7.花冠

7.花冠






夕暮れには、まるで血液のようだった。




魚の声が聞こえるような静けさだった。




凍える空気の中でボロボロになった君の声が聞こえた。




「あの日のことを思いだすと、今も君の声が聞こえるんだよ。」



彼女は悲しい顔をしているのか、微笑んでいるのか、水面に反射した赤い光だけが今の彼女の瞳孔を写す。


その日は2人で決めたお別れの日で、僕たちは初めての口づけを交わした。

30分をかけた、いや、かかってしまった。

僕の足首は冬の海に感覚が無くなるまで冷えきって、地面から少しだけ浮いているようだった。たぶん、彼女も。


心臓がバクバクして、緊張か、期待なのかも判断もできず、息が苦しい。

彼女はずっと待っててくれた、寒がりなのに。


彼女は僕のために、僕は彼女のためにひとつずつ貝殻を見つけてきた。

それを僕に手渡して、結局最後の瞬間まで君の笑顔も泣き顔も見たことなど無かった。


これが恋なのか、エゴなのか、経験の少ない僕にはわからなかったけど、その日見た光景が生涯で1番美しいものになった。


氷のような表情と、美しい景色。




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始まらなきゃ良かった物語なんてあるんだろうか。


ネガティヴに生きた人生だったけど、心地よい思い出がたくさんあった。


最後に描いた絵は、大きくて薄暗い空と、真っ赤な海と、真っ白い彼女の絵だった。

君は寒がりなのに、冬の間しか僕らには時間が無かった。春には花の冠を作ってあげるつもりだった。


僕が空へ飛び出すことを、お姉ちゃんなら応援してくれただろう。

大切な宝物はみんなまとめておもちゃ箱へ閉まっておいてくれるだろう。


もし良かったら、タバコの香りのするものも入れておいてほしいな。


先に言っておくよ、ありがとうお姉ちゃん。

僕と出会ってくれた人みんな、ありがとう。



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突然降り出した泣き声は誰も予期しておらず、人々は尖った声にただ打たれながら息を飲んだ。


少女はゆっくりと、少年の周りに散りばめられた花を集め、紡ぎ始める。手は大きく震えている。


ぐしゃぐしゃの顔で必死に震えを堪えている。

涙の拭き方も知らない。


少年の周りには姉が入れたタバコと兵隊の人形と、そして貝殻。


そして、少女が長い時間をかけて紡ぎきった花冠はなかんむりが今、少年の胸に置かれた。



少女は少年に語りかける。


嗚咽と呼吸の中から振り絞った声で。








「とっても、素敵なおもちゃ箱に、なったね。」







少年が最後に見た光景はその時変わったかもしれない。

生涯で1番美しかった光景は塗り替えられたかもしれない。


その光景に出会えたのは少年だけで、

少年だけしか知らないものになってしまった。


けれど、それは少年の大切な宝物になった。

完成したおもちゃ箱の蓋を、誰かがゆっくりと閉めた。

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