第3話 誘い

 翌日、私は勤務先の女学校の廊下で、アメリカ人教師のエリック先生に呼び止められた。


 碧眼の英語教師は絹糸みたいな金髪を窓から射し込む陽光に輝かせ、弾けるような笑顔で近づいてきた。



「タカコ、今週の水曜日の夜、予定はいかがデスカ? 実は私の知り合いが勉強会を開くので、是非タカコもと思って。テーマは学問の自由と思想犯罪について。と言っても、反社会的な集まりではアリマセン。元憲兵の先生をお招きし、取り締まる側のツラさについてお話を伺い、我々学問を教える側との妥協点を見つけようというケンセツ的な会です」



 エリック先生は、排外的になりつつある世論に心を痛めながらも、大日本帝国のあり方にも理解を示す親日派だ。

 彼が関わっている勉強会なら、愼也さんたちに取り締まられるような類の物ではないだろう。


 何より、特高警察と職掌範囲が被る職業の方の苦労話を聞けるということは、非常に魅力的に感じられた。

 愼也さん本人はあまり話したがらない、取り締まりをする当事者の生の声を聞ければ、彼の苦しみをより理解してあげられるのではないかと思った。



 私は、愼也さんと共に歩んでいく。


 彼との未来のためにも、彼が仕事上置かれている立場をまず勉強せねば。



「空いています。是非参加したいです」



 そう返事をすると、金髪碧眼の英語教師は顔を綻ばせ、握手を求めてきた。



 甲に金色の産毛が生えた手は、赤味を帯びていて、冷たかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

戀物語〜あなたといく 十五 静香 @aryaryagiex

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ