5.たばこのけむり
5.たばこのけむり
その少年と少女は仲のいい
父の死後は母がタバコ屋を引き継いだ。父が残した貯金は客足とともに年々緩やかに減ってゆくけれど、2人が高校を出るまでは別に無理をしなくても構ってあげられるだろうという母の計算があった。お母さんは月に一度くらいは兄弟にお菓子を買って上げた。
その代わり母は厳しかった。しかし幼い2人にもその理由はわかる気がして、姉弟は母のことが大好きだった。
今朝もまた、母は吸えないタバコをガラスケースに並べていく。
姉はお人よしだった。学校での成績も悪く、運動もできない、なんの取り柄もなかった。だから絵を描ける弟を尊敬していた。
2人はその年の母の日に、母へのプレゼントを考えていた。姉は弟に絵を描いてほしいと頼んだ。
「私なんにもできないし、お金もないし、何できなくて、だから
弟はそれを快く受け入れた。
彼もまた、体の弱い自分には絵しか取り柄がないと分かっていた。
姉は弟が誇らしかった。弟は姉が自分を頼ってくれてとても嬉しかった。そして母の日、弟は鉛筆で描き上げた母の似顔絵を贈った。
素直に喜んではくれなかったけれど、姉弟には十分だった。
次の日、母は昨日のお礼だと行って2人にプレゼントをした。姉には綺麗な髪飾りを、弟には色鉛筆を。白黒でしかなかった弟の絵がその日から色づいた。
その2ヶ月後に母は突然の病で亡くなった。タバコ屋に残ったのは姉と弟と、煙だけ。
そして弟は余計に大人しい人間に、そして姉は弟のことを思う明るい姉になった。
姉は高校卒業後すぐにバイトを2つ始めた。昼は図書館の受付、夜は小料理屋のホール。朝に帰る日もあるし、帰らずにそのまま図書館の早番に向かう日もある。
そして弟が美術系の専門学校へ行けるほどにお金を貯めた。
19歳になった弟は病院のベッドで絵を描いていた。姉は変わらずバイトを続けている。
「
姉は自分が飛べないことをわかっていたから、弟の羽根になろうとした。
弟もそれをわかっていた。だけど絵が描けなくなった。
そして空に身を溶かそうとしたのである、翼を広げようとしたのである。
1人になった姉はコンビニでタバコを買った。吸ったことはなかった。
むせながら口から煙を吐き出すと、煙はただ宙を漂う。
せめて君になりたいよと心で口ずさむ。
姉が目を閉じると、あの日の母の似顔絵が何度もフラッシュバックした。
あの日弟が描き上げた母は、滅多に見せることのない、崩れるほどの笑顔であった。
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