第5話 莫迦らしい話

「こんなのって出鱈目な作り話みたい……」


 あの時、君は医者に向かってそう言い放ったね。とても心強かったよ。本当は誰よりも弱くて、今すぐにでも部屋を飛び出して廊下で泣き出すと思ったんだけどね。


 ありがとう。君は強くなったんだね。

 あの日を境に。


 

 ただ単調に廻るだけのドラム洗濯機。その回転するのを私はじっと眺めていた。今までの事が滑り落ちていくように、手を振って貴方は私の前から何処へ行くの?


 病室から遠くの空のヘリコプターの音が聞こえる。もう、さっき何を言ったのかも忘れるほどだ。注意深く吐き出される吐息も、不安が入り交じるから何度も何度も吐きそうになった。喉奥がつまるとはこの事だろう。


「今日は寒いね?」

「うん……寒いね」


 本を読む貴方からの、なんてことない言葉。それに返事する私。ありきたりな会話。

 普通は急激に加速していき、私たちの日常を変えていく。とても簡単ね。


 もう、今日は寒い筈。

 真夜中に雪が降り出して、次の朝には珍しく降った雪は、なにげない世界を見事な銀世界へと変えていった。


 よく眠り過ぎた夜に、私はふと目を覚ました。数え切れないほどの嘘をこれから私はつくの?


 永遠に続く退屈な時間が待ってるなんて、あの時の私は知りもしないでいた。



 溶けだした雪。泥濘む道。

 ふたりで歩きたかったの、そんな道でも手を繋いで。


「……かえで、売店でマスクを買ってきてくれるかな?」

「マスク? 売店じゃなくても薬局で買ってくるよ! あと、何か欲しいものある?」

「あ〜……じゃあ「ジョン・コルトレーン」のCDを部屋から持ってきてくれる?」

「うん! 分かった! すぐに行ってくるからね!」

「寒いから気をつけて……」


 これが最後に交わした言葉。

 私の声も、貴方の声も、消えてしまう瞬間だったのよ。


 神様が本当に居るとしたら嫌な人……本当に残酷なものね。

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