第4話 花びら占いは、好きですか?

花火大会から1週間後、容態が安定していた悠馬は、病院のベッドに、横たわっていた。そして、その日は美月が、悠馬のお見舞いに来ていた。

 「美月さん、久しぶりですね。」

「お久しぶりです、悠馬さん。

 …って、そんなに久しぶりでもないんですが、本当に、『久しぶり』って感じがします。」

「…そうですね!」

こう言って2人は、笑った。

 「でも、先生から少し聞いたのですが、美月さん、僕が倒れた時、かなり取り乱していたそうですね。」

「え、いや、その、はい…。

 先生が、そんなこと言ってたんですか?」

「はい。先生、若干笑ってましたよ。

 『虫垂炎なのに、『死んでしまうかもしれない』は大袈裟だなあ。でも、プロの医師でない人が見たら、そう見えるか。』

…ってね。」

「いや、恥ずかしいです。」

美月は、心底恥ずかしい、そういう素振りを見せた。

 「でも、どうして僕が、死んでしまう、って思ったんですか?僕も、それが気になりました。

 まあ、急に人が倒れたら、そう思うのが普通かもしれませんが…。」

 「ち、違うんです。それは、私があるウワサを聞いたからであって…。」

そして美月は、花火大会が終わってしまった今なら、もう話してもいいと思い、美月が真由から聞いた、ウワサの一部始終を、悠馬に話した。

 「…なるほど。それで美月さんは、僕が死ぬ、と思ったわけですね。

 そのウワサ、根も葉もないただのウワサです…と言いたい所ですが、あながち間違ってもないのが怖いです。」

「えっ、どういうことですか?」

「…もう時効かな。

 美月さん、今から話すこと、よく聞いてくださいね。」

「は、はい、分かりました。」

 そして悠馬は、美月に語りかけた。


 ―まず始めに、美月さんに質問ですが、美月さんは、僕がどうして未来から来たのか、気になりませんでしたか?

「はい、気になってはいたんですが、以前、悠馬さんが、

『未来のことを訊くのは、止めてくださいね。』

と言われていたので、訊いてはいけないのかな、と思いまして…。」

 ―そうですか。やっぱり、気にされていたのですね。

 その時は答えることができなかったのですが、今なら答えることができます。では、僕が未来で見てきたこと、かいつまんで話します。

 僕たちは、2017年の4月に、美月さんの今通っている、○○大学の、大学院で出会いました。美月さんは、試験を受けて合格して、そのままその大学の院に進み、日本文学に興味のあった僕は、他大学から、○○大学の院の入試を受けて合格し、そこで初めて、出会ったというわけです。

 そして、僕は美月さんから、声をかけられました。その時の美月さんは、初対面であるとは思えないような話し方で、僕はいささか困惑しました。なぜだか、美月さんは僕のことを、よく知っているような口ぶりだったので…。

 でも、今考えれば当然ですね。美月さんはこうして、「現在」、2017年から見れば「過去」に、僕と会っているのですから。

 そうしているうちに、僕たちは意気投合して、付き合うことになりました。ちなみに、先に告白をしたのは、美月さんの方です。告白の言葉は、

「私、こういうの苦手なんですが、ここで言わないと後悔すると思うので、はっきり言います。私、悠馬さんのことが、大好きです。私と、付き合ってください!」

というものでした。その時、僕も美月さんに惹かれていたので、

「はい、僕も美月さんのことが好きです。」

と答えて、2人は付き合うことになりました。

 でも、その時僕は、美月さんの告白の仕方が、何か、

「ずっと前から、僕のことが好きだった。」

というような感じだったので、少し違和感を覚えました。でも、その理由も、これで分かるような気がします…。

 おっと、美月さんの気持ちを、僕はまだ聞いていなかったですね。

 美月さん、僕はあなたのことが、大好きです。美月さんは、どうですか?

「はい、私も、悠馬さんのことが好きです。大好きです。」

 ―ありがとう。これで、「現在」でも「未来」でも、2人は両想い、ってことになりますね。

 というわけで、これからは「美月」って呼んでいいかな?

「うん、分かった。私も、『悠馬』って呼ぶね!」

 ―ありがとう、美月。

 それで、僕たちは付き合い始めたんだけど、2017年の8月辺りから、美月の様子が、おかしくなりはじめたんだ。何か、体調も良くないようだし、それより何より、美月がこのまま、消えてしまうような感じがして…。

 それで、病院に行っても、

「体調は、特に問題ないですね。風邪も、ひいていないようですし、気のせいではないですか?」

って言われて、もしかしたら重い病気かもしれない、って思って、大きな病院に通院に行ってもらったんだけど、それでも、

「特に異常ないです。」

の1点張りで…。

 でも、僕には分かったんだ。虫の知らせ、って言うのか、何と言うのか…。このままだと美月は、僕の前からいなくなってしまうんじゃないか、ってね。

 それで念のため、僕は美月には内緒で、ある占い師の所へ行ったんだ。その占い師は、よく当たる、って評判だったけど、行く時には誰にも言わずに、1人で行った方が効果がある、ってウワサだったから…。

 そこで、美月のことを相談すると、ある答えが、返って来たんだ。

 「それは、時空の乱れから来るものだね。」

ってね。

ここから先は、その時に言われたことを、話すよ。


 「時空の乱れ、ですか?」

「ああそうだ。時空の乱れだよ。こういうことは、たまに起こるものなんだが、あんたの彼女ほどのことは、珍しいね。

 どういうことかというと、今、あんたの彼女は、『生きる』運命にある。でも、その運命が、時空の乱れで変わって、『死ぬ』運命になっているんだ。

 どれどれ、もう少し詳しく見てみようか。

えー、そうだね。この辺りで、納涼花火大会が、毎年開催されているだろう?」

「はい、毎年7月らしいですね。今年僕も、美月、今話している彼女と、見に行きました。」

「それだよそれ。それでその彼女、時空の乱れから来る変化によって、2016年7月の、納涼花火大会で、『死ぬ』、そういう運命になっているよ。」

「え、はい?そんなことがあるんですか?」

「ああ、ごく稀にではあるが、こういうことも、なくはない。」

「そんな…。

 僕、何とかして彼女を、助けたいです。

 …何とかなりませんか?」

「1つだけ、方法があるよ。」

「それはどんな?」

「それは、あんたが2016年にタイムスリップして、彼女に会いに行くことだ。それで、彼女と仲良くなって、納涼花火大会に行くことを、止めるんだ。

 今、あたしの見立てでは、彼女がどうやって死ぬのかまでは、分からない。もしかしたら、花火大会に行く途中で事故に巻き込まれるかもしれないし、暴漢に刺されるかもしれない。申し訳ないが、そこまでは分からないんだ。

 ただ言えることは、彼女は、急に消えたりすることはなく、現実世界で起こり得るようなことで、死ぬということ、あと、その花火大会に行きさえしなければ、時空の乱れが元に戻って、彼女の運命は、『生きる』に戻るということだ。」

 「…分かりました。では、タイムスリップを、お願いしたいです。」

「分かったよ。明日身支度を整えて、もう1度ここに来るんだね。

 ちなみに、タイムスリップに都合のいい行き先は…、

 2016年、4月だよ。

 いいかな?」

「分かりました。」

 ―そこまで聞いた後、僕はあることを、思い出したんだ。

 「ところで占い師さんは、花びら占いは、専門ですか?」

「専門というかなんというかねえ。あれは、偶数、奇数で決まるものだからねえ。」

「そうですね。

 ちなみに僕の彼女、美月は、昔、小さい頃は花びら占いが好きだったそうですが、そのことに気づいて、しなくなったそうです。

 でも、実は僕、マジックが趣味で、得意なんです。マジックの世界では、偶数を奇数に変えることなんて、できますよね?」

「何が言いたいんだい?」

「今回の件を花びら占いに例えると、

『生きる』、『死ぬ』、『生きる』…、ってなって、『生きる』が奇数、『死ぬ』が偶数です。そして、今花びらは、偶数になっています。」

「…まあ、その通りだねえ。」

「でもこれから僕は、得意なマジックで、美月の運命を、『死ぬ』から、『生きる』に変えてみせます。

 美月の偶数、僕が奇数に変えてみせますから!」

「おお、頼もしいねえ。

 ようしその意気だ。必ず、あんたの彼女を、助け出すんだよ。

 ちなみに、あんたがタイムスリップした目的を、彼女に気づかれたら、失敗だ。そうなれば運命は変えられないよ。あくまで自然に、彼女を花火大会から遠ざけるんだ。2016年4月から7月までの4ヶ月間で、あんたにそれができるかい?」

「…もちろんです!」

「あと、未来から来たことは、あんたの彼女には伝えていいが、未来の情報を不必要に伝えることは、できないよ。あと、2016年、『過去』の他の人間には、あんたが『未来』の人間だってことは、伝えちゃいけないよ。」

「…分かりました。」


 ―それで、僕は頑張ったんだ。美月の態度や性格から、美月が、簡単に僕の誘いに乗ってくるとは、思えなかった。だから、僕は賭けを思いついたんだ。この賭けなら、美月は乗ってくれるんじゃないか、ってね。

 それで案の定、美月は賭けに乗ってくれた。一応、これは計算通りだったんだけど、もしかしたら、失敗していたかもしれない。ここで失敗したら、その時点でアウトで、僕は未来に帰らないといけない。つまり、美月の運命を変えられない。僕はその時、そう思いながらだったから、賭けをする時は、いつになく緊張したよ。でも、成功して、美月とこれからも逢えることになって…、

 僕は、泣いちゃった。

 美月、あの時、

「何で泣くの?」

って顔、してたよね?それには、こういう理由があったんだ。決して、僕が泣き虫だから、ってことではないよ。

 …まあ、泣き虫、ってのもあるかもしれないけどね。

 それで、何とか美月と仲良くなって、僕は美月を、例の納涼花火大会から、遠ざけようとした。したんだけど…。

「じゃあ、私、1人でも花火大会に行きますから。」

って美月、言ったよね?正直、あれには参ったよ。

『何で美月は、そんなにあの花火大会にこだわるんだろう?』

って思ったんだけど、それにはそんな理由が、あったんだね。

 で、僕はその瞬間、決心した。美月は、現実世界にはない方法で、死ぬことはない。なら、花火大会に行っても、僕が美月の側から離れずに、美月を守り通せたら、問題ない。

 そうだ、僕が美月を守るんだ。

 ってね。

 それで僕は美月に、

「絶対に僕から、離れないようにしてくださいね。」

って、言ったんだ。そして、美月を守ろうと思ったんだけど…、

 途中で、盲腸で倒れちゃった。

 僕は病院で目が覚めたら、真っ先に美月のことを心配したよ。それで、先生に、

「すみません、僕と一緒にいた彼女は、大丈夫ですか?」

って、訊いたんだ。すると、

「ああ、彼女なら、ひどく取り乱していましたが、

『虫垂炎です。』

って私が伝えると、安心しておられましたよ。」

「命に別状は?」

「え、彼女、重い病気か何かなんですか?

 とりあえず、今日は家に帰ってもらいましたが…。」

「そうですか。ありがとうございます。ところで、花火大会は、どうなりました?」

「ああ、あの納涼花火大会なら、とっくに終わってますが…。彼女、花火大会終了後も、お見舞いに来てくれましたよ。」

「そうか、助かったのか…。

 ありがとうございます!」

「は、はあ…。」

先生は、僕の質問にかなり困惑してたみたいだけど、とりあえず、僕は美月の無事を聞けて、ホッとしたよ。まあ、結果的に、僕が倒れて、美月は途中で花火大会を抜けることになったのが、よかったのかもね。そう思うと、盲腸に感謝だね。

 だから、美月が聞いたウワサ、あながち間違ってはいないんだ。

 「未来から来た人は、周りの人間の生死に、関わっている。」

 「納涼花火大会で、何かが起こる。」

っていうのが正しいかな?

 ウワサはどこかで、間違って広まったみたいだね。―


 美月はそこまで悠馬の話を聞き、涙が止まらなくなった。

「ありがとう、悠馬。私のために、そこまでしてくれて…。本当に、ありがとう。」

「いいよ。大好きな美月のためだから。

 さあ、これで一旦、お別れだ。実は占い師の先生からは、

『あんたの作戦が成功して、花火大会が終わったら、あんたの彼女には、本当のことを伝えていいよ。そして、それを伝え終わったら、タイムスリップ終了だ。あんたは『過去』の世界から消えて、2017年の『現在』に戻って来るんだ。

 いいね?』

って、言われてるんだ。」

「え、そんな…。私、悠馬ともっと、一緒にいたい。悠馬ともっと話をして、いろんな所に行って、もっと、もっと…。」

「大丈夫。2016年、『現在』の時間では、逢うのはこれで最後だけど、2017年以降、『未来』の世界では、僕たちは付き合ってるんだ。だから、いくらでも、どこへでも、僕たちはいけるよ!

 だから、それまでの辛抱だ。ただ、今回みたいな、大きな「時空の乱れ」は、ごく稀にしかないみたいだけど、小さな「時空の乱れ」、例えば、美月が院の受験に失敗したり、なんかはあるみたいだから、美月は、一生懸命、勉強をするんだよ。」

「…じゃあ、もしかしたら、私が悠馬に逢えなくなる、ってこともあるのかな?」

「それはないと思うけど…。

 でも、これだけは言っておくね。偉そうなことは言えないけど、未来は、与えられるものじゃない。これから、作っていくものなんだ。

 そして、その先に、僕たちの『未来』が、待っている。

 だから、それまでの間、さよならを言わなきゃいけない。

 でも、永遠の別れじゃないから…、

 『未来』で、待ってるよ!

 あと、一応言っておくけど、僕、本当は、美月みたいな、イタズラ好きな人はタイプじゃないんだ。だから…、

 今度は美月が、頑張る番かな?」

美月は、目から溢れ出る涙を拭いながら、こう言った。

「…分かった。

じゃあ今度は私が、悠馬の『嫌い』を『好き』に変える番。

 私が、悠馬の偶数を奇数に変える番だね!」

「そうだね。じゃあ僕、先に行くね!

 またね!」

そう言い残した悠馬の体が、自然と消えていく。美月は、悠馬が話している間に、自然と握っていた悠馬の手の感触が、少しずつなくなっていくのを、感じた。そして、しばらくした後…。

 悠馬は、消えた。

「こういう時、昔の人なら、何て句を、詠むんだろう?」

美月は、悠馬との思い出に浸りながら、そんなことをふと思った。


※ ※ ※ ※

2017年4月。今日は美月の大学院の、

入学式の日だ。美月は、2016年7月の終わりに、悠馬と別れてから、必死で勉強し、大学院の試験に、合格することができた。

そして、美月はその日、ある人を探していた。それは、長身で、イケメンの男性…。

 そして、ちょっとナルシストで、キザな青年…。

 そして美月は、その青年を見つけた。その青年も、どうやら大学院の入試に合格し、今日は入学式に来ているらしい。

 美月はその青年を見た瞬間、泣きそうになったが、初対面で泣かれると、相手もびっくりするだろうと思い、何とか我慢した。

 「すみません、隣、いいですか?」

美月はその青年の顔をはっきりと見て、こう言った。

 「はじめまして、私、谷山美月、って言います。」

 (終)

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花びら占い 水谷一志 @baker_km

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