌト。そこには、本物そっくりのスカむツリヌの姿が描き出されおいた。写真も芋ず、蚘憶力だけで぀くられた本物の芞術だった。


         


「日本海をこっちから流れおくる氎ずこっちから流れおくる氎っお、なんおいう名前だったっけ」


 右から巊、巊から右。人差し指を立おた䞡手を空䞭で亀差させながら、䞀穂が聞いた。ちょっず寄り目みたいになっおいた。


「海流」

「それで、右から来る子はなんおいう名前」


 右からじゃなくお北からずいうべきだから、そこは遠回しに蚂正する。


「北から来る寒流がリマン海流、南から来る暖流が察銬海流」

「それだそれだ。それでね、その冷たい氎ずあったかい氎が石川県の前の海で出䌚うんだよ」

「北の魚ず南の魚も䌚えるね」

「石川県は、北からの子ず南からの子がどっちも食べられおラッキヌ」


 それを蚀うなら石川県民だろうけど、ずりあえずスルヌする。


「じゃ、䞀穂の゜りルフヌドも魚料理なんだ」

「うん、魚」

「どんな料理」

「んずね、ドゞョりの唐揚げ」


 殺すぞ。

 ず蚀いたくなったが、その前に吹き出しおしたう。


「この話の流れで淡氎魚かよ」

「だっお、おいしいんだもん」


 䞀穂ず䞀緒にいるず飜きない理由がこれだった。


「じゃ、拓銬っぎの゜りルフヌド長野バヌゞョンは䜕」

「おやき  かなあ」


 ほんの䞀郚ではあるけれど、長野ず石川は県境を挟んで隣り合っおいる。それでもずいぶん文化が異なっおいお、それは食べ物に぀いおも顕著だった。


「お饅頭みたいなや぀」


 そうそう。倖芋は肉たんに䌌おいお、小麊粉やそば粉で䜜った皮の䞭にいろんな具を入れお楜しむ軜食ね。俺はおばあちゃん子だったから、圌女が䜜っおくれたおやきが倧奜きで――ず、お囜自慢のデフォルトにのっずっお説明した。


「おやきっお、野菜ずか山菜が入っおるむメヌゞでしょ でも、うちのばあちゃんはい぀も俺に甘いのを䜜っおくれたんだよ。゜ラマメを甘く炊いた逡あんの䞭にクルミを぀ぶしたのが入っおお、これがもう絶品でさ  」


 蚀葉にするだけで、懐かしい味が口の䞭に広がる。祖母の優しい笑顔も甊る。特に名前があるわけでもなく、ただ「クルミ逡のおやき」ず呌んでいた玠朎きわたりない田舎のおや぀が、やはり自分の゜りルフヌドかもしれないな――ず再確認したずころで、俺は無意識に地雷を螏んでいた。


「それ、食べたい。䜜っお」

「  え」


 瞬間、背筋に冷たいものが走った。そんなこずは意にも介さず、䞀穂は無邪気そのものの芖線を送り続けおいる。


「甘いの、食べたい」

「いや  」

「クルミのあんこのや぀、食べたい」

「ううう」


「䜜れ。今すぐ」

「それが  」

「  どしたの」

「俺、料理  苊手で」


「うひヌっ」

「ごめん」

「おいうか、拓銬っぎは料理ダメ男おくん」

「もしテストがあったら、確実に赀点取れる自信がある」

「バカ者。なぜそれを今たで黙っおた」


 目぀きが倉わっおいた。それたで芋たこずもない真剣さに。


「だっお  ほら、話す機䌚もなかったし」

「あたしは石川県の女だぞ。加賀前田癟䞇石だぞ。海の幞に山の幞、料理はなんでもござれだ。任せおおきたたえ」


 その日から、䞀穂はスパルタ料理教垫に倉身した。のほほんずしおいたはずの眉がキリリず䞊がり、ベレヌ垜もバンダナに倉曎されおいた。もちろん氎色だった。


「たずは、料理の基本から叩き蟌む。反論は認めない」


 芋事なむラストをサラッず描いおしたう魔法䜿いの手は魚を䞉枚に䞋ろし、さたざたな圢に野菜を切り分けた。そしお完成する料理はかぐわしい銙りで包たれ、玠材の味を壊さない控え目な䞋味さえ満遍なく舌に䌝え、パンチのきいた出汁で食欲を刺激しおきた。圓然、盛り぀けには芞術的才胜がいかんなく発揮されおいた。


「包䞁を前進させない。リンゎを回す」


 俺の料理人修業は、そんな初歩からスタヌトした。ある日には、䞀穂は段ボヌル箱いっぱいの野菜を抱えおきた。


「捚おちゃう野菜、八癟屋さんにもらっおきた。はい、これ切っお緎習」

「ひえヌ」


 でも、そうやっお倧根やカブやニンゞンを切り刻んでいるうち、包䞁の扱いにも慣れおいった。同時に、タマネギは冷やしおから切れば涙が出にくいずか、換気扇の油汚れは重曹で掃陀するずかいう知識も次々ず叩き蟌たれた。そのうち䞻婊になれそうだった。


「ひずり暮らしの料理は䞍経枈だからね。ふたり分なら䞀石二鳥なのだ」

「そりゃそうだけど  」

「拓銬っぎ、いやなの」

「いやいや、いやじゃない」

「どっちだよ」


 この特蚓のおかげで、䜕ヵ月か経った頃にはそこそこの料理が䜜れるようになっおいた。特に、カレヌ、肉じゃが、生姜焌き、ブリの照り焌きずいった定番の家庭料理は、ひずり暮らしの男子倧孊生が䜜るレベルずしおは䞊々だった。そしお䞀穂はい぀も、満面の笑みをもっおおいしそうに食べた。


「あひっ このおひも、ほふほふひおおいひい」

 こら、口にものを入れたたた喋るな。

「うわっち ブリの骚刺さった」

 ちゃんずよけろ。子どもか。

「卵の殻が口でガリガリしたヌ」

 マゞ ごめん、それは俺がミスった――。


 䞋らないゞョヌクを蚀いながら、アパヌトの狭いキッチンで料理を䜜り、い぀も笑い合っお食べた。できあがった料理もおいしいけれど、ふたりが䞀緒だずよりおいしくなった。奇跡みたいな時間だった。


「最初はヘラで抌さえちゃダメだからね」

 お奜み焌きも䜜った。


 ゞュヌッずいう音ずずもに、フラむパンの䞊でこんもりず盛り䞊がったタネが焌けおいく。衚面のずころどころに小さな噎火口ができ、そこから卵やキャベツの甘い匂いが立ちのがっおくる。熱を垯びたラヌドの匂いも錻をくすぐる。そこに焊げた匂いが挂っおきたずころで、やっずひっくり返す。その瞬間の緊匵ず、

 二床目のゞュヌッ ずいう音。


 この音にタむトルを぀けるなら、「幞せの音」だ。凡庞な衚珟ではあるけれど、そもそも真理ずは凡庞のなかに朜んでいるものだから。


 そうやっお実践した䞀぀ひず぀のレシピは、䞀穂の手によっお䞀冊のノヌトにたずめられおいった。矎しいむラスト入りで詳现に解説されたノヌトは「空色レシピ」ず呜名され、圓然のように宝物になった。文字どおり空色の衚玙をしおいお䞀穂のなかでは「氎色」ず「空色」は厳密に区別されおいる、䞃本の尻尟があるカミツキガメがサむンをしおいるむラストが添えられおいた。


「䞀穂が䞃尟出身だから、このカメの尻尟も䞃本なんだ」

「ブヌ」

「え 䞃尟のこずじゃないの」

「䞃尟は合っおるけど、ブブヌ」


「じゃ、䜕が違うんだよ」

「尻尟しっぜじゃなくお、尟おっぜ」

「尟っぜ 尻尟でしょ」

「違う。尟っぜだよ」

「尻尟」

「尟っぜ」


 ――玠盎に埓うしかなかった。


         


「おいしい 拓銬っお、ホント料理䞊手だよね。やっぱり、ひずり暮らしが長いず男の人もこうなるのかなあ」


 ハンバヌグをひず口食べた埌で、恭子きょうこが蚀った。デミグラス゜ヌスを䜿っおアルミホむルで包み焌きにする䜜り方も、空色レシピからのレパヌトリヌだ。


「ハンバヌグはね、切ったずきに湯気がモワヌッず広がるず同時に、肉汁がゞュワヌッずあふれ出おこなきゃダメなの。ポむントはそれだけ」ず、俺に料理を叩き蟌んだスパルタ教垫はい぀も匷調した。この料理が「必殺の断面肉汁ハンバヌグ」ず名づけられおいるこずには、そんな理由がある。


「料理は堎数だからさ。䜕回も䜜っただけだよ」


 俺は䞉十䞀歳になり、恭子ず䞀緒に暮らそうず思っおいた。


「じゃあ、私も頑匵っお経隓しなきゃ」


 䞀穂は倧孊䞉幎のずきにフランスに留孊し、そのたた䜏み着いたような圢で今もリペンに䜏んでいる。い぀の間にか結婚しおいお、い぀の間にか出産もしお、ずきおり子どもの写真を送っおくる。ナナず名づけられた愛くるしい女の子で、圌女は母芪ず同じ前髪ぱっ぀んの髪型をしおいた。


「女ずしおは悔しいけど、降参。䜕を䜜っおも、こんなにおいしいなんお」

「倧したこずないよ。普通の家庭料理だし、絶察に䜜れないものもあるし」

「䜜れないっお、どんなもの」


 近いうちに、この人を郷里に連れおいこうず思う。そしお食べおもらおうず思う。


「うちのばあちゃんが䜜った、クルミ逡のおやき。ほかの人がどう真䌌をしお䜜っおも、同じ味にならないんだ」

「わあ それ、食べおみたい」

「絶察」

「うん。絶察」


 恭子の笑顔にうなずきながら、ハンバヌグを口に入れる。

 そしお、ゆっくりず噛む。

 肉汁があふれおくるのを舌で感じ取っお、今日のはうたく焌けたず思った。


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䞃぀の尟っぜの空色レシピ 真野絡繰 @Mano_Karakuri

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