第5話「少女の帰路と出現と」
すべての授業が終わり、放課後を告げるチャイムが鳴り響くと、生徒たちは大方二つの行動に分かれる。部活動に赴くため学校に残る者と、部活動には参加していないため帰宅の途に就く者の二つだ。
ほとんどの生徒は部活動に参加しているために学校へ留まるが、そうでない者も少数といわず存在していた。その中には、霊香と沙羅も含まれている。
「はぁ~。ようやく今日の学校も終わったなぁ」
背伸びをしながら、沙羅は校門を出る。かったるい授業が終わり、それから解放された安堵が、彼女の顔にはある。そんな彼女の表情を見て、霊香は微苦笑を浮かべる。
その反応に気づき、沙羅は振り返りつつ首を傾げる。
「ん? 霊香、今日は部活に出てこなくていいのか?」
「あぁ。今週はどこの部活にも呼ばれてないからね」
沙羅の疑問に、霊香は答える。
霊香は、どの部活にも属していない。ただ、彼女は部活動に属していないながら非常に運動神経や運動センスに優れている。そのため、よく様々な部活から、助っ人として呼ばれることがあった。
ただ、彼女はいきなり試合などに出て活躍できるほどの能力があるわけではない、と自覚しているので、そういう場合はどこかの部活に数日から一週間前より参加して備えている場合が多かった。
今週末に限っては、どこの部活にも呼ばれていないことから、今回は部活に赴いていないと言う訳である。
「そうだ。せっかくだし、どこかで遊んでいこうか? カラオケとか、喫茶店とか、最近行っていなかったし」
「そうだなぁ。確かに最近は活動が大変だったからなぁ。それもいいかもな」
晴れやかな声で提案する霊香に、沙羅はまんざらでもなさそうに頷く。
だが、その反応に霊香は少しばかり驚いた。
「あら意外ね。沙羅のことだから、そんな所行くの面倒くさいー、とか言うと思ったんだけど」
「なんだよ。私が素直になったら悪いのか?」
「いいえ。そういう意味じゃないわ。まぁ、素直な沙羅ってのは珍しいけど」
「うるせぇ」
霊香の揶揄に、沙羅は不満そうに肘打ちを霊香の横腹へかるくつく。それに、「ごめんごめん」と霊香は小さく謝罪した。
そして、思いついたように手を合わせる。
「そうだ。凛華も呼んでみましょうか。多分暇しているでしょうから?」
「え、何でだよ。アイツを呼ぶ必要なんてねぇんじゃねぇか?」
携帯を取り出す霊香に、沙羅は明らかに不服そうな顔をする。少なからず、沙羅には霊香と一緒ならばともかく、件の人物と一緒にいることに抵抗があるようだった。
そんな彼女に、霊香は手で宥める。
「いいじゃない、たまには。仲間同士で親睦を深めるってのも――あ、凛華。今って暇?」
片手間に電話を掛けていた霊香に、凛華はすぐに出た。
そして、少し面倒そうな声を発してくる。
『なに? 私まだ学校だから、急な用件じゃなければ早く切りたいのだけれど』
「今から一緒に遊びに行かない? どうせ今日も、先輩は一人も来ていないんでしょう?」
『……貴女と二人で?』
「いいえ。沙羅も一緒よ、三人でどこか行かない?」
『遠慮するわ。じゃあ』
そう言うや、凛華は霊香の返事も待たずに電話を切る。それを止めようと霊香が声を挟むが、もう遅い。
「あ、ちょっと! もう、凛華ったら!」
「どうした? 断られたか?」
「うん。何よ、相変わらず付き合い悪いわね」
唇を
一方、その横では沙羅が妙にうれしそうな顔をしていた。
「じゃあ、二人で行こう。凛華なんて放っておいてさ」
「そうね……。そうしましょう」
頷いて、霊香が振り向く。その視線が自分に定まる前に、沙羅は表情を整えるのだった。
*
学校を出た二人は、その足で街の娯楽施設が立ち並ぶ通りへ辿りついていた。通りは、同じ学校や他所の高校の生徒たち、また大学生やそれと同年代の若者などで賑わっており、騒々しくも活気に満ちていた。
「二人でカラオケってのは久しぶりだよなー。半年振りか?」
「そうね。受験勉強の気分転換に来た時以来だからね。新入生同士で、親睦を深めるために来たことなら何回もあったけど。昔はよく一緒に来ていたわよねぇ」
笑い合いながら、二人は言葉を交わす。言葉にもあるが、同じ学校の新入生同士で来ることはよくあったが、二人で来るのは久方ぶりであった。高校入学前から、いやそれ以前から二人は付き合いがある。小学校からの付き合い、つまりは幼馴染みというものであった。
小さい頃から親交のある二人が、二人きりで遊ぶ機会も多かったが、最近は少し疎遠であった。それは意識的ではなくたまたまであったが、その分二人には、久々に二人っきりというのは感慨深い。
「高校入ってから、あっという間に時間は経ったわよね。アレになったのも、昨日のことみたい」
「だよな。本当、最初はおかしいことをやらされそうになっているって焦ったり訝しんだりしていたもんな」
苦笑いを、二人は浮かべる。その言葉の意味を、この段階で理解出来る者は、周りにはいない。周り以外でも、理解できるのは凛華などのソレの関係者だけだろう。
そんな会話の中で、ふと霊香が口を開く。
「そういえば、気になることがあるんだけど」
「ん、なんだ?」
「魔獣のこと。最近、出現頻度が上がって来ていない?」
少し真面目な顔になって、霊香が言う。
「最初は、十日か一週間に一度ぐらいだったでしょう? それが今では、二・三日に一度ぐらいで出るようになっている。何かおかしくない?」
「あーそれか。それは多分……」
何やら言いかけたところで、沙羅は横手を見て口を噤む。場所は交差点、霊香は相手のその動きに釣られ、横手に目を向けた。
その時、二人の目の前を、厳つい外装の軍用車両が通り過ぎていく。黒い鉄板に覆われた荘厳な車両は、地域の治安――主に災害から民間を守る軍の組織・新選組の車両であった。どこか威圧的なその外装に、一部の者は目を輝かせるが、多くの若者は威圧され、忌避感を覚えたように距離を置く。
そんな中を通り過ぎていく車両を、霊香も沙羅も見送る。そして、大きく通り過ぎたところで、沙羅が舌を打つ。
「あいつらが、また何かやっているんだろうぜ。私たちにはばれていないと思って、調子に乗ってな」
「……そう、かもね」
沙羅の言葉に、霊香は目を細める。そこには、濃い不審と疑問がある。
「そうだ。いっそ、今からあいつらをつけてみねぇか?」
不意に思いついたように、沙羅が霊香に提案する。その提案に、霊香は目を見張った。
「もしかしたら、奴らの企みを事前に防げるかもしれないぞ? あるいは、奴らがどうやって魔獣を――」
「それは、流石にやめておいた方がいいと思う」
少し息を荒げる沙羅を、霊香は静かに宥める。
「確かに、アイツらが隠れて何かしている現場に立ち会えるかもしれない。でも、下手に動けば私たちの正体に勘付かれる可能性もある。そういうのは指示が出るまで、我慢すべきだと思うわ」
「……そうか? いいと思ったんだけどな」
霊香に抑えられると、沙羅は少し残念そうに肩を落とす。無理に主張を続けないのは、霊香の意見が正しいとすぐに認めたからだろう。
物わかりがいい相手に、霊香は薄く微笑んで言う。
「迂闊に動かない方がいいわ。今は、急がば回れよ。少しずつ、慎重に奴らの企みを潰していきましょう」
そう提案した霊香に、沙羅は頷こうとする。
その時、着信音が鳴り響いた。霊香の携帯の音だ。それに気づいた二人は、視線を落とす。霊香は取り上げて画面をみると、その目に疑問と警戒の二つの感情を覗かせた。
「はい、もしもし」
『あ、霊香ちゃん。仕事のお時間よ~』
電話から聞こえてきたのは、軽やかな高い声であった。
その声と言葉を聞いて、霊香は顔色を変えて、表情を引き締める。そして、沙羅と目を合わせて顎を引いた。それだけで、沙羅も電話の意味を理解したようだ。舌打ちをして、少し残念で苛立った様子で目を伏せる。
「また、出たんですか?」
『えぇ。今から場所を教えるわ~。魔獣が出現するより早く、現場に急行して頂戴~』
「分かりました」
言って、二人は歩き始める。
それは、向かっていたカラオケ店のある方角ではない。
その足取りは、戦場に向かう者特有の足取りであった。
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