始まりのデュオ
私達は同じ音楽大学付属高校に通っていた。
私はピアノ。綴はヴァイオリン。
デュオを組んで、放課後は毎日一緒に練習していた。
(※デュオは2人で演奏すること。)
その中でも『特別Aルーム』は私達のお気に入りの練習室だった。
綴はその教室の教卓の上に座ってヴァイオリンを弾く。
私は少し離れた場所でピアノを弾く。
大体夕方四時頃になると夕焼けが差してきて、教室はオレンジ色に輝く。
私の手元の鍵盤もオレンジになる。
綴のヴァイオリンもオレンジがかかり、自然と穏やかな気分になる。
私達は好きな音楽も一緒だった。
だから大体、綴が曲名だけ私に伝えて、ワンツーの合図で始める。
至福の時間だった。
だけどある日を境にデュオの時間は終わってしまった。
それはなんら変わりのない日のことだった。
授業が終わりお昼になって、窓際の席で友人の琴子とお弁当を食べていた。
「ねえ!綴くんのこと好きなの?」
窓から聞こえる穏やかな音楽を遮るように、いきなり琴子が聞いてきた。
「え…好きだよ?」
「じゃあ両思いだね!早く付き合っちゃいなよ!」
「えっ…好きってそういう好きじゃないのだけど…。」
は?と今にも声に出そうな顔で私を見つめる琴子。
確かに綴のことは好きだ。
だけどその『好き』じゃないのだ。
私は綴と出会う前、男性が苦手だった。
初めて綴を見たのは入学式。
なんとなく目線を配った先に綴がいた。
綴の容姿に「どうしてここにモデルの人がいるんだ?」と不思議に思った。
だけど新入生のリボンで同級生と分かって驚いたのをよく覚えている。
クラスは綴と一緒になった。
席も近くて、他の人と変わりない軽い挨拶程度は交わすようになった。
それ以上のことは特になかった。
ある日授業でアンサンブルを組むことになった。
その時たまたま綴と同じグループになった。
他に二人女子、合わせて四人のグループ。
初めは順調に言ったものの段々とグループの仲が悪くなった。
もうピアノを弾いてても楽しくなかった。
楽しくなかったからやめたかった。
多分皆同じだった。
そんなところで波長はあってしまったのであろう。
自然とアンサンブルは解散した。
入学してまだ三か月…。
打たれ弱かった私は、なぜこんな目に合うのだろうと涙が出てきた。
教室の隅で落ち込んでいると綴が目の前に立っていた。
「…………。なんでこうなんだろうね…。」
男性が苦手なはずなのにあまりの悲しさに私は綴に自然と弱音を吐いた。
その弱音は止めたいのに止まらなかった。
声と肩が震えて、うずくまって、涙が出てくる。
そんな自分にハッとして、
”変なこと言ってごめん忘れて”と言った。
その瞬間チャイムが鳴った。
いつもより心に重く響くチャイムの音にまざって綴は言った。
「――演奏は四人じゃなくてもできるよ。」
***
それから綴との時間は増えた。
初めて一緒にデュオをしたのが、特別Aルームだった。
「自己紹介の時、一人一人自分の演奏披露したの覚えてる?」
綴はヴァイオリンケースを開きながら聞いてきた。
「覚えてるよ。最近のことだもん。」
「うまいよね、ピアノ。俺あの時から好きだったんだ。」
「え…。」
「あの自然でしなやかに弾く感じが好きなんだ。」
「あ、ありがとう。」
いきなり好きだと言われたものだから驚いた。
綴はストレートな男なのだ。
一曲一曲、弾き終わるごとに
「うーん。やっぱりいいねえ。」
と綴は私の演奏を褒めてくれる。
優しい瞳が、三日月になる。
私だけに見せてくれる笑顔だった。
そんな綴の笑顔と言葉は私の自信になった。
綴と演奏してるときのピアノが一番楽しい、そう心から思った。
綴と過ごす日々の中で、男性への苦手意識は薄れていった。
***
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