放課後ダンジョン攻略部

グランドカイザー

第一話 チュートリアル

エフェクト


「おっ、転入生殿!エフェクトが出ていますぞ!」


 隣の席の生徒に言われて気づいた。

 俺の体が青く薄っすらと輝いている。

 なんだろう、これは。

 周りを見回してみると皆当然のようにこの現象を知っているようで、驚いているのは自分だけだ。

 

「あー、転入生、エフェクト出たのか。それじゃあ解散したらちょっと話いいか」

「あ、はい、まぁ……」


 担任に呼び出されてしまった。

 雰囲気は悪くないので咎めるという様子ではないようだ。

 むしろ「いーなー」「がんばれよー」など、特に親しいでもない周囲の連中が穏やかに話しかけてくるぐらいだ。

 一体なんなんだ。

 

「やりましたなぁ。転入生殿が私と同じエフェクト持ちとは、運命を感じますぞ!」


 と、再び隣の生徒が話しかけてくる。

 彼は筋肉はないが太っているわけでもない、単純に体格がいいだけの巨漢だ。

 悪い奴じゃなさそうなのは話した雰囲気ですぐにわかるんだが、話し方と粘ついた笑い方がちょっと気持ち悪い。

 よく見ると彼も俺と同じように体が薄く光っている。

 これがエフェクトなのだろうか。

 

「……これ、なんなんだい?」

「簡単に言えば学校認可でとある場所に入れる証のようなものですな。バイトとはちょっと違いますが、お金を稼げますぞ」

「お、お金………………」

「ぐふふ、興味がおありですか?」


 ありありだった。

 俺はとあるネトゲーのプレイヤーだ。

 廃人というほどやり込んでいるわけではないが、アバターを着飾る衣装には気合を入れる質だ。

 衣装の入手手段は二つ。

 一つは他人の中古品を市場から買うこと。

 これはゲーム内のお金で賄えるから別にいい。

 そしてもう一つは課金ガチャ。

 新作衣装は大概がガチャでの実装であり、欲しい衣装を揃えるならば重課金必須だった。

 

 つまり、とても、とてもお金が欲しい。

 実はうちの学校、校則でバイト禁止なのだ。

 これからこっそりバイトするにはどうしようと激しく悩んでいたところに救いの手だ。

 金を稼げる手段を学校が用意してくれるならそれ以上望むべくはない。

 

「お金は……あって困ることはないからね……」


 にっこり。

 笑い合ってみる。

 取り繕ってはみたが、傍から見たら隣の彼と同じキモい笑い方をしてしまったのは想像するだに難くない。

 いけないけない。

 新しい学校に来たばかりで悪印象はよくないな。

 周りの様子を伺ってみる。

 厳しい目はない。

 ……ふむ。

 失礼な話だが、隣の彼は一般的な学校だとクラス内ヒエラルキーが低いタイプの人間だと思う。

 しかしこのクラスでの雰囲気はなんというか、一目置かれている、ような気がする。

 エフェクトが出るというのはこの学校では特別な意味があるのかもしれない。

 

 

 

 時は4月も半ば。

 俺は親の都合で葦原高校へと編入することになった。

 実際登校してみて思ったのは、こんな半端な時期だったせいで妙な目で見られはしたがそれを除けば特に不自由はしなさそうな、普通の学校だなということ。

 登校初日、その日の授業が全て終わりHRが始まるまでは……このエフェクトが出るまではそう思っていた。

 どうやら普通でない生活が待っている可能性があるようだ。

 

 


 

 放課後。

 旧校舎へと隣の彼と共に担任に連れられて向かうことになった。

 旧校舎は現在の校舎とはグラウンドを挟んだ反対側に建っている。

 木造のかなり古い建物らしく、傷んだ壁やドアは放置され見える限りの窓は全て割れていた。

 木々が囲む林、赤い夕日の届かない薄闇の中に佇んでおり、人気がないのも手伝ってどうにも不気味だ。

 そんな今にも幽霊が出そうな旧校舎の前に数十人の男女が集まっていた。

 葦原高校は黒のブレザーが指定制服なのだが、彼らは白いブレザーを着用しているあたりちょっと特別感がある。

 色以外はデザインや校章が同じなのでこの学校の生徒なのだろうというのはわかるのだが、なにか決まりでもあるのだろうか。

 ちなみに隣の彼も白いブレザーに着替えている。

 

「連れてきたぞー」

「おーこの子が例の転入生っすか」


 担任が白い集団に俺を紹介する。

 

「あの、これは一体何の集まりなんでしょうか…」

「説明してないんですか?」


 と、一人の女子が担任に尋ねる。

 何の説明もなかったよ。

 それにしても彼女、小さいな……どう見ても同年代に見えない。

 小学生が混じっているのかと思ってしまった。

 

「じゃあ簡単に……」


 こほん、と咳払いして小さい子が平たい胸を張って説明してくれようとすると、担任はそれを見るなりくるりと踵を返した。


「あぁ、よろしくなー。俺は仕事するから」

「放置ですか?別にいいですけどー」


 担任は後を任せると一人で帰ってしまった。

 本当に知らない集団に放置っすか……。

 いやまぁ、今日転入したばかりだからこの学校には知らない集団しかいないのだが。

 と、俺が気をそらしていると彼女は説明を続けてくれる。

 周りは見ているだけで任せっきりなあたり、こういう面倒な役回りを引き受けるのはいつものことなんだろうな。

 

「さて、私達は『特別迷宮探索部』……通称『放課後ダンジョン攻略部』って呼ばれている」

「迷宮……?」


 ダンジョンやら迷宮やらはわかる。

 わかるが、そんなものどこにあるのだろうか。


「あぁ、この旧校舎がそうなんだけど、どういうことなのかは……後で入ってみればわかる」

 

 旧校舎を見上げてみるが、変わった様子はない。

 相変わらず異様な雰囲気はするが……。

 

「とりあえず今日は体験入部ってことでいいからさ、どうかな?エフェクトが出た生徒はここへの入部を推奨されてるんだけど別に強制じゃないよ」

「そう、ですね……じゃあ今日だけでも」


 俺が了承するとロリっ娘はにっこり笑って満足気になった。

 動作が大きく、ふわふわした髪が動きに合わせて動くのが可愛らしい。


 躊躇する振りをしてみたが、正直今日から入部してもよかった。

 ただあまりがっつき過ぎて引かれると人間関係に齟齬をきたす可能性がある。

 それはいけない。

 俺は金も欲しいが楽しい学校生活も欲しいのだ。

 目の前の小さい子とか可愛いし。

 白い集団にもなかなか綺麗な子がちらほらいるし。

 気をつけないとな。

 

 ちなみ詳しく説明してもらったが、エフェクトというのはやはり俺の体に出た青い光のことらしい。

 よく見れば白い集団も個人個人で光の強さに差はあれど、全員エフェクトが出ている。

 

「ちーちゃんえらい!やっぱり面倒くさい説明は任せちゃうなぁ」


 3年生っぽい、背の高い美人の女子が小さいのの頭を撫で回す。

 微妙に迷惑そうだ。

 

「あー、そうそう、新人教育は私の受け持ちだからキミはわたしに付いて来てね。ちーちゃんと呼ぶといいよ」

「はい、ちーちゃん……」


 よく見るとちーちゃんの首元を飾るリボンタイは3年を示す赤色だった。

 

「先輩。よろしくお願いします」

「転入生くんはおりこうだね。よくわかってる」


 ちーちゃん先輩にっこり。

 どうやら子供扱いは嫌いなようだ。

 ……危ない。

 見た目からしてせめて同い年かと。

 同級生や下級生に対するような挨拶を思いとどまってよかった。


「さて、チームは私、新人の転入生くんは確定として、後はどうしようかな?」


 ロリ先輩が周りを見回すが、他の白い人達は各々グループを組んで何やら準備を整え終えているような雰囲気だ。

 彼らはどう見てもプラスチック製な玩具のハンドガンなどを身に着けている。

 あれでダンジョン攻略ができるのだろうか……。


「私パスね。今日はソロでいくから」

「はいはーい」


 美人さんは付いてこないらしい。

 ロリ先輩が手を振ってあっさり宛から外してしまった。

 

「あ、そうそう、ひとつだけ言っておくわね」


 美人さんがちーちゃん先輩を名残惜しげに離した。

 俺に近づき、顔をよせてくる。

 その顔は笑顔を作っているように見えるが、どうにも俺には友好的な笑いには見えない。

 距離が近いのが怖い。

 ご用件はなんでしょうか。

 美人さんがちーちゃん先輩に視線をやりながら小声で話す。

 

「ちーちゃんはね、うちのアイドルなわけ」

「は、はぁ…」


 それは集団の中心的な位置にいた時点でなんとなくはわかっていたが……。


「私達にとって癒やしで憧れで最後の良心なの。……後は、わかるな?」

「わかります、わかります」

「そう」


 美人さんが離れた。

 今度は険のない普通の声だし、笑顔も自然に見える。

 

「それじゃ、ちーちゃんのこと、よろしくね?」

「は、はい」


 美人さんはそれだけ言うと集団から離れて行ってしまった。

 釘を刺されたのか。

 まぁ、邪な気持ちを懐きたくなる輩はいるだろうってのはわかる。

 俺?

 俺はお人形さんみたいだな、ってかんじで普通にかわいいと思うだけだし……

 こんな小さな体を無理やり凌辱したくなるような小児性愛者じゃないし……。

 いや、小児っていうほどペドい体型じゃないけど。

 最低でも少女だよ少女。

 失礼な。


「私が同行いたしましょうか?」


 と、話しかけてきたのは隣の巨漢だった。

 ずっと俺の隣にいたのだが、やっと話を挟む機会がきたというかんじだ。

 アクティブっぽく見えるがここでのヒエラルキーは案外低いのかもしれない。

 

「ん、ジャンボもくる?」


 どう考えてもそれあだ名ですよね?

 そのまんますぎるよ……。

 

「えらいなぁ、新人と行くと稼げないのに」

「いやいや、私、そんな金に困ってはおりませぬし。あとはちーちゃん先輩の可憐なるお尻が見られれば十分ですぞ!」

「ほんと、触ったらブッ殺すからね?」


 ちーちゃん先輩はゴミクズを見るような目でジャンボを睨んだ。

 子供にしか見えないので全然怖くない。

 睨まれるジャンボは何故か嬉しそうだ。

 というかそれ言っちゃうんだ……。

 ちーちゃん先輩、スカート短いしね。

 すごく気持ちは分かるよ。

 うんうん。

 

「……まぁいいや。お願いするよ?」

「任されました。というわけで改めてよろしくお願いしますぞ、転入生殿!」

「はぁ、よろしく、ジャンボ……さん?」


 そういえば名前を聞いてないのを思い出した。

 わかりやすいしジャンボでいいか。


「さんはいりませんぞ!同級生ですしな!」

「……なるほど。よろしくジャンボ!」


 手を差し出されたので握手を交わした。

 彼とはもし部活に入らなかったとしても友達になれるだろう、という気がする。

 なんでかはわからんが。

 

「本当はもう一人ぐらい欲しいけど、まぁいいか。というわけで今日はこの3人でダンジョンに潜ります!」


 ちーちゃん先輩が腰に手を当てながらメンバーを見回してうんうん、となにやら頷く。

 

「バックパッカー兼棒係は私がやるとして……転入生くんはどうしよう」

「どうしようと言われてもわかりませんが」

「それもそっか。じゃあ適当にー」


 適当に武器を渡された。

 模造刀と拳銃の玩具だ。

 模造刀は刃の部分が鉄なので普通に重いし、銃の玩具はエアガンなので人に向ければ危ないのは確かだろう。

 だが、これがダンジョンに潜る装備と言われればやはり首を傾げてしまう。

 他の皆も準備ができたようだ。

 ジャンボはアサルトライフルを装備し、腰には本物のナイフを挿している。

 ナイフはともかくとして、この銃も玩具なんだよな……。

 そしてちーちゃん先輩なわけだが、彼女はバットを一本腰に挿しいる。

 「えくすかりばー」とマジックで書かれているのが馬鹿っぽい。

 というか武器……?

 そして背中には大きめのリュックサックを背負い、大体2mぐらいの棒高跳び用の棒を抱えている。

 小柄な彼女にはかなり重そうだ。

 棒係とは聞いたが実際に棒を持ってくるとは思わなかった。

 棒係ってなんだろう……。

 

「あ、あとこれね。忘れるところだった」


 と、慌てて手渡されたのは一枚の青いカードだ。

 カードには白で9の数字が書かれている。

 俺に持たせたまま、ちーちゃん先輩がカードの端を弾くと色が抜けて真っ白なカードに早変わりした。

 これで色と共に数字も見えなくなった。

 

「カードに唇を押し付けてみて」


 言われた通りにすると、カードが再び青く染まった。

 先程より薄い気がする。

 カードには白抜きで5の数字が浮き出ている。

 

「ふーん……なるほど」

「Lv5ですかな。エフェクトを使ったことがない割には強いですな」

「そだね」

「レベル?」

「そうそう、エフェクトの強さを図るのよ。身体の表面に出てるのだけがエフェクトじゃないからね」


 俺のエフェクトの強さはLv5ってわけだ。

 これがどのくらいの強さかはわからないけれど、二人の反応を見るに悪くなさそうだ。

 

「これ何かに使うんですか?」


 カードを返す。

 先輩はカードを見て何かに気づいたようでちょっと赤くなって慌てた後、すぐに平静を取り戻してカードを懐にしまった。


「あぁ、エフェクトの強さによっては潜れない場所があるからね。毎回必ず見るようにしてるんだ。今回は私のを貸したけど、入部するなら専用のを用意しておくね」


 なるほど、個人専用なのか。

 図り方が同じならちょっと嬉しいことをしてくれたなぁというかんじだ。

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