三章 灰の中で眠る乙女_1



三章 灰の中で眠る乙女



 日がかたむき、窓の外をあかねいろが染める。

 早々ととういたしんしつで、イザベラはふくみ笑いを漏らしていた。

 寝台やついたてにはぎ散らかした衣服が広げられ、しよう部屋への引き戸は開いたまま。机にはしようひんからこうすいほうしよくひんところせましと並べられ、ゆかにはいくつものくつが箱と一緒に並べられていた。

「いやぁ……。もうやだよ、やめて、イザベラ!」

 泣いていやがるリーテを追いめ、イザベラはくまのできた目をすがめて笑った。

「ほほほほほ! もうがさないわよリーテ。観念なさい! ──あ、お鹿さん。口を動かさないの。口紅がずれちゃうじゃない」

 嫌がるリーテの形良い唇に口紅をったイザベラは、達成感をみに変えて大きくうなずいた。

 解放されたリーテは、泣きそうな顔で声をふるわせる。

「……ぬるぬるする。唇が重い…………。変なにおいと味がするぅ」

「こら、めちゃよ。これでもうすく塗ってるんだから、文句言わないの」

 かべぎわの床に座り込んで口紅の不快さに泣き言を漏らすリーテ。イザベラはリーテの手を取って立ち上がらせ、ドレスの点検をした。

 うすあおさわやかなドレスは四角くむなもとが開き、白いはだが良くえる。ぴったりしたどうまわりが女性らしい曲線をえがき、正面にかざった大ぶりのリボンがリーテの愛らしい容姿には良く似合った。

 そでにもそろいのリボンを配し、亡母の遺品から取ったかしみを重ねることで袖周りをふくらませきやしやな手首をいろどる。前の開いたスカートの下には、型くずれ防止のスカートを重ね、すそには大きくひだを縫い寄せて飾りにしていた。そとのスカートにはふちしゆうほどこし、初夏の植物を描き出すことで季節感を演出している。

 せんさいな白金の髪に飾った花を模した宝飾品は、リーテの亡母の形見。い上げた金髪の下からすんなり伸びる首筋が、大人のぜいを漂わせていた。

 仕上がりの良さに、イザベラはもう一度頷く。不服顔のリーテが笑えば、王子であろうと目をうばわれることちがいない。

 満足するイザベラの後ろから、ヴィヴィは笑いを含んだあきれ声を発した。

にも衣装ってやつだね。あのリーテがねぇ。ほうにでもかけられたみたいじゃん」

 褒めつつくさすもう一人の妹を振り返り、イザベラはその出来栄えをかくにんする。

 若葉色のドレスの深いえりぐりは半円を描き、絹を寄せて作った布飾りが襟周りを彩っていた。胴回りの正面は刺繡でめられ、同じ模様がスカートの縁まで伸びる形。袖には薄布を飾りかろやかに。スカートはリーテと同じ二枚重ねだが、後方に大きく布を寄せ、膨らみを作り、全体のりんかくに差異を作っていた。

 巻いた赤毛を片側に垂らしたかみがたは、若葉色のドレスと相まって、赤い花がいたよう。

 頷くイザベラは、たまらず欠伸あくびを漏らし片手で口を隠す。

「ふぁ……。魔法なら簡単だけど、結局あたしてつで仕上げたのよ」

「ベラがリーテ送り込むなんてこと考えなきゃ、こんな手間かからなかったんだって」

 欠伸をみ殺すイザベラだけが、だんのままだ。

「……ねぇ、イザベラ。本当に、わたしが舞踏会に行くの? イザベラ行きたいんじゃない?」

 赤い唇をとがらせ言いつのるリーテに、イザベラはおうじようぎわが悪いと言い聞かせる。

「何言ってるの、お馬鹿さん。王子さまに会うのはリーテじゃなきゃ駄目なのよ。それに、あたしの着ていくドレスはもうないの。持ってきてたドレスはリーテのたけに合わせて縫い直したの知ってるでしょ。手伝ってたんだから。──靴だって、それあたしが気に入って舞踏会のためにあつらえたんだから、よごしちゃ駄目よ。き崩さないようにしてね」

 リーテの足元には、大ぶりな硝子ガラスの飾られた靴が履かれていた。とうめい度の高い硝子を中心に、花模様に硝子のつぶが縫いつけられた靴は、おどたびに裾からのぞき人々の目を引くことだろう。

 晴れたいを前に不服の声を上げたリーテをさえぎり、寝室のとびらが外からたたかれた。

可愛かわいむすめたち。準備のほどは、どうかな?」

 温和な問いかけは、義父であるフェルローレンだんしやくのもの。イザベラは勇んで扉を開けた。

「どうぞいらして、お義父とうさま。リーテもちがえたのよ」

 寝室の外には、すでにたくを終えた父母が揃っていた。

 イザベラによく似た顔つきで長身の母は、元来表情の動きが少ない。それでも普段着のままのイザベラへとづかわしげな視線を向ける。

 苦笑を母に返し、イザベラは自身よりも小さな義父に微笑ほほえみかけた。性格を表すように顔もおなかも丸いフェルローレン男爵は、いいのかと何度目かもわからない問いを繰り返す。

「イザベラ、気を遣わなくてもいいのだよ。君は私の娘だ。リーテと同じ、大事な私の子だよ?」

「ありがとう、お義父さま。でも、せっかくの機会なんだもの。められる可能性の高いリーテが行くほうが絶対にいいわ。──それにほら、リーテもこれだけてきになったのよ」

 気遣い眉を下げる義父の前に、イザベラはリーテを立たせる。母は息を飲み、義父は大きく体を戦慄わななかせたかと思うと、またたく間に顔を赤くしてなみだかべた。

「おぉ……! なんてことだ。まるで妻がもどってきたようだ。こんなことがあるだろうか!」

 かんるいむせぶ義父は、れいにした娘がくなった先妻そっくりであることにきようたんする。

「イザベラ! あぁ、ありがとう。君が娘になってくれて、本当にうれしいよ。あぁ、ヴィクトリア。君もなんて美しいんだ。咲き初めた大輪の花とでも言えばいいのか!」

「お義父さま、めすぎぃ」

 まんざらでもない様子で茶化すヴィヴィは、逃げないよう、しっかりとリーテのうでを取った。見送る形のイザベラに、ヴィヴィは片目をつむってみせる。

「ヴィヴィ、言葉遣いには気をつけるのよ。ふぁ……」

「ベラ、お母さんよりもくちうるさいんだから。あたしはやればできるっての」

 ヴィヴィがしやべる間もまた欠伸をすれば、母が声をかけた。

「イザベラ、ずいぶんつかれているじゃない。軽食を用意させましょうか?」

「うぅん、ありがと。眠りたいから、静かにしていてもらえればいいわ」

 気遣いにしようすると、義父は丸い顔に困ったようなしわを浮かべ、本当にいいのかと念を押す。

「イザベラ、君も王子の目に留まる機会くらい──」

「あら、あたしじゃ無理です。それよりも、リーテのほうがずっと可能性あるんだから、ちょっとずるしてでも王子さまに会う機会作らなきゃ」

 申し訳なさそうにする義父に、母はやさしく声をかけた。

「どうか、娘の心遣いを受け取ってくださいな、あなた。──さ、行きましょう。イザベラ、見送りはいいから休みなさい。目の下にくまができてますよ」

「はい。それじゃ、お言葉に甘えて」

 眠らせてもらうとイザベラが答えれば、くされるリーテをうながして家族は寝室を後にした。

 一人残ったイザベラは、広げた化粧道具を片づけつつ、三日続くとう会への衣装点検も行う。

「今夜があたしの薄青で、明日あしたが遺品のももいろ明後日あさつてはあたしのと遺品を合わせた白。……仕立て直したのがなぁ。刺繡増やして、どうたい部分別の布にして。裾の丈や刺繡はリーテにも手伝ってもらったけど。ふぁ……。我ながら、がんったわよね」

 片づけは終わったかと、リーテからいだ使用人の服をかかえたイザベラは、ふと思い出す。

「リーテに貸したさいほう道具、返してもらってないじゃない。最後に見たのは、灰置き場よね」

 イザベラはぼけまなここすりつつ、ちゆうぼうへ足を向けた。

 食器置き場にみ入り、イザベラはリーテの服を抱えたままだと気づく。

「あたしったら、置いてくればいいのに。だいぶねむで判断力にぶってるかも」

 やはり寝ようと一人頷きつつ、厨房へ入ってもだれもいない。だんなら夕食のために使用人がさわがしく立ち働いているが、今夜は食事する人間がおらず早めに厨房の火を落としたようだ。

 リーテとの入れわりがばれないよう、舞踏会への見送りもさせていない。今べつそうにイザベラが残っていることを知る者はいなかった。

 厨房の奥、使用人用の食堂へ目を向ければ、暖かな明かりとにぎやかな声がれ聞こえている。

「たまにはゆっくり楽しく、食事したいわよね。静かに、静かに……」

 使用人に気づかれないよう、足音をしのばせて灰置き場に行くと、かごに入れた裁縫道具を見つける。窓のないしよくりようは暗く、イザベラは目測を誤らないようゆかひざいて手をばした。

 かがんで灰置き場をよく見れば、灰の飛散を防ぐためにかぶせられたように見えていた布は、ベッド用のリネンだ。明らかに、それはリーテが寝るためにかれたシーツだった。

「……リーテが灰にシーツ敷くなんて手間、かけるわけないものね。使用人のおせつかいかしら?」

 困ったものだとたんそくして、イザベラは灰の上のリネンに手を乗せる。やわらかな灰の粒が指を包み込むように広がり、温かなかんしよくがじんわりとみた。

「こ、これは……っ」

 ゆうわくあらがえず灰の上に横になると、灰の細かな粒に包み込まれるように体はしずむ。熱をたくわえた心地ここち良さが、疲れた全身を暖めた。持っていたリーテの服をうわけ代わりに使えば、灰からのぼる温かさをがさず横になれる。

「あ、駄目……。だめ、なのに…………ふぁ……」

 押し寄せるすいに抗えずまぶたを閉じれば、イザベラの意識はいつしゆんやみに落ちた。

「きゃ……っ。誰かいるわ」

 食堂からの足音と共に、おどろきの声が発された。

「しぃ。ほら、灰の中で寝るなんてアシュトリーテさまに決まってるだろ」

「もしかして、舞踏会に行けないから……? お可哀かわいそうなこと」

「今はゆっくり寝かせよう。今夜は意地悪くるイザベラさまもいないことだし」

 遠ざかる使用人のささやき声。イザベラは頭のかたすみでまずいことになったと感じる。リーテをしかれなくなるという危機感はあっても、睡魔の手はからみついてはなれてくれなかった。




 イザベラはすすり泣きを聞いてり返る。大人では入り込めないはしばみの木の下にもぐり込む少女を見つけて、すぐに夢だと気づいた。くろかみの少女は、幼い日のイザベラだ。

「僕、ベ、ベラと離れたく、ない……っ」

 榛の木の下には、苦しげに引きる息遣いで泣く小さなフリッツもいた。夢は七年前、フリッツの外国行きが決まった日の情景だった。

「そりゃ、あたしもフリッツとはなれるのは心配よ。泣き虫なんだもの。遠くへ行ったら、泣きすぎてからびてしまいそうだわ」

 幼さゆえに本気で案じる自身に、イザベラは夢とわかりつつそんなことはないと突っ込みを入れた。けれど幼い二人はせまい木の下で寄りい合って、たがいの不安をやわらげようと必死だった。

「おとうさま、僕が、きらいになったんだ。だから国外に……。いらない子に、僕、なったんだ。誰も、僕を好きに、なってくれな、いんだ」

 悲観して泣き暮れるフリッツに、幼いイザベラはなぐさめるように頭をでながら首をひねった。

「あたしは好きよ、フリッツのこと。誰も好きになってくれないわけ、ないじゃない」

 フリッツは驚いたように顔を上げ、瞬くたびひとみからは涙が落ちた。

「ほんと……? ほんとに僕を好きでいてくれるの、ベラ? ほんとうに──」

 何度も同じ質問をり返され、幼いイザベラはおこりだす。

「なによ! そんなにあたしが信用できない? フリッツは遠くへ行ってあたしを忘れるの?」

 幼いイザベラの問いに、小さなフリッツはあわてて首を横に振った。

「そんなことない! ベラを好きでいる。ずっと、ずっと好きでいるよ。約束する、ぜったい!」

「ぜったいね? それなら、あたしもぜったいフリッツを好きでいるわ。だいじょうぶ、どこにいても、あたしだけはフリッツを好きだからね。あんしんしていいわ」

 安心して国外へ行くといい。言葉の重みも知らず、幼いイザベラはただ小さなフリッツが泣きんだことに満足する。

 忘れたわけではないが、思い出すことのなかったおくを夢に見て、イザベラは嬉しそうに笑う小さなフリッツを見つめた。

「嫌いじゃないと好きは、ちがうわよね。あたし、フリッツとの約束守れていたのかしら?」

 再会の日、ひるがえるリネンの白の向こうで、フリッツが見上げていたのは榛の木だった。それは、約束をわした木と、よく似た枝ぶりをしている。

 フリッツは、別れの約束を覚えていたのだろうか。

 じようする意識と夢の間で、イザベラは自答した。少なくとも幼い日の約束にうそはない。

 榛の木の下で交わした言葉は、イザベラのなおな気持ちだった。




 心地良いねむりにひたっていたイザベラは、もやが晴れるように意識が明確化した。かんさわる物音がまくらし、きしみぶつかる音のそうぞうしさがイザベラの眠気を押しのける。

「んぅ……、もう、うるさいわねぇ…………」

 身を起こしたイザベラは灰のぬくもりから離れ、寝ぼけ眼を擦りつつ音の方向へと足を向ける。

 夜の暗さで視界はかないが、ちようつがいの軋みと戸が揺れてぶつかる音で、食糧庫の裏口を外から開けようとしているらしいことはわかった。

「はぁい、今開けるから、夜にうるさくしないでよ」

 欠伸あくびみ殺して裏口に声をかけると、応じるように戸の揺れは収まる。眠気で判断能力が低下したイザベラは、相手も確かめずに裏口のかんぬきを外した。

 外から勢いよく裏口が開かれ、冷たい夜気がきつける。目をみはったイザベラの横を、ふくらんだスカートをつかみ上げたひとかげが走りけた。

「え……っ? ちょっと、待ちなさい。リーテ?」

 驚きのあまり目の覚めたイザベラは、慌ててドレス姿のリーテを追った。

 外はまだ物のかげもわからないほど暗く、夜は深い。どれくらい寝ていたかわからないが、舞踏会が終わるには早い時分。何より、何故なぜリーテ一人が裏口から帰ってきたのだろう。

 リーテは灰置き場のリネンの上でうつぶせに身を投げ出していた。

「あ、こらお鹿。ドレスのまま寝るんじゃないの。しわになるでしょ。だいたい、何があったのよ。リーテ一人なの? お義父とうさまたちはどうしたの?」

 かたを揺すり問いかけても、リーテは灰に顔をうずめて答えない。いつもならいやいやとわがままを言って騒ぐはずだが、リーテのいつにない様子にイザベラは対応に困った。

「本当にどうしたのよ……? しょうがないわね。ともかく、ドレスぎましょ。そのまま寝たら苦しいから。ほら、宝石も外すわよ。お母さまの遺品に傷がついたら大変じゃない」

 声をかけつつドレスを脱がせ、装身具を取る。文句も言わないリーテは、灰置き場から起き上がる気配もなかった。

 動かない相手からドレスを脱がすという重労働を終えたイザベラは、はだ姿になったリーテに上掛けにしていた使用人の服を羽織らせた。

 てつをし、起き抜けに動いたため、イザベラにはもうリーテをついきゆうする気力は残っていない。がないことだけを確かめて、嘆息をいた。

「いいわ、リーテもつかれたでしょうから、今夜はここでても許してあげる。寒かったらちゃんと服着るのよ? それに、明日には何があったか教えてもらいますからね」

 だんなら、めんどうだと不平をこぼすリーテが、聞こえていないかのように身動き一つしない。心配しながら、イザベラは足早にちゆうぼうから自室へ引き上げた。物音に気づいた使用人が様子を見に来るかもしれない。万一、灰の中で眠っていたのがイザベラだとばれては示しがつかないのだ。

「それに……、これはどういうこと?」

 自室にもどったイザベラは、できる限りの明かりをしんしつともした。一本足のしようたくに脱がせたドレスを広げると、あまりのさんじように目を瞠る。

 脱がせる際、さわって気がついてはいたが、すそは土によごれ、ドレスの至る所に枝葉が絡みついていた。裾をかざしゆうはほつれ、うすあおい布地には草のしるだろうか染みがいくつも広がっている。

「うぅ、何したのよ、あの子…………。せっかくのドレスが台なしじゃない。この刺繡上手うまくできたって喜んでたくせに。あぁ、貸したくつどろだらけ……」

 お気に入りの靴は、きらめくはずの硝子ガラスに泥が付着して汚れてしまっている。いつけられた硝子のつぶが欠損していないのは、不幸中の幸いだった。

「っていうか、これ湖周辺のぬかるみにみ込んだわね。どうしてお城に行ってこんなことになるのよ? 怪我はないみたいだけど、やっぱり明るいところでたほうがいいかしら?」

 肩を落として思案するイザベラは、鼓膜を揺らすそうおんに顔を上げた。

 夜の静けさを乱すのは、馬車道をける車輪の音。イザベラはべつそう正面を見下ろす窓のカーテンを引き開け、夜のやみに目をらす。

 近づくとうは激しく揺れ、馬車の急ぎようを物語っていた。馬をかすむちの音が聞こえてくると、馬車は乱暴な勢いで別荘へと走り込む。

「まさか、お義父さまたちが帰ってきたの? でも、まだとう会が終わるには早すぎるでしょ」

 舞踏会は夜をてつして行われる。外の闇は深く、夜が明ける気配はまだ遠い。

 イザベラが見下ろす先で、馬からは丸く小さな人影が飛び出す。後を追う対照的な細く背高い姿に、イザベラは父母であることを確信した。

 二階にある寝室から出て、げんかん広間を見下ろすろうさくを摑む。別荘の使用人も馬車の音に気づいたのか、にわかに別荘全体がさわがしくなった。

 玄関の両開きのとびらが激しく開かれると、転がるように義父が飛び込んでくる。続く母もいつになく張りつめた顔をして、長い裾を両手に摑んでいた。

「リーテ、リーテはいるか! あぁ、リーテはいったい──!」

 冷静さを失った義父のふるえ声に、イザベラは二階から声を上げた。

「お義父さま、リーテなら厨房で寝てるわ。ねぇ、いったい何が──っ」

 イザベラが質問を終える前に、義父はもうぜんと厨房に向けて走り出す。後を追う母も、じようきようの説明はしてくれなかった。

 父母を追おうと階段へ向かいかけたイザベラは、開け放たれたままの玄関から、若葉色のドレスを摑み上げて駆け込むヴィヴィを見つけた。

「あ、ヴィヴィ! お帰り。ねぇ、いったい何があったの?」

 母を追おうとしたヴィヴィは、イザベラをあおぎ見る。その後ろには、フリッツの姿もあった。

「あら、フリッツも来たの? リーテなら帰ってるわよ。舞踏会で、いったい何があったの?」

「何があったどころじゃないって!」

 さけんだヴィヴィは猛然と階段を駆け上がり、イザベラのうでを摑む。引きられるままに寝室に入ったイザベラは、フリッツが辺りにだれもいないことを確かめて寝室の扉を閉めるのを見た。フリッツは落ち着いているが、を言わさぬこわで質問を向ける。

「ベラ、まず教えてくれないか。アシュトリーテが帰ってきてるって本当?」

「えぇ、裏口からね。おどろいたわ。一人で帰って来るんだもの。その上、何もしやべらないの。ドレスや靴だって、このありさまよ」

 小卓の上に広げたドレスを示せば、ヴィヴィは驚きに声を上ずらせた。

「うっそ……! ほんとに城から自力で帰ったの? この暗い中を?」

「やっぱり? 見て、この靴。たぶん、馬車道じゃなくて湖近くを走ってきたんだと思うの」

 舞踏会でいったい何があったのか。イザベラは目顔で答えを求めた。

 とつぜんヴィヴィは声を上げて笑うと、しつけにイザベラを指差す。

「てか、ベラ正解! 王子さまリーテにひとれしたって!」

「え……っ、噓! 本当に?」

 同意を求めてフリッツを見ると、しようと共にうなずきを返された。

「ただし……、十二時のかねが鳴ったたん、王子の前からげ出したんだ」

「へ……? えぇぇええ…………! 何よ、それ!」

 つい食ってかかったイザベラに、フリッツは声を低めるようりで示す。

「俺たちも驚いたんだ。大広間から庭園へ飛び出して、行方ゆくえがわからなくなった。王子も兵を使ってさがしたが見つからない。帰ってるんじゃないかとだんしやくが言うから、様子を見に来たんだ」

 まさか本当に徒歩で帰っているとは思わなかったと、フリッツはあきれるような賞賛するような視線を汚れたドレスに向けた。

 あまりのできごとに、イザベラは全身を戦慄わななかせる。

「…………何よそれ! もつたいないじゃない。せっかく王子さまにめられたんでしょ?」

 イザベラがたまらず声をあらげると、ヴィヴィは腹をかかえて笑った。

「てか、ありえないでしょ! なんで王子さまとおどった後に逃げんの? いつもわけわかんないけど、今夜はきわめつけにわけわかんない!」

 おもしろがるヴィヴィに、イザベラはこぶしにぎって宣言する。

「明日よ……! 舞踏会は三夜連続であるんだもの。リーテをもう一度舞踏会に送り込んで、ちゃんと王子さまと向き合うようにしなきゃ。このせんざいいちぐうの好機をのがす手はないわ!」

 イザベラの熱い決意に、フリッツははくしゆを送った。

たのもしいな。俺に手伝えることがあったら言ってくれ。協力はしまないよ」

 目を細めてむフリッツに、夢で好きでいると必死にり返した幼い顔を思い出す。

「あ、ありがとう! さぁて、明日のドレスの準備と、この汚れどうするか考えなきゃ!」

 あえて声を大きくするイザベラは、騒ぐ胸の内をやる気の表れだと自分に言い聞かせた。

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