エピローグ

『竜記伝』

「さぁて、どの話をしてやろうか」

「……ゆっくりでいいよ。時間はたっぷりあるんだから」


 イグナとお別れをしたあの日から一年後――私はルヴニールの村に来ていた。


 テリオさんの出迎えを受けて、クルーデさんも一緒に育ったという孤児院の一部屋へと案内されて。。同じテーブルにはテリオさんとクルーデさん、その婚約者のミーテさんが座っている。


「それなら……あいつイグナの話から始めた方がいいかな」


 イグナが消え、フラルさんが消え。どうしてキビィちゃんだけがこうして戻ってきたのかと言うと――きっかけは、あの戦いが終わったその翌日だった。


 テリオさんが朝から『自分の中に、まだキビィがいる』と言いだした時には半信半疑だったけど、クルーデさんの方はすぐに理解できたらしい。……曰く、二人とも既に一度経験済みだとか――どういうことなの。






 それからしばらくは音沙汰が無かったものの、テリオさんの中に宿っていた残滓が少しずつ大きくなって――こうして一年の時を経て、ようやく表に出て来れるようになったのだと。テリオさんからそんな便りを受けて、こうしてルヴニールまで文字通りに飛んできたのだった。


 もちろん、この一年をかけて作り上げた飛空艇に乗って。(あの日から、世界中の魔物の凶暴化が収まったどころか、むしろ大人しくなっていたのもあるけれど)


「……ほら、おやつを作ってきたから。これでもつまんでろ」

「なかなか分かってるじゃないか、テリオ!」


 全ては――キビィちゃんから沢山の話を聞くために。


「ほら、シエルも遠慮することはない。おかわりは幾らでもあるからな!」

「あはは……ありがと。それじゃ、いただきます」


 ――本を書こうと思った。


 今まで技工士クラフターとして――技術屋一本でやってきた私が、上手く書けるかどうかも分からないけど。それでも、何かの形で残しておきたいと思った。世界中の人に知って欲しいと思った。


 キビィちゃんのことも、フラルさんのことも。そしてイグナのことも。

 人と竜が確かに手を取り合った証として、私は本に記して伝えようと思う。


『いつかきっと、竜と分かり合える時が来る』


 それは私と、私の父の願っていたことで。


 これをきっかけに、世界中が変わればいい。どちらかが変われば、きっともう片方も変わるはずと。そう期待して、追い続けてきた夢でもあった。


 ――竜という種族は、その生まれからして特別なものもいて。イグナもフラルさんもそうだとキビィちゃんは言っていたけれど、それは百年も二百年もの時間をかけて再び生まれてくるらしい。世界のことわりとして、そう決まっているらしい。


 恐らく――いや、間違いなく私たちは、彼らと再会することはできないだろうけども。


 それでも、その時代に生まれたイグナたちがもっと幸せに生きられるように。彼らがもっと笑顔で過ごせる世界がくるように。私は今の内、できるだけのことはしておきたい。






『お前は名前付けのセンスがないな』と、キビィちゃんには笑われたけども。


 それでも私はそれなりに気に入っているんだから。


 大切なことほど、シンプルにいかないと、ね。




 そう、その本の題名は――




(了)

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竜記伝~その竜たちは晦夜(かいや)に吼えて~ Win-CL @Win-CL

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