Chapter0

 彼は、とてもとても明るい大きな太陽。私はそんな彼の下を歩く小さな蟻のようでした。


「声が小さいから、大人しいってよく言われるの」

「あー、それは僕も思う」

「そうなの? 私、別に大人しいってわけじゃないんだよ」

「嘘だぁ〜」

 よく他愛もない話をしていたのは、中一の三学期。国語のレポート作成のため、私と彼は放課後の図書室に入り浸っていました。

「嘘じゃない……でも、こうして話が出来るようになって嬉しいな。私、本当はみんなと仲良くしたかったの」

「今からでも遅くないよ」

 シャープペンをくるくる回しながら、彼はあっけらかんと言ってしまう。私は、それをじっと見つめて唇を尖らせました。無茶を言わないで、無謀だよ、と。そんな私の意を汲んだのか、彼はこう続けました。

「じゃあ、僕が木ノ下さんの願いを叶えたげるよ」

「え?」

「あ、ごめん。なんか上から目線だったね。でも仲良くしたいんなら、なんとか都合つけるよ。もうすぐ三学期終わるしさ」

 そう言って、模造紙に綺麗な円を描きました。


 おかげで、中一の三学期は良い思い出ばかりです。

 だからなのか、その前からなのか、いつしか私は彼の姿を目で追っていました。どうしたら、もっと仲良くなれるの。どうしたら、無条件に彼の隣にいられるの。

 勇気が欲しくて欲しくて、神頼みをしても私は意気地なし。「おはよう」が返ってくるだけで満足だったのに「もっと」と欲が膨らんで……

「木ノ下さん、楽しかった?」

 レクリエーションを計画した彼が、笑顔で訊いてきたことを覚えています。息が止まってしまうくらいによく覚えています。

 しかし、曖昧なことが一つ。レポートの仕上げをしている最中、彼は私に何と言ったのかがはっきりと思い出せません。

 でも、私が彼の唇を奪ったのは確かです。彼の告白を待つ前に奪ってしまった。

 それがいけなかったのでしょう。あんなことをしなければ、あんな欲を持たなければ、私は最初から彼の隣を歩くことが出来たのに。回り道をせずとも上手く出来たのに。

 こんな欲張りな私に、神様はとことん意地が悪い。

 諦める時間はいくらでもありました。でも彼が何度も私を見る度、その唇を待っている。焦がれて、焦れて、焦って……あぁ、どうやら私はせっかちなのでしょうね。

 二度目は中三の春。彼は緊張と恥ずかしさでいっぱいになっていて、なかなかいいお返事をもらえませんでした。だからリセットしました。


 三度目は高二の夏。彼は、私を前に四苦八苦していたようです。時間切れだったのでリセットしました。


 そして四度目。大学一年の秋。彼はやっと私の存在に気づいてくれました。あの瞬間は決して忘れることはないでしょう。お互いに。


 私は、上原芯くんのことが好きです。ずっとずっとこれからも。彼がまた私への気持ちを忘れてしまっても、何度だって振り向かせます。

 でも、今のところ私がキスをしても彼から思いが消えることはないみたい。

 あの困った体質はなんだったのか……意地悪な神様の悪戯だったのでしょうか。

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その唇を待っている 小谷杏子 @kyoko

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