芽生え
綴と共に過ごす日々が当たり前になってきた頃、私は好きな人ができた。
相手はサックス担当の松田康太。
テストで彼を見かけた時、目があって単純に一目惚れだった。
周りから絶賛される容姿ではないが、私は彼の”何か”に惹かれてた。
「……綴、私ね松田くんのこと好きなんだ。」
私は、売店の自販機でジュースを買う綴に向かって言った。
「うん知ってるよ。」
「え?なんで!?」
「分からないほうがおかしいでしょ…。」
綴は((今更何を))と言わんばかりの顔で、平然としていた。
この頃から綴にとって私は”分かりやすかった”のだと思う。
「そ、そっか。あ…、そういえば綴って彼女いるの?」
実はこういう話はあまりしたことがなかった。
その理由は特にない。
しなかったこともこの時初めて気付いたくらいだ。
「うん。いるよ。」
「えっ?!いるんだ?!いるのに良いの?!」
「何が?」
「いやほら。毎日私たち一緒にいるし…。ご、誤解されたりするんじゃないのかな…。」
「中学から付き合ってたし、大丈夫。それに俺、もう1人中学に親友がいるんだよ。」
(……………?)
それが今の話と関係あるのか?
たまに出る綴の天然?
頭の上に、『?』が浮かぶ私に対して綴は続けた。
「そいつ俺のことすごい理解してくれて。高校でも同じような存在ができると思わなかった。そういう意味でも特別だから、大丈夫だよ。」
「………え。もしかして。私のこと?」
「え、そうだよ。俺だけだった?」
---まさか。
『親友』私もそう思っていた。
しかし、独りよがりだと思ってた。
綴は皆に優しいから。私は最初の方に仲良くなった友達だから。
………でも同じ気持ちだった。
私たちは『親友』なのだ。
綴は彼女ができても私のことは絶対に見捨てない人。
変わらない態度でいてくれる人。
それが確信に変わった。
「見捨てない」
それは、
単に綴が優しいからとか
曖昧さからきてるものではなく
私たちが『親友』だからなのだと。
そして、私もその時決めた。
「どんなことがあっても綴を見捨てない。」
「ずっと大切にしよう」と。
***
「松田くん!待たせてごめん!」
「おー。」
私に軽く手を振る松田くん。
あれからしばらく経って、松田くんとの仲はぐっと縮まっていた。
たまたま同じになった授業で頑張って話しかけたかいがあったものだ。
それから私と松田くんは帰りを共にしたり、デートを重ねていた。
「ねぇ。」
ん?と振り向く私。
その瞬間私は固まった。
松田くんがいきなりキスしてきたのだ。
「こういうことだよ!」
笑いながら私の唇から離れる松田くん。
(どういうこと……?!)
固まる私を見て松田くんは続けた。
「俺たち付き合…、ん?そういえばそれなに?」
期待の言葉を遮り、松田くんは何故今?というタイミングで、
私の左手のリストバンドを指差した。
「あ…これはー。」
「毎日してるね!リストバンド好きなの?俺にも貸してよ!」
「あ、ちょっと待っ…。」
松田くんは私からリストバンドを無理やりとると驚いた。
ーーー私の左手首には大きな傷跡があった。
見るだけで痛々しさが伝わる傷。
これは生まれ持っての傷だった。
原因不明。医者も分からないとのことだ。
しかし私は気にしてなかった。
誰かに指摘されたこともなかったし、周りとも普通に接して、
そんな事が気にならないほど楽しい日々を送っていた。
だから隠しもしなかった。
しかし、それはとあることがきっかけで変わってしまった。
中学に上がって、クラスの男子に突然傷のことを馬鹿にされたのだ。
それは合唱大会の時期。
ピアノが得意な私は演奏を務めた。
その時左手首からチラチラ見えるその傷が、「汚い」「醜い」。
右手首じゃないだけ常時見えないから、それが余計目立つ。
その時1人の男子が言った。
「伴奏変えようぜ」と。
その男子はクラスのボス的存在だった。
その為、誰も反対はしなかった。
私も何も言えなかった。
だけどそれはその男子が怖いという気持ちからじゃない。
ただ単にショックだった。
誰かの一言で、皆が変わる。
「伴奏うまいね」「歌いやすいよ」
そう言ってくれた人たちまで、黙ったまま。
それ以上に、「自分もそう思ってた」とまで言いだす奴もいる。
先生の方向を見ると、サッと目をそらされた。
追いかけて泣いて訴えようとするものの、
「お前は歌も上手いから良いじゃないか。」と言われた。
そういう問題じゃないと思い、「でも…っ」と言うと、
「じゃあ何?
皆が反対してる中、お前の”わがまま”でそれを押し切るってこと?
別に注意してやってもいいよ。
だけどお前そんな事したらいじめられるよ。」と意地悪く言われた。
家に帰り親に話すと、
父は「そんな小さなことで泣くな。世の中にはそんなこと〜。」と世の中論を語られ、
母には「あなたのピアノが下手だから遠回しにそう言ったんじゃないの?」とピアノを否定された。
誰一人、庇ってくれないのだ。
この頃から私の心は少し不安定だった気がする。
それから私は手首に包帯を巻くようにした。
だけど包帯は”気になられてしまう”から、高校に入ってからはリストバンドにした。
ピアノにリストバンドは似合わないため、ピアノを弾く時だけはカーディガンを羽織った。
そんな試行錯誤を重ね隠してきた左腕が、今一番見られたくない人に見られてしまっている。
「まずい」とは思ったけど、何故かどこかで「この人なら理解してくれるであろう」と思っていた。
一緒に帰ったり。デートしたり。
今この瞬間告白されるって時に、
この傷”くらい”で、全て無くなるなんて、そっちの方が考えられない。
むしろ少し心配してくれると思っていた。
事情を説明しようと期待半分顔を上げると、私は目を見開いた。
松田はゴミを見るような目していた。「うわっ」と言わんばかりの引きつった口元。苦い顔をしている。
”俺はこんな女は無理”
言ってないけど伝わってくる。
駅までの帰り道、並んでた肩は消えた。
目の前には急ぎ足で私の前を歩く松田。
「じゃあね」と見て見ないような素ぶりで、自分の帰るホームに向かったていった。
ポツンと置いていかれた私。
松田。絵に描いたようなクズ男だと思った。
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