初戦

 

 準備を終えた白い集団が次々と旧校舎へと入って行く。

 他のチームがいなくなったのを確認するとロリ先輩は頷いた。

 どうやら俺たちのチームは最後らしい。

 

「さて行くぞー」

「おー」


 先頭はちーちゃん先輩。

 その後ろに俺、最後尾にジャンボという隊列だ。

 先輩の背は低い。

 頭頂部が俺の胸元までしかない。

 ふわふわとゆれる髪の毛を見ていると異様に撫でたい衝動に駆られた。

 魔性の頭髪だ……。

 ……なでなで。

 しまった。

 気づいたら撫でてしまっていた。

 先輩がこちらを睨む。

 涙目で顔が赤い。

 

「すいません」

「次はコロス」


 睨む顔がかわいくて全く怖くない。

 しかし年上に泣かれるなんてのはとてもとても困るし気をつけよう。

 なるべく。

 

 

 気を取り直して小さな背の後を追う。 

 中は石造りの通路になっていた。

 驚いて一旦外に出て旧校舎を見上げてしまった。

 通路は遠く続いており、どう見ても旧校舎を突き抜ける長さだ。

 

「異界化って呼ばれてる。放課後、この時間になるとこうなるのよ」

 

 ロリ先輩が教えてくれた。


「なるほど、これがダンジョン……」

「ちなみに毎回構造が変わるから道は覚えなくていいよ」


 改めてダンジョンに踏み込む。

 

「マッピングとかしないんですか?」

「私はその方がいいと思うのですがなぁ」


 とはジャンボ。

 意外と堅実なんだな。

 

「別に必要ないだろう。レベル上げとかあるわけじゃないんだし、階段見つけたらさっさと降りればいい」


 ダンジョンの構造が毎回変わるというとローグライクRPGを連想する。

 あれはある程度同じ階層に留まってレベルを上げないと次の階層で戦闘に苦労したりするもんだが、レベルがないならその必要は確かにないな。

 しかし、随分とゲーム感覚な言動をするな、この二人。

 他の部員も同じなんだろうか。

 生身で戦うならもうちょっと危機感がありそうなもんだが……。

 

 さて、ダンジョンに挑むわけだが実際の行軍は地味だった。

 まずロリ先輩が床を懐中電灯で照らし、時折棒高跳びの棒で照らされた床を軽く叩く。

 何かを確認しているようで先輩が俺を見ながら頷く。

 叩いた後を避けるように先輩が先導し、その足跡を踏みながら後ろから続く。

 その繰り返しだ。

 ちょっと進むだけで時間がかかる。

 

「先に行った人達見かけませんけど、みんなこれやってるんですか?」

「いや、今日は初心者がいるからね」


 俺のせいなのか。

 

「慣れるとなんとなく罠のある場所がわかるんだけど、それまではこうやって進みながら罠の雰囲気を掴むのよ」

「先輩はわかるんですか」

「当然」


 と、懐中電灯を振る先輩。

 自分達が発光しているおかげで懐中電灯の光がなくても薄暗くはあるが迷宮の中を視認できる。

 しかし床が詳しく見えるような光量ではないので、ちゃんと見るなら照らす必要がある。

 どうやら先程まで叩いていた場所は罠のある所らしい。

 俺にはさっぱり分からなかったが……。

 

「私もわかりますぞ!しかし転入生殿ならすぐにわかるようなるでしょう。なにせソウルメイトですからな!」


 いつの間に俺たちは魂の友になったのだろうか。

 いいけどさ。

 

「まぁ、最初はわからないもんだって。ほら、見てみて」


 先輩が床を照らしながら強めに床を叩く。

 棒が床に押し込まれ、カチッとどこかで音がした。

 

 天井から無数の針が降りて空間を貫く。

 針は床の押し込まれた場所を中心として狙っており、もしそこに人間がいたら即死するだろうということは見て取れた。

 

「慣れてもこの10フィート棒は必要だし、使い方を覚えるって意味もあるけどね」

「なるほど……。しかしこの棒2mぐらいに見えるんですけど3mもないですよね?何故10フィート?」

「そう呼ぶのがTRPG的でいいからだってさ。正直、意味わからんね」

「そうっすか」


 どうやら単なる伝統らしい。

 ちーちゃん先輩に賛同だ。

 どうでもいいね。

 名称の正確さを気にする人は気になるだろうけど、使えるなら問題ない。

 

「それにしてもこの罠、すごい殺しにきてるように見えるんですけど、二人共緊張感ないですよね?」

「まぁ、君もいずれこうなるよ!それより折角の初潜りなんだし今日は楽しんでいこうよー」


 先輩は鼻歌を歌いながら楽しそうに進んで行く。

 遠足か、ってかんじのノリだ。

 まじで緊張感ない……どうなってるんだ。

 

 

 

 さて、ダンジョンを進んでいた一行だが、とある曲がり角に差し掛かる前にちーちゃん先輩が懐中電灯の電源を切って行軍を止めた。

 皆に緊張感が走る。

 辺り一帯が薄暗い闇に包まれる。

 メンバーの顔ぐらいは見えるが、懐中電灯の明るさに慣れていたせいで周囲が見えにくい。

 先輩は口に人差し指を当てて、黙れ、のポーズ。

 その表情は至極真面目だ。

 先輩はバットを手に取ると、他の荷物を降ろしてジャンボに押し付けた。

 身軽になると静かに曲がり角を覗き込み、こちらを手招きする。

 俺も先輩の後に続き、曲がり角の向こうを覗いてみた。

 

 通路の中央に髪の毛の塊が浮いていた。

 大きさは人の頭ほどだろうか。

 ただそこに留まり、髪の先を宙空へとゆらゆらと揺らしている。

 有り体にいって気持ち悪いし怖い。

 あれがこの迷宮における魔物なのだろうか。

 もうちょっとこう、ファンタジー的な、ゴブリンとかスライムみたいな敵を想像してたんだけど、どうしよう。

 ガッカリ感が隠しきれない……。

 

「転入生くん、とりあえずやってみる?」

「えっ?いきなりですか?」

「最初から見てるだけじゃつまんないでしょ」


 そういう問題なのかな……。

 普通に怖いんだけど。


「大丈夫大丈夫、危なそうだったら手出すからさー」

「ほんと、お願いしますよ……」


 その軽すぎるノリが今は逆に恐ろしい。

 先輩に背中を押され、模造刀を抜く。

 偽物とはいえ振り慣れない重みは手にのしかかるようだ。

 こんなもんで倒せるのか?

 ……考えても仕方ないか。

 サポートもあるみたいだしとりあえずやってみよう。

 気持ち悪い物を叩く時、躊躇したらそこで足が止まってしまう。

 一気にいこう。

 気持ちとしてはゴキブリを叩くかんじ。

 角の陰から一気に走り、模造刀を振りかぶる。


「おおおおおおおおおお」


 真正面から模造刀が髪の毛に当たった。

 肉の塊を叩くような、やわらかい感触。

 手応えがない。

 模造刀が埋まり、飲み込まれる。

 

「げっ、こ、この!」


 引き抜こうとすると恐ろしく強い力でガッチリと固定されてしまった。

 髪の毛に埋まった模造刀はピクリとも動かせない。

 やばい、武器取られた。

 俺が武器を取り戻そうと奮闘していると、髪の毛に動きがあった。 

 髪の毛の束が伸びて模造刀を伝う。

 

「あっ」


 気づいた時には遅かった。

 腕が髪の毛に縛られる。

 べっちゃりと濡れて水っぽいものが滴っているのが気色悪い。

 模造刀が飲み込まれると同時に腕が引っ張られる。

 

「ひいいいぃぃ」


 これ一緒に飲み込まれたらどうなるんだ。

 無事で済むのかな?


「あははーやっぱりチュートリアルぐらいしないとだめかー」


 後ろを見るとちーちゃん先輩がのんびりとした調子でバットを構えていた。

 反省はいいから!

 笑ってないで早く助けてください!

 

「とうっ」


 先輩が一瞬で俺の脇を通り抜け、髪の毛をスイングした。

 髪の毛が粘着質な水音をさせて吹っ飛んでいく。

 衝撃と共に束縛が解け、模造刀と俺の腕も自由になった。

 敵は迷宮の壁にぶつかってからフラフラと宙に漂っている。

 

「それじゃーちょいとお手本をみせてあげますか」

 

 得意顔の先輩がその小さな両手でバッドを握りしめると、どういう原理なのかバットが光り輝いた。

 走る姿勢に入っていた先輩の姿は、しかし瞬きをしている間に敵の目の前へと移動していた。

 瞬間移動みたいだ。

 間のコマが全く見えなかったんだけど、もしかして走ったのかな……?

 光り輝くバットを振りかぶり、叫ぶ。

 

「えくす、かりばぁぁ!」


 光の奔流が迷宮に溢れた。

 髪の毛が光に焼かれ、燃え上がる。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 うわっ、あれ叫ぶのか……やだなぁ……。

 火に包まれる髪の毛が地面に落ちる。

 

「こんなもんかな。最初だし全力見せてあげたいけどちょっと狭いんだよね、ここ」


 鎮火と共に髪の毛の燃えカスも消えた。

 ちーちゃん先輩が火の跡から何かを拾い上げる。

 

「ほら、これ。これを収集するのが私達の目的ってかんじかな」


 先輩が手渡してくれたのは丸い玉だ。

 ビー玉ぐらいの大きさで透き通っており、仄かに赤い光を発している。

 

「これ集めて何かあるんですか」

「学校に提出するとなんとお金が貰えます」

「なんと」


 なるほど。

 初心者と組むと稼げないという発言はこれが原因か。

 こんな遅い進行をしてたら敵を倒す数も少なくなるし、稼ぎが少なくなって然るべきだ。

 というか俺倒せなかったしな。

 

 しかし、これが金になるのか……。

 単なる玉にしか見えないが、お金に代わるのがわかると重みが違うような気がする。

 実際の収入源を目にするとモチベーションの上がり方が全く違う。

 心の高鳴りが抑えきれないのは仕方ないね

 気持ち悪い魔物だろうといくらでも戦えるぜ。

 まぁ、まずは仕留めれるようになるところから始めないとだけど。

 

「これだったら……んーと……50円かな、多分……最低額なんだけど」

「ですな。まぁ塵も積もればなんとやら」


 後ろを警戒していたジャンボが来て俺の手を覗き込む。

 ケツが見たいと言っていたわりにちゃんと役割をこなすし、意外と真面目だ。

 言動はフザケてるのにな。

 

「その値段の基準て何かあるんですか」

「光の強さですな。強くなるほど高価になりますぞ」

「ほう」


 答えてくれたのはジャンボだ。


「わたしはそこら辺興味ないからなぁ~、そういうのは任せた」


 ロリ先輩はお金に興味がないのだろうか……。

 稼げないと分かっていて新人引率してくれるし。

 ただ単にいい人なだけという線もあるが。

 

「とりあえずそれは荷物にいれておいてね」

「はい」

 

 俺が玉をリュックサックに放り込んだのを確認すると、先輩は行軍再開を宣言した。

 

「次はジャンボがやってくれる?銃を使うとどうなるかも見せておきたいし」

「了解ですぞ」

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