四章 舞踏会は終わっても_2
翌日、イザベラは行く先も決めず外へ出た。別荘にいるリーテから
「あぁ、もう……。情けないなぁ」
イザベラの顔には、くまが浮いていた。昨日のことが頭から
「あたし、それだけ自分勝手だったって、ことよね……」
自分の言葉に、胸の辺りが苦いような、
良かれと思っていた行動が迷惑だと
「結局、リーテにドーンのこと言えなかったし。ヴィヴィと
口から
「もしかして、フリッツ……? でも忙しいって手紙もらったし。まさかドーンが来たんじゃ!」
元婚約者の可能性に気づき、イザベラは総毛立って煉瓦塀の角に消えた
塀に沿って真っ
追うイザベラの足音に気づいたのか、先を歩いていた人物は仕立ての良い
「なんだ……。そんな所にいたのか、イザベラ」
「クラウス! なんでうちにいるのよ?」
「
言って、クラウスはハンカチを取り出すと
「あ……、そう。えぇと、わざわざありがとう」
気の抜けたイザベラの返答に、クラウスは不服気に
「あら、これあたしのハンカチじゃないわよ?」
「血の
意地の悪い
「何よこれ。まるでクラウスからの贈り物みたいじゃない。ハンカチ返すんじゃなかったの?」
ふざけているのかと眉を顰めれば、クラウスは
「お前は俺の予想をことごとく外すな。見ていて
流し目で
「いいものくれて、ありがと。けど、他人を思うとおりになんて動かせるわけないじゃない」
口にした言葉が自身の胸に刺さった。リーテを思い通りにしようと
胸を押さえて
「……ところで、
心中を読んだかのようなクラウスの言葉に、イザベラは顔を上げられずにハンカチを握り
「何があった?
「何よ、その言い方……。別に、何もないわ。ちょっと、その、行き
「その行き違いとやらを話せと言っているんだ。第二王子から逃げ出した謎の美姫が、この屋敷にいるぞと
口を引き結んだイザベラに、クラウスは
「なんでそう
「こんな
上流貴族に出せるだけの物があるのかと、
イザベラは言葉短く、
黙ったままのクラウスを上目に
「様子がおかしいと思えば、そんなことで……」
「そんなこと? そんなことってないでしょ。妹に、
「最初から、お前の思いつきで義妹を舞踏会に送り込んだのだろう? 第二王子に
イザベラは勝手な押しつけ以外何もしていない。リーテが口にした不満に間違いはないだろうと、クラウスは否定を受けつけない強さで言い切った。
「自分の目的のために努力するのは、自由と意志のある人間として当たり前のことだ。お前は当たり前のことしかしていない。舞踏会を
頭の中で言い訳しても、結局はリーテに
押し黙るイザベラに、クラウスは
「相手も感情のある人間だ。それを忘れて文句を言われたからと不満を持つのは、お前が相手の優しさに
「あたし……、あの子に謝ってない…………」
否定の言葉に逃げ出したままで、向き合うことも避けている。ヴィヴィも折々で忠告してくれていた。リーテの不満は、降って湧いたわけではないのだ。
「自分じゃ、色々言っておいて……。文句言われる
イザベラがそろりと視線を上げれば、クラウスは目を
不躾で偉そうなクラウスとの出会いを思い出してみれば、髪が
クラウスは困っている者に手を差し
「フリッツくらい優しく笑ってればまだ……」
想像しようとして、イザベラは似合わなさに笑いを
「何を笑っているんだ?」
「ふふ……。わかりにくい人ね、クラウスって」
「なんだそれは……? ふん、さっきまで死にそうな顔をしておいて」
どんな顔をしていただろう。聞こうとイザベラが顔を上げれば、クラウスは大きく距離を
「クラウス? どうしたのよ?」
問いには答えず、イザベラの顎を指先で
真顔のクラウスに、イザベラはまた
「…………ふっ、くく。お前は本当に──」
鼻が触れそうな距離で見つめ合っていたイザベラに、クラウスは
言葉が続く前に、馬車道のほうから
「……っ、ベラ…………!」
「え……、フリッツ? どうしてここに?」
クラウスの手を解いて首を
イザベラが目を
「ベラ、こんな所で何をしているんだ……っ?」
「……人目を避ける以外の理由がいるか? こんな裏門しかないような小道で」
「ちょっと、クラウス……?」
イザベラとしてはたまたま行き合っただけで、人目を避ける意図などない。否定しようとすると、クラウスは意味ありげに
目顔だけでやり取りするイザベラとクラウスの様子に、フリッツは体の横で
「失礼ですが、あなたのような方がどうしてここにいらっしゃるのですか?」
「くく、イザベラに会いに来たからに決まっているだろう。
横目にイザベラを見て、からかう調子のクラウスに、フリッツは
クラウスを知るらしいフリッツの言葉に、イザベラは言葉を
「……人目を
「ずいぶんな言いようだな。──だが、確かに用は済んだ。今回は
自らも
「イザベラ、また会いにこよう。その時には、
イザベラが答える前に、クラウスはフリッツの横をすり
「ちょっと、クラウス──」
いきなり帰るのかと追おうとしたイザベラの前へ、フリッツは立ち
フリッツ
「行っちゃった……。お礼も言ってないのに」
新品のハンカチにも、
いつもは
イザベラが心配を口にする前に、フリッツは問いを投げた。
「今の方が、どういう人か……知っているのか? 何か、言われたりは?」
「どういう人かって……? あ、また家聞くの忘れてたわ」
フリッツは短く息を吐く。
「フリッツ、やっぱりクラウスと知り合いなの? だったら、教えてくれない?」
「前にも言ったけど、ベラがつき合うべき人じゃない。絶対に、近づかないほうがいい」
低く言い聞かせるようなフリッツの言葉に、イザベラは
「フリッツ、いきなりどうしたの? 忙しくて来られないんじゃなかったの?」
イザベラの言葉に、フリッツは言葉に詰まる。一度口を閉じると、
「……ごめん、ベラ。時間ができたから来たんだけど、
「今さら先触れなんて……。フリッツ、なんだか様子が変よ? 家で、何かあったの?」
家の事情が絡むのではと
目を瞠って動きを止めたイザベラと同じように、フリッツも己の行動に身を硬くしていた。
「フリッツ……? えっと、ごめん。子供
やってしまったと
「ベラ……、ちょっと用事を思い出してしまった。すぐに
「え、もう? お茶くらい飲んで行ったら?」
「ごめん、そんな時間もないんだ。──あのクラウスという人がまた来ることがあったとしても、家に上げちゃいけない。ベラ、どうしてもあの人に会うことがあれば、俺を呼んでくれ」
早口に言い
「フリッツ……。ねぇ、フリッツ。どうしたの…………?」
「本当にごめん、ベラ。急ぐんだ」
言葉つきだけは
「あたし、何かフリッツを
頭を撫でようとしたよりも前から、フリッツの様子はおかしかった。顔は笑っていたけれど、いつもの笑顔とは全く
「……もしかして、ヴィヴィやリーテみたいに、口うるさいと思われた?」
頭をよぎった考えを口にして、イザベラは
「どうしよう……。フリッツにまで
思わず
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます