カサブタ(中編)
ーーもう、戻らなければいけない。
私は大ホールへ足を向けた。
梨花の”おかえり”に”ただいま”と会釈して、席に着くと松田の視線を感じた。私のことをじっと見つめる松田。
意味のない視線に苛立ちを感じ、気づかないふりをした。
しかし、その視線はしばらくの間続いた。
”俺、お前のこと見てるよ”
”心配してるんだよ”
そんな見せかけの下心でできた白々しい視線をひしひしと感じた。
矛盾してて、煮え切らない。
そうしたら相手がどう動くかわかっているような慣れた視線。松田はタチの悪い行動をする人間だと感じた。
そんな状況が続き、気付くと授業は終わった。
早急に大ホールを出ると、梨花が後ろから”おーい”と追いかけてきた。
「どうしたの?」
「あのね、松田くんが呼んでるよ!さっきの席で待ってるから来て欲しいだって。なんか大事な話らしいよ。」
「うん、わかったー。ありがとね。」
梨花に悟られないようにすぐ様返事をして、大ホールへと戻った。
平気な顔をして、内心はただならない恐怖を感じた。
心は、足を進めるたび溶けるように乱れて「これ以上傷つきたくはない」と
叫んでいた。
***
大ホールへ引き返すと、ついさっきの賑やかさは無く、ひっそりとしていた。
シンとした室内の音だけが聞こえ、少し上に視線を移すと携帯を見つめる松田がいた。
トン、トンと席へ向かう階段を登る音が響く。
松田の近くまで行くとやっと目が合った。
小声で”座れば”と言うので、言われるがまま少し距離を開けて椅子に座った。
少しの間沈黙が続き、松田が軽く咳払いをして口を開いた。
「ごめんな。」
思っても見ない耳を疑う発言だった。
「本当ごめん。」
「何がごめんなのか説明して。」
それから次の授業まで松田と話し込んだ。
幸か不幸か、次の授業までは合同授業を早めた分送らせていたから時間があった。
結果として私は松田を許した。
言い分は矛盾してたし、煮え切らない男だと言うことは理解した。
あの慣れたような視線のタチの悪さだって理解してた。
理解してたけど、溺れてしまった。
理由は二つ。
一つは、抱きしめられたときにした松田の香水の匂い。
一緒に笑い、デートして、初めて話した時と同じ匂いだった。
それは弱っていた私の心をすぐ掴み暖めた。
もう一つは、今許すことで楽になるならもう苦しまなくて済むと思った。許せば、戻れる。全ては勘違いであって欲しい。もしかしたら、と言う期待。当時16歳、甘い考えだった。
時に人は、”それは危険”と頭で理解していても手を差し伸べてしまうことがある。
理由は大体同じだろう。
”弱み”に付け込まれた時だ。
ただそれは、普通の弱みではない。
ー危険(リスク)をおかしてでも欲しい。
そうどこかで自分の限界を超えてしまった、特別の弱みである。
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