第2話

「あれ、味付け変えた?いつもより美味しい」

 ある日の夕食、俺が作ったカレーを食べた菜々が早速変化に気づいた。思考錯誤してレシピを考えて作ってみたけど、自分でも良い味を出せたと思っている。

「旨いか?今日はちょっとスパイスにこだわってみたんだ」

「へえー、そうなんだ。レシピ教えてよ」

 反応は上々。俺も機嫌よくレシピを教える。

「今度わたしも作ってみようかな。そうだ、蜂蜜を加えても美味しいかもね」

「蜂蜜?たしかに味がマイルドになって美味しいかもしれないけど、どうだろう」

 気になって後日蜂蜜入りのカレーを作ってみたけど、悔しいことに味は良くなっていた。

「やるじゃん、これならお店にも出せるんじゃないの?」

 最後の一工夫はお前のアイディアだけどな。複雑な面持ちでカレーを食べる。そこでふと菜々が思い出したように言った。

「そういや兄貴、料理の学校行くんだよね」

 カレーを運ぶ手が止まる。俺はいい加減進路を決めなければならない。料理に興味があったから当然その道も視野に入れていたけど。

「まだ決定じゃないよ」

「似合ってると思うけどな。兄貴、昔から料理好きじゃない」

「好きなだけじゃ進路は決められないぞ」

「けど、好きでも無い道に進むよりは良いんじゃないの?」

 そうかもしれない。菜々には勝てないというコンプレックスはあったけど、料理が嫌いな訳じゃない。むしろ何か一品くらい菜々より上を行ってやろうという情熱があった。

「行きなよ、兄貴ならきっと大丈夫だよ」

「菜々、お前…」

 俺はスプーンを置き、そっと菜々の頭に手をおく。そして。

「痛い痛い痛い痛い!」

 思いっきりアイアンクローを喰らわした。

コイツの魂胆は分かっている。俺が視野に入れている料理学校は離れた場所にあり、進学するとなると家を出てアパートを借りることになるだろう。そして今、家では俺と菜々は二人で一つの部屋を使っている。

「俺が出ていけば一人で部屋を使えるとか考えてるんだろ!」

「そりゃあちょっとは考えてるけど、本当に合っていると思うよ。部屋目当てと本気が半々くらいかな。いや、9対1くらいかも」

 絶対9割が部屋目当てだ。ムカついた俺はさらにアイアンクローに力を入れるのだった。


年の瀬が近付いた十二月。学校を出た俺は寒空の下を歩いていた。最近学校では進学組がピリピリしていて、逆に就職が決まった奴は穏やかになっている。高校生でいられるのも後わずかだと思うと、柄にもなく感傷的になってしまう。

 家に帰って、玄関でコートを脱ぐ。最近めっきり寒くなってきたから、健康管理はしっかりしておかないと。手を洗ってうがいをしてから、リビングに足を運ぶ。すると。

(暑っ)

 部屋の中は利き過ぎだと思うくらいに暖房が利いていた。

「おい、ちょっと温度下げて良いか?」

寝転がっていた菜々にそう言ったけど、返事は無い。寝ているのだろうかと思っていると、体を起こしてこっちを見てくる。

「ああ、兄貴……帰ったんだ……おかえり」

 喋りがぎこちない。目が虚ろで、何だか顔が赤い。これは。

「おい、お前熱があるんじゃないか?」

「熱…ううん、寒いくらいだよ…」

「いや、それは熱があるからだって。これで寒いなんておかしい」

 体温計を渡して測ってみると、予想通り三十八度の熱があった。

「この体温ならインフルエンザじゃないな。ただの風邪か?何にせよ部屋に行ってちゃんと布団で寝とけ」

「うーん。でも今日夕飯の当番わたしだよ」

「こんな状態で作れるか。俺が変わるからさっさと寝ろ」

 菜々は渋々リビングを出ていく。まったく、あいつは昔から体が弱いくせに健康に無関心な所があるから困る。

腹を立てながらも、俺は冷蔵庫を開けて中身を確認する。確か今日海老フライを作るとか言っていたな。けど、俺はともかく病人にそんな脂っぽい物は食べさせられない。食べやすい物となると。

「アレを作ってみるか」

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