鯨の尻尾


 下校の時間になった。

 ちーちゃん先輩には今日はやっぱりネトゲーに潜ると言って断っておいた。

 あの幼い顔がちょっとガッカリするのを見るのは若干居た堪れない気持ちになる。

 嘘はよくないな。

 もうちょっと真実を混ぜたことを言えるようにせねば。

 

 一旦学校の外に出て近くのコンビニで時間を潰す。

 校門から出てくる生徒がまばらになってくる時間になったら行動開始だ。

 人気の少ない裏口へまわり、そこから侵入。

 生徒が通ってはいけない場所というわけではないので別に鍵がついているわけではない。

 ただ単に昇降口から遠いので誰も使わないだけだ。

 フェンスに添って歩き、遠回りをしながら旧校舎へ。

 誰も通らない場所なので全く整備がされていない。

 大した距離でもないのに雑木林を突っ切るのに少し疲れてしまった。

 

 夕闇に佇む旧校舎が見えた。

 周囲には誰もいない。

 相変わらず不気味な建物だ。

 

 まだ姉妹は来ていないのか……?

 旧校舎の陰に隠れ、こっそりと辺りを伺う。

 辺りは静かで、物音ひとつしない。

 攻略部の面々は既に皆入っているはずだが、他の攻略者と鉢合わせになっても気まずい。

 まだどんな人間が関わっているのか全く知らないのだし、警戒はしないとな。

 と、突然肩を叩かれた。

 

「よう、来たな」「来ると思ったぜ。賭けは俺の勝ちだな」「ちっ。明日の弁当作ればいいんだろ」


 背後を振り返れば双子姉妹がいた。

 夕日の光を受け、二人の金髪が真っ赤に燃えているように見えるのが美しい。

 はぁ、黙ってればほんと綺麗なんだけどなぁ……。

 姉妹は揃って黒いマントを羽織り、手にグローブを嵌めている。

 腰を見たが特に武器は携帯していないようだ。

 なんというか、中二病っぽいセンスだな。

 名前もそうだけど……。

 そして当然ではあるが二人共青白い光に包まれている。

 いかにも攻略者だ。

 それにしても俺で賭けをするのはやめて欲しい。

 内容は平和的みたいだが。

 

「転入生はこれを付けとけ」


 手渡されたのはフード付きの黒いマント。

 そして指ぬきグローブに眼鏡。

 この装備……。

 俺の中二病ソウルを沸き立たせようって魂胆かこいつら。

 いいじゃねかやってやるぜ。

 

「あー…何を気合い入れてるのか知らねーけどよ。これ一応隠密用の装備だからな?そこら辺は勘違いするなよ?」


 妹の方、ポーセが睨みながら注意してくる。

 

「っと、これ渡すの忘れてた」


 追加されたのは目出し帽だ。

 

 ……わかってる、わかってる。

 こう、闇に紛れるかんじだろ?

 任せろよ。

 影の薄さにかけては誰にも負けねぜ。

 なにせエフェクト出るまで誰にも話しかけられなかったぐらいだからな。

 転校初日なのにだぜ?

 

「はぁ、まぁいいけどよぅ」「ポーセ、いこうぜ。他の奴らに見られても面倒だ」


 妹の方は何故か納得していない様子だ。

 どうやら姉の方は細かいことは気にしない性質で妹は逆らしい。

 

 姉妹の先導で旧校舎へと向かう。

 準備は本当にこれだけらしい。

 目出し帽の上に眼鏡はかけにくいなぁ。

 俺も装備を整えて後を追う。

 マントまで羽織ると俺の身体を覆うエフェクトの光が消え失せた。

 力を抑圧されているような感触がある。

 姉妹はまだエフェクトを出しっぱなしだが、これは慣れて意識すれば出し入れ自由なものなんだろうか。

 

 あれ?

 それにしてもマジで武器を持っていかないんですか……。

 ……まぁ、いいか。

 いつもこうならなんとかするんだろう。

 

「ところでなんで俺に声をかけたんですか?まさか仲間が欲しいとかいいませんよね?」


 俺はダンジョンに入ってしまう前に少し気になっていたことを訊いた。

 どう攻略するのかはまだ知らないが、この仲の良さそうで間に隙間がなさそうな姉妹が他人の力を求めるところを想像できない。

 俺に人殺しを見分ける方法を教える、というのはそれなりに理由があるように見える。


「あぁ、それな。仲良くやれそうなら仲間にしてやってもいいんだぜ」


 けど、それは目的ではない、と。

 姉はにんまりと笑みを浮かべて俺を眺める。

 目が笑ってなくて普通に怖い。

 

「転入生が見分けられるようになった方が、おもしれえからだよ」


 おもしろいからって、お前な。

 愉快犯かよ。


「まだ誰と何の関係も築いていない。それがいい。ちょっと話して見た限りだが、1年と違ってかき乱す力もありそうだしな。おもしれえだろ」


 やめてください。

 とはここまで来てしまったら言えないな。

 姉妹は何か、攻略者連中に恨みでもあるのだろうか。

 俺は今の関係をぶち壊すのを期待されているらしい。

 

「この話を出しても断るようだったら連れて行くつもりはなかったんだがなぁ」

「転入生、来ちまったしなぁ」


 なんだ、それは。

 俺が悪いって言いたいのか。

 詐欺師にでも騙された気分だ。

 もしや俺のこいつらが頭が悪いという先入観は間違っているのだろうか。

 いや、言葉遣いからヤンキーって勝手に決めつけてたのは俺だけどさ。

 

 さて、ダンジョン攻略だ。

 大分時間は遅くなっているがどうするのだろうか。

 走って行けるような罠感知の性能、俺は持ってないぞ。

 疑問に思っていると、姉妹は俺の前にマントを広げて差し出した。

 

「さぁ、尻尾を全力でつかめ。一気に飛ぶぞ」


 尻尾っていうのはマントのことだろうか。

 外では真っ黒に見えたそれだが、よく見るとマントには所々に細かい星の輝きが散らばっているのがわかる。

 夜空を纏っているかのようだ。

 俺がマントの袖をそれぞれ掴むと、姉妹は頷きあった。

 姉妹のエフェクトがマントに伝わり、俺までもを包んでくれる。

 すると二人の身体がふわり、と浮き上がった。

 エレベーターに乗った時を思い出す浮遊感が全身を襲う。

 脚が地面から離れ、俺も身体が宙に浮き上がった。

 

 前進して、加速する。

 

「うひぇっ!?」


 思わず変な声が出てしまった。

 指に衝撃が加わり、体が置き去りにされそうになる。

 ダンジョンの中を飛んでいる。

 姉妹はマントによって空を飛べるらしい。

 高速で移動する中、姉妹が声を揃えて歌い出す。

 

「紅い目玉の蠍~」「広げた鷲の翼~」


 星めぐりの歌だ。

 名前もそうだけど本当にこいつらかぶれてやがるな。

 階層を一気に通り抜け、階段を悠々と突破する。

 マントを掴む俺の手が疲労によって限界を迎えようとしていた頃合い。

 何回も階層を通り越し、やっと辿り着いたそこは俺にとって未知の深層。

 1階は人工的な石造りの迷宮だったが、この階層はどう見ても人の手が入っていない自然の洞窟だった。

 天井と地面には鍾乳石が所々に伸びており、岩の陰で小動物がきぃきぃと鳴いている。

 これも、ダンジョンか。

 ライトアップしたらさぞかし綺麗な光景だろうな。

 まぁ、見える光景はシルエットばかりで真っ暗なんだが。

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