TOYS

小島イチカ

1.紙風船

どこまでも続くこの河川敷をダッと走り抜けていったのは、私ではなく2人の小学生だ。


たしかに高校以来運動はしていないが、ここまで歩くのが遅くなってしまったかと驚きを感じつつも、そこに説得力を与えるのがビニール袋で揺れるカップ麺と烏龍茶、そして可愛い顔をしたポテトサラダである。


早番が終わる頃、丁度夕日が河川敷から見えるのだ。

目にタコができるほど眺めたこの河川敷も、あいつのおかげでどこか新しい、庶民向けのカタルシスになるのである。


ふと目の前に、夕日と並んでもう1つのまるが現れた。

なんだ、紙風船か。どこから流れてきたのかしらないが、まだ遊ぶ人がいるんだな。

しかし、私からしてもそれは親しみの深いもので、"懐かしい"っていいなとただ思う。


これから風に吹かれてどこかでゴミになってしまうのだろうけれど、飛んで行く君を見て心が和む人も多いだろう。

なんだ、案外楽しそうな生き様で安心した。


ああ、紙風船が小さくなるにつれ私は私にフェードインしていく。

今日もまた職場では誰かに嫌われないように、とだけ願って、振舞って、過ごしてしまった。

マイナスを0にすることで精一杯だった。


別に私が特別不幸なわけではなく、みんなそうなんだと思う。

むしろある程度頑張れば、高さ0のこの場所に立っていられる。


所詮私もあの紙風船みたいに、人の力を借りぬことには、あの空を進む権利はないのだ。


いつかこの気持ちがふわりと舞い上がり、報われる日が来るのだろうか。

しかし知っているかい入道雲よ、この長いだけの河川敷も案外居心地がいいものだよ。


次の日は朝から止まない雨が続いた。

私は迷うことなく、家の近くのスーパーまで続くバスに乗り込むのである。

紙は水に溶けてしまう。

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