カサブタ(前半)


それから何週間か経った。

気持ちは少しづつ、落ち着きを取り戻した。



「ほい」

綴がチョコレートのスティックお菓子を私に渡してきた。

私のお菓子を自分のお菓子のように食べる綴、これも日課である。


だけど綴は私がお菓子をあげるたび、

「おお!良いの!?」と目を輝かせ

初めてお菓子をあげた日と変わらない

「ありがとう!」を私にくれる。


だからこんな風景にも違和感がないのだろう。



「おお~めっちゃ空晴れてる~」

「あ、本当だ」


私と綴はいつも色々な場所でお昼をすませる。

今日は屋上に上がる階段の窓際。

ここは人が全く来ないから完全に二人きりなのだ。


「そういえば私達2人で遊んだことなかったね」

「確かに」

綴と一緒に帰ったり、デュオはしても遊んだことはなかった。


「今度○○パーク行こうよ」

「お、行こう行こう」

「絶対約束だよ。忘れないでよ。行くんだからね。」

「わかってるよ。忘れないよ。」


綴と外で遊ぶとどんな感じなのかな…。

綴とだったら絶対楽しいだろうなと、心を躍らせていると、

バタバタ!と下の階段から上がってくる音が聞こえた。


「あ、ここにいたんだ。やっと見つけた。」

息を切らしながら上がってきたのは同じクラスで学級委員の野村君だった。


「野村君…どうしたの?」

「先生がさっき、今日この後合同授業があるって言ってて…。

お昼早めに切り上げて大ホールに来いって…。」

「え!そうなの?ありがとう野村君。綴急ごう!」


私たちは慌てて大ホールへと向かった。




***




「遅いぞ!お前ら!」

大ホールにつくと、主任が私たちを見るなり説教をしてきた。


「野村、悪かったな。

おい、お前ら2人、早く張り紙のメンバー表を見てそのグループへ行くように」

主任は目の前にある大きなメンバー表のところに、私たちを押し出した。


張り紙を見るとどうやら短期授業のグループらしい。

アンサンブルではなく、交流も含めた一時的な一般授業。

確かに自分のクラスには慣れたが、クラス同士の交流はない。


一学年、五クラス。

基本は自分のクラスでアンサンブルも行われるため、

こういう交流がなければ関わることはないのだろう。

ちょっとした学校行事らしい。


「俺たち、同じだよ。」

綴が私をツンツンと突っつく。


「え?!嘘…!」

「本当ココにあるよ。E番。」

「わ!本当だ!やったやったよー!嬉しいよー!」


私はコ○助並みのテンションでぴょんぴょん飛び跳ねた。

綴が一番一緒にいて落ち着く、これ以上の幸せはない…!!


浮かれてる私を横目に綴は、他のメンバーもチェックしている。

「あ、他は違うクラスの男子と女子一人ずつみたいだね。

でも聞いたことのない名前だ。」

「本当だ!でも私は綴がいればそれでいい!よっしゃー!!」

「落ち着いて。待たせてるから早く行こう」


落ち着いてという綴は、なぜかどこか嬉しそうだった。

私は「そうだろう?そうだろう?嬉しいだろう?」という笑みで綴とグループの名前が書かれた席に向かった。




***




「初めまして。」そこには見慣れたことのない女子がいた。


「私、新井梨花と言います。

どうぞよろしく。

ちなみにピアノやってます。」


「あ、私もピアノです!」


「本当ですか!嬉しい!ピアノやってる友達はまだいなくて。」


新井さんは嬉しそうに微笑む。

良い子そうで良かった。その後続けてお互い自己紹介を済ませた。




「あの、新井さんもう1人は?」

「あ、もう1人はねー…」


ーバタンッ

突然話を遮るように、後ろで鞄を投げ捨てたように置く音が聞こえた。

振り返ると松田がいた。



「あの、元々ホルンをやってる男の子がメンバーだったんだけど。

コンクールの関係で色々あるみたい。

で、コンクールに一緒に参加する人となら組めるらしくてね。

だから少し前にここのグループだけ組み直されたの。」




私の学校は音楽大学附属校。

コンクールとなると優先される。

組み直されてこんな人数が多い中、よりによって松田に変更されたらしい。




「松田幸太、よろしく。サックスやってます。」



ーーー最悪だ。

何でこうなるんだ。

傷も癒えてきたというのに。


綴と梨花は、松田に自己紹介を始めていたが、私はそれを一歩引いて見ていた。




そのまま授業に移った。

授業といっても、初回だからお互い自己紹介して仲を深める内容だった。


「さっきしたよね!」

少し笑いながら梨花が言うと、

「もう一回すれば良いんじゃね?」

と、松田が気だるそうに答えた。


依然として松田は平然だ。

何とも思ってない。

私の事をなかった事にしている。



その後、梨花の提案であだ名でも決めようということになった。

話が入ってこなかった。ひたすら机の模様と向き合っていた。




「ごめん、ちょっとお手洗い。」

私はそう言って、そそくさと席を立った。

一度、気持ちを整理したい。


「帰ってきたら、あだ名つけようね!」

私の背中に向かってそう言う梨花。

優しいんだな…。「ありがとう」と軽く頷き化粧室に向かうそぶりをした。



***



私は大ホールを出て、すぐ横の窓際で座り込んでいた。


(突然、こんなことしたら…。)

松田とのことがあった次の日から、綴に松田の話はしていない。

今の態度で完全に悟られてしまったら、そしたら、傷跡のことも話さなければいけない。

………それは絶対嫌だ。



心は、深く暗い所へ沈んでいくようにとても重かった。

頭の中がぐるぐると高速回転して、気持ち悪い。



松田のことがあって、異常に傷跡を気にするようになった。

万が一、リストバンドを取られても大丈夫なように下に包帯を巻くようになった。

もちろんリストバンドからははみ出ないように。

もし見られたら「火傷です」とも言えるように。




何で、こんな事をしなければならないのだ。


ーー”受け入れられない”

何故それを あいつに刷り込まれなければいけなかったんだ。


気にしなければいいのに、あらがうことができない。

今だに心の奥で「私が原因」と思い、自分を責めてる証拠だ。


好きだった人に”ありのまま”を否定され傷つけられても、結局は自分さえも”ありのまま”を否定し、手放してでも思い描く”愛される道”を選ぶのだ。


隠すのは、この傷跡だけじゃない。

それを許せる自分自身をも隠すのだ。


「許してはいけないのだ。」


この傷は、「もう二度と同じ思いはしたくない」という印になった。


「もう二度とお前は出てくるな」そう言って、この瞬間私は私を突き放した。




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