ミカエルの告白

 とうとう、私の番ね。

 少し待ちくたびれてしまいましたわ。


 実を言うと、早く言いたくて仕方なかったのよ。修身の授業でもこんなに気が急いたことってなかったかもしれないわ。


 サラ姉様が私のイトコであることは御存じよね?

 といっても、面倒なのでイトコと言っているだけで、血縁関係は複雑なのよ。でもイトコという響きが良いわ。

 親でもなく伯父でもなく叔母でもなければキョウダイでもない。

 イトコ。親戚なんて言葉よりも、ずっと親しみがある言葉ですわ。


 本当は私、この学校に来るつもりはありませんでしたの。

 お父様がね、女に学問は必要ないだなんて言うから。

 でもサラ姉様がいることを知ったら、手のひら返して行くように勧めて来たわ。


 うちの一族の中で、サラ姉様はお姫様なのよ。本家の当主のお気に入りでね、姉様が先生になった時には皆でそれを祝ったほどだわ。

 サラ姉様が言うことは間違いないの。誰もそれに逆らってはいけないの。


 なんていうと、姉様が独裁的に思えるかしら?実際には違うのよ。姉様は何も言わないわ。

 皆の意見を聞いて、少し気に入らなかったら、可愛らしく華奢な首を傾げるの。それで皆、自分たちがとんでもなく馬鹿なことを言っているような錯覚に陥ってしまうのよ。


 この学校に来てから、私は幸せだったわ。

 姉様が……なんだったかしら?美術部?美術部で絵を描いているところに行ったらね、姉様は鉛筆を削るためのナイフを持っていたのよ。

 舶来品の綺麗なナイフでね、ちょっとそのあたりじゃ買えないものよ。

 そのナイフの先が細かく細かく鉛筆を削るのを見ていたら、姉様は少し手を止めて、私を見たの。


「早季子ちゃん、そんなにこのナイフが好き?」


 口の中に薔薇でも含んでいるかのような、掠れていても甘ったるい声。

 私は素直に首を縦に振ったわ。姉様は仕方なさそうに笑って、ナイフを下さったわ。

 姉様みたいに鉛筆を削ろうとしたけど、全くもって駄目ね。お話にならないわ。

 姉様の手がないと、あのナイフなんてただのバタ臭い代物よ。


 そういえばその時に、ガブリエルをモデルにした絵を見たわ。

 あんまりガブリエルにそっくりでビックリしてしまったけど、私、悪戯心で姉様に言ってみたの。


「姉様、田辺さんは私の大事なオトモダチなの。かわいらしく書いてちょうだい」


 貴女が可愛くないというわけではないわ。誤解なさらないでね。

 ただ、西洋絵画の手法で描いているのだから、もっと日本人離れした美しさというのを描いてほしかったのよ。

 姉様は、やっぱり仕方なさそうに笑って、その通りにしてくれたわ。


 西洋絵画って言いましたけど、私は実際のところそれをまじまじと見たことはありませんの。だから姉様とお話を弾ませるために、図書館に行って、画集の類を探したのよ。

 そこでね、用務員が話しかけて来たの。失礼な男だと思ったけど、姉様だったら優しく接するでしょうし、私もそうしてみたわ。


 用務員の男は、私と姉様がほんの少し似ていることを気付いたのね。恋慕している相手の身内に、人と成りを聞くのは、まぁ下品ではありますけど、当たり前のことよ。


 私、こんな男が姉様に近づくのは許せなかったわ。

 でも同時にね、こうも考えたの。姉様が怖い目に会えば、私を頼ってくださるんじゃないか、ってね。


 ウリエルと姉様がよくお話をしているのは知っていたから、私は彼に助言をしたのよ。ウリエルに話を聞いてごらんなさい、って。実際、彼は聞いたようね。その素直さだけは認めて差し上げても良いわ。

 私があげた姉様のナイフも大切に持っていたようだし。


 ラファエルが姉様のことを心配していたのも、私は知っていたわ。とってもいじましいと思った。学校の隅の花壇で溜息をついている貴女を見て、私は助けてあげたいと思ったの。

 さながらあの時のラファエルは絵画のようだったわ。「天使の嘆き」なんてどうかしら。良い題名でしょう。


 私、ラファエルの力になりたいと思って、職員室に行ったのよ。そしてこっそりと、教室の鍵を一つ抜き取ったの。

 図書室のある階の空き教室。あそこはいつも鍵がかかっているから。私、結構上手に出来たと思いますのよ。鍵を開ける時は緊張しましたけど、お陰でラファエルはあの部屋を使えたでしょう?


 あの時のことは思い出しても身震いがするわ。

 私、校舎の外にいたのよ。そして空から降ってくる、引きちぎられた何かの絵とか、姉様の悲鳴とか、粗野な足音とかに耳を傾けていたの。


 誤解が無いように言っておきますけど、別に悲鳴を聞いて身震いしたのではないのよ。


 何もかもが終わったあとの、薄気味悪い静寂が怖かったのよ。


 私のお話はこれで終わりですわ。

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