三章 灰の中で眠る乙女_1
三章 灰の中で眠る乙女
日が
早々と
寝台や
「いやぁ……。もうやだよ、やめて、イザベラ!」
泣いて
「ほほほほほ! もう
嫌がるリーテの形良い唇に口紅を
解放されたリーテは、泣きそうな顔で声を
「……ぬるぬるする。唇が重い…………。変な
「こら、
仕上がりの良さに、イザベラはもう一度頷く。不服顔のリーテが笑えば、王子であろうと目を
満足するイザベラの後ろから、ヴィヴィは笑いを含んだ
「
褒めつつ
若葉色のドレスの深い
巻いた赤毛を片側に垂らした
頷くイザベラは、
「ふぁ……。魔法なら簡単だけど、結局あたし
「ベラがリーテ送り込むなんてこと考えなきゃ、こんな手間かからなかったんだって」
欠伸を
「……ねぇ、イザベラ。本当に、わたしが舞踏会に行くの? イザベラ行きたいんじゃない?」
赤い唇を
「何言ってるの、お馬鹿さん。王子さまに会うのはリーテじゃなきゃ駄目なのよ。それに、あたしの着ていくドレスはもうないの。持ってきてたドレスはリーテの
リーテの足元には、大ぶりな
晴れ
「
温和な問いかけは、義父であるフェルローレン
「どうぞいらして、お
寝室の外には、すでに
イザベラによく似た顔つきで長身の母は、元来表情の動きが少ない。それでも普段着のままのイザベラへと
苦笑を母に返し、イザベラは自身よりも小さな義父に
「イザベラ、気を遣わなくてもいいのだよ。君は私の娘だ。リーテと同じ、大事な私の子だよ?」
「ありがとう、お義父さま。でも、せっかくの機会なんだもの。
気遣い眉を下げる義父の前に、イザベラはリーテを立たせる。母は息を飲み、義父は大きく体を
「おぉ……! なんてことだ。まるで妻が
「イザベラ! あぁ、ありがとう。君が娘になってくれて、本当に
「お義父さま、
「ヴィヴィ、言葉遣いには気をつけるのよ。ふぁ……」
「ベラ、お母さんよりも
ヴィヴィが
「イザベラ、ずいぶん
「うぅん、ありがと。眠りたいから、静かにしていてもらえればいいわ」
気遣いに
「イザベラ、君も王子の目に留まる機会くらい──」
「あら、あたしじゃ無理です。それよりも、リーテのほうがずっと可能性あるんだから、ちょっとずるしてでも王子さまに会う機会作らなきゃ」
申し訳なさそうにする義父に、母は
「どうか、娘の心遣いを受け取ってくださいな、あなた。──さ、行きましょう。イザベラ、見送りはいいから休みなさい。目の下にくまができてますよ」
「はい。それじゃ、お言葉に甘えて」
眠らせてもらうとイザベラが答えれば、
一人残ったイザベラは、広げた化粧道具を片づけつつ、三日続く
「今夜があたしの薄青で、
片づけは終わったかと、リーテから
「リーテに貸した
イザベラは
食器置き場に
「あたしったら、置いてくればいいのに。だいぶ
やはり寝ようと一人頷きつつ、厨房へ入っても
リーテとの入れ
厨房の奥、使用人用の食堂へ目を向ければ、暖かな明かりと
「たまにはゆっくり楽しく、食事したいわよね。静かに、静かに……」
使用人に気づかれないよう、足音を
「……リーテが灰にシーツ敷くなんて手間、かけるわけないものね。使用人のお
困ったものだと
「こ、これは……っ」
「あ、駄目……。だめ、なのに…………ふぁ……」
押し寄せる
「きゃ……っ。誰かいるわ」
食堂からの足音と共に、
「しぃ。ほら、灰の中で寝るなんてアシュトリーテさまに決まってるだろ」
「もしかして、舞踏会に行けないから……? お
「今はゆっくり寝かせよう。今夜は意地悪く
遠ざかる使用人の
イザベラはすすり泣きを聞いて
「僕、ベ、ベラと離れたく、ない……っ」
榛の木の下には、苦しげに引き
「そりゃ、あたしもフリッツとはなれるのは心配よ。泣き虫なんだもの。遠くへ行ったら、泣きすぎて
幼さ
「おとうさま、僕が、
悲観して泣き暮れるフリッツに、幼いイザベラは
「あたしは好きよ、フリッツのこと。誰も好きになってくれないわけ、ないじゃない」
フリッツは驚いたように顔を上げ、瞬く
「ほんと……? ほんとに僕を好きでいてくれるの、ベラ? ほんとうに──」
何度も同じ質問を
「なによ! そんなにあたしが信用できない? フリッツは遠くへ行ってあたしを忘れるの?」
幼いイザベラの問いに、小さなフリッツは
「そんなことない! ベラを好きでいる。ずっと、ずっと好きでいるよ。約束する、ぜったい!」
「ぜったいね? それなら、あたしもぜったいフリッツを好きでいるわ。だいじょうぶ、どこにいても、あたしだけはフリッツを好きだからね。あんしんしていいわ」
安心して国外へ行くといい。言葉の重みも知らず、幼いイザベラはただ小さなフリッツが泣き
忘れたわけではないが、思い出すことのなかった
「嫌いじゃないと好きは、
再会の日、
フリッツは、別れの約束を覚えていたのだろうか。
榛の木の下で交わした言葉は、イザベラの
心地良い
「んぅ……、もう、うるさいわねぇ…………」
身を起こしたイザベラは灰の
夜の暗さで視界は
「はぁい、今開けるから、夜にうるさくしないでよ」
外から勢いよく裏口が開かれ、冷たい夜気が
「え……っ? ちょっと、待ちなさい。リーテ?」
驚きのあまり目の覚めたイザベラは、慌ててドレス姿のリーテを追った。
外はまだ物の
リーテは灰置き場のリネンの上で
「あ、こらお
「本当にどうしたのよ……? しょうがないわね。ともかく、ドレス
声をかけつつドレスを脱がせ、装身具を取る。文句も言わないリーテは、灰置き場から起き上がる気配もなかった。
動かない相手からドレスを脱がすという重労働を終えたイザベラは、
「いいわ、リーテも
「それに……、これはどういうこと?」
自室に
脱がせる際、
「うぅ、何したのよ、あの子…………。せっかくのドレスが台なしじゃない。この刺繡
お気に入りの靴は、
「っていうか、これ湖周辺のぬかるみに
肩を落として思案するイザベラは、鼓膜を揺らす
夜の静けさを乱すのは、馬車道を
近づく
「まさか、お義父さまたちが帰ってきたの? でも、まだ
舞踏会は夜を
イザベラが見下ろす先で、馬からは丸く小さな人影が飛び出す。後を追う対照的な細く背高い姿に、イザベラは父母であることを確信した。
二階にある寝室から出て、
玄関の両開きの
「リーテ、リーテはいるか! あぁ、リーテはいったい──!」
冷静さを失った義父の
「お義父さま、リーテなら厨房で寝てるわ。ねぇ、いったい何が──っ」
イザベラが質問を終える前に、義父は
父母を追おうと階段へ向かいかけたイザベラは、開け放たれたままの玄関から、若葉色のドレスを摑み上げて駆け込むヴィヴィを見つけた。
「あ、ヴィヴィ! お帰り。ねぇ、いったい何があったの?」
母を追おうとしたヴィヴィは、イザベラを
「あら、フリッツも来たの? リーテなら帰ってるわよ。舞踏会で、いったい何があったの?」
「何があったどころじゃないって!」
「ベラ、まず教えてくれないか。アシュトリーテが帰ってきてるって本当?」
「えぇ、裏口からね。
小卓の上に広げたドレスを示せば、ヴィヴィは驚きに声を上ずらせた。
「うっそ……! ほんとに城から自力で帰ったの? この暗い中を?」
「やっぱり? 見て、この靴。たぶん、馬車道じゃなくて湖近くを走ってきたんだと思うの」
舞踏会でいったい何があったのか。イザベラは目顔で答えを求めた。
「てか、ベラ正解! 王子さまリーテにひと
「え……っ、噓! 本当に?」
同意を求めてフリッツを見ると、
「ただし……、十二時の
「へ……? えぇぇええ…………! 何よ、それ!」
つい食ってかかったイザベラに、フリッツは声を低めるよう
「俺たちも驚いたんだ。大広間から庭園へ飛び出して、
まさか本当に徒歩で帰っているとは思わなかったと、フリッツは
あまりのできごとに、イザベラは全身を
「…………何よそれ!
イザベラが
「てか、ありえないでしょ! なんで王子さまと
「明日よ……! 舞踏会は三夜連続であるんだもの。リーテをもう一度舞踏会に送り込んで、ちゃんと王子さまと向き合うようにしなきゃ。この
イザベラの熱い決意に、フリッツは
「
目を細めて
「あ、ありがとう! さぁて、明日のドレスの準備と、この汚れどうするか考えなきゃ!」
あえて声を大きくするイザベラは、騒ぐ胸の内をやる気の表れだと自分に言い聞かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます