第3話

 外が暗くなったころ、俺は自室のドアを開けた。正確には俺と菜々の部屋。電気を付けると、二段ベッドの下段に寝間着姿の菜々がいた。寝ているかと思って近づいてみると、ムクリと動いた。

「悪い、起こしたか?」

「ううん、ちょっと前から目が覚めてた。どうしたの?」

「夕飯持ってきた。食べられそうか?」

 本来この部屋で夕飯を取ることは無いけど、今日は別だ。机の上に持ってきた夕飯を置く。

「これって、おじや?」

 菜々が顔をしかめる。やっぱりこんな反応をするか。好き嫌いはほとんど無い菜々だけど、何故かおじやだけは苦手らしく、いつもこんな顔をする。とはいえ病人なのだからこんな物しか食べられないだろう。

「ちゃんと食べろ。栄養とらないと治らないし、少しは何か腹に入れないと薬も飲めないだろう」

「分かってるよ」

 菜々は椅子に腰かけると、スプーンを手に取りおじやを口に運ぶ。一瞬美味しそうな顔をした。が、次の瞬間には眉間にシワを寄せる。何なんだこの百面相は?少なくとも旨いと思って食べている奴の反応じゃないな。

 昔はコイツもおじやが苦手じゃなかったはずなのに。風邪をひいて寝込む度に俺が作ったのを美味しいと言って食べてくれていた。いつから嫌いになったのだろうか?

「そんなに不味いなら残していいぞ。何か他の物を用意するから」

 ついそんな事を言ってしまった。今回は結構自信があったからちょっとショックだけど。

「いい、食べる」

 そう言って菜々はおじやを食べ続ける。やがて 完食した菜々は俺を見て言った。

「ズルイ」

「は?」

 意味が分からない俺を、菜々は恨めしそうに見る。

「兄貴はズルイ。自分だけこんなに美味しい物作れて」

「ちょっと待て。今美味しいって言ったか?お前おじや嫌いじゃなかったのか?」

「いつそんな事言ったの?」

「食べる時いつもしかめっ面してただろ」

「そうだっけ?」

 菜々はちょっと考えたけど、やがて納得したように息を付いた。

「そりゃあそうよ。だってわたしは美味しいおじやなんて作れないんだもん。なのに熱出す度に病人に鞭打つみたいにこんなの持ってこられたら悔しくてしかめっ面にもなるよ」

「は?お前おじや作れないのか?」

「作れないと言うか、作る機会が無い。だっておじやって基本病人食じゃん。風邪ひいた時にしか作らないよ。なのにお父さんもお母さんも兄貴も全然風邪ひかないんだもん」

 確かに、俺も両親も頑丈で、殆ど風邪なんてひかない。ひくとしたら菜々だけど、その時おじやを作るのは当然菜々以外の誰かだ。

「だからいつまでたってもおじやだけは兄貴に勝てないままだもん」

「勝てないって、それ以外はお前の全勝だろう」

「でも何かヤダ」

 とうとうふて腐れてしまった。けどそうか、菜々には料理では敵わないと思っていたけど、おじやなら勝てるのか。

「そう怒るな。一つくらい勝たせたって良いだろ。まあ、進学したら他も追い抜くつもりでいるけどな」

「え、料理学校に行くって決めたの?」

 そう言えば菜々にはちゃんと言ってなかったっけ。決めたと言うか。

「今日合格通知が届いたよ。これで晴れて進学決定だな」

 色々考えたけど、どうやら俺は負けず嫌いだったらしい。このまま妹に勝てないと言うのは我慢ならなかった。もちろんちゃんと料理が好きだというのも理由だけど。

「初めて聞いたよ!」

叫んでから頭を押さえている。病人なのに大声を出すからだ。

「まあそう言うわけだ。そういやお前はどうするんだ?進路の事ちゃんと考えてるのか?」

「あー、聞こえない。病人にそんな事言わないで、頭痛くなる。それにまだ一年生なんだから当分先だって」

 現実逃避をするな。俺だって二年前はそう思っていたけどあっという間だったぞ。菜々は薬を飲み、俺は空になったコップとおじやの入っていた皿をお盆にのせる。

「そうだ兄貴」

 菜々が思い出したように言う。

「風邪治ったらおじやの作り方教えて。負けっぱなしはやっぱり悔しいもん」

 菜々のことだ。教えてしまったらすぐに上達して俺を超えてしまうだろう。だけど。

「風邪がちゃんと治ってからな」

 菜々が上達するのなら、俺も頑張ってその上をいけば良いさ。

お休みと挨拶をし、俺は部屋を出て行った。

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料理の得意な妹に才能の差を見せつけられた兄が唯一勝てるモノ 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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