連星

「ここは敵がそこそこ強いが罠は少ない。ふつーに遊ぶだけならそれなりに楽しいところだぜ」


 それなら普通に楽しめばいいんじゃないかなぁ、というかんじだが今回の目的はそれじゃない。

 といっていたら敵が出てきてしまった。

 話が進まないな……。

 岩陰から姿を現したのは、醜く歪んだ牛の頭に首から下は筋骨隆々蜘蛛の身体の化物。

 脚として使っている六本の鉤爪の動きは鋭くて忙しなく、地面を削りながら移動しているあたりがその威力を伺わせる。

 これは知ってるぞ。

 牛鬼ってやつだ。

 正体不明ばっかりかと思ったら普通にメジャーなのもいるんだな。

 

「今日は相手するつもりはねーんだけどなぁ」

「まぁ、いいんじゃね?俺らのやり方も見せておいたほうがいいだろ」


 どうやら二人が片付けてくれるらしい。

 俺は邪魔にならないように急いで下がって岩陰に隠れた。

 敵の高さは2mほど。

 全長は5mはありそうだ。

 巨大というほどではないが、目の前にしているだけでかなり迫力がある。

 対する二人は特に恐れた様子もなく、グローブを嵌めた手をしっかりと握りしめて気合を入れ直している。

 拳と脚のエフェクトが強さを増し、光り青白く輝いている。


「いくぜポーセ!」

「応よチュンセ!」


 姉妹が別々の方向へと飛び上がり、牛鬼の目の前から姿を消した。

 壁を蹴り、天井を蹴り、地面を蹴り、岩を蹴り、鍾乳石を蹴り、乱れ飛ぶ。

 そして時たま好機を見計らって蹴りを入れる。

 牛鬼が鉤爪を振るうが、二人の動きには全くついていけていない。

 それどころか隙を突かれて関節を蹴られ、体勢を崩す始末だ。

 ランダムな動きに見えるが、危うげなくお互いを避けて飛び回っているし、攻撃のタイミングも邪魔をしていない。

 もしかしたら法則があるのかもしれないが、息の合ったコンビでないければできない芸当なのは間違いないだろう。


「ぐぅおおおおおおおおおお」


 牛鬼が痛みに吠える。

 姉妹の動きに見惚れていたらいつの間にか牛鬼の鉤爪が全て折られ、変な方向に曲がっていた。

 顔もボコボコになって腫れているし角が折れている。

 とはいえ、奴の筋力はどう見ても人間より強そうだ。

 折れた鉤爪で殴られるだけでも死ねるだろうという威力は予想できる。

 しかし、二人は牛鬼の目の前に降り立ち、仁王立ちした。

 

「よし、トドメだな」

 

 姉が飛び上がり、空中で回転。

 天井の鍾乳石を蹴り壊しながら天井に着地する。

 同時に妹も牛鬼へと走り出し、襲いかかる折れた鉤爪を殴って弾く。

 どうやら妹は敵を引きつけ、その場に括り付ける役割のようだ。

 

「海底に、沈めぇぇぇぇぇ!」


 姉がよくわからない決め台詞と共に天井を強く蹴り、真っ逆さまに落ちてきて牛鬼の頭に拳を突き立てた。

 光り輝く拳の威力は頭蓋を突き割り、牛鬼の頭を真っ二つにした。

 あっという間に肉片の出来上がりだ。

 これが素手の威力かよ。

 



 牛鬼の死体が消える。

 落ちた玉は俺が目にしたことのある物よりかなり大きいし光も強い。

 

「それいくらぐらいになるんすかね?」

「なんだ転入生、こういうのに興味あるのか?」

「へへへ、ありありで」

「はっ、なるほどな。いいんじゃねえか。動機として分かりやすい」

「ん……2万ぐらいだな。ここらじゃちょっと安めだな」

「マジすか」


 妹が目安鑑定を終えた玉を手渡して見せてくれる。

 重みが違うような気がするよ!

 しかし2万円で安いってどういうことなの。

 50円とかそこいらで四苦八苦してた俺が馬鹿みたいじゃないか。

 新人とベテランの格差社会を感じてしまうよ。


 

 ……それにしてもだ。

 二人の動きはかなり翻弄するものだし、間違いなく俺より強いだろうな、と思った。

 しかし今回はちゃんと動きが見えて目で追えた。

 黒騎士も動きが早かったけれどあれと比べてもよくわかる。

 瞬間移動みたいな動きをしちゃうちーちゃん先輩は強さの次元が違ったようだ。

 


 俺達は岩陰に潜みながら道を進んだ。

 姉妹からは足音どころか衣擦れの音すらしなくなっている。

 洞窟のそこかしこから聞こえる音はそのままなのに、姉妹だけミュートされているみたいに見えて奇妙なかんじだ。

 当然だがエフェクトの光も抑制し、隠している。

 これが隠密ってやつか。

 姉妹によれば静かに動けるように意識すればいいだけ、という話だ。

 羽織っている黒いマントが補正になってそんなことができるようになるんだとか。

 こんな目立つ姉妹にできているのだし地味な俺なら楽勝でできそうだ。

 というかできないと困る。

 付いていけないじゃないか。

 俺ができなかったらどうするつもりだったんだこいつら。

 ……まぁいいか。

 とりあえず真似してみよう。

 既にマントによって身体が抑圧されている感触があるので、それに倣えば簡単な気がする。

 こう、存在感を消すように、静かに……。

 俺の身体から音が消える。

 外の音が消えたからだろうか、自分の心臓の脈打つ音がやけに大きく聞こえる。


「お、さすが転入生。お前ならすぐにできるようになると思った」

「褒められてる気がしない……」

「そう簡単にできるわけじゃないんだ。自慢してもいいぜ」


 姉の方が耳元で囁いてくる。

 ファーストコンタクトでも思ったけが、この姉妹は距離が近すぎる。

 男が勘違いするような距離感だ。

 これわざとだよな?

 狙ってやってるんだよな?

 そうだと言ってくれよ。

 天然でこんなのとかこわくて震えちゃうぞ。

 

 

 しかし不思議な光景だ。

 金髪姉妹は昼の学校内では滅茶苦茶目立っていた。

 もしかしたら学校内で知らない人間はいないんじゃないかってかんじだ。

 それが今はどうだ。

 暗いダンジョンの中、闇に紛れ、泥棒みたいに人目を避けて行動している。

 どちらがこの姉妹にとって本当の姿なのだろうか。

 どうでもいいか。

 少なくとも今一緒にこそこそ行動しているこの連星姉妹は楽しそうだし。

 それで十分だな。

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