第6話「魔法少女見参!」

 都市郊外に存在する、住宅などが並ぶ一帯である。役所や職場がある都市中心からやや離れた位置にある人々の集合住宅街――いわゆるベッドタウンと呼ばれる場所であった。

 そこでは、逃げ惑う人々の悲鳴と怒号が響いていた。

 パニックとなる人々が逃げる先、その反対側の方角には、黒い瘴気を纏う灰色の毛並みの獣たち――超獣の姿が存在した。数十はいるその群れは、今、逃げ遅れて倒れていた人々に襲い掛かっていた。足掻き叫ぶ人を、その鋭い牙や爪で切り裂き、その断末魔を鎮めようと猛威を奮っていた。

 その超獣は、外見が犬、否、狼に似ている。鋭い目つきに獰猛そうな呼吸、そして危険な空気は、まさに人を襲う害獣といった雰囲気に満ちており、実際にすでに何人もの人間を毒牙にかけていた。


 そんな狼の超獣たちが、次なるターゲットを狙う。

 彼らの目に止まったのは、一人の少女だ。幼女、とでもいうべきか、まだ小さく幼い少女は、辺りを見回して泣き叫んでいた。超獣から逃げる最中で、恐怖に心を支配されたのか、もしくは一緒に逃げていた親や友人らとはぐれたか、あるいは両方か――ともかく逃げ足が鈍っていた。

 そんな少女に向かって、狼の群れは殺到する。自動車並みの健脚を誇る狼の超獣たちは、一斉にその幼き少女に、背後から毒牙を振るおうとした。


 それを阻むは、桃色の閃光――


 少女に襲い掛かった超獣たちは、その光の奔流に次々と突き刺され、吹き飛ぶ。血飛沫を黒い瘴気に混ぜながら飛んだ獣たちは、道路に叩き付けられると、数回跳ねた後で止まる。深々と身体を引き裂かれた彼らは、傷口から血潮を噴きだしながら、動かなくなっていた。

 泣いていた少女は、少しぎょっとして背後を見る。

 そこには、彼女より遥かに大きな背中が、超獣たちを阻むように立っていた。

 水晶で出来た剣を手にするその姿は可憐で力強く、そして何より凛々しい。

 その背を見て、少女は安心感から膝をつく。緊張が解けたのだろう、腰を抜かした少女は、ただ茫然と涙を流していた。

 そんな少女を見向きもしないまま、剣を手にした少女は叫ぶ。


「サラ! この子を安全なところへ! 私は魔獣をどうにかするわ」

「分かった。すぐ戻るからな!」


 その声に、幼き少女はその背に新たな少女の出現に気づいた。こちらは、緑と黄緑の色を基調とした服装の少女だ。

 彼女は、少女を問答無用で抱きかかえる。そして、まるで風のような勢いで、この場から離脱していった。




 逃げ遅れた幼女がサラによって避難していったのを確信すると、少女――魔法少女であるレイカは、目の前の超獣たちと相対する。

 超獣たちは、仲間を返り討ちにした少女にぐるると唸り、ゆっくりと間合いを測ってくる。

 そんな相手へ、レイカは剣を構えた。


「貴方たちの相手は私よ。さっさと倒させてもらうわ」


 水晶の剣を構え、そう宣言するレイカ――彼女に対し、超獣たちは唸り声をあげて襲い掛かった。鋭い牙が生え並ぶ大口を開け、彼らはレイカに襲いかかる。

 返答は、鋭い青水晶の閃光だった。

 宙を引き裂く閃撃は、襲いかかりつつあった超獣の間を駆け抜ける。その光の筋に目を奪われたと同時に、超獣たちはレイカの姿を見失う。それもそのはず、レイカは既にその場からは立ち去っていたからだ。彼女の姿は、今、超獣たちの背後にあった。


 血の華が咲く。


 超獣たちを瞬く間に切り裂いたレイカは、血飛沫と共に崩れ折れる超獣たちに見向きもしなかった。先陣を切って自分に襲いかかったのは最初の数体だけであり、その向こう、自分の眼前には超獣の群れが猶も展開していたからだ。敵は更に前にいる、それを確認したレイカは、剣に付着した血を振るい落とし、前へ進む。


 咆哮。


 最初に襲いかかった仲間を返り討ちにされた超獣たちは、怒りで吠えながらレイカに迫る。次々と切迫するその姿は土石流どせきりゅうに混じった岩の如しで、常人ならば臆していたところだろう。

 レイカは違う。彼女はその姿を、むしろ好都合とばかりに目を据えた。

 そして、横へステップするなり、迫る敵の側面へ躍り出る。怒涛の中に進む彼女に、超獣たちは眼光をぎらつかせながら襲いかかるが、次々と彼らの目に映ったのは、美しいばかりの水晶の刃だった。


 青電一閃せいでんいっせん――

 襲いかかった狼の頭が、縦に振り落とされた斬撃で貫かれる。超獣の頭はかち割れ、切れ目から血潮ちしお脳漿のうしょうをぶちまけながら地面に叩き伏せられた。


 快刀乱麻かいとうらんま――

 敵陣深く切り込むレイカは、続けざま三体の超獣を斬り伏せる。駆け抜けざま胴部を裂かれたそいつらは、斬撃の勢いに押されて錐揉みしながら、レイカの道を開けるように散乱した。


 百花繚乱ひゃっかりょうらん――

 敵陣深く切り込んだレイカは、旋回しつつ剣を縦横無尽に振り払う。暴風雨となった彼女の斬撃によって、攻めかかってきていた超獣たちは自らその暴れ狂う刃の餌食となり、血の華を吹雪かせる。

 どっと宙を舞った血の華は、天高く昇った後に勢い失くして降下、血の雨粒となってドッと降り注ぐ。

 それを背にしながら、レイカは前へと進んでいった。


   *


「レイカ、戻ったわよ!」


 戦闘開始から数分、幼子を安全な場所まで避難させたサラが戻って来た。

 その彼女の前に広がっていたのは、美しい赤の花畑――と見まがうほどに紅で染まった血の池地獄だった。赤い血の跡が付着した道路や建物の壁と超獣の遺体が沈澱する血の海は、だいぶ傾いた太陽の光を浴びて照り輝いている。

 その向こう側に、水晶の剣を手にしたレイカの姿はあった。

 彼女は、周りに敵がいないことを確認すると、声がした方向に振り向く。そこでサラの姿を確認し、レイカは薄く笑う。


「お帰り、サラ――それと、やっと来たわね、リンカ」


 レイカがそういうと、サラは背後へ振り向く。

 その眼前に、勢いよくやって来た青の紫の影があった。人の背丈の倍近い薙刀を抱えてやって来たのは、青い長髪の美しい少女だ。それは、魔法少女のいでたちとなった、凛華である。

 サラのすぐ横までやってくると、彼女は急停止して周りを見る。そして、目を軽く細めながらレイカを見た。


「今来たわ。随分派手に暴れ回ったようね」

「そうね。貴女が来るのが遅れているうちにね」

「私が遅かった、とでも言いたいの? 言っておくけど、連絡を受けたのは私の方が後だったのだから、遅れて当然なんだけど」

「違うわよ。ちょっとからかっただけ」


 軽い笑みを交えながら話すレイカに、リンカは淡々と応じる。

 そのやりとりを横で見ていたサラは、やがてレイカを見た。


「それはともかく、魔獣の親玉は出たか? ここにはまだいないようだが」

「そうね。でも、近くに居るはず――」


 サラの問いに答えようとしていたレイカだったが、その時彼女らの視線が一カ所に注がれる。

 そこに現れたのは、巨大な一体の影である。大きさは、アフリカゾウ並みであろうか。ただ、その立派な体躯には剛毛が茂り、灰色に染まったその身体の先端、顔からは鋭い赤い眼光が差している。

 巨大な影は、近くの建物の屋上に着地した。そして、そこから下を確認し、血の池と魔法少女たちを視界に収めると、吼える。

 大地を揺らす咆哮に、三人は身構えた。


「噂をすれば、出やがったな」


 そう言って、サラが一歩後退しながら拳を握る。


「でかいけど、俊敏そうね。この前出た猿とは格が違いそう」

「油断は出来ない、そう言いたいのね」


 一方、レイカとリンカも、油断なくそいつを見上げる。互いの武器を立てながら、その巨獣がいきなり襲いかかって来ても対応できる体勢を取る。

 一方で、巨大なその獣・灰狼は、眼下の血の池地獄から少女たちを一望する。そして、その姿に牙を向き、全身から黒い瘴気を噴き立たせる。おそらくは、超獣たちの親玉であろうその巨獣は、子分たちを惨殺した者が誰か悟ったのだろう。

 その赤い双眸が、レイカたちを正視した。


「来るわよ! 気をつけて!」


 レイカがそう警句を発した瞬間――

 巨大な狼の超獣は建物の屋上から、レイカたちへと一直線に襲いかかってきた。

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