三章 灰の中で眠る乙女_2
湖面に映り込んだ月が
国王の別荘である
奥行きのある大広間には数えきれない
思い思いに
白を基調に
リーテよりも
熱く王子と見つめ合うリーテに逃げる気配はなく、イザベラは
「……まさか、リーテの
甘く清らかなリーテの美貌に、エリックの
「フリッツ、もういいの? あたしのことは気にしないで、ご
無理を言ってフリッツに
「リーテを追いかけたせいで、大広間に入るのも
入城と同時に、リーテは馬車を飛び出し行方を暗ませた。追ったイザベラとフリッツはリーテを見失い、
挨拶回りは社交の基本。二晩連続で逃げ出したリーテを見張るために参加したイザベラはともかく、フリッツはやるべきことがあるはずだった。
辺りに視線だけを巡らせ、柱の陰に立つフリッツは
「俺も、アシュトリーテと第二王子の
作り笑いをし続けていると、
「見ている限り、両方ともひと目惚れなのにな。
「あたしもそこが気になったけど、言わないの。
「で、その理由を自分で確かめるために、ようやくベラは舞踏会に参加する気になったわけか」
残念そうな
「もしかして
横目にフリッツを
「いいさ。ベラの手助けをすると言ったんだ。俺を
フリッツは
「あ、曲が変わる。踊るのかしら? 人だかりができる前に見張れる場所を取らなきゃ……っ」
勢い込んで柱の陰から飛び出そうとするイザベラを、フリッツは押し
「ベラ、二人を間近に見たいなら、いい方法がある。ほら、手を貸して」
言われるままに、差し出されるフリッツの
「え……? ちょっと、フリッツ。まさか、踊るの?」
「踊りの中心が第二王子の場所だ。そこから踊り手の輪ができて、観衆の
イザベラは落ち着かない胸のざわめきと頰の熱に、
「そ、それはそうだけど……。あたし、あんまり得意じゃな──」
「練習を見る限りそんなことないさ。
小声で言い合う間にも、フリッツはイザベラの手を引いて、踊り手の輪に並んだ。周りが
宮廷楽団が、休む間もなく円舞曲を奏で始める。合わせて、踊り手の輪はリーテとエリックを中心に円を
「ベラ……、
踊り出してから問うフリッツに、イザベラは笑いを
「そんなことないわ。フリッツの言う通り、ここが一番よく見えるもの」
イザベラはフリッツと円舞を踊りながら、リーテへ心配の視線を注いだ。踊る足取りは危なげなく、エリックの足を
イザベラの手を取って踊るフリッツは、横目に踊る進路を
「第二王子はこの三日、
周りに聞こえないよう声を低めるフリッツに、イザベラは
「ど、どういうこと……?
「ベラ、あそこでしかめっ
イザベラがリーテの玉の
自ら名乗らないリーテが、何処の家の娘なのかをエリック自身知らない。
フリッツが教える貴族を確認したイザベラは、
「ようやくこっちを見たな、ベラ。これだけ近くにいるのに、ずっとアシュトリーテの心配ばかりで、全く目が合わなかった」
はにかむように笑うフリッツは、いつも通りの穏やかな優しい眼差しをしていた。けれど普段と
固く
「
自己完結するイザベラの頰に、フリッツの嘆息がかかる。
「近くにいる時くらい、話を聞かせてほしいな。それとも、会話してる
「別にフリッツと話したくないわけじゃ……っ」
知っていると言わんばかりに深められるフリッツの笑みに、イザベラは心中を
「…………っ。も、もうちょっと、リーテたちに近づきましょ……っ」
わけもなく胸の底から
「おい、ベラ。無理に動くと危な……っ」
死角から踏み出した別の踊り手とイザベラがぶつかる寸前、フリッツは強くイザベラの
「ベラ、急にどうしたんだ? この
冷静なフリッツの
「ごめん、その……あ、あの二人が何か話してたみたいだから、気になって」
適当な言い訳を並べるイザベラは、フリッツに強く抱かれた腰が気になって仕方がない。本来の手の位置である
「ここからじゃ声は聞こえないけど、あの二人の表情を見てれば、何を言っているかは想像できそうじゃないか? それに、今は
苦笑交じりに言うフリッツの視線の先では、熱く見つめ合ったまま周りには
「でも、初日から王子と踊ったのに突然逃げ出して、二日目は
確信をもって言い切るイザベラに、フリッツは苦笑を
フリッツも王子に近づこうとするが、気になっているのはイザベラたちだけではない。周囲で踊る者
気を散らす自らを
「今夜で最後なのよ。また見失うわけにはいかないの。気を引き締めなきゃ」
誰と共に入城したかもわからないリーテは、身元がばれていないと同時に、王子であるエリックも
瞳だけを動かして、フリッツはリーテと踊る第二王子に同情の視線を向けた。
「まぁ、ふらっと庭から大広間に現れたアシュトリーテを、ひと目で見つける王子だ。さすがに三回も
リーテとエリックの踊りを見守るだけで、舞踏曲は終わりを
リーテとエリックはと言えば、曲が終わってもなお二人だけの世界に
近くで見張ろうと足を踏み出しかけたイザベラの肩を、
「ちょっと、ベラ。少しはもう一人妹がいること思い出してもいいんじゃない?」
今夜は黄色いドレス姿のヴィヴィは、
改めて妹の姿に
「ちょっと、ベラ。やっぱりもっとどうにかしたほうが良かったんじゃない、そのドレス」
ヴィヴィの苦言にイザベラは自身のドレスを見下ろした。
深緑の布地に
「……しょうがないでしょ。あたしの持ってるドレスはリーテに合わせちゃったんだから。それに、他のドレスの使える所もリーテのドレスに切り張りしたし。これしかなかったのよ」
大きく
「ちょっと、ヴィヴィ。これ、あんたがお
「しょうがないじゃん。こんなみすぼらしいのが姉だなんて、
首飾りを着け正面に
「ほら、あたしに文句言ってるより、早くしないとフリッツ見失うよ」
機先を制されたイザベラは、ヴィヴィの指の先を追って後ろを
イザベラの真後ろには、季節の花を
一歩引いて
「へ……、どういうこと? フリッツいつの間にこんな…………」
「今の間に。あたしとベラが話してる内に、
「隠すって言うか、完全に囲まれてるじゃない。これじゃ声もかけられ──」
「じゃ、ベラ。あたしは話したい人いるからもう行くわ」
片手を挙げるヴィヴィに、イザベラは慌てた。
「ちょっと、ヴィヴィ。待ちなさいよ。あたし一人にな──」
イザベラの制止も聞かず、ヴィヴィは
人々の笑い声と話し声が混じる
「……声、かけたとして、フリッツに聞こえるのかしら?」
三重にフリッツを囲む淑女は、聞こえようと聞こえまいと構わず声を上げていた。
「いったい
「本当。いきなり現れて何さまのつもりかしら? あんな取ってつけたようなドレスを着て」
「どんなに
耳にした名前に、予想外だったイザベラは思考が止まってしまう。
「ん、フリートヘルムって……。踊った相手がって、あれ? もしかして…………、あたし?」
リーテの
「ご覧になって。あのセンスのないドレスの型。柄だけでも安物だとわかるわ」
「見てるこっちが恥ずかしい。スカートもぺちゃんこ。重ねるだけの布地も買えない身分なの?」
「私だったら、あんな格好ではお城にも上れない。まして、フリートヘルムさまと並ぶなんて」
「あら、あれってフリートヘルムさまと
謝りもしない淑女の連れ合いは、片眉を上げてイザベラへ一瞥を投げる。
「わたくし存じてましてよ。去年の舞踏会で見ましたの」
文句を言おうとしていたイザベラは、去年のという言葉に顔を
「ヘングスター
「あぁ、私も覚えてますわ。あら、けれどその婚約者は何処? まさか……」
「まぁ、婚約者を乗り
「あら、もしかしたら婚約を
「そう、そう、私聞きましたの。フェルローレン男爵家の
予想外の単語にイザベラが目を見開くと、聞いたという賛同の声が複数。継子虐めの噂があると聞いてはいたが、まさか広がっているとは思わなかった。
「まぁ、どうしてそんな相手をフリートヘルムさまは──」
「きっとご存じないのよ。婚約者のこともご存じない可能性もあるわ」
「つまり、
「そんなことだから、きっと婚約破棄されたんでしょう」
「虐められる男爵家の継子も
好き勝手な
「あ、ちょっと……」
イザベラの
嫌な空気感は
振り返るフリッツは
「……フリッツなら…………」
理解してくれるのにという泣き言を、イザベラは飲み込んだ。何も
行く先は大広間に面した城の庭園。
「あたしと一緒にいるからって、フリッツまで悪く言われたら嫌だわ」
イザベラは
月明かりに照らされた庭園は、湖から
初夏とは言え、夜風は
「あ、こっちにも。どうして外に人が多いのかしら?」
人目を避けて庭園の
城の
「そうか……。リーテたちを追って野次馬が庭園に出てたのね」
月明かりの中動く
「……おい、そこで何をしているんだ、イザベラ」
「…………っ!」
「くく……っ、毛を逆立てた
背後から聞こえる声を
「クラウス……。驚かさないでよ。何? 今
リーテとエリックに気づかれていないかを
「他人の
「はぁ……っ? そんなわけないでしょ。とんだ思い
「婚約破棄は本当だけど継子虐めに関係ないし、継子虐め自体が
誤解だと説明する間、クラウスは口を
「すごく
噂を広げるだけ広げて、
「甘い
「まぁ、噂話なんてそんなもんでしょうけど……。誰もリーテに会ったことないのに可哀想とか失礼じゃない」
もう一度息を吐いたイザベラは、
「なんだその顔は。もう忘れたのか? お前のハンカチだ。次に会ったら返すと言っただろう」
「あぁ、別に良かったのに。それより、
「もう
「わざわざ戻るなんて、
手を
「本当に淑女の自覚があるのか、お前は。だいたい、
相変わらず失礼な物言いに、イザベラは半眼でクラウスを見上げた。
「うるさいわね。あれはもともと、あたしのドレスじゃないの。いいわよ、ハンカチくらい返さなくても。もう静かにしてて」
「お前のイニシャルが入ったハンカチを、俺に持っておけと言うのか?」
姉妹三人の持ち物が見分けられるよう、ハンカチにはイザベラの
「捨てていいわよ。あげるから、好きに使って」
おざなりに手を振ったイザベラに、クラウスは不服そうに目を
「まさか、イザベラ。お前も第二王子の
「本当にひと言多いわね、クラウス。別にあたしが妃になれるなんて思ってないわよ。あたしはただ、あの子が心配なだけなの……っ」
ひどい邪推に言い返せば、途端にクラウスの目の色が変わった。
「イザベラ、あの謎の美姫を知っているのか?」
「あ……。知ってるって言うか、その…………」
イザベラは答えを迷った。フリッツは上流貴族に身元が割れれば、義父に圧力がかかるだろうと言っている。上流貴族のクラウスにリーテが義妹だと告げていいものか。
適当に
「なんだ、謎の美姫と第二王子の
「違うわよ……っ。あたしはリーテの──」
言いかけて、イザベラは口を引き結ぶ。そろりと目だけを上げて
「……リーテというのは、義妹のことだな。だがそうなると…………。さすがに無理があるだろう。
「うるさいわね。血は
クラウスの
ふと、クラウスはリーテと顔を合わせていないことに気づく。謎の美姫という言葉を使っていないだけで、イザベラはクラウスの疑問を
「謎の美姫が、イザベラの義妹……。そうか、人前に出ないという噂が本当なら、
今さら
「イザベラ、
見下ろしてくるクラウスは、他人に命じ慣れた
「……そんなの、あたしだって知りたいわよ」
そのために来たくもない
「
クラウスの言い返したくなる言葉選びに、イザベラは口を押さえた手に力を込めて
クラウスも気づいたらしく、耳を
「ハンカチは、またの機会にしておこう。──イザベラ、覗き見もほどほどにしておけ。この庭園は湖から
「え、クラウス? ちょっと、このことは秘密に……行っちゃった」
窓から
誰もいなくなった窓辺を見上げ、イザベラはまた一人になったことを実感した。会話することで
大広間からの明かりも届かない庭園の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます