カサブタ(後編)



クラスに戻ると、梨花の姿が見えた。

隣には綴がいる。割り込むのも悪いと思い、私は2人の横を通り過ぎた。


「綴と別で帰って来たんだね。」

席に着くと、前の席の琴子が話しかけてきた。琴子は初めの方に友達になったが、最近交流が深くなっていた。



「いつも一緒なわけじゃないよ。」

「そう?どこにいるのかなって思った見ると、大体、綴くんが隣にいるけど。というか綴くんの隣にいる人誰?」

「さっきの授業で同じグループになった子。」

「そうなんだ。でもやっぱ違うよねぇ。」

琴子は、目の前にあった私のタオルで手遊びしながら呟く。


「違うってどういうこと?」

「楽しそうにはしてるけど、やっぱいつも一緒にいるときの感じとは違う。」

「私と?」

「そうだよ。距離感だってそうだし、他の女子には自分から触ったりしないし、とにかくなんかが違う。」


琴子が淡々と続けると、チャイムの音が響いた。

2人お似合いだもん、そう言いながら琴子は前を向いて授業の準備をし始めた。

ふと綴の方を見ると、梨花が手を振って教室に戻って行った。





***





放課後になって、いつも通り綴と特別Aルームでデュオをしていた。

松田の話を切り出そうとしたが、いきなりだと不自然だと思ったので、遠回しに彼女とどう?と聞いてみた。




「ん?別れたよ。」


ーー


私が目を見開かせて驚いていると、綴は笑って続けた。


「何驚いてるの?別に俺大丈夫だよ。というか俺から別れようって言ったんだ。」

「そ、そうなの?なんで?」

「んーー…。まあ色々とね。」

「そ、そっか…。でも綴ならすぐに良い人できるよ。」

「ありがとね。」


私が松田のことで悩んでる時に綴にそんな変化があったとは知らなかった。もっと早く気づけばと後悔もした。

綴は全然気にする素振りはなく平気そうに見えたけど、実際どうだかわからない。

ここから松田の話をするのは気が引けて、結局そこでその話は終わった。




***



それからしばらくたち、私は松田と再び何度か会うようになった。

だけど当たり前に、私の理想の展開にはならなかった。なるはずもない。


あの後松田は丁寧に接してくれた。

くれたというのもおかしいが、普通にギクシャクする前の状態に戻れた。

それもあって、ほんの少し期待はしていた。


しかし少しずつその扱いは雑になった。

面倒になったのか、飽きたのか、他の女にハマりだしたのか。

多分全部だろうけど、期待させるだけ期待させて結局は同じ結末だった。


私が少し深入った話をすると、そのあと電話もメールもすぐ無視された。

松田にとっては面倒くさい話、都合の悪い話なのだろう。

そしてその後”ごめんね”と送るが、それでも返事がこない。

その態度は怒りからきているものだと思っていたが徐々にただの気分だと察した。

隠していたはずの足元を見て行動されたのだ。


最悪だったのが結局理由は傷のことだった。

多分同じ音楽をやる松田にとって、腕のような”見える部分”は重要視するところだったのだろう。


いつも演奏に自信あり気な彼は魅力的だった。両親ともに演奏家なのもあり、小さい頃から楽器に触れていたそうだ。そして、そのプライドの高さは人一倍だった。演奏にもその力強さはにじみ出ていた。

しかしどこかで自分のプライドをコントロールできなくなったんだろう。

もはやただの傲慢な人間になってしまった。


結局松田とは完全に絶縁した。

なんのための和解だったのか、謝罪だったのか。

今思えば気まぐれだろう。

そこから松田の精神状態が危うく不安定だと察しがつくが、あの時の私はそこまで気を配るほど余裕もなかった。





私が呆然と壁を見つめていると、ふとテレビの音が耳に入ってきた。


「カサブタは、菌を侵入させないために守るもの。剥がしては駄目です。剥がしてもカサブタはカサブタになるだけ。そして剥がし続けたら跡が残るから。とにかく剥がしちゃ駄目です。」



ーー私はカサブタを何度も剥がしていたんだと思う。

傷つきたくなくて選んだ答えが、結果、傷つくことになった。

知らずと私は守っていたものを、自分で剥がしていたんだ。

何度も、何度も。

そしてカサブタを重ねては、また剥がして。

結果、私にはもうとることのできない跡ができてしまったんだ。

あのまま松田を無視していれば、松田と縁を切っていれば。

色んなサイクルは周り出さなかったのかも、分からない。








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