戦闘狂黒騎士・お祓い


 ダンジョンを進む。

 一人で髪の毛を叩く。

 力の篭った刀ならちゃんと切れた。

 ちーちゃん先輩みたいに一撃とはいかないが、倒せないことはない。

 細切れにし、何度も塊の核、みたいな肉を突いてやるとそのうち倒せるのだ。

 これで俺が倒したのは3匹目だ。

 大分危うげなく倒せるようになり、先輩もジャンボも若干暇そうだ。

 

「この調子なら下に降りちゃおうか?というかエフェクト強いんだし、普通の初心者と同じにしなくていいよね」


 できればもうちょっと練習を――

 言いかけてやめた。

 ここでの稼ぎは2時間の探索で約400円程。

 部の決まりとして、稼ぎは人数で割ることになっている。

 つまり時給100円すらいってない。

 正直しょぼい。

 こんなバイトでもした方がマシな稼ぎの場所をいつまでもうろうろしているというのは耐え難いものがあった。

 それに俺も調子がいいし、もうちょっとチャレンジしてもいいんじゃないかな、と思い始めていたところだ。

 



 下の階層へと向かう階段はすぐに見つかった。

 きちんと造形されており、人工物のように見える。

 それはともかくとして。

 

「おや、黒騎士くん」


 ロリ先輩が手を振って謎の存在に気軽に話しかける。

 向こうもびくっ、と体を震わせたあたり驚いたみたいだ。

 黒騎士。

 そう、何故か階段の目の前には黒い全身鎧甲冑の騎士がいた。

 非現実じみていて威圧感がある。

 えっ?

 これ西洋ファンタジーじゃないよね?

 なんで?

 先輩が呼びかけたあたりモンスターではなさそうだけど……。

 

「はははははは!貴様が転入生だな!俺と勝負しろ!」


 困惑しながら眺めていると、甲冑は大仰に笑いながら手甲に包まれた指で俺を指した。

 えー……。

 目当ては俺……?

 

「い、嫌です」

「なんだと!有無はいわせんぞ!」


 全身をガシャガシャいわせ怒る黒騎士。

 うるさい奴だな。


「戦う理由がないですよ」

「男同士が戦うのに理由など必要あるまい!」


 だめだこの人。

 理屈が通じない。

 

「仕方ない……問答無用だ!」


 ついに剣を抜いた。

 剣にはしっかり赤いエフェクトが溢れている。

 おそらくあの剣も本物ではないと思うが、エフェクト付きで攻撃されれば怪我はするだろうな。

 どうしたらいいんだ。

 黒騎士が走り出す。

 彼は重厚そうな鎧を身に着けているにも関わらず、その動きはかなり機敏だ。

 

「いい加減にしようね」


 気づいたら黒騎士の横にちーちゃん先輩がいた。

 ちーちゃん先輩は間髪入れず、その土手っ腹に技術も何もない飛び蹴りを叩き込む。

 金属のぶつかり合う派手な音を鳴らしながら、黒騎士は階段の前から吹っ飛んでいった。

 警戒してるのに先輩の動きまた見えなかったよ……。

 

「ちーちゃん先輩!なにするんですか!」

「なにするもなにも新人襲うのはやめなさいよ」

「えぇー……?でも、転入生ですよね?」


 黒騎士はちーちゃん先輩に怒られて急に畏まった。

 口調もなんか普通になってる。

 しかし転入生だからなんだというのだ。

 

「ほら、転入生っていうのは何か特別な技とか能力とか持ってて強いって相場が決まってるじゃないですか」

「残念ながら普通の新人だよー。エフェクトはちょっと強めだけどね」

「そうですか……」


 明らかにガッカリした様子である。

 悪かったな!転入生なのにチート持ってない普通の奴で!

 というかダンジョンに潜れるだけで十分人間としては特別だろう。

 それ以上求めないでくれ。


「強いやつと、戦いたい……」

「深層潜ったら?」

「ソロプレイヤーはすぐに逃げるし、PTは集団で襲ってくるし、もう嫌だ……」


 へこたれるなよ。

 こんな新人襲ってないでがんばれよ。

 

「まあまあ、転入生くんわりとこういうの嫌いじゃなさそうだし、そのうち相手してもらいなよ」


 先輩は何を言っているんだ。

 勘弁して欲しい。

 もしかして厄介払いされてる?

 俺は先輩に視線を見るが、彼女は首を傾げるだけだ。

 完全に何も考えないで言ったくさい。

 

「そうか、許してくださるのですね……」

 

 黒騎士がよろよろと起き上がり、俺の側にくる。

 

「転入生、慣れたら今度、リベンジマッチだ。覚悟しておけ」

「嫌ですよ……」

「男なら戦え!強さを求めろ!戦いの末に真なる強さと友情は芽生えるのだ!」

「遠慮しておきます……」


 強さはともかく友情を芽生えさせるのは勘弁して欲しい。

 

「さぁ、さぁ、そろそろ行きましょうぞ」


 ジャンボも軽くスルーしたい様子で先を勧めてくる。

 せやね。いこうかね。

 ちーちゃん先輩はいい人だから普通に対応してるけど、あれ絶対面倒くさい人だよ。

 なるべくなら関わりたくない。

 

 黒騎士は俺達の背中を見送るだけにして、その場に留まった。

 どうやら今回は見逃してくれるらしい。

 

「ところであのひともやっぱりダンジョン攻略部のひとなんですか?」

「あ、それね。実は正体よく知らないんだよね。でも生徒なのは間違いないよ」


 正体が分からないのに生徒なのは確実とはこれいかに。


「エフェクトはね、卒業すると消えるんだ。稀に卒業しても保てる人はいるけどね」





「ぐ……こ、こんなところ……で……」


 階段を降りてすぐのことだ。

 俺はあっさりと死んだ。

 腹に槍を刺し貫かれ、いとも簡単に死んだ。

 罠を踏んだのだ。

 視界の隅にうつる、俺に罠を踏ませた眼のない犬が笑っている、ような気がした。

 

 結果的に言おう。

 俺にはまだ早かった。

 敵の強さは問題なく対処できる。

 だが、俺は、というより先輩はここにきて一つ、大事なことを忘れていた。

 俺は罠の察知がまだできないのだ。

 罠の数が増えた深層では強さを増した敵より罠のほうが厄介になる。

 罠の感知ができない俺は追い込まれるように敵に誘導され、罠を踏んでしまった。

 戦う前に位置を注意されていたのに、マヌケな話だ。

 

 体が冷たい。

 しかし、喪失感はない。

 暗くなる視界の中、犬を叩き潰す先輩のスカートが翻っている。

 ……薄い水色か。

 俺は熱い思い出と共に、息絶えた。

 

 

 

 空が暗い。

 夕日はすっかり沈んで星空が見え始める時間帯だ。

 俺は旧校舎の前で大の字になって倒れていた。

 確かに死んだような気がしたが、身体に傷はない。

 硬い地面に寝ていたせいで接地していた後頭部がちょっと痛いけどそれぐらいだ。

 旧校舎を見上げながらぼんやりした。

 ちーちゃん先輩のパンツは確かに憶えている、がそれ以降がまったく思い出せない。

 死んでここに戻ったのだろうか。

 ポケットを探ってみた。

 先輩に言われて自分で得た玉を入れておいたのだが、何も残っていなかった。

 模造刀とハンドガンは残っている。

 死ぬと中で得た物は持ち帰れないのか。

 二人の緊張感がなかった理由がよくわかる。

 実にゲームだという他ない。

 というか先輩、俺が最初から死ぬってわかってたなこれは。

 わざわざ俺の得た玉を自分達で得たのとは別にしたのはこれを実感させるためだ。

 ……と思う。

 でもちーちゃん先輩の笑顔を思い出すとこんな考えも揺らぐんだよなぁ。

 

 俺が呆然としていると、旧校舎の入り口が開き、ちーちゃん先輩とジャンボが出てきた。

 道が分かっているとはいえ戻ってくるには早いような気がする。

 時計を見ると、旧校舎に踏み入ってからまだ1時間しか経っていなかった。

 ダンジョンは特殊な空間だし、時間もねじ曲がっているのかもしれない。

 

「あ、いたいた。帰っちゃってたらどうしようかと思ってた」

「流石に帰れないですよ」

「まぁ換金もしないとだしね。それに……」


 ちーちゃん先輩の大きな瞳が俺の顔を覗き込む。

 

「お祓いも必要そうだね」

「むっ!もしやあの格好を!?」

「えぇー…うーん、どうしよう」

「お願いします!お願いします!」


 急にジャンボがテンションを上げている。

 なんだ、何が見れるっていうんだ。

 頼み込まれる本人は恥ずかしそうというか嫌そうな顔をしているが、断るには躊躇があるようだ。

 もうひと押しあればいけるか?

 俺が期待した眼差しをむけると彼女は呻いた。

 

「ん~……転校生くんは見たい?」


 何か知らんが見たい!

 こくこくと頷くと先輩は仕方なさそうに項垂れた。

 

「じゃあ着替えてくるね。転入生くんは手を綺麗に洗っておいてね」



 着替えを終えたちーちゃん先輩が恥ずかしそうにしながら再び現れた。

 その格好は、白い着物に赤い袴の千早。

 手には神職がよく振っている、白い紙の付いた棒――大幣を持っている。

 つまり巫女さんの格好だ。

 これはテンション上がるのもよくわかる。


「はー…やっぱり学校でこの格好はちょっとな」

「似合ってるしいいじゃないですか」


 背の小さな巫女先輩の姿はかなりぐっとくるものがある。

 ジャンボも深く頷いてるし。


「まぁ、仕方ないか。転校生くんにはまた潜って欲しいし。穢れは祓っておかないと、ね」

「穢れですか」

「まぁ、そうなんだけど……そんなに深い意味はないから大人しくお祓いを受けるだけでいいよ」


 先輩が大幣を軽く振る。

 それだけで雰囲気が引き締まり、静謐な空気へと変わった。

 常に軽いノリの彼女の顔も、今だけは至って真面目だ。


「準備も全然足りないし簡単なのでいくから、効果は期待しないで欲しいんだけど。まぁ、やりましょうか」

「お願いします」

「転校生くんは『祓い給い、清め給え、神(かむ)ながら守り給い、幸(さきわ)え給え』と心の中で唱えておくといいよ」


 俺は姿勢を正し、神社に参拝するような時より少し腰を深めに折る。

 しゃらん、しゃらんと大幣が大きく静かに横に振られる。

 ちーちゃん先輩の瞳はどこか遠くを見ているようだ。

 

「たかあまはらにかむづまります。かむろぎかむろみのみこともちて。すめみおやかむいざなぎのおおかみ。つくしのひむがのたちばなのおとのあわぎはらに、みそぎはらへたまひしときにあれませるはらひとのおおかみたち」


 その祝詞はおそらく何度も口にしているのだろう。

 彼女の幼い声で淀みなく紡がれる。

 

「もろもろのまがごとつみけがれをはらひたまへきよめたまへともうすことのよしをあまつかみくにつかみ。やおよろづのかみたちともにきこしめせとかしこみかしこみまおす」


 声が静かに、闇夜に飲まれつつある空に消え行く。

 大幣の動きが止まった。

 どうやらこれだけで終わりのようだ。

 

「ん、さて転校生くん」

「はい」

「いきなり死んでテンション下がってたみたいだけど、元気は出たかな?」

「もちろん」

「ならよかった。こんな格好をした甲斐がある」


 ちーちゃん先輩はちょっと顔を赤くしながらにこやかに笑った。

 その笑顔に先ほどの静かな様子は一変も見られない。

 

 

 こうして俺のダンジョン攻略1日目は終わりを告げた。

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