第3話 未来を、信じますか?
2016年7月。この日は平日で、美月、真由、美樹の3人は、いつものように、いつものカフェで過ごしていた。
「そういえばさ、ウワサの彼、…名前、何て言うんだっけ?」
「…中谷、悠馬さん?」
「そうそう、悠馬くん!
美月は、悠馬くんとはうまくいってるの?」
いつものことであるが、真由はこの手の話には、目がない、美月はそう思った。
「まあ、毎週日曜日は、2人でどこかへ出かけることが多いけど…。」
「何それ!?毎週デートか…。うらやましいな。それで、悠馬くんは美月に告白してきたの?それか…美月の方から、告白した?」
「そ、そんなんじゃないよ。」
「え~、まだ付き合ってもないんだ。でも、4月に悠馬くんと出会ってから、3ヶ月以上は経ってるよね?もうそろそろ、
『付き合おう。』
って話が出てもよくない?」
「だから、悠馬さんとはそんなんじゃないって!」
「でも、美月は、悠馬くんのこと、好きなんでしょ?」
「そ、そんなことないよ。」
「あ、図星だ~。美月って、イタズラ好きな割に、と言っていいのかは分かんないけど、嘘吐くの下手だよね~。美樹もそう思わない?」
「そ、そうだね…。
でも、美月がその、悠馬さんのこと好きなら、応援するよ!頑張って、告白しなよ。」
「やっぱり美樹は優しいな~。
私って、美月ほどではないけど、イタズラ好きなのかな?この手の話になるとどうしても、冷やかしたくなっちゃうんだよね!」
『真由をこれ以上乗せると、やっかいなことになるな…。』
美月は今更ながらに、そう思った。しかし、そんなゴシップ好きな真由であるが、例えば、悠馬との交際がスタートした、となったら、真由は嫉妬したり、やっかみを持ったりせず、
『おめでとう、美月。私、応援するから。』
と言って、2人を祝福してくれるだろう。真由は、そういう優しい一面も持ち合わせていることを、真由とずっと一緒に過ごしてきた美月は、ちゃんと分かっているつもりである。
しかし、美月と悠馬の間には、この約3ヶ月間、進展はなかった。
美月は、この3ヶ月間、悠馬に、いろんな所に連れて行ってもらった。また、美月の方から、悠馬を案内することもあった。そして2人は、共通の関心事の日本文学の話、また好きな映画や音楽の話、また他愛もない話などを、何度も何度も、語ってきた。
そして、その度に、(例えば日本文学について話している時、)
『僕、美月さんの、そういった勉強熱心な所、好きですよ。』
など、悠馬は美月に対して、自分の好意を伝えていた。
『この人は、本当に、私のことが、好きなんだな。』
美月はその度に、悠馬の美月に対する気持ち、悠馬の優しさに、触れることとなった。
しかし、美月の口から、
『私も、悠馬さんのことが好きです。大好きです。』
という旨の言葉を発することは、なかった。美月は、悠馬がこう言った発言をする度に、
『ああ、そうですか。』
と、自分の答えをはぐらかしていた。
『私、もっと素直になりたいのに、どうして、こんな態度ばかり、とっちゃうんだろう?
本当は、私も、悠馬さんのことが好き。それを、ただ悠馬さんに、伝えるだけなのに…。
私には、それができない。
でも、未来の私たちは、付き合っているみたいだし、何より悠馬さんの気持ちは、はっきりしている。だから、私の気持ち、悠馬さんは受け止めてくれるに違いない。
そうだ。私たちは両想いなんだ。だから…。
でも、私には
『好き。』
っていう勇気がない。もし、これから付き合いだして、私の嫌な部分が見えてきて、悠馬さんが私のこと、嫌いになったらどうしよう…。
ああ、やっぱり私、バカだ。本当に、私、恋愛は苦手…。』
美月は、よく布団の中等で、自問自答していた。
そんな、自問自答の場面で、美月はよく、悠馬との出会いの場面でも出てきた、「花びら占い」について思い出していた。
『ああ、こういう時、昔の、小さい頃の私だったら、花びら占いをするんだろうな。
例えば、
告白する、しない、する、しない…。
でも、大きくなった今の私は、その結果は花びらの枚数が偶数か奇数かに左右されることを、知っている。
偶数なら『告白しない。』、奇数なら『告白する。』…。
そして今の私の気持ちは、完全に偶数だ。
でも、最初の悠馬さんとの賭けみたいに、枚数が1枚増えれば…。
私は、悠馬さんに告白することができるんだ。
そう、あの時悠馬さんは、マジックの要領で花びらを1枚増やした。そして、こうも言った。
『美月さんの偶数、僕が奇数に変えて見せますから。』
…本当に、その通りになった。私の心の中の花びらは、1枚増えて奇数になった。
なのに、私の中の、告白するかしないかの花びらは…、
まだ、偶数のままだ。』
「ちょっと美月、聞いてる?」
「え、あ、ごめん…。」
どうやら美月は、少しの間、ぼんやりしていたらしい。
「ちょっと、今絶対、悠馬くんのこと、考えてたでしょ。」
「え、いや、別にそういうわけじゃ…。」
「また図星か。
でも、美月が告白できなくても、悠馬くんの方から、告白してくるかもだから、その時はちゃんと、悠馬くんの気持ちに、答えてあげなきゃダメだよ!」
「え、あ、まあ、考えとく…。」
美月には、その答えが精一杯であった。
「まあ私のことは置いといて、違う話しようよ。」
「まあ、それもそうだね。」
真由も、ようやく納得した様子である。
「じゃあさ、ちょっとSFっぽい話、してもいい?」
「え、どんな話?」
美月と美樹は、真由の突然の呼びかけに、興味津々になった。
「実はさ、私も最近、別の友達から、聞いた話なんだけど…。
実はこの世界には、『未来から来た人』が、いるらしいんだって!」
「え、何それ!?面白いじゃん!ねえ、美月?」
「え、あ、うん、そうだね…。」
真由の話に、美樹は興味を持ったらしいが、実際に未来から来た悠馬を相手にしている美月は、何とも言えない表情になった。
「何か美月、いまいちなリアクションだね…。
やっぱり、まだ悠馬くんのこと、考えてるの?」
「いやいや、それはない、それはない!」
悠馬から、
『僕が未来から来た、ってことは、絶対に言わないでください。』
と言われている美月は、全力でそのことを否定した。
「何だ、また図星~?もう、ラブラブじゃん。」
さすがの真由でも、今さっき自分が話した、「未来から来た人」が悠馬だということには、気づかなかったらしく、美月はとりあえず、安堵した。
「じゃあ、話の続き行くね。
それで、その『未来から来た人』なんだけど…。
『未来から来た人』は、その行った先の時間、私たちにとっての『現在』で、未来から来てから数ヶ月以内に、死んじゃうんだって。」
「へえ~。そんなウワサがあるんだね。」
美樹がその言葉を言い終わる前に、
「は、そんなことあるわけないじゃん!」
美月が、大声を出していた。
「美月、どうしたの?もちろん、これはただのウワサだけど…。
そんなに、ムキになる必要ないじゃん。」
「いや、ムキになってなんかないよ。ただ、それってウワサだよね?そう、根も葉もないウワサ。だから、そう、それって、本当のことなのかどうか、怪しいな、って…。」
「まあ、『未来から来た人』なんて、いるわけないと私も思うけどね。」
真由はどうやら、美月の思いとは別のポイントで、その話を受け取ったらしい、美月はそう思った。(一般的には、それが普通のリアクションであるだろう。)
「そ、そうだよ。『未来から来た人』なんて。ねえ、美樹。」
「うん、そうだね…。」
美樹が、そう頷いた。
「それで、一応その話には、続きがあって、毎年開催されている、この辺りの、『納涼花火大会』の花火を、『未来から来た人』が『現在』の人と一緒に見ると、『未来から来た人』は、死ぬことなく、未来に帰れるんだって。
でも、その納涼花火大会に行く時に、『現在』の人が、『未来から来た人』に、自分を助けるために花火大会に一緒に行った、って気づかれたら、効果はなくなるらしいよ。」
「えっ、それって、いつもこの辺りで、7月の終わりにやってる納涼花火大会?」
美月が、真由の言葉に激しく食いついた。
「そ、そう友達は言ってたけど…。」
「分かった、ありがとう。」
美月は真由の言葉を聞き、少し安堵した様子になった。
「でも、今日の美月、何か変じゃない?大丈夫?」
「そ、そうかな?
でもちょっと、この暑さで疲れてるかも…。とりあえず今日は、帰るね。」
「分かった、バイバイ、美月。」
「バイバイ、真由、美樹。」
こうして、美月はカフェを去った。
『真由の聞いたウワサは、本当のことであるかどうかは、分からない。でも…。』
夕方であるにも関わらず、7月の暑さが残る街を家路へと急ぐ美月の頭の中には、ある考えが浮かんでいた。
※ ※ ※ ※
「納涼花火大会、ですか…?」
美月の納涼花火大会への誘いに、悠馬は乗り気でないようである。
「はい、一緒に花火見ましょう!」
「え、いや、でも、わざわざそこに行かなくても…。」
「え、どうしてですか?絶対に、楽しいのに…。」
美月も、真由から、「未来から来た人」のウワサを聞いていたため、必死である。
「でも、あの…、あそこの花火大会、人が多いじゃないですか。僕、あの手の人ごみが、苦手なんです。
それに、僕たち、連絡先も交換できないわけだし、途中ではぐれたりなんかしたら、大変ですよ。」
「大丈夫ですって!」
「でも…。
そうだ、その日は別の所に行きません?映画でもいいし、カラオケでもいいし…。」
「でも、私はあそこの納涼花火大会に、悠馬さんと一緒に行きたいんです!」
「そう言われても…。他の所でも、いいじゃないですか。」
「分かりました。じゃあ、私、1人でも花火大会に行きますから。」
美月は、強硬作戦に出た。
「1人で…行くんですか?」
「悠馬さんが行かないなら、ですけど。」
「…分かりました。じゃあ僕も一緒に行きます。」
「やった!約束ですよ!」
「その代わり、僕からもお願いがあります。」
「何ですか?」
「…その、さっきも言いましたが、当日は、人がたくさんいると思うので、はぐれても何ですし…。
絶対に僕から、離れないようにしてくださいね。」
悠馬のストレートな物言いに、美月はドキッとした。
「…分かりました。約束します。
じゃあ私からも。繰り返しになるかもしれませんが、花火大会の花火、絶対に、私と一緒に見てくださいね!」
「…分かりました。約束します。」
こうして、この日2人は別れた。そして、1年で1番暑い季節の、8月が目前に迫る7月の終わりに、2人は地域の、納涼花火大会に行くこととなった。
※ ※ ※ ※
「間に合った!今日は、私の割には、早かったでしょ?」
「そ、そうですね…。」
美月は、納涼花火大会当日、悠馬と、いつものカフェで待ち合わせしていた。
そして美月はこの日、待ち合わせ時間の夕方5時に、ギリギリではあるが間に合った。
「じゃあ、行きましょうか。
でも、今日の美月さん、いつもと雰囲気が違いますね。美月さんの浴衣姿、よく似合っていると思います。」
「そ、そうですかね。ありがとうございます!」
美月はこの日、白地にオレンジ色の柄の入った浴衣に、下駄を履いたスタイルで、現れた。
「でも、準備、大変だったんじゃないですか?その格好で時間に間に合うなんて、いつもの美月さんらしくないですね。」
「そ、そんなことないですよ!意地悪言わないでください!」
実際、美月は当日の前の日の夜から、花火大会が楽しみで眠れず、当日はいつもの休日の美月からは考えられないほど、早く起きた。そして、朝から、
『今日の髪のセット、どうしようかなあ…。』
と悩み、鏡の前で試行錯誤を繰り返していたのである。(そのせいで、早く起きたにも関わらず、待ち合わせ場所に着いたのが、時間ギリギリになってしまった。)
「冗談ですよ。
でも、この日のために、美月さんはしっかり準備してくれたんですね。そんな美月さんの隣を歩けて、僕は幸せです。」
「そ、そうですかね…。」
だが、今日は悠馬の物言い以上に、美月をドキドキさせるものがあった。
「と、ところで私、悠馬さんの浴衣姿、今日初めて見ました。って、当たり前かそんなの。わ、私、何言ってるんだろう…。」
「まあ、当たり前、ですかね。」
この日のために用意した、悠馬の浴衣は、濃いめのグレーのものであった。そして、長身の悠馬は、その浴衣を完璧に着こなしており、「花火大会が似合う男性」の姿を演出していた。
また、悠馬に対して、(勝手にではあるが)洋装のイメージを持っていた美月は、悠馬の和装の姿を見て、心臓の鼓動が速くなるのを、自覚した。(もちろん、美月は悠馬がこの日浴衣姿で来るのは予想していたが、実際に現れた悠馬は、その予想を完全に上回るものであった。)
「で、僕の浴衣姿は、どうですか?」
「え、ま、まあまあですかね…。」
美月はドキドキし過ぎて、悠馬の質問に答えることができない。
「これは手厳しいですね。」
「いや、まあ、その、はい。」
美月はドギマギしていた。
『私が伝えたいのは、こんな言葉じゃなかったのに…。』
美月はその瞬間、心の中で、後悔した。
「では、行きましょうか。」
「はい。
…ところで悠馬さん、大丈夫ですか?」
美月は、最初悠馬を見た時は、悠馬の浴衣姿が眩しすぎて気づかなかったが、悠馬の顔色は、少し悪いようである。
「あ、すみません。ちょっと、体調が良くないのですが、大丈夫です。せっかくの花火大会なので、今日は2人で、楽しみましょうね!」
「そうなんですね。分かりました。」
美月は、悠馬の体調が良くないならこのまま帰ろうかとも考えたが、真由の「未来から来た人」の話を思い出して、その考えを心の中で撤回した。
「では美月さん、行きましょうか。」
そう言って悠馬は、美月に手をさし出した。
「え、あ、あの、これは…。」
美月は、悠馬の振る舞いにさらにドキドキした。
「いや、す、すみません。
まだ付き合ってもいないのに、いきなり『手を繋ぐ』なんて嫌ですよね。ごめんなさい。
でも、前にも言いましたが、今日は絶対に、僕から離れないでくださいね。」
「いや、そういうつもりじゃ…。
とりあえず、分かりました。」
美月は、そう声を絞り出した。
『本当は、私は悠馬さんと、手を繋ぎたいのに…。
肝心な時に素直になれない。私、本当にバカだ。』
美月は、その瞬間、自分自身を責めた。
そして、
「じゃあとりあえずここ、つかんでおきます。」
美月は、悠馬の浴衣の袖の部分を、つかんだ。これが、今の美月にできる、精一杯であった。
しかし、その美月の行動の効果は大きかったようで、悠馬も、悠馬から見れば予想外の美月の行動に、ドキッとした。そのドキドキ感は美月にも伝わったようで、
『もしかして悠馬さん、今、ドキドキしてる?やった!』
と、好きな人が自分にドキドキしたことを素直に喜ぶ一方、
『これで、少しだけ、形勢逆転かな?』
と、いつもの美月らしい、イタズラ心も、その時少しだけ、出てきたのであった。
そうして、美月と悠馬は、待ち合わせ場所のカフェから、納涼花火大会の会場まで、歩いて行った。
「それにしても今日は、暑いですね。」
悠馬がそう言うと、
「そうですね。私は花火が、1番楽しみです。悠馬さんは?」
美月はそう答えた。そして、
「僕は美月さんと一緒にいられれば、何でも楽しいですが…。」
「ちょ、ちょっと…。
真剣に考えてくださいよ!」
「じゃあ僕も、花火が楽しみです。」
「『じゃあ』は余計じゃないですか?」
「そうですね。すみません。」
こうして、2人は会場に着いた。
「わあ、露店がたくさんありますね。…って、当たり前か。」
美月は会場に着いた途端、小さな女の子のように、はしゃいだ。また、その間美月は、悠馬の浴衣の袖を、持ったままである。
「そうですね。
どこから行きます?」
「私ちょっと、お腹がすいてきちゃいました。ということで、やっぱり私、綿菓子かりんご飴が、食べたいなあ…。
悠馬さんもどうですか?」
「ちょっと、僕、今食欲がないので…。
でも、気になさらずに食べてください。」
「悠馬さん、本当に大丈夫ですか?」
「いや、多分、この暑さでバテてるんだと思います。
せっかくの花火大会だし、本当に大丈夫です。」
美月はまた、帰ろうかどうか迷ったが、
『ここで一緒に花火を見ないと、取り返しのつかないことになるのではないか?』
との思いから、踏みとどまった。
「分かりました。じゃあ、私も後で帰ってから何か食べます。
じゃあ、ゲームしません?」
「それなら僕も大丈夫です。じゃあ、あそこの射的、やりましょうか?」
「分かりました!」
そして、美月と悠馬は、射的の所へ向かった。
「まずは僕から、撃ちますね。
…やった!あそこの人形、撃ち落としました!」
「すごい、一発で!
さすが悠馬さんですね!」
「いや、僕、手先は器用な方なんです。」
「自分で言いますかあ~。」
「すみません、僕の悪い癖ですね。」
2人はこう言い合って、笑った。
「じゃあ次、美月さん、お願いします。」
「でも、私射的なんて、やったことないけど大丈夫かなあ…。」
「大丈夫ですよ。何なら僕が教えますから。」
「ありがとうございます。とりあえず自分の力で、やってみます!
…あれ、全然違う所、行っちゃった。」
美月はどうやら、射的は苦手なようである。
「ちょっと待ってくださいね。こうやって、肩の力を抜いて、照準を、しっかり合わせるんです。そうすれば…。」
「やった!撃ち落としました!」
「おめでとうございます!やればできるじゃないですか!」
「はい、悠馬さんのおかげです!」
「いえいえ。」
美月は、心底嬉しそうに、笑った。
また、
『悠馬さん、私に射的を教える時、私の近くに来て、手とり足とり教えてくれた。悠馬さんは本当に、優しい人だ。
…あと、悠馬さんが近すぎて、緊張した、っていうか、ドキドキした、っていうか…。』
実際、悠馬が美月に射的を教える際、悠馬は美月の後ろに回り込み、後ろから美月の腕をとって、教えていた。そのため、美月の心臓の鼓動は速くなり、本当に照準を合わせた景品に、当たるかどうか疑問になるくらいであった。
『とにかく、さっきはドキドキした…。』
美月は、射的を終えた後、そう思った。
2人はその後、スーパーボールすくいや輪投げなど、ゲームを中心に、花火大会を楽しんだ。そして、そのどれも悠馬は上手で、
「悠馬さんって、器用なんですね。」
と美月が言うと、
「それ、今頃分かったんですか?」
と悠馬は冗談を言い、2人は心底楽しそうに、笑った。
そして、花火の時間が、近づいてきた。そのため美月は、
「そろそろ、打ち上げ花火の時間です。
行きましょう、悠馬さん。」
と、悠馬を促した。
「そ、そうですね…。」
しかし、(いややはり)悠馬の体調は、優れないようである。
『悠馬さん、もう少しの辛抱です。ここで私と一緒に花火を見れば、悠馬さんは死の運命から逃れられます。
そうしたら、早く悠馬さんを、帰してあげよう。そして、ゆっくり休ませてあげよう。』
美月は心の中で、そう思った。
「悠馬さん、この辺りでいいですか?」
「…は、はい。この辺りなら、きれいに花火が見られると思います…。」
この納涼花火大会のメインイベントの、花火が打ち上がる直前、
そして、美月と悠馬が、場所を陣取った直後、
悠馬が、倒れた。
「きゃあ!」
「おい、人が倒れたぞ!誰か、救急車呼んでくれ!」
花火を見るために集まった人ごみの中から、誰ともなく、そんな声が聞こえる。
そして、その中のうちの誰かが、救急車を呼び、程なくして、救急車がやってきた。
「あなた、この方のお知り合いですか?」
「は、はい!」
救急隊員が駆けつけるまで、美月は悠馬の手を、ずっと握っていた。
そして、悠馬は美月と一緒に、救急車で近くの病院まで搬送されることとなった。
その間、
「美月さん、僕の側に、いてくださいね…。」
「危ないですから…。」
悠馬はうわ言のように、そんな言葉を繰り返していた。
※ ※ ※ ※
『今日、悠馬さんが倒れたのは、私のせいだ…。』
美月は、悠馬の搬送先の病院で、自分自身を激しく責めていた。
『私が、体調の悪い悠馬さんを、無理矢理花火大会に連れ出したからだ。優しい悠馬さんは、自分が体調が悪いのに、わがままな私に付き合って、一緒に花火大会に来てくれた。
それで、こんなことになったんだ。
私が悠馬さんの体調を気遣って、早めに帰っていたら、こんなことにはならなかった。全部、私が悪い。ごめんなさい、悠馬さん…。』
そこまで、心の中で呟いた美月は、ふとあることに気づいた。
『…でも、私が『花火大会に行きたい』って言い出したのは、真由が聞いた、ウワサを聞いてからだ。
『『未来から来た人』は、その行った先の時間、私たちにとっての『現在』で、未来から来てから数ヶ月以内に、死んじゃうんだって。』
…あのウワサは、本当だったってこと?
…ということは、悠馬さんはこのまま死んじゃうの?』
美月は、そこまで考えた後、心の中で、祈るように念を入れた。
『悠馬さん、お願いです。もう1度、戻って来てください。
私、最初出会った時は、あなたのことが、好きではありませんでした。
見た感じ、かっこいい人だとは思うけど、別に私のタイプではないな、って…。
それで、あなたと最初に話をした時、この人は何て、キザでナルシストな人なんだろうって、思いました。
でも、賭けに負けたのは私の方だから、仕方なく、あなたとデートすることになりました。
でも、それで気づいたんです。悠馬さんは、キザで、ナルシストな所もある人だけど、本当は優しくて、ちょっと泣き虫で、何より、私のことを、大切に想ってくれる人なんだ、って…。
だから、私、あなたとお付き合いがしたいです。私、イタズラ好きで、嫌な部分もいっぱいあるかもしれません。でも、悠馬さんには、そんな私の、全てを見て欲しいんです。
悠馬さん、前に言ってましたよね?
『美月さんの偶数、僕が奇数に変えて見せますから。』
って。
私、悠馬さんにやられました。私の心の中の『嫌い』、『好き』に変わったんです。
私の偶数、悠馬さんが奇数に変えてくれたんです。
私、キザでナルシストで、でも優しい、悠馬さんのことが好きなんです!
だからお願い、死なないで…!』
この気持ちが、悠馬さんに届いて欲しい。そして、悠馬さんの「死」の運命を、何とか変えて欲しい、美月はそう思いながら、悠馬に念を送り続けた。
そしてしばらくすると、悠馬を見ていた医師が、美月のもとへやって来た。
「…あなたが、運ばれて来た、中谷悠馬さんの、お連れの方ですか?」
「はい、私、谷山美月と言います。
先生、お願いです。悠馬さんを、助けてください!悠馬さん、このまま死んでしまうかもしれないんでしょ?私、何でもしますから!だから、お願いします。悠馬さんを、助けてあげてください!」
美月は半分取り乱しながら、そう医師に伝えた。
そして医師は、冷静な表情で、美月にこう伝えた。
「谷山さん、落ち着いてください。中谷悠馬さんは、大丈夫ですよ。
彼は、虫垂炎ですから。」
「…虫垂炎って、も、盲腸ですか?」
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