四章 舞踏会は終わっても_3


 数日後、しんしつまどわくうでを突き、イザベラは嘆息を吐いた。

「謝ろうとしたのに、リーテは放っておいてって言うだけだし。ヴィヴィは忙しいからって相手してくれないし。なんか……あたし妹たちにじやけんにされてる?」

 それだけわずらわしいと思われているのだろうかと、イザベラはうなれる。押しつけだと言われないようにと思うほど、リーテにとう会からげ出した理由を聞くこともできずにいた。

 あえて心中を口に出すイザベラは、のうにちらつくかげに目を眇める。

「……フリッツ…………」

 思わずこぼれた名前に、イザベラは長嘆息をはき出した。

「なんでいきなり帰っちゃったんだろ? せっかく来たなら、お茶くらい。その間にちょっとあたしの話聞いてくれても……。うぅん、だめ、だめ。忙しいって言ってたんだから。あたしの勝手で時間取ってほしいなんて、そんなの…………」

 いつもの笑顔が見たかったのに、思い出すのは厳しい面持ちのフリッツばかりで胸が塞ぐ。

 家の用事で嫌なことがあったか。フリッツを怒らせるようなことを自分がしていたのか。どちらにしても嫌だ。イザベラはさわぐ胸を服の上から押さえた。

「だから、今はフリッツのこと考えてもしょうがないでしょ。あの子たちみたいにフリッツがうるさく思ってたにしても、あたしが、変わらなきゃ」

 言ってはみたものの、何もしないままではいられないが、何をすれば改善につながるのか。

「あぁ、もう! いいわ、もう一度話しにいこ。いつまで放っておいてほしいか聞けばいいのよ」

 本人に聞けば一番早いと、イザベラはおうのうつかれて拳を握った。

 善は急げと寝室を出て、使用人にリーテの居所を聞くが、誰も言葉をにごしてはっきりとは答えない。忙しいと言って逃げるように去る者もいる。

「……みんな知らないなんて。リーテ、あたし以外にも放っておいてって言ってるのかしら?」

 ドーンがねらっている今、リーテの所在がわからないのはまずい気がする。

 リーテを案じながら、イザベラは念のため裏門付近や使用人食堂の裏まで足を延ばした。

 べつそうの角をのぞき込めば、髪をまとめもせずもつれさせたままのリーテが地面に座り込んでいる。

「リーテ、こんな所にいたの? いったいいつからそこにいるのよ?」

 思わず問いかけたイザベラに、首をめぐらせたリーテは答えず問いを返した。

「ねぇ、イザベラ。わたしのまえけ、知らない?」

 相変わらず使用人のお仕着せを身に纏うリーテは、言われてみれば前掛けをしていない。

「え、何処かに置き忘れたの? あたしは見てないわよ」

 相変わらず家事にも身が入らないリーテはよごれも少なくなり、ここ数日は気まずさからイザベラもだしなみに口を出してはいなかった。

「あたしが管理してるのはリーテのドレスだけでしょ。なんであたしに聞くのよ?」

「使用人たちが、イザベラの嫌がらせじゃないかって言うから」

 リーテののない声に、イザベラは目をみはって言い返した。

「何よ嫌がらせって。なんであたしがリーテの前掛けるのよ? どうせ使用人の誰かがちがって使ってるんじゃないの? 全員同じもの使ってるんだし」

「でも、前掛け余らないの。わたしのだけないから、盗られたんだって……」

 言われて、イザベラも頷いた。使用人の服は支給品で、必要に応じた数だけを仕立てている。財産管理のいつかんとして、いくつあるかは記録されていた。

「そうね、数が合わないのはおかしいわよね。後は、風に飛ばされたとか……」

 ふと気づいて、イザベラはリーテに弁明を聞かせた。

「言っとくけど、本当にあたしじゃないからね? あたしがやるなら、前掛けだけなんてちゆうはんなことしないわよ。全部かくした上で、リーテのドレス用意しておくんだから」

「うん、イザベラならそうすると思う。……ねぇ、前掛けなくなったから、新しい使用人の服ちょうだい。みんなに配ってない予備の服があるって聞いたの」

「服が必要なら、ドレスを用意してあげるって前から言ってるじゃない」

 言って、イザベラは口うるさかっただろうかと、おのれの言動に不安を募らせる。でもともと言ってみただけのリーテは、不快感を表すようなことはしなかった。

「なくなったの、前掛けだけじゃないんだ。ずっと、少しずつなくなってるの」

「え……? 少しずつって、いつから何がなくなってるの?」

 イザベラは思わぬ言葉にリーテへときよめ、視線を合わせるためしゃがみ込む。

「舞踏会に行ってから、かな。くつしたが片方見当たらないし、さんかくきんもないの。ハンカチもせんたくした後見てないし、いつも顔をいてたぬぐいも……」

 ぼんやりすることの多かったリーテは、最初なくなっていることにも気づかなかったと言う。

「リーテの不注意……、にしてはちょっとおかしいかもね」

 リーテの言い分から察するに、使用人はイザベラが隠していると疑っているらしい。

「……まさか。──ね、ねぇ、リーテ。もしかしてヴィヴィとは仲直り、してない?」

 首をかしげるリーテに、イザベラの中で疑いが強まる。ヴィヴィならやりかねない、と。

「仲直りって……、なんで? わたしけんなんてしてないよ」

 本気で思い当たらないらしいリーテに、イザベラはあつに取られた。

「ちょっと、リーテ。あれだけ口喧嘩しててほうけてたなんてことないでしょ。その、ほら。あたしが自分勝手だとか、うるさいだとか言ってた、あれよ……」

 自分で言っていて情けなくなるイザベラは、が小さくかすれる。

「あれ、口喧嘩なの? 喧嘩、したつもりないけど……」

「リーテにそのつもりがなくても、ヴィヴィはそうじゃないかもしれないでしょ。もしかしたら、物がなくなるのは怒ったヴィヴィの悪戯いたずらかもしれないじゃない」

 イザベラが言い募ると、リーテははっきりと否定した。

「ヴィクトリアは、そんなことしないよ」

 リーテを見れば、空色の大きなひとみが真っぐに見返してきている。

「ヴィクトリアは、イザベラと違ってわたしのために何かするなんてことないよ。嫌がらせだって、隠れてするより目の前でやって、イザベラの反応見て笑うでしょ」

 実の妹のことをリーテにてきされ、イザベラは疑った自分がずかしくなった。

「ん? じゃ、あたしに前掛けのこと聞いたのは、あたしが隠したと本気で思ったってこと?」

 可能性に気づき、イザベラは目をわらせる。リーテはじやのない様子で首を横にった。

「うぅん。でも、使用人たちが絶対そうだって、うるさいから」

 言われるままにイザベラにたずねたのだと、リーテは言って遠くを見る。熱を帯びた視線は、王子を見つめえんおどった夜を思い出させた。

 一度開いた口を閉じて、イザベラは思いとどまる。リーテをただついきゆうしたところで、逃げた理由を口にはしない。あせらず、リーテが本調子になるまで待ってあげるべきだ。

 自分勝手な押しつけでは、フリッツにもあきれられる。

「……リーテ。その、色々強要して、ごめんね。いっぱいがんって、今は休みたい気分なのかしら? それなら、好きなだけ休んでていいわ。なくなった物はあたしがさがす。三角巾ないなら、リボン貸すからかみ結ぶ? じやでしょ。何かまたなくなることがあったら教えるのよ」

 イザベラがうながすと、リーテは一つうなずきを返した。どうやら怒ったり悲しんでいる様子はない。

 ふんしつ物も、ただの置き忘れ。リーテの不調が、紛失に繫がってしまったのだろう。

 そう思っていたイザベラは、続く私物の紛失にとうなんを疑わざるをえなかった。

「どうして……、はだや靴がなくなるって言うのよ…………?」

 なくなるのはリーテの物だけ。明らかに、何者かの故意がからんでいた。








盗難疑惑の真相とは――?!

続きは本編でお楽しみください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いじわる令嬢のゆゆしき事情 灰かぶり姫の初恋/九江桜 角川ビーンズ文庫 @beans

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ