間違い電話から始まった
仁志隆生
間違い電話から始まった
「どうして昨日来なかったのか言ってください!」
携帯電話の向こうから興奮気味の声が聞こえてくる。
「あのですね、僕はあなたのお知り合いの
「この番号は菅野さんが私の携帯に登録してくれたんでしょ、間違えるわけないじゃないですか!」
彼女はさらに声を荒らげてきたので、ついカチンと来てしまい
「だから僕はその人じゃないって言ってるだろ!」
強い口調で言ってから通話を切った。
❀❀❀
それはある晴れた休日の昼下がりの事。
満開の桜が咲く公園には花見客や桜の写真を撮る人、待ち合わせしているような女性がいる。
俺はそんな人達や桜を眺めながらのんびりと歩き、ベンチに座って缶コーヒーを一口飲んだ。
俺はこうして一人で過ごすのが好きだった。
普段営業の仕事であっちで頭を下げ、こっちで愛想笑い。
社内では同僚やら後輩やらが不満や愚痴をこぼす。
それを黙って聞いてやる俺もお人好しだが。
まあ、そんなだから休みの日くらい一人でのんびりしたいってのもある。
ふと道行く人を見ると、何組かのカップルが手を繋いでいたり腕を組んだりして歩いていた。
この公園は桜の名所であると同時にデートスポットでもあるから、そういうのもいるのはわかるけどさ
「まあ、俺は一人でのんびりがいいんだ。別に強がってるわけではない。うん、別に強がってない」
一人でブツブツ呟いていた。傍から見たら不気味かもしれないな。
と、そう思った時、ジリリリと昭和レトロな電話の呼び鈴が鳴った。
おい、今日は休日だってのに。
俺はブツクサ言いながら胸ポケットから仕事用の黒いガラケーを取り出し、表示されている番号を見た。
それは知らない番号だったが仕事柄こういう事はよくある。
だから今回も無視せずに出た。
「あの、私です。どうして昨日は電話に出てくれなかったのですか?」
相手は開口一番にそう言った。
ああ、昨日うっかり充電し忘れて昼間は電源切れてたからな。
しかし聞きなれない声だな。女性のようだし雰囲気からして取引先はではないなと、一呼吸置いてから尋ねてみた。
「あの、すみません。どちら様ですか?」
「どちら様って。私です、
うん、そんな名前の知り合いはいない。間違い決定だな。
「すみません、電話かけるとこ間違えてますから番号確かめてかけ直して下さいね」
そう言ってさっさと通話を切った。
うーん、たぶん待ち合わせ場所に相手が来なかったってとこか?
てか番号くらい登録しとけや、それかメールしろよ。
と、デフォルトの待ち受け画像を眺めながら思ってるとまた携帯が鳴った。
それはさっきの番号だった。
また間違えたんか。ほっとこう。
だがその後何度も何度も携帯が鳴る。
これじゃゆっくりできねえよ。
しかたねえなあ、とちょっと苛つきながら電話に出た。
「もしもし。あのですねえ、番号間違えてますからよく確認」
「何言ってるんですか。さっき出た時『菅野』って言ったじゃないですか。なら間違ってないでしょ」
「え?」
「え、じゃなくて。菅野さん、どうして昨日来なかったのか言ってください!」
❀❀❀
そして冒頭のやりとりとなったがようやく収まったようだ。
いや、油断はできない。さっきまで電話を切ってもまたすぐに鳴る、出なければいいんだけどつい根負けして出ては、を何度か繰り返していたんだ。
もしかすると、また……
しかし俺と苗字が同じってなんちゅう偶然だよ。そんな事あるんだな。
あと彼女の相手は自分の番号入力間違えたのか?
まあ手入力ならありえないとは言えないがな。
そんな事を考えながら桜を眺めていたが、しばらくしてからふとある事が頭に浮かんだ。
……もしかすると、彼女は?
よし、もしまたかかってきたら言ってやろう。
そう思った瞬間に電話が鳴った。
俺はすぐに出て彼女より先に話し始めた。
「あの、少しいいですか?」
「何ですか?」
「あのですね。さっきから何度も僕はあなたの相手とは違うって言ってるでしょ。ねえ、あなたは好きな人と赤の他人との区別がつかないんですか?」
「何言ってるんですか、声も話し方も」
「本当に同じ、ですか?」
静かにではあるが強い口調で話したからか、彼女は黙ってしまった。
「というかですね。あなた本当はもう気づいてるんでしょ? でも認めたくない、もしかしたら相手がふざけてるだけなんじゃ、とか思って何度も電話をかけてるんじゃないですか?」
彼女はまだ黙ったままだった。
「はっきり言いますけど、あなた相手にからかわれてたんですよ。そんな人を弄ぶようなカスに拘ってたら」
俺がそう言いかけた時
「カスだなんて! あなたが彼の何を知ってるんですか!」
彼女は声を荒らげてきた。
「ええ知りません。でもまともな人ならね、たとえあなたの気持ちに応えられなかったとしてもきちんとお話して断るでしょう。だからそうしない奴など、俺に言わせればカスだわ」
俺は彼女に言い聞かせるようにゆっくりと強い口調で言った。
「そんなカスにいつまでも拘って生きてくつもりですか? それともさっさと終わりにしますか? どうするにしても少し落ち着いてゆっくり考えたらどうですか?」
しばらく待ったが返事はなかった。
やがて電話の向こうからは声を殺して泣く声が聞こえてきた。
「失礼な事言ってすみませんでした。あなたがあまりに必死だったので、つい。それじゃあ」
そう言って通話を切った。
余計なお世話だったかもな。
でもさあ、そこで立ち止まってたら最悪破滅するよ。
そういう人を実際に見た身としては言わずにはいられなかった。
気が付くと遠くの木の下では宴会もお開きになったのか、花見客達が後片付けに入っていた。
俺もそろそろ帰ろうかと思い、残っていたコーヒーを飲み干し、ベンチから立とうとしたその時、また携帯が鳴った。
見ると彼女からだった。
何故また?
違うってわかったんじゃないのか?
しかし理由はともかく、さっきは言い過ぎたからそれは謝っておこうと思い、電話に出た。
「もしもし。あの」
「先程はすみませんでした」
「え?」
彼女は俺より先に少しかすれた声で話だした。
「本当にすみません。ご迷惑かと思いましたが、きちんと謝りたくてお電話しました」
「あ、いえそんな。あの、こちらこそ言い過ぎてすみませんでした」
「いえ、あなたが言ってくれた言葉が胸に響いて、少し考えてました……あの、ありがとうございました」
礼を言われるとは思ってなかった。少しは役に立てたのかな。
「グス……あ、すみません」
まだ泣いてるのか。やっぱそう簡単には吹っ切れないよな。
よし。
「あの、もしよければもっと言いたい放題言ってください」
この際だから全部吐き出してほしい。愚痴聞くのは慣れてるしな。
「え? あ、そんな」
彼女は少し戸惑っているようだった。
「無理にとは言いませんが、話せば少しは気が晴れるかもしれませんよ」
俺がそう言った後、少し間があったが
「あの、では聞いてくれますか?」
彼女はゆっくりと話しだした。
❀❀❀
私はとある会社の事務担当をしています。
性格は内気で異性と必要以上に話せず、生まれてこの方恋人なんていませんでした。
そんなある時、私を心配してくれた会社の同僚が合コンに誘ってくれたんです。
その時にいたのが彼でした。
背が高くて顔はキリッとしてかっこ良く、自己紹介では大手企業のSEだって言ってました。
合コンなんて生まれて初めてでどうしていいかわからず、なかなか彼と話せなかったんです。
それを見た同僚が彼と話すきっかけを作ってくれたので、思い切って話しかけたら、それから話が弾んで。
本当に嬉しかった。こんな気持ちになれたのって初めてだった。
帰り際に彼が私の携帯に電話番号とメールアドレスを入れてくれたんです。
彼とはその後、メールでやりとりしていました。
電話は普段はかけないで、と言われてたので。
そして何度目かのメールで今度会おう、と。
それが昨日でした。けど彼は来なかった。
メールしても返事がないので電話したら、ずっと電源が切れていた。
もしかして私は……
そう思いつつも諦めきれず、今日また電話したら出たのはあなたでした。
❀❀❀
「長々とすみません。あの、聞いてくださってありがとうございました」
彼女はまだ暗い感じだが泣き止んではいるようだった。
「いえいえ。この先きっといい出会いがありますよ。だから」
「ええ。できれば――」
ん? ちょっと最後が聞き取れなかった。
「あ、すみません。では」
そう言って彼女が通話を切ろうとした時。
突然強い風が吹き、視界を遮るほどの桜吹雪が舞った。
「うおっ!?」
「キャッ!?」
「あ、すみません。急に風が吹いて桜の花びらが目に入っちゃったんで」
「え? あの、私の方も急に桜が舞って驚いて」
「へえ、そりゃまた凄い偶然ですね。あれ?」
ふと見ると、俺が今いる場所から左斜め向かいの少し離れた所にあるベンチに携帯を耳に当てている女性が座っていた。
遠目なので顔はよく見えないが、髪は短めで小柄な体型っぽい。
も、もしかして?
「あ、あの、あなたって今◯◯公園にいます?」
まさかと思いながらおそるおそる尋ねた。
「え? はい、どうしてわかったんですか?」
「えと、あのですね。すみませんがちょっと左の方見てください」
するとその女性が左側、俺がいる方を向いた。
やっぱりあの人か?
そう思いながら俺は、手を振って電話越しに話しかけた。
「あの、そっち向いて手を振っている人見えます?」
「え。は、はい。……ええ!?」
向こうの彼女は驚いた仕草をしている。
「やっぱそうみたいですね。しかしこんな近くにいたんですね、凄い偶然だわ」
「ほ、本当ですね。こんな事あるんですね」
そうだよな。こんな事が……そうだ。
「あの、もしよければ直接話しませんか?」
何でこう言おうと思ったかって?
彼女が気になったから。
さっきの声、よく聞くと可愛らしかったし。
それにさ、できれば元気になって欲しいし。
「あ、あの、えっとですね。い、いえ。これは直接話します」
彼女はちょっと詰まりながら答えた。
それは了承してくれた、って事でいいんだよな。
そう思って電話を切った後、俺は彼女の元へと歩いて行った。
ん?
その後どうなったって?
それは……まあ、全てはあの間違い電話から始まった、かな。
間違い電話から始まった 仁志隆生 @ryuseienbu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
見た覚えのないもの/仁志隆生
★12 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます