撃破


 迷宮を進んでいると、また先輩が一行を止めてジャンボに合図した。

 ジャンボが前に出てると、徐にその場に伏せて銃を構えた。

 ちらっ、とどさくさに紛れてこちら、ではなくちーちゃん先輩のスカートを見ている。

 その角度からだと覗くのは厳しいんじゃないかなぁ。

 暗いし。

 先輩もちゃんと気づいているようで蔑む目で見下ろしている。

 その顔は喜んじゃうからやめたほうがいいと思いますよ。

 

「うざい!ちゃんと前向け!」

「失礼」


 気を取り直してジャンボが通路のずっと先を示す。


「転入生殿、あれが見えますかな?」

「ん……」


 言われ、目を細めて遠くを見てみる。

 普段の視力なら見えるような距離ではないのだが、おそらく200mは先、確かに何かの影が蠢いているのが見えた。

 自分の光が届いているわけではないので、視認した先は真っ暗なはず。

 不思議だ。

 

「いるね……はっきりと見えるわけじゃないけど」

「うむ、最初ならそんなものですな。では、少々離れてもらえますかな」

 

 ジャンボの言う通り、少し離れる。

 スナイプの体勢のようだが、でかい図体がダンジョン内で寝そべっている光景はちょっとシュールだ。

 でもこの銃、アサルトライフルだよな。

 狙い撃ちするようなイメージ、俺にはできないんだが……。

 世界一腕の立つ殺し屋でもあるまいに。

 ジャンボが一つ、大きく呼吸をしてから息を止めた。

 先輩も身じろぎ一つしない。

 空気が張り詰める。

 ジャンボが引き金を引いた。

 

 破裂音が迷宮に響き、銃口が火を吹いた。

 遠く、敵のいた位置で爆発が起こる。

 玩具の銃にあるまじき現象だ。

 

「……仕留めましたぞ」

「当たったの?マジ?」

「見に行きましょうぞ」


 罠の警戒をしつつ敵のいた位置まで辿り着くと、そこには玉が落ちていた。

 先程の玉より僅かにだが光が強い。

 

「すごい……というかスコープもなしによく当てられるね」

「ハッハッハ!このぐらいの距離でFPSプレイヤーなら出来て当然の芸当ですぞ!見えるなら当たる」

「マジか」

「マジマジ」


 ゲームが関係あるのか。

 あるんだろうな。

 

「さて、その顔を見る限りここがどういう場所か、なんとなくわかったんじゃない?ちなみに君の武器と私達の武器、強弱に差はないよ」


 先輩が俺の顔を見て薄く笑う。

 俺は手元の玩具の武器を改めて見やった。

 思えば先輩の動きも、ジャンボの武器の使い方もちょっと現実的じゃなかった。

 そして先ほどのジャンボのFPSプレイヤーという発言。


「ここがかなり出鱈目なところなのはわかりました。しかし、ちょっと色々ゲーム的すぎるというか……」

「そうそう、間違ってないどころかその通りよ」


 先輩の光るバットと俺の模造刀の違いはなんだったろうか。

 経験?能力?それとも道具の違い?

 そこに対する答えは先輩が言ったとおりだ。

 つまりダンジョン攻略をゲームとして捉えているかどうか。

 ……だと、思う。

 この仮定が間違っていないのなら――


「……もう一回俺がやってみていいですか?」

「うん、私から勧めようかと思ってたけど手間が省けた。いいね。やってみて」


 模造刀を鞘から抜いて、柄を握りしめる。

 俺が想像するのはいつも遊んでいるネトゲー、その設定だ。

 人間自身には内在する強力な力がある。

 身に纏うだけでは出力が低く、微弱な威力しか出ないそれではあるが、武器に力を伝え、出力することによって強力な威力を発揮する。

 真似をするならば、刀に自分のエフェクト通すかんじだろうか……。

 と、試していると刀身が光った。

 なるほどね。

 

「あ、そうそう。言い忘れてたけど攻撃を受けるとある程度はエフェクトが守ってくれるけど、限度はあるし気をつけてね」


 ちーちゃん先輩、それ最初に言って欲しかったです……。

 

 

 

 ダンジョンにおいて敵と近距離で遭遇する場合、それは大体曲がり角になる。

 何故かと言うと俺たち……俺を除く攻略部の人間はとても目がいいからだ。

 特にこの階層は遮蔽物もないらしく、隠れる場所もない。

 なので突然の近距離での遭遇は曲がり角であり、逆にいえば曲がり角さえ会敵を留意しておけばいい、らしい。

 

 それはさておき。

 俺は曲がり角の向こうをそっとみやった。

 標的となる敵が曲がり角の向こうにいる。

 一見するとそいつは普通の犬のように見えた。

 こんな気味の悪い迷宮にいる時点で普通ではない気はするが、それは置いとく。

 なにを見てそいつを敵かと思ったのかというと、一言でいえば目玉がないからだった。

 毛に隠れているとかではなく、その部分そのものがぽっかりと穴が開いている。

 おそらく犬種は秋田犬。

 鼻が効いて脚が早そう。

 そしてきちんと見据えると恐怖が湧き上がるあの容姿。

 

 ……単独で倒せるかな。

 いや、先程ここでの強さは気の持ちようなんだって推論を立てたばかりじゃないか。

 やるぞ。

 俺はやるぞ。

 やってやれだ。


「うあああああああああああああああ」

「うるさいなー」


 ロリ先輩が後ろから野次を飛ばしてくる。

 気合いを入れないと飛び出せないんだよ!怖くて!

 刀を抜いて正眼に構えると、一気に駆け抜ける。

 俺の全身と刀身にエフェクトが迸り、迷宮の中を青白く照らす。

 こんな、普段の全速力程度じゃ見切られる気がする。

 もっと早く、あいつの感覚より、あいつの鼻が俺を捕えるより早く動くんだ。

 エフェクトが全身に力を与えてくれる。

 犬はこちらに気づいたようだがその動きは鈍い。

 いや、違う。

 俺が速くなっているんだ。

 身体が重い。

 空気が硬い。

 重力が煩わしい。

 速く、もっと速く、もっと前へ進め。

 身にかかる物全て振り切って、この刃をヤツに届かせるのだ。

 敵が迎え撃つように口を大きく開けて牙を向いた。

 鼻で位置をなんとか探っただけなのだろう、奴はこちらがはっきり見えていないようだ。

 丁度いい。

 捻じ伏せるように渾身の腕力を込め、口を狙うように刀を横にする。

 刃が牙を砕き、口を裂き、そのまま頭を上下真っ二つにした。

 肉と骨を潰し、断ち切る鈍い感触。

 

「がぁあぁ……」

「おえ……」


 頭を失った敵は首から血を撒き散らしながら失速し、よろめきながら徐々に体を支える力を失い、その場に倒れた。

 自分がやったこととはいえ普通にグロいな……。


「倒し、た……?」

「うんうん、上出来だね」

「やりましたな」

 

 命を断ったという感覚はない。

 これは、爽快感?

 確かに俺は生物を殺したはずなんだが……。

 人を殺したわけではないが、全く罪悪感すら感じないとは思わなかった。

 この迷宮、力だけじゃなく精神にも影響があるんじゃなかろうか。

 

「ところで玉って、これから取り出すの、か?」

「心配いりませんぞ、待っていればほら」


 ジャンボが指差すと敵の死体が蒸気を吹き出した。

 段々と小さくなっているあたり蒸発しているようだ。

 形が崩れ、毛と肉の塊になって段々と消えてゆく。

 あっというまに毛も肉も骨すらも残らず無くなってしまい、後に残ったのは例の玉だけだ。

 

「ほー、解体とかしないでいいんだ」

「誰もこんなの触りたくないしありがたいね。まぁ、素手で戦う人とかいるから人それぞれだけど……」


 誰のことを思い出しているのか、ちーちゃん先輩は嫌そうな顔をした。

 

「うむ、60円というところですな」

「そんなもんなのか」

「この階層は100円超えたら珍しいぐらいですぞ」

「そうか……稼ぐならもっと強いやつじゃないとだめそうだな」

「まあまあ、そんなに焦らなくても転入生くんならすぐに下に行けるよー」


 逸る俺の肩を先輩が落ち着かせるみたいにぽんぽんと叩く。

 

「はい、これ」


 俺が倒した敵から出た玉を先輩が渡してくれる。

 

「初めての戦果だし、自分で持ってたほうが実感持てるでしょ」

「おお……」

「うんうん」


 先輩は俺の喜ぶ様子を見て一緒に満面の笑みだ。


「なかなかスジはいいみたいだしね。案外、ゲームに慣れてる人でも最初に潜って一人で倒せるようになるのって難しいもんなんだよ」

「そういうもんですか」

「それに、慣れないと戦いづらい『敵』もいるからね」

「搦手を使うようなのがいたりするんですかね?」

「多分転入生くんが想像してるのとは大分違う。けど、まぁ、遭遇しなければそれに越したことはないしそのうちわかるよ」

 

 またそれですか。

 このちびっこ、説明するのが好きなくせに面倒になると説明を省く癖があるらしい。

 意外と厄介なところもあるんだなぁ。

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