第7話「巨狼の超獣」
身構える三人の魔法少女に迫る銀狼――超獣がまず襲い掛かったのは、サラとリンカだ。巨体をまっすぐに突進させ、振り上げた爪を叩き付けてくるそいつに、二人は弾くように横へ跳ぶ。間一髪のタイミングで攻撃を躱した二人の残像を薙いだ狼の前足は、コンクリートに突き刺さり悲鳴を上げる。凶爪は、恐ろしいことにアスファルトの表面を引き裂き、微かな粉塵を巻き上げた。
巨狼の一撃を躱したサラとリンカは、着地すると一転、狼へと迫る。道路に降りて体勢を整えようとするそいつに左右から迫った二人は、サラが拳を、リンカが薙刀をそれぞれ持ち上げ、狼へ叩き付ける。
が、不発。
コンマ数秒の差で巨狼は攻撃を回避すると、一歩退いた体勢から、身体を旋回、尻から伸びた尾を鞭のようにしならせる。回転ながらのそれに、攻撃でたたらを踏んだサラとリンカは反応が遅れる。結果、二人の身体に尾はぶちあたり、二人は仲良く吹き飛ばされた。
「がっ!」
「ぐっ!」
苦悶の声を漏らしながら吹き飛んだ二人は、しかし地面へ衝突する直前で体勢を整え、着地。前のめりになりながらも両足で地面に降りた二人は、口の端から垂れる唾液と血の筋を咄嗟に拭った。
回転して反撃を繰り出してきた巨狼は、二人へ向き直るとそのまま距離を測り、地面を蹴ろうとする。
が、その時、そいつは背後から迫る白と桃色の気配に勘付いた。
振り返るが、遅い。二人に気取られてケアを怠った巨狼に、レイカが一瞬で距離を詰める。そして、相手が振り返りきるより早く、水晶の剣の斬撃を巨狼の胴部に繰り出した。刃は胴部に突き刺さり、それを深々とは言わずともかなりの長さで切り裂く。淀みなく振り切られた斬撃により、血飛沫が噴き出し、黒い瘴気と共に当たりの空間を赤く染めた。
そのダメージに巨狼は咆哮し、咄嗟に拳を霊香へ叩き付ける。攻撃を振り切った後の隙を狙ったのだろうが、しかしレイカは落ち着いていた。彼女は攻撃を繰り出した直後、相手の動きを見て身を沈め、頭上で攻撃を躱す。加えて、後ろに退きながら刃を跳ね上げ、水晶の剣で狼の腕を切り裂く、反射の反撃の拳を切りつけられ、巨狼はその腕をあげながら怒声、レイカには逃げられる。
間合いを離した後、レイカは剣を片手で持ち上げる。そして、それをくるりと立てたまま一回回すと、その切っ先を巨狼に向けた。
「喰らえ、
直後であった。
彼女の剣の切っ先から紫電が発生、巨狼に向かって放射される。突如放たれた雷撃は巨狼へと突き進み、狼は躱そうとするがその身に雷撃を突き刺さる。衝撃と、爆音。雷撃を受けた狼は黒煙を上げながら後退し、地団駄を踏んで咆哮を上げる。攻撃のダメージによるものか、その悲鳴は苦痛により歪んでいた。
雷の放射魔法で巨狼を攻撃したレイカは、すかさず狼の反対側を見る。
「サラ、陽動をお願い! リンカ、足止めして! 大技を仕掛ける!」
「任せろッ!」
「了解!」
レイカの指示に二人は是と答えるや、地面を蹴り、叫ぶ巨狼へと迫る。
先に巨狼の前へと到達したのはサラだ。疾風の如き速さで巨狼の前へ進んだ彼女は、それに気づいて顔を向ける狼の顔面へ拳を振り上げる。殴り上げた拳は狼の顎を直撃し、その顔を弾くように浮き上げさせる。体勢を崩した巨狼、だがそいつはその体勢をすぐに利用する。体勢をのめらせた狼は、その勢いのまま身体を旋回、先のように尻尾をサラへ叩き付ける。勢いよく迫ったそれに、しかしサラは先の二の舞は踏まぬとばかりに瞬時に回避、後ろへ離れる。眼前で空を切ったそれを見て、サラはあえて敵の眼前に躍り出る。風を纏うようにすることで超スピードとなった彼女の出現に、狼が軽く目を見開く中、サラは狼の顔面めがけて拳を振り抜く。
「うらぁっ!」
その動きに、巨狼は警戒のために身を固めるが――これが失敗だった。
瞬時に、狼は足元を這う冷気に気づき、下を見る。直後、狼の四足が、瞬く間に氷結して地面へ縫いとめられていた。ぎょっとする狼は、視線を冷気の源へと向ける。そこでは、リンカが地面に薙刀を突き立てた体勢で、切っ先から白い冷気を這わせているのが確認できた。
サラに目を取られてリンカの行動を無視していたことに気づいた巨狼の行動は致命的だった。
その前方では、サラが拳に大旋風を覆い、背後ではレイカが剣に稲妻を纏っていた。
「サラ、行くよ!」
「
直後、前後から挟み撃ちの要領で二人は巨狼へ襲いかかる。風の暴力と稲妻の衝撃は狼へ突き刺さり、その身に甚大なダメージを与える。拳が首下を突き刺してその周囲の骨をへし折って肉に食い込ませると同時に、背を斬った傷口からは全身へ雷撃が巡り、その衝撃と電流と熱で狼の身体全身を震撼させた。血飛沫と共にオーラの黒煙が噴き乱れ、足を固定化されて動けない狼は苦痛の絶叫を上げる。
「リンカ、お願い!」
風と雷、拳と斬撃で大きな被害を与え、すでに意識の薄い巨狼へ、レイカは指示を送る。それに応じ、リンカは薙刀を地面から引き抜き、巨狼の上空へと舞いあがる。軽やかな動きで宙へ飛んだ彼女は、その体勢で薙刀を振り上げ、その刃を絶対零度の冷気でコーティングする。その動きに、先のダメージで意識に支障が出た巨狼は気づくことすらできない。
一刀、両断ッ――
鋭い斬撃により、狼の胴部は深々と抉られる。その傷口はあまりの冷たさに凍結し、細胞を壊死させながら血煙をあげる。だが、その血も冷気で凍結し、赤黒い結晶となって、周囲に散らばった。
がくがくと両足を震わせ、すでに絶息間近の巨狼だが、しかしまだ息があった。
それを見て、レイカは剣の切っ先を向ける。
「これで、とどめっ!」
そう言うと、レイカだけでなく、リンカも薙刀の切っ先を、サラも片手の指先を、狼へ向ける。その瞬間、狼の上空に空気の奔流が渦巻き、そこに小規模な嵐が発生する。微かに白く染まったその風雲の中を、同じく白に染まった雷光が降り注いだ。凍気と風刃を宿した強力な稲妻で、それは巨狼の巨体の中心を貫く。その貫通の際、雷撃の電圧が巨狼の全身を震わせ、凍気が血を凍らせ、風の刃が肉を抉り飛ばす。それに巨狼は声なき絶叫を上げ、全身を内側よりズタズタに引き裂かれ、即時緊張を失って脱力する。
横に傾く巨体に、その重さに耐えきれなかったのか、両足の氷結が割れる。そして、巨体はズドンと音を上げて、その場に横へ倒れ伏したのだった。
「やったわね」
倒れた巨体を見て、レイカがそう確認をする。
「これで、今回の敵も片づけた、と」
「そうだな。あーだるい」
ふうっと息をつくレイカに対し、サラは両手を天に伸ばし、全身を緊張の後脱力させる。
「こんな所まで出張った上で歯ごたえのない敵、本当に面倒だな」
「歯ごたえある敵が来た方が大変でしょう。これで終わるならありがたいことよ」
「まぁ、そうだけどな」
「……貴女たち、気を抜くのは早いみたいよ」
歓談をしかける二人に、警句を発したのは、リンカであった。
二人がそれに振り向くと、リンカは横手を見ながら目を細める。
「誰かが、いる。出てきなさい!」
リンカがそう声を張ると、その声からややあってから、建物の陰より姿を見せる。
「ちっ、ばれたか。上手く隠れたつもりだったんだがなぁ」
そう言って姿を現したのは、深紅のコートに身を包んだ少女――オーリムラクであった。
ドラキュリーナ・カプリチオ 嘉月青史 @kagetsu_seishi
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