ウリエルの告白
私が図書館で司書の方のお手伝いしているのは、知っているでしょ?
先生はよく、授業で使われる御本を借りにいらっしゃるの。何を借りるかって?聞いて驚かないでね。……小説よ。
ふふ、皆驚いたわね。
小説って言ったら、カフェーに入り浸る不良学生が読むものですもの。無理はないわ。
けれど、先生は違うのよ。ドイツ語の小説をお読みになるの。
私が見たってさっぱりわからないわ。英語だって私、あやしいのだもの。
先生は本をお借りになる時にね、私がいると話しかけてくれるのよ。
私、その本の内容を聞くの。先生は嫌な顔一つせずに説明してくださったわ。本当はドイツの歌姫が貴族と恋に落ちた破廉恥な話なんて、なーんの興味もないけど、先生のあの透き通った細い声を聞くのが楽しみだったのよ。
用務員の方をご存じ?
……あら、知らないの。背が高くて五分刈りで、右の頬に黒子がある方よ。名前は知らないけど。でもないと話すのに不便ね。この前見た活動写真の主人公に似ているから、俊彦と仮に名付けましょうか。
俊彦氏は、放課後になると校舎の掃除をするのだけど、図書館に先生がいる時はいつもの倍の時間をかけて掃除するのよ。入口あたりの掃除が特に丁寧ね。先生を外に出させまいとしているのよ。不潔極まりないでしょう。
先生は御本を熱心に選んでらっしゃるから気付いていないけど、私はしっかり見ていたの。俊彦氏の目は、先生ばかり追っていたわ。
先生がある時、一冊の御本を借りたの。私は貸出の手続きをした。そしていつものように内容を聞いたのよ。
あの時の先生はいつもと違っていたわ。可憐な頬を紅潮させて、楽しそうに話してくれた。
「この本はね、殺人事件を扱っているのよ。男の人が女の人を殺してしまう話なの。女の人はとんでもない悪党でね、けれど自分の美学を持っているのよ」
美学という言葉を私は初めて聞いたわ。
そうね、わかりやすく言うと、「自分が美しい、正しいと思うもの」かしら。良い言葉よね。
「美学のために犯罪を重ねる女性を、男性は止めようとするの。勇敢な探偵なのよ」
探偵っていうのは、人の秘密を暴いたりするお仕事よ。字も「探って偵察する」と書くの。あまり良いお仕事ではないわね。人間、誰しも秘密は持っているものよ。
先生はその探偵がどれほど良い人かを話し始めたわ。それまでの活躍や、言動。葉巻の吸い方からお酒の注文の仕方まで。先生の頬に紅がさして……まるで恋でもしているかのようだったわ。
「先生はその探偵がお好きなんですね」
思わずそう尋ねた私に、先生は嬉しそうに答えたの。
「彼のようなことをしてみたいわ」
ちょっとお転婆なのも先生の魅力の一つよ。そう思うでしょ?
先生が出ていかれた後、私が図書室を見回すと、隅の方に俊彦氏が立っていたわ。私と先生が話しているのを見ていたのかしら。探偵でもあるまいし。
そう考えたところで、私は一つの良い思い付きを得たの。俊彦氏を少しからかってやろうと言う、他愛もない悪戯心よ。
「今の話を聞いていたの?」
急に話しかけたものだから、俊彦氏は目を泳がせていたわね。でも何度か尋ねたら、首を横に振ったわ。声は聞き取れなかったみたい。
「先生はね、御本の話をしていたのよ。ある女性が男性に殺されてしまう話なの」
私、途中まで嘘は言わなかったわ。けどね、最後だけ変えちゃったのよ。
「先生は仰ったわ。この女性のように殺されてみたいって」
俊彦氏は目を丸くして、何度かその意味を考えているようだった。あまり頭はよろしくないみたいね。私は彼に、こう畳みかけたの。
「今なら追いかければ間に合うわよ」
俊彦氏はそのままフラフラと図書室を出て行ったわ。
先生の悲鳴が聞こえたのは、その後よ。
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