第2話 占いを、信じますか?

「賭け…ですか?」

「はい、賭けです。」

「…ってか、さっきあなた、

『すぐに用は終わります。』

的なこと、言ってなかったですか?」

「それは美月さんが、僕の話に乗ってくれたらのことでした。

 こうなったら、少し時間はかかりますよ。」

「ふざけないでください!」

こうした悠馬の物の言い方は、いちいち美月の癪に障るらしい。

「ちょっと失礼な言い方をしてしまいましたね。本当は、そんなに時間はとらないつもりです。

 とりあえず、賭けの説明だけでも、聞いてもらえませんか?」

美月は、これ以上断っても、おそらく言うことを聞いてくれない、と判断し、とりあえず説明を聞くことにした。

 「ありがとうございます。その、賭けの説明ですが…。

 今から、簡単なゲームをして、もし僕がそのゲームに勝ったら、とりあえず1回は、僕に付き合ってください。…付き合うって言うのは、僕と2人でどこかに出かける、つまりデートする、という意味です。でも、もし僕が負けたら…、あなたの前から僕は、姿を消します。

 こういうのは、どうでしょうか?」

そう言って悠馬は、賭けに使うと思われる道具をカバンから取り出し、カフェのテーブルの上に置いた。それは、スポンジ上の花びらと、中心部でできている、ひまわりの花を模したものであった。

 「今は4月ですから、桜の時期かもしれませんが、これから夏になると、ひまわりの季節がやってきますよね~。」

「前置きはいいから、速くしてください。」

「おっ、引っかかりましたね。ということは、美月さんは賭けに参加する、ということでよろしいですね?」

「…そうは言ってません。とりあえず、説明を聞いてから考えます。」

「まあそう焦らずに。

 では今から、賭けの内容を説明します。

 ここに、17枚の、ひまわりの花びらがあります。今から順番に、この花びらから、1枚、2枚、もしくは3枚の中で、好きな数だけ、花びらをとっていきます。それで、最後の花びら、1枚をとるハメになったら負け、という、簡単なゲームです。あと、プレーヤーは必ず1枚、2枚、もしくは3枚、花びらをとらなければならず、パスはできません。

 どうです、面白いでしょう?

 あと、先にどちらからとり始めるかですが…、先手必勝ということで、僕が先攻、ということでよろしいでしょうか?」

 美月はそこまで聞いた直後から、笑いを噛み殺すのに必死になった。美月は、数学も好きで、ある程度の勉強をしてきたので、この手のゲームの構造も、把握しているつもりである。

『このゲームで、先手必勝なんて、この人、本当にバカだ。ようし、ここでギャフンと言わせて、もう一言言って、帰ってやろう。』

美月は、自分の気持ちが態度に表れないように注意しながら、こう答えた。

 「分かりました。では、その賭け、乗りましょう。でも、その前に確認ですが、私が勝ったら、本当に私の前から、姿を消すんですね?」

「ええ、そういう約束ですから。」

「あと、私が後攻で、いいんですね?」

「はい、もちろん。」

 そして、美月は勝ち誇る表情を、抑えようとした。このゲームは要は、4の倍数を作っていくゲームだ。先攻の相手が1枚とったら、3枚、2枚とったら2枚、3枚とったら1枚を、後攻のプレーヤーはとっていく。すると、先攻・後攻のプレーヤーのとった枚数が、4の倍数になっていく。花びらは17枚で、4で割ると1余るため、先攻・後攻両者のとった花びらの枚数が、16枚に達した段階で、次の順番が先攻に回り、最後の1枚を、とらなければならない、という算段だ。

『この人、こんな簡単なこのゲームの仕組みを、知らないのだろうか?

 まあいい。これでこの人とも、今日限りだ。』

美月は、そう思った。


 悠馬:1枚、美月:3枚、悠馬:2枚、美月:2枚、悠馬:3枚、美月:1枚、という順番で、ゲームは進んだ。そして、花びらは残り5枚となった。

『ここまで来たら、負けに気づくだろうか?でも、もう遅い。』

美月は、心の中でそう呟いた。

 そして、次に悠馬が3枚とったため、美月は計算通りの、残り2枚のうちの1枚をとりながら、悠馬にこう言った。

 「中谷さん、あなたの負けです。やっぱり私、あなたのこと、好きになれそうにありません。」

「ちょっとよく見てくださいよ。」

そう言いながら悠馬は、テーブルに置かれた花びらを見るように、美月に促した。

 すると…、

「えっ、そんな?」

そこには、2枚の花びらが、置かれていた。

『確かに私は、4の倍数になるように、とってきたはず。…もしかして私、ミスをしたのかな?いや、そんなはずはない。ということは…。』

「あなた、イカサマをしましたね。」

 美月は花びらを確認した後、一瞬困惑したが、すぐに真相に辿り着いた。

「イカサマとは失礼ですね。これは賭けです。だってこのゲーム、普通にやったら、後攻が必ず勝つじゃないですか。」

「…始めからそのつもりだったんですね。あなた、予備の花びらを1枚用意して、私の目を盗んでテーブルの上に置いたんですね。

 私、そのことに全然気づきませんでした。それは認めます…認めますが、インチキには変わりありません。やっぱり私、失礼します。」

 「ちょっと待ってください。」

悠馬は、美月を呼び止めた。(今日だけで、何度悠馬は、美月を呼び止めただろうか。)

「僕、マジックが趣味なので、これくらい朝飯前です。」

「…そんなことは聞いてません。」

「すみません、余計なことでしたね。

でも美月さん、さっき自分で、

『僕のイカサマには気づかなかった。』

というようなこと、言われてたじゃないですか。

 実はそれも、計算済みのことでした。

 僕は、美月さんとは、未来の世界では付き合っているんです。だから、美月さんのこと、よく分かっているつもりです。

 美月さんは、人をよく見るタイプですが、ちょっと、早とちりな所がありますね。この賭けだって、美月さんが僕のイカサマに気づいて、花びらを2枚とれば、完全に僕の負けでした。

 でも、美月さんはそうはせず、1枚しか花びらをとらなかった。…それは、ちょっと早とちりで、おっちょこちょいな美月さんの性格を考えて、僕が仕掛けた罠です。

 だからこの勝負、完全に僕の勝ちだと思います。」

美月は、悠馬にそう言われ、少し黙り込んでしまったが、何とか言葉を絞り出した。

「そう言われてしまうと…。

 それにしても、大した自信ですね。」

「…いいえ。自信なんてありませんよ。

 僕にとって、これは本当に賭けでした。だって、いくら僕が美月さんの性格を把握しているからと言って、うまくいく保証はどこにもありません。あと、一応僕はマジックをやっているので、この手のことは得意です。…ですが、それも、100%確実に、うまくいく保証なんて、ありません。」

「…分かりました。この勝負、私の負けです。あなたは、未来の私を、しっかり見てくれているんですね。」

「ありがとうございます。

 でも、僕がこの賭けに勝てて、本当に良かった。」

 そう言った悠馬の目には、うっすら光るものが浮かんでいた。

 「ちょっと、これくらいのことで泣くって、大袈裟じゃありません?そんなに、私とデートがしたかったんですか?

 あなたみたいなルックスだったらモテそうだし、他にもかわいい子、いるんじゃないですか?」

「え、いや…。

 すみません突然泣いてしまって。でも、これだけは言えます。

 僕は、美月さんのことが大好きです。

 イタズラ好きで、ちょっと小悪魔な所もありますが、本当は優しくて、人のことをよく見ていて、友達思いで…。

 そんな美月さんと、僕は一緒にいたいんです。」

今までの悠馬らしからぬ、ストレートな物言いに、美月は少し、ドキッとした。

 「そこまで言われてしまうと…。

 分かりました。今回の賭け、私の負けを、改めて認めます。1回だけ、あなたに付き合ってあげます。」

 「ありがとうございます!できれば、1回とは言わず、ずっと、付き合って欲しいのですが…。」

「…それは、次の回以降、考えます。」

美月はこう答えた。確かに悠馬はナルシストっぽいが、本当はいい人かもしれない、美月は悠馬の告白を聞いて、そう思った。

 「分かりました。じゃあ、最後に少しだけ。

 さっきのゲームにかけてですが、美月さんは、昔、花びら占いが好きだったそうですね?」

「あ、はい。よく知ってますね。」

「未来の美月さんが、言ってましたから。」

「そんなこと、未来の私が言っていたんですか。

 確かに、私は幼稚園か小学校の頃、花びら占いが好きで、よく、近くの草花を使って、やっていました。本当は、草花を勝手にちぎるのは、褒められた行動ではないのですが…。そこは、ご愛嬌です。というか私、この頃から、イタズラ好きだったのかもしれません。」

「そうらしいですね。でも途中で、花びら占いで遊ぶの、止めちゃったんでしょ?」

「それも未来の私が言っていたんですか?」

「はい。その理由は?」

「あなたならもう知っているかもしれませんが、あれは、小学校高学年くらいの時かな。私、気づいてしまったんです。

 私、その頃から算数が好きになって、よく勉強もしていたんです。それで、『奇数と偶数』っていうことに、気づくようになって…。

 花びら占いって、最初、『好き』から始めると、奇数の時には、結果は『好き』、偶数の時には『嫌い』に、必然的になるんですよね。私、そのことに気づいた時は、本当にショックで、子どもながらに落ち込みました。…私の花びら占いは、私の今までの恋は、何だったんだ、って…。

 まあ、大きくなった今になってみると、他愛もない、小さな頃の話ですが、当時の私にとっては、大問題でした。

 まあ、それも乗り越えて、今でも他の占いには、夢中になれるんですけどね。

 私、わりと占いは、信じるタイプなので。」

 「改めて、と言ったらいいのか、良くないのか…とりあえず、説明ありがとうございます。

 でも、さっきの僕の手みたいに、花びらが1枚増えれば、結果は変わってきますよね?」

「まあ、そうですね…。」

「だから、最初偶数で、『好き』から始めた占いは、そのままだと必ず、『嫌い』で終わりますが、枚数が1枚増えると、『好き』に変わりますよね?」

「…言いたいことがよく分かりません。」

「先程からの美月さんの、僕に対する態度を見ていると、僕のことが、『嫌い』に見受けられます。…つまり、花びら占いに例えると、偶数の花びらです。

 でも、僕には、僕のマジックで、偶数を奇数に変える、そんな力があると信じています。つまり、美月さんの『嫌い』を、『好き』に変えてしまう、そんな力を、僕は持っていると信じています。

 必ず、美月さんが、僕のことを好きになるようにして見せます。

 美月さんの偶数、僕が奇数に変えて見せますから。」

悠馬は、こうして決め台詞を吐いた。

 「…はあ!?呆れて物も言えない、っていうのは、こういうことを言うんですね。

 言っておきますが、私、キザな人はタイプじゃありませんから。

 …まあいいでしょう。なら、私の心、変えてみてくださいな。言っときますけど、私、そんじょそこらのマジックは、通用しませんよ!

 では次会えるの、楽しみにしています。」

「分かりました。あと、これは決まりごとで、僕は未来から来た人間なので、連絡先の交換は、できないことになっているんです。

 それで次の約束ですが、今度の日曜日の正午、12時に、ここのカフェで待ち合わせ、ってことでよろしいですか?」

「いいですよ。でも、次のデートが最後、って可能性も、大いにありますからね。

 私、1回だけしか約束していないので。」

「…分かりました。では、さようなら。」

こうして、2人はその日、別れた。

『あの、悠馬っていう人、いい人なのか、悪い人なのか分かんないな…。』

美月は家に帰った後、そう思った。

 こうして次の日曜日、2人の奇妙なデートが、始まることとなった。


※ ※ ※ ※

 「え、ホント?美月、あの後デートに誘われたの?」

「え、まあ、そうだけど…。」

美月、真由、美樹の3人は、翌日も同じカフェで、お茶をしていた。特に今日は、

「美月、あの後何言われたの?気になるから教えて?」

との真由のたっての希望により、実現したものであった。(といっては大袈裟だが。)

「それで、あのイケメンの人、何歳?何してる人?」

「それは…まだよく分かんない。」

美月は、こう答えた。実は前の回で、ゲームが終わった後、悠馬は美月に、

『あと、一応僕は未来から来た人間なんで、僕のことを、必要以上に周りの人に話すのは止めてくださいね。それが、決まりになってますから。約束ですよ。

 具体的には、僕の名前を、前に一緒にいた友達とかに話すのはOKですが、僕が未来から来た、ってことは、絶対に言わないでください。あと、年齢や、住所を訊かれても、そこは適当にごまかしてくださいね。』

と、言われていた。

「そっか。まあこれから、ってことかな?それで、あのイケメンの人、名前は何ていうの?」

「中谷悠馬、っていうらしいけど…。」

「なるほど、悠馬くんか…。

 私、悠馬くんのこと、タイプだったんだけどな…。でも、悠馬くんが美月狙いなら、仕方ないか…。まあ、恋より友情、ってやつ?

 でも、悠馬くんと、何か進展があったら、絶対に教えてよね!」

 美月は、未来から来た悠馬のことを、真由たちにどれほど話したらいいのか分からず、戸惑った。

 それに…、

『真由、相変わらず、この手の恋バナ、好きだな…。真由って、友達思いで、いい子だけど、ちょっと、ゴシップ好きな所があるな…。』

と、美月は心の中で、苦笑した。そして、

「いいじゃん、私の話なんか。もっと、楽しい話、しようよ。」

と、真由に言ってみたが、逆に真由から、

「あ、それ、勝手に人のスマホを韓国語設定にした人が、言えることですかあ~!

 これでおあいこだね!だから絶対、何かあったら教えなさいよ!」

と、美月は言われてしまった。

『それを言われてしまうと…、ああ、あの時真由の携帯に、イタズラするんじゃなかった…。』

と、今更ながらの後悔をする、美月なのであった。


※ ※ ※ ※

 「あ、来ましたね。こんにちは!」

「…こんにちは。」

悠馬の快活な挨拶に、美月はぎこちなく答えた。今日は、前に約束した、日曜日であった。

「すみません…待ちました?」

「いいえ、待ってないですよ。」

「…の割には、さっき来た感がありませんね。本当は、もっと前に来てたんじゃないですか?」

「…美月さんには敵いませんね。正直に言うと、30分前には、ここに来てました。」

「30分前!?バッカじゃないですか?

 確かに、今日5分遅れたことは、謝ります。でも、30分もここで待ってたなんて、かっこつけてるつもりですか?そんなの、全然かっこいいとは思いません。」

「いえ、そんなつもりは…。

 ただ、美月さんに早く、逢いたかったものですから。」

「…そんなこと言っても、私はなびきませんよ!」

美月はムキになって、そう答えた。

「そうですね。僕が知る限り、美月さんは惚れっぽいタイプではないですね。

 まあ、僕の待ち時間のことは気にしないでください。かっこつけてるつもりはないし、待つことには慣れてるので全然大丈夫ですから。」

悠馬のその言葉遣いに、美月は素早く反応した。

 「あと、言っときますけど、正しい日本語の言葉遣い、知っていますか?『全然』の後には、否定形が来るんです。ちなみにさっきも私、

『全然かっこいいとは思いません。』

って言いましたよね?

 悠馬さんの言葉遣い、

『全然大丈夫ですから。』

って言うのは、最近の若者に多い言葉遣いですが、私、その言葉遣いも、それを使う人も、はっきり言って嫌いです。」

「もちろん、知っていますよ。僕も、日本語好きなので。

 あと、美月さんが少しくだけた日本語が嫌いなのも、知っていました。ちょっと、美月さんを怒らせてみたくなっちゃって…。わざと、そんな言葉遣いをしました。

 でも、怒った美月さんの顔も、かわいいですね!」

「な、何を言ってるんですか!」

美月は少し赤くなり、そう答えた。

 こうして、美月と悠馬との、デートが始まった。

 「ちなみに、今日はどこへ行くつもりですか?」

「美月さんは、ショッピングは好きですよね?」

「はい、好きですが…。」

「この近くに最近できた、○○ショッピングモール、行かれたことはありますか?」

「いえ、まだです。」

「じゃあ、そこに行きましょう!」

「…分かりました。

 それにしても、未来から来た割には、最近の出来事、よく知っていますね。」

「一応、説明しておくと、僕の未来から持ってきたスマホ、電波を合わせると、『過去』、美月さんにとっての『現在』の時刻に簡単に合わせることができ、情報も、『現在』の情報が入って来るようにすることができるんです。」

「ふうん、そうなんだ。」

「なんか、気のない返事ですね。

 せっかく遊びに行くんだし、もっと楽しみません?」

「それは、あなた次第です。」

「そう来ましたか。でも、美月さんの一見冷たい、そんな所、嫌いじゃないですよ。」

「そんなこと言っても無駄ですから!」

美月は、またムキになって、そう答えた。

『この人、チャラチャラした感じは全くないけど、こんなこと、よく言う人なんだな。』

美月は、そう思った。

 実際、悠馬は、髪も全体的に長めではあるが黒髪で、服装も、シンプルなグレーのテイラードジャケットに細身のデニムを合わせており、決して、見た目がチャラい、という格好ではなかった。(むしろ、やはり『紳士的』という言葉がよく似合うことは、美月も認めざるを得なかった。)また、物腰も柔らかで、本当に、少女漫画のヒーローにいそうな、「王子様」タイプの青年、この表現が、悠馬にぴったり当てはまる、悠馬はそうみんなに思われるような、男性であった。

 ちなみに、この日の美月は、春らしい、花柄のワンピースに、パンプスを合わせていた。美月の中では、そこまで気合いの入った服装ではなかったが、やはり、

『一応、男の人と遊びに行くのだから、適当な服装はできない。』

という気持ちが、美月の中に働いていた。

 「ところで、美月さんの今日の服装、春らしくて、いい感じだと思います。」

悠馬たちは待ち合わせ場所のカフェを出て、ショッピングモールへと歩いて行く途中に、こう言った。

「そうですか。ありがとうございます、と言っておきます。」

「もっと、素直に喜んだらいいのに…。」

「いえ、結構です。」

美月は、こう答えた。

 また、美月たちがショッピングモールへ向かう、歩道を歩いている際にも、悠馬は車道側を歩き、さりげなく美月をエスコートしていた。その細やかな配慮・気遣いに、美月ももちろん気づいていた。

 「それにしても、今日は雲一つない快晴ですね。」

「そうですね。」

「こんな時、例えば松尾芭蕉なら、どんな表現で、この空を表すのでしょうね。」

「えっ…、悠馬さんって、そんなことも考えるんですか?」

「はい、そうですね。意外ですか?

 美月さんも、芭蕉や日本文学は、好きなんですよね?

 あと、美月さん、初めて僕を、『悠馬さん』って名前で呼んでくれましたね。」

「それは…、流れです。

 あ、もしかして、私と話を合わせるために、わざとそんなことを言ったんですか?

 だとしたら、そんな付け焼刃なこと、無駄ですよ!」

「…はっきり言っておきますが、それは違います。もちろん、僕は美月さんが日本文学に造詣があることは知っていましたが、僕も最初から、日本文学が好きだったんです。」

悠馬は、真剣な表情で、こう言った。その眼差しに、美月は不覚にも、ドキッとしてしまった。また、その悠馬の顔を見た美月は、悠馬に失礼なことを言ってしまった、と思い、悠馬に謝った。

「すみません、悠馬さん。私、そんなつもりでは…。」

「いえ、いいんです。一応、僕の文学に対する気持ちを、美月さんにも知っておいて欲しかったものですから。

 ちなみに、僕たちの、未来での最初の出会いも、日本文学がきっかけなんです。」

「えっ、そうなんですか?」

 美月は、その話に興味を持った。

「おっと、少し口が滑りましたね。実は、未来から来た人間は、その未来のことを、『現在』の人間に伝えることは、基本的にできないんです。まあ、さっき言った内容ぐらいなら、全然問題ないですが…。

 だから、自分から言っておいて申し訳ないのですが、未来のことを訊くのは、止めてくださいね。」

「…分かりました。」

「あと、さっきの、『全然問題ない。』は、大丈夫ですか?」

「…そうですね!」

悠馬の冗談に、美月は少し笑いながら、答えた。これが、悠馬と一緒の時に、美月が初めて見せた、笑顔であった。

 そうこうしているうちに、2人はショッピングモールに到着した。


 「美月さん、こうやって2人で遊びに来ることができたのも何かの縁ですし、今日は1点だけ、美月さんの好きなアイテムを買ってあげますよ。」

「え、でも、それはさすがに悪いですよ…。」

「いえいえ、そんなことないです。

 言い忘れていましたが、僕と美月さんは同い年で、同学年なんです。でも、僕は『未来』から来ているので、『現在』の時間では、僕の方が先輩、ってことになりますね。

 それで、先輩に奢ってもらうのは、よくあることですよね?だから、美月さんは気になさらずに、好きなアイテムを選んでください。

 あ、でも、高すぎるものはNGですよ!あと、1点だけですからね!

 ちなみに、僕もファッションは好きなので、何か訊きたいことがあったら、遠慮なく訊いてください。」

美月は悠馬の配慮に、少しだけ嬉しくなった。

「そう言われてしまうと…。

 分かりました。では、それなりの範囲で、遠慮なく選ばせて頂きます。」

美月は、こう言った。


 「あ、このオレンジ色のワンピース、夏っぽくてかわいい!やっぱり夏には、明るい色を着たくなりますね。今のうちに、夏服用意しておかなくっちゃな~。

 でも、このウェッジソールのサンダルも、かわいいな…。どれにしようか、迷っちゃいますね。」

「でも、僕が買ってあげられるのは1点だけですよ。」

「分かってますって!」

美月は、悠馬との間のぎこちない雰囲気も忘れ、ショッピングに熱中していた。そんな美月を、悠馬は微笑ましい表情で見ていた。

 「でも、夏仕様のアクセサリーも、気になっちゃいます…。この大ぶりのネックレスなんか、かわいいし、私の手持ちの服に合いそう…。」

 そこまで考えながら美月は、あることを思いついた。

『そうだ、せっかくだから悠馬さんに、いろいろ訊いてみよう。

 ファッションが好き、って言っても、悠馬さんは男の人だし、そこまでは知らないだろう。それで、悠馬さんが私の質問に答えられなくなったら、面白いな。』

 美月は悠馬の、質問に答えられなくて焦る顔が見てみたいな、そう思った。それは、単純に悠馬の鼻を明かしてやりたい、という気持ちだけでなく、美月の本来の、イタズラ好きな性格からも来るものであった。

 「悠馬さん、夏用のサンダルが気になっているんですが、普通のサンダルとミュール、どちらがいいと思います?」

「そうですね…。

 僕の記憶では、美月さんはサンダルはたくさん持っていても、ミュールはそんなに持っていなかったと思います。それに、このモノトーンのミュールなら、大人っぽくて、それでいて美月さんの雰囲気にも合うと思います。

 もう少し付け加えると、このモノトーンのミュールは、美月さんの新たな境地、みたいなものですかね?

 僕のイメージでは、美月さんはつま先の見えるサンダルを、夏によく履いていると思いますから…。」

「あ、そうですか。ありがとうございます。」

美月はこの質問をする前、

『どうせ、サンダルとミュールの違いも、悠馬さんはあやふやなんじゃないかな。』

と、悠馬を少しナメてかかっていた。しかし、その美月の作戦は、失敗に終わった。

 さらに、

「この長い丈のワンピースも、かわいいな…。」

「ああ、マキシ丈のワンピースですね。」

「そうそうそれです。」

また、

「とは言っても、まだ夏は先ですよね。私、レギンスも買わないとな…。

 これなんかはいいかな?」

「シンプルで、美月さんに似合うと思いますが、これはトレンカですね。美月さんは、トレンカの方が、普通のレギンスよりも好きですか?」

「え、いや、まあ、どちらもです…。」

 美月の目論見は、完全に失敗に終わりそうである。

『このままでは、悠馬さんにやられてしまう…。』

美月はそう思い、何とか質問をひねり出そうとしたが、出てこない。

 そうしているうちに、

「美月さん、ちょっといいですか?」

悠馬がそう声をかけてきた。

「はい、何でしょう?」

「さっきから美月さん、僕に質問して、僕が答えられないのを見てやろう、と思ってません?」

「え、いや、その、そんなつもりは…、ありました…。」

「美月さんらしくないですね。日本語が、おかしくなってますよ。

 でも、その考えは、美月さんらしいですね。どちらかというとキザなタイプの僕の、鼻を明かしてやろうと思ったのと同時に、生来の美月さんの、イタズラ好きな性格が合わさった、といった所でしょうか?」

「…そこまで分かっていたんですね。その通りです。

 ごめんなさい。」

「いやいいんですよ。

 美月さんのそういう所、かわいいと思います。

 ちなみに、男で女性のファッションにやたら詳しいのって、自分でもどうかと思いますが、僕は、男性のファッションも女性のファッションも好きなので、それなりに詳しいつもりです。だから今回は、僕の勝ちですね。」

「そうですね。私の負けです。でも、悠馬さんは勉強熱心だということが、よく分かりました。男性で女性ファッションに詳しいの、私はアリだと思います。『気持ち悪い』とか、思いませんよ。」

「それは良かった。」

実際、悠馬はよく見ると少しフェミニンで、中性的な雰囲気を持った青年であったので、「女性ファッションに詳しい。」という悠馬の知識は、悠馬によく似合っている、美月はそう思った。

 「それで、美月さん、今日買う服は決めました?」

「…そうですね。やっぱり最初に見た、夏仕様の、オレンジのワンピースでお願いします。」

「了解です!」

そして、美月は悠馬に、ワンピースを買ってもらった。また、気づけばもう、夕方の時間になっていた。(美月はショッピングに夢中になっていたため、また例のイタズラを悠馬に仕掛けるのに夢中になっていたため、そのことに気づかなかった。)


 「もう夕方ですね。今日は、この辺りでお開きにしましょうか。」

「え、あ、もうこんな時間…。

 今日は楽しかったです。ありがとうございました!それと、ワンピースも、ありがとうございます!」

「それと、次回なんですが…。

今日は、イタズラに失敗した美月さんの負け、ということで、もう1度、僕に付き合ってはもらえませんか?」

「…分かりました。

 今日は申し訳なかったので、次回もよろしくお願いします。」

「本当にそれだけですか?」

「勘違いしないでください!」

美月は、少しムキになった。

 「おっと、それは失礼。

 では、来週の日曜日、今日と同じく、正午にカフェで待ち合わせ、ということでよろしいでしょうか?」

「分かりました。」

「では来週、楽しみにしています。

 それにしても、きれいな夕焼けですね。僕は俳句はやらないですが、一句、詠みたくなるような空ですね。」

「確かに。私も、俳句を詠んだことはありませんが…。」

「ちなみに僕は、俳句ももちろん好きですが、恋の情緒を詠った短歌も、大好きです。」

「あ、私も、短歌好きですよ!」

2人はこの日、次の約束をし、また他愛もない話をしながら、別れた。


※ ※ ※ ※

「すみません、また遅れてしまって…。」

「いいですよ。今日は、本当にさっき来たばっかりですから。そんなに待ってません。」

「でも…。」

美月は、この日も集合時間の5分程後に到着していた。

 「それにしても、美月さんが朝に弱いのは、相変わらずですね。僕は待つのを苦にしないタイプなのでいいですが、他の友達に、怒られたりしません?」

「はい、よく怒られます。

『美月、ちゃんと時間守ってよ!』

って…。

 今日も、早めに起きようと思って寝たんですが、朝目が覚めたら、11時を回ってました…。」

美月は、悠馬にこう答えた。しかし、その割には、美月はしっかりと化粧をしており、男の子と出かけるのに、恥ずかしくないようなメイクをしていた。また、今日は前回のデートとは少し雰囲気の異なる、スパンコールつきのTシャツに、デニムのショートパンツを合わせ、髪型もいわゆる「お団子ヘアー」にしていた。

 「それはギリギリですね…。

 ところで、今日の美月さんって、前回と雰囲気が違いますね。」

悠馬がそう言うと、美月は得意になり、

「でしょ?ちょっと、いつもと違う服装、してみたかったんです。

 女の子にとって、ファッションは真剣勝負、つまりこれは『戦闘服』ですから。」

と、答えた。

「それは、僕にとっても同じですよ。美月さんとデートする時の僕の服装も、いつも『戦闘服』です。」

ちなみに、今日の悠馬の服装は、前回のようなカッチリした服装ではなく、少しラフめではあるが、細身のTシャツに、ワイドパンツを合わせた、いわゆるAラインの、ゆったりしたものであった。

「そういえば悠馬さんも、この前とは雰囲気、違いますね。

 でも、私と会う時に『戦闘服』って、何か失礼じゃありません?」

「決して変な意味じゃないですよ。ただ、美月さんと逢う時は、いつも緊張するっていうか…。

 やっぱり、変な意味になってますかね…。」

「へえ~。緊張するんだ。この前、大きな口叩いていた人が、意外ですね!」

悠馬の言葉を聞き、美月の中のイタズラ心が、一気に疼いた。

「今それを言われると…。

 ただ、僕は美月さんといる時は、いつもドキドキするし、急に切なくなったりもするし…。

 これだけは言っておきます。」

美月は、悠馬の言葉に、意表をつかれた思いがした。

『この人、単に自信満々な人ではないんだな…。』

美月は、心の中でそう呟いた。

 「…でも、話戻しますが、相変わらずってことは、未来の私も、朝に弱いんですか?」

「…そうですね。人間急には、変わらないってことですかね?」

「そうなんだ…。気をつけなくちゃな…。」

 美月は、心底反省した様子である。

「まあ、僕は大丈夫なので、気になさらないでください。

 あんまり気にしていると、せっかくのデートも台なしになってしまいますから。」

「わ、分かりました。」

悠馬の気遣いに、美月は少しではあるがドキッとした。

「今、ちょっとドキドキしました?」

「し、してませんから!」

美月は、こう答えるのが精一杯であった。


 「まあ、それはさておき、今日はまず、映画を一緒に見たいと思いまして。」

「いいですね!映画、私も好きです。

 で、何の映画を見るんですか?」

「美月さんは、『彼女のdiary』って、知ってますか?」

「知ってます!確か、ベストセラーになった小説を、映画化したものですよね?

 私、原作も読みたかったんだけど、ちょっと時間がなくて…。でも、映画、ずっと見たいって思ってたんです。

 ありがとうございます!どんなストーリーか、楽しみです!」

「それは良かった。ちなみに僕は、原作読みましたよ。まさに青春、って感じの、いい話でした。

 それで、映画版を、美月さんと一緒に見たいな、と思いまして…。」

「ちなみに悠馬さんは未来から来てるってことは、映画版も1度、見られているんですか?」

「いえ、それが、時間があまりなくて、僕も映画版を見るのはこれが初めてです。」

「そうなんだ。じゃあ一緒に楽しみましょうね!」

「そうですね。」

こうして、2人は映画を見ることになった。


 「映画、本当に良かったです!ありがとうございました!」

「そう言って頂けて何よりです。それに、美月さん、少し泣いてましたよね?」

「な、泣いてませんから!」

「いや、泣いてました。ほら、ここに証拠があります。美月さんの泣き顔、スマホでバッチリ撮ってありますから。」

「ちょ、ちょっと、その写真、消してくださいよ!」

「…冗談ですよ冗談。だいいち、映画館で写真なんて撮れるわけないじゃないですか。」

「あ、そう言われれば…。」

「やっぱり、美月さんはおっちょこちょいですね。

 ちなみに、スマホでは撮れませんでしたが、美月さんの泣き顔は、僕の瞳の奥のシャッターに焼き付けてありますから。」

「…あなたはやっぱり、キザですね。」

「それほどでも。」

「褒めてませんから!」

美月は、ムキになってこう言った。そして、2人は笑った。

 「何はともあれ、今日は楽しかったです。それで、次の約束ですが…

 今回は、僕が賭けに勝ったわけでもなく、美月さんに借りがあるわけでもありません。

 だから…。

 この後の約束は、美月さんに任せたいと思います。

 美月さん、これからも、僕と逢ってもらうことは、できますか?」

その時、悠馬は真剣な眼差しで、美月を見つめた。時折見せる悠馬のこのような表情は、確実に、美月をドキドキさせていた。

 「…ちなみに悠馬さんは、いつまで、その、『現在』の世界にいるつもりですか?」

「…一応、他にやることもありますので、今年の夏くらいまでは、こちらにいるつもりです。」

「そんなに長くいるんですか!

 だったら、こっちの世界に、話し相手がいないと、寂しいですよね?」

「え、ええ、まあ…。」

「だったら、私が話し相手になってあげても、いいですよ?」

「ほ、本当ですか!?」

「だって、他に話す人、いないんでしょ?」

「ええ、『現在』の世界にはいません。」

「だったら、仕方ないじゃないですか。」

「ありがとうございます!」

悠馬は、そう言って、泣きだした。

「そ、そんなに泣かなくても…。

 そういえば悠馬さんも、映画を見て泣いていましたね。でも、その後でもそんなに泣けるなんて、よっぽど涙が溜まっていたんですね!」

「すみません、泣いてしまって。

 まあそれほどでもないですが…。」

「別に褒めてませんよ!」

「分かってます!」

2人は、こうして冗談を言い合った。この後2人は、近くのカフェやレストランで時間をつぶした。そうしているうちに、辺りはすっかり、暗くなっていた。

 「美月さん、今日は本当に、ありがとうございました。じゃあ次回も、日曜日の正午に、いつものカフェで待ち合わせ、ということでよろしいですか?」

「はい!」

「それにしても、きれいな夜空ですね。今日は、宵の明星がきれいに見えていますね。」

「私、星には詳しくないんですが…、宵の明星って、金星のことでしたっけ?」

「その通りです。

 僕は、天体観測も趣味なので、家に望遠鏡も持っていますよ。美月さんに見せてあげられないのが、残念ですが…。」

「そうなんですか。悠馬さんって、多趣味なんですね!」

「もしかして、褒めてくれてます?」

「はい、今回は。」

「…やった!」

「何ですかそれ。」

「いえいえ。美月さんに褒めてもらえることって、そうそうないですから。」

「そんなことないですよ!」

こう言って、2人は別れた。


※ ※ ※ ※

その日の晩、家に帰った美月は、悠馬のこ

とを、考えていた。

『悠馬さんは、ちょっとキザで、ナルシストな所もあるけど、本当はいい人だ。

 それに…、

 悠馬さんともっと一緒にいたい、って思う自分がいる。私、やっぱり…、

 悠馬さんのことが、好きになったみたいだ。

 でも、私、イタズラ好きな性格だし、悠馬さんに嫌われてしまうかも…。それに、自分から告白する勇気なんて、ない…。』

美月は、自分の部屋のベッドの中に潜り込み、悶々としていた。そうしているうちに、ある疑問が、美月の頭の中をもたげた。

 『それにしても、悠馬さんは、どうしてわざわざ、未来の世界から『現在』の世界に来たんだろう?』

 しかし、その疑問は、美月の中から、すぐに消えてしまった。美月の心の中では、そんな小さな疑問より、悠馬に対する恋心の方が、もっともっと、大きくなっていた。

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