料理の得意な妹に才能の差を見せつけられた兄が唯一勝てるモノ

無月弟(無月蒼)

第1話

「お前、ほんと料理上手だよな」

 昼休み、教室でいつものように友人と弁当を食べていた俺はそう言われた。

「弁当、いつもお前が作ってるんだろ。ちょっとくれよ」

「ああ、良いぞ」

 友人は玉子焼きに箸を伸ばす。

「やっぱり旨い、さすがだな」

 上機嫌にそう言う。俺も褒められて悪い気はしない。友人は更に箸を伸ばし、今度はヒジキの御浸しを取る。待て、そいつは。

「お、これメッチャ旨めえよ!腕上げたな」

 明らかにさっきよりも反応が良い。だけど、今度は素直に喜べない。何故なら。

「それ作ったの妹だからな」

「本当か?さすが菜々ちゃんだな!」

 俺は複雑な目で友人を見る。コイツは気付いていないだろうけど、妹に負けると言うのは兄貴としてやっぱり悔しかった。


 俺は料理が得意だ。うちは個人経営のレストランをやっていて、ガキの頃から両親から料理を学んできた。

 本職に習った為か、俺の料理の腕はメキメキと上達していった。小学校高学年になる頃には遠足の弁当を自分で用意しては、クラスで料理上手と賞賛されていた。だが、いつからだろう。俺は自分の限界を感じていた。才能の差という物を知ってしまったから。

 家に帰って、リビングの戸を開けた俺の目に、ソファーで寝転がりながら漫画を読む妹の姿が飛び込んでくる。

「あ、兄貴お帰り」

 二つ年下で現在高一の妹、菜々。コイツが俺に才能の差を見せつけた張本人だ。ただいまと挨拶を返して、鞄から弁当箱を取り出す。

「そう言えば、今日友達がお前のヒジキ旨いって言ってたぞ」

 あのヒジキは昨夜菜々が夕飯に作った物の残りを詰めたものだった。何の気なしに言ったのだけど、菜々は漫画を読む手を止める。

「わたしも自信作だったんだよね。ちょっと醤油を変えてみたの」

 菜々は褒められた事に上機嫌だったけど、ふと思い出したように言う。

「兄貴ももう少し舌を鍛えた方が良いんじゃない?味付け変わったのに気づいてなかったでしょ。昨夜食べても何も言ってくれなかったじゃん」

いいや気づいてた。一口食べていつもより甘味がある事に気づいた。気づいて何も言わなかっただけだ。その事を伝えると。

「気付いていたのなら何か言ってよ。良かったのか悪かったのか分からないじゃない」

「心配しなくてもお前の作る飯は上手いよ」

 五月蠅い妹にこれ以上付き合ってはいられない。キッチンに立ち弁当箱を洗う事にする。

 料理で菜々に敵わないと初めて思ったのはいつだっただろう?小さい頃は俺の方が断然上手だったのに。

俺が七歳、菜々が五歳のころ、家で料理をしている俺を見て菜々が言った。

「わたしもやりたい!」

「菜々が?じゃあちょっとだけだぞ」

そう言って任せてみたけど、役には立たなかった。だってフライパンが重すぎて持てなかったのだから。他にも卵を割らせれば殻まみれになるし、包丁を握らせても手付きが危なっかしくて、とても任せておけなかった。

「危ないからお前はじっとしていろと」

「やだ、わたしも作りたい!」

 手を振りながら駄々をこねる。そんな菜々の頭をポンと撫でた。菜々は単純だから、こうやって頭を撫でたら機嫌が良くなるのだ。

「もう少し大きくなったら教えてやるから」

「本当?早く教えて!」

「だから、もう少し大きくなってからだって」

この時言ったのは嘘では無い。菜々は上手くは無いけど料理に興味はある。なら俺が教えてやるべきだと、上から目線で思っていた。

けど、あの頃の俺はまだガキだから気付いていなかったのだ。菜々が料理を出来ないのは、単にまだ小さいからだと言う事に。

いざ料理を教えてみると、驚くほど上達が早かった。最初は俺が教えていたけどすぐにその必要はなくなり、魚の煮付けや豚の生姜焼きを俺より上手く作った時は驚いた。

フライパンも持てなかった菜々が俺より上手いはずは無い。そんなちっぽけなプライドが壊れるのにそう時間は掛からなかった。

菜々が優れていたのは技術面だけでは無い。俺が料理するのを横で見ていた菜々は、自分だったらこうする、こうやったら面白そうだと、様々なアイディアを考えていたのだ。俺が思いつかないような様々なレパートリーに挑戦していき、いくつかは両親の経営するレストランのメニューにも採用された。

このままではいけないと俺も頑張ったけど、差は開く一方。上達したとは思うけど、常にその一歩か二歩くらい先に菜々はいた。

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