ソウルメイト

秘密 サン

距離

「外見だけじゃダメなのよね。」

昼間の化粧室。

隣の女が友人であろう人物に向かって満足そうに嘆いている。

眉毛が上がり、自慢気。

釣り上がる唇に右手でリップを塗り、困ったような”素ぶり”をしている。


-伝えたいのはそれじゃないだろ…。そう思いながら化粧室を後にする。

あの女が所詮何を言いたいかは察しがつく。

私はああいう女が苦手である。

”女”だからだ。女といっても性別の女ではなく、女という女。

私が女である限り否定できないもの。だけど苦手なのである。


聞きたくなかったと思いながら席に戻ると、

「おかえり。これ来たよ。」

と友人のつづるが私に振り向く。

テーブルには私が席を外している時に置かれたであろう、このカフェ定番の”ザッハトルテ”があった。

待っててくれたんだ、ありがとう。と言いながら私は席に着き、一緒に手を合わせてザッハトルテを食べる。


口に広がるふわっとしたカカオの香り。

上層の濃厚でしっとりとしたチョコレートクリーム。

中層の軽くて甘いチョコクリーム。

その甘さを所々キュッと締める少しほろ苦いビターなスポンジ。

…-絶妙だ。

思わず顔がほころび、さっきのモヤモヤした気持ちのことなど何処かへ吹き飛んでいった。


「美味しいねこれ。」

綴は、フォークで刺したザッハトルテを見て頷きながら、口に運ぶ。

もぐもぐと食べながら、何個でもいける…。と小さく呟く。

『一見クールだけど甘いものが好き』という、ある意味”ギャップ定番”の男である。

顔は日本人離れしていて小顔。

髪色は黒で顔の良さが生かされた自然なヘアスタイル。

足がスラッと長くスタイル抜群。

男女共に認められる容姿。


そんな綴と私はもう8年の中である。


「綴、彼女できた?」

私は食べ終わった皿の上にフォークを置いて、なんとなく気になっていたことを聞いて見た。


「ううん、今はいないんだ。」

「なんで?気になる子がいないの?」綴は軽く頷いた。

「そっか…。でも昔みたいに燃えたぎる恋って中々できないよね。」

そうなのだ。

私も恋人がいないし、どうも恋愛に燃えることができない。


昔は好きな人がくるだけでドキドキしたり、話しかけられただけで嬉しかった。

横顔に見惚れたり、良いことがあったその日は世界が薔薇色に輝いた。

嘘ではなく本当に『薔薇色』なのだ。

空は絵で描いたような空に見えるし、全てが煌めいていた。


辛いことがあっても、『○○くんに会うためにまた頑張ろう!』と生きる活力になった。

そんな少女漫画のような想いを味わっていた。


それなのに今は何だろう……。

この人でいいかと妥協したり、本当に好きか?と付き合ってから悩む。

時に面倒臭くもなって、一緒にいても以前のようなときめきはない。

どちらかというと不安な日々。

景色は何1つ変わらないし、それどころかグレーに見えたりする。

そして、決まって別れた後の景色が何故か輝いていて綺麗だ。


例えるなら昔の恋愛はさっき食べたザッハトルテだ。

濃厚で甘いけど、所々ビターの苦みがきいて、それがやみつきになる。

だけど今の恋愛は食べたいから適当に買った板チョコだ。

食べ終わるまでは、始めと味が変わらない。

『パリッ、パリッ』と一口一口何かを刻んでは、繰り返す。

そして薄っぺらい…。


「…何考えてるの?」

黙々と頭の中で考えていると、最初に頼んだコーヒーを飲みながら綴は不思議そうにしている。

言えるわけもなくとっさに、何でもない。と答えた。

「……前よりちょっとわかりづらくなったね。」

綴はコーヒーを置き、私を見つめた。

「えっ?わかりづらい…?」

「うん。前はもっとわかりやすかったから。」

困る私を見て少し笑う綴。

綴は物凄く鋭い。

だからこそ一番私を理解してくれていて、受け止めてくれてたのかもしれない。


しかし、綴と私は必要以上には踏み込まない。

お互い歩み寄らない。

……会うのも1年に数回。

私としてはもっと踏み込みたい。

だけど踏み切れない自分がいた。

心の何処かで何か閊える気持ちがあったからだ。


テラス席の窓が暗くなってきた。

そろそろ移動しようか。と綴は言って2人でカフェを後にして外に出た。


***


外に出るとまだ少し肌寒かった。

私たちが1年の初めに会うのは四月下旬頃。

だから綴と会う初めの日は大体寒い。

次どこに行く?かは決めずにトコトコ歩く。

大体店を出たら散歩するというのがお決まりなのだ。


「そういえば昔、綴と行こうねって約束した場所覚えてる?三年くらい前の約束だけど。」

「あぁ、覚えてるよ。○○パークでしょ。結局行ってないね。」

「…覚えてたんだね!行こうよ!」

「………うん。」

今まで前を見ていた紬が、少し先のアスファルトに視線をずらした。


思ってない---。

何故、綴は私に少し距離を置くのだろう。

嫌われてるのだろうか。

だけど綴は嫌いな人とは出かけたりしない。

去年の冬頃には「俺どうすればいいかな?」って悩みも相談してくれた。

他にも「連絡がきて嬉しい」「一緒にいて楽しい」とか、恥ずかしくなるくらい真っ直ぐ私のことを見てストレートに伝えてくれる。


そして8年前と変わらないセリフを何度も言ってくれる。

「俺たちって本当に似てるよね―――。」

…私はこの言葉が、心底嬉しくてたまらないのだ。


変わってる私は昔傷つくことが多かった。

当時の私の口癖は、「普通になりたい。」

でも、いつも綴はそんな私を「面白い」と言って笑ってくれた。

それは皮肉でもなんでもない。

”そんな君だからいいんだよ”って言ってくれているような笑顔だった。

そして続けて、「俺たちって似てるんだ」と言ってくれる。

綴の言葉はシンプルだけどものすごく温かい。

その言葉は私を『1人じゃない』と包んでくれているようだった。

そんな私達でも、どこかで何かがズレてしまったのかもしれない…。


黙々と考えていると「あ、見て。」と綴が左斜めを見て言った。

そこには路上でヴァイオリンを弾いてる20代後半くらいの男性がいた。


「うまいね。」

綴は男性を見ながら少し寂しそうに呟く。

「………ねえ、綴はもうやらないの?」

聞くか悩んだけど、恐る恐る綴に聞いて見た。

「やらないよ。もう捨てたから。」

あっさりいう綴に、私はすぐ様”そっか”と返した。


***

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