名探偵アミメキリンといちばんあやしいフレンズ

ふくいちご

ちかめいきゅう


 +


 それは大きなセルリアンが引き起こした騒動がひと段落した後のこと。

 私は“ホラー探偵ギロギロ”の生みの親であるタイリクオオカミ先生について、ロッジアリツカに滞在していた。ここにいればいつでも先生の音読付きで漫画を読むことができるので、私の灰色の頭脳をやしなうのにはうってつけな環境なのだ。足元が不安定なロッジは正直居心地が悪いのだけど先生のそばにいられるのならばどうってことはない。毎日が幸せだった。


 今日もツチノコが地下迷宮の探索をする仲間を探していた、という面白そうな情報を人づてに聞いた私は、執筆にいそしむ先生に知らせるべく部屋へと向かった。何かと理由をつけて先生に会いに行くのはここ最近私の中で流行している。


「先生ッ! 大変ですッ!」


 執筆がはかどらないのか、先生は可憐な黒い毛を指でいじって暇そうにしていた。


「やぁアミメキリン。また君か。今日は一体どうしたんだい?」

「遺跡探検ごっこしてみませんか?」

「探検だって?」


 面白そうな単語に先生の作家としての本能がうずいたらしい。髪をいじるのをやめて、私と向かい合った。

 私が椅子に座ると、アリヅカゲラがジャパリまんを持ってきてくれた。


「どこの遺跡のことかな。遺跡というと、ジャパリパークには腐るほどあるじゃないか」

「えっと、ここから少し離れたところに、大きな迷宮があるそうです。この前の噴火のせいで道を塞がれちゃったから、ちず……ってものを作らなきゃいけないのです。遺跡に詳しいツチノコが仲間を探しているから……どうですか? わ、わ、わ、私と一緒に行きませんか?」


「なかなか魅力的な提案だね」


 先生はジャパリまんを食べながら言った。


「でしょう!」


 先生と遊びにいけることが確定したので、私は舞い上がった。きっと楽しいひとときになるだろう。


「でもそれは、探偵ごっこにしか興味がないアミメキリンや、人見知りの激しいツチノコが思いつくような話じゃあないね。誰が考えたんだい?」

「カバンですよ。でも、今は色々と忙しいらしくて手が離せないから、参加できないそうです」


 するとオオカミ先生は口に指を当てて何事かを考えていた。


「どうしたのですか?」

「……いや。忙しい、なんて単語を久しぶりに聞いたものでね。カバンはそんなに忙しいのかい?」

「んー? フレンズは基本的に暇人ばかりですし。カバンは人がいいから断るなんてことはないと思いますし。言われてみればちょっと変です。……か?」

「忙しいなんて、ジャパリパークには似合わない言葉だよアミメキリンくん。食べ物もあるし、やることも特にないのだから、時間に追われることもない。みんなのんびりさ。きっとせっかちなフレンズがメンバーが揃うまで待つのをやめて、先に行こうとか言い出したんじゃないか」

「あ。なるほどっ! さっすが先生ーっ! 名推理ですっ!」


 新しい漫画を発表せずにラクガキばかり描いていても大好きですっ!


「とすると、急がなければ私たちも置いてかれるかもしれないな」

「遺跡の前に集合だそうですよ。場所はわかるのでこの私におまかせくださいっ!」


 早速ロッジを飛び出そうとした私の手を、先生が掴んだ。


「待ちたまえ。一応、準備はしていこうじゃないか」

「準備?」


 私は首をかしげた。


「……いいや。作家としてのカンだよ」




 + めいたんていアミメキリンといちばんあやしいフレンズ


 それから私たちは何日もかけてジャパリパークを歩き続け、迷宮のある地方へと辿り着いた。

 先生は途中で休むたびに絵を描くので進みはかなり遅くなった。私も旅は久しぶりだったので、あやうく当初の目的を忘れかけてしまうところだった。私はちょっと忘れっぽいのだ。

 長く蛇行した森林道を歩き続けていると、道中にある小さな遺跡の前で奇声をあげているフレンズがいた。


「ウォォォォォ! あいつらァァァァァ!」


 緑色の髪に緑色の目。フードを被った挙動不審なあの蛇は間違いなくツチノコだ。

 あいかわらずあやしい奴め。

 ツチノコとは犯人に限りなく近いフレンズのことである。ゆうえんちであった時から私はツチノコの怪しい動きに目を光らせているのだ。きっと事件が起きたらこのツチノコのせいに違いない。

 ツチノコは私たちに気がつくと、物凄い速さで近くの木陰に隠れた。


「誰だよォォォォ⁉︎」

「私は名探偵のアミメキリンよ。そしてこちらにおわすおかたこそ作家のタイリクオオカミ大先生でいらっしゃるッ! 頭が高いわッ! ひかえなさいッ!」

「なあ。そういうのはよしてくれと何度も言っているだろう。恥ずかしい」


 先生は恥ずかしそうにほおをかいていた。

 私としたことが先生のことを紹介できると知ってついうっかり舞い上がってしまったようだ。


「……で。名探偵と作家が何の用でこんなところにいる?」


 急にツチノコのテンションが下がった。


「大丈夫かい、君。ハカセに診てもらったらどうだい」

「うるせぇ!」


 ツチノコは尻尾をブンブンと振って先生を威嚇した。怪しい動きだ。


「迷宮探索の仲間を募集してるんでしょ。私たちも一緒に行きたいと思ってきたのよ。キリンとオオカミが仲間になるの。セルリアンがきても敵ではないわね」


 私はそんなに強くはないけど先生は元肉食獣だ。素早いし爪による攻撃も強力なのだ。先生はすごいっ。


「ああ。その話か。悪いが今からは行けない。まだセルリアンハンターたちも集まってないし、もう少ししてからだな」

「ええー? なんでよぉーっ?」


 せっかくここまで歩いてきたというのに。


「いいか名探偵。あそこの探索にはカバンが不可欠だ。ヒトであるカバンがいるから照明がつく。オレたちはフレンズだろ」

「……でも、先に走っていってしまったせっかちなフレンズがいるんじゃないのかい?」


 先生は腕を組みながら言った。


「な、なんでそれをッ⁉︎」


 ツチノコが驚いた。私もツチノコが大声を出すから驚いた。


「ふっ。なんてことはない。アミメキリンから聞いた話を推理したのさ。……地下迷宮は暗がりなんだろう。しかもセルリアンがいるときた。なみのフレンズじゃ太刀打ちできないと思うな」

「まあ……実はそうなんだ。アライグマとフェネックが突っ走っていってな」


 私もその二人とは面識がある。

 フェネックはタイリクオオカミ先生に近い雰囲気のおとなしいフレンズだったけれど、アライグマはキリンの私よりも頭が悪い子だ。きっとアライグマの方が暴走して、フェネックがそれについていっているに違いない。

 きっとそうだ。うん。なかなかの名推理だわ。


「でも、光がないと暗いところを探検できないわ。すぐに諦めて引き返してくるんじゃないのかしら?」

「いや。あいつらは懐中電灯を持ってるんだ。……オレがアライグマに渡しちまったのさ。渾身のミスだよ。ったく」


 そう言って、ツチノコはポケットから棒状のなにかを取り出した。


「なにこれ」

「ヒトが作った道具でな。あー。なんて言ったらいいのか。暗いところってさ、普通の動物だとオレと違って何も見えなくなるだろ。でも、この道具があれば闇の中でものを見ることができるんだよ」

「そんなすごい道具があるのっ⁉︎」


 ちょっぴり欲しいけども、夜は寝るものだから私が持ってる必要はないかも。ヒトだって夜は寝るのに、どうしてこんなものが必要なのだろう。

 ツチノコの話を聞いた先生は目を細めていた。


「……だとすると、まずいんじゃないのかい。奥までいって遭難したら帰ることができなくなるよ」

「ああ。だからオレは今から助けに行くのさ。……じゃあな」


 ツチノコはポケットに手を突っ込んだまま颯爽を立ち去ってゆく。

 誰にも頼らずピンチのフレンズを助けに行く……ですってぇ⁉︎

 それってなんかかっこいい。くやしいっ! 私もそんなことやりたいっ!


「先生ッ! 私たちもッ‼︎」

「ああわかってるさアミメキリン。君も彼女たちのことが心配なんだね」


 違います先生。楽しそうだからです。


「ツチノコ。懐中電灯があるのなら、私たちも協力することができる。耳には自信があるのでね。夜目も効くよ。ついていってもいいかい?」

「わ、私もっ! 私もそうよっ! 私には漫画で鍛えた推理力があるわっ!」

「……ふんッ。いいさ。好きにしろ」


 キザな言い方だわ。私もいつか使ってみよう。


「おや。これは驚いた。あのツチノコが仲間を募集するなんて話も半信半疑だったんだけどね。なかなか社交的になったんじゃないのかい? 誰の影響かな」

「うるせぇ。いいかお前たち。ついてくるのは勝手だが、ただし馬鹿はやるなよ。特にそこのキリン!」

「なんで指名⁉︎」


 失敬な話だ。このアミメキリンは馬鹿からほどとおい名探偵だというのに。


 +


 ツチノコはずいぶん昔からこの遺跡に棲みついて中の構造を調べているらしく、いろいろな扉に木材を挟んでフレンズたちが通れるようにしていた。建物はどこもかしこも入り組んでいて、カクカクしている。ヒトというのはいつもヘンテコなものを作るから不思議だ。


 ツチノコから聞いていた話と違ったのは、地下迷宮が予想外に明るかったことだ。照明、とやらが点灯しており真昼のようだ。全然怖くもなんともない。


「おかしいな……。以前来た時はこんなに明るくはなかったはずなのに。いいかお前ら、ゆっくり歩けよ。なにかがおかしい」


 ツチノコが物陰に隠れながら慎重に進んでいた。


「え? そうなの? でもゆっくりいくと日が暮れちゃうわ。ここはあえて走りましょうよ」

「ふむ。ではあいだをとって普通に歩こうか」


 普通に歩くことになった。


「バカヤロウ! 探索の基本がわかってねえな! もっと慎重になれ!」

「大丈夫よツチノコ。今の私はかつてないほど慎重よ」

「ちょっと小腹が空いてきたかな。もっと慎重になるためにジャパリまんを食べながら歩こうか」

「そうしましょう先生っ!」


 ジャパリまんを食べることになった。


「お前らホントに自由だなッ!」

「ま、中が明るくて良かったじゃない。これならフェネットたちも楽勝で戻ってこれるでしょ」

「ハッ。どうだろうなァ。迷宮を自力で脱出できるフレンズなんて、滅多にいないぞ。オレは長生きだからなんとかなってはいるが……。たとえば、アミメキリン。お前はこれまで歩いてきた道がどんなだったか思い出せるか?」

「思い出さなくても、後ろに振り返って引き返せばいいでしょ」


 簡単なことだ。


「迷宮じゃそれが通じねーんだよ」

「んんー?」


 そうなのかしら。いまいちピンとこないけど頭の良さそうなツチノコが言うのだから、そうなのだろうなぁ。どうでもいいや。


「……ねえみんな。ところでこんな動物を知ってるかい?」


 さっきから黙って歩いていた先生がぼそりと呟いた。


「その子はこんな薄暗い洞窟に、逆さまにぶら下がってるんだって。大きな翼を持っているのだけど、鳥ではない。超音波で洞窟に入ってきた獲物を感知することができるとても強いケモノなんだ。鋭い牙を持っていて、噛み付いて血を吸うのさ」

「コ、コウモリねっ! それぐらい知ってますよ先生っ!」


 そんな知り合いもいたような気がする。


「でも、コウモリの元のサイズはどれぐらいだったか知ってるかな?」

「へ? えっと、空を飛ぶのだから、やっぱり小さかったんじゃ……」

「うん。でも困ったことに、フレンズ化して大きくなってしまったんだ。とうぜんほしくなる血の量も増えるよね。だからフレンズ化したコウモリは、洞窟を通りすがったフレンズがくると飛び降りてガブガブ血を吸うのさ。

 ……その子の全身の血が足りなくなって、カラカラに干からびるまでね」


「……いやァァァァァ!」


 腰をぬかした私は天井を見上げて、コウモリの姿がないか目を光らせた。

 良かった。どうやらここにはまだコウモリはいないようだ。


「……んなわけねーだろ。オレたちはフレンズ化した時点でそういう物騒なしがらみから解放されてるんだよ。なんでか知らんが」


 ツチノコが冷静に返してきた。それもそうかな。


「わ、分かってたわよっ」


 私は勢いよく立ち上がった。私としたことが。名探偵らしくない振る舞いをしてしまったようだ。


「ツチノコは怖がってくれないんだね。残念だなぁ」

「はッ。誰がそんな与太話で怖がるもんか」


 先生がちょっと悔しそうにしていた。先生は怖い話をして人を怖がらせるのが大好きなのだ。


「まさかツチノコは……血も涙もない鉄のフレンズなのか……?」

「お前、意味わかって言ってるのか? そんなわけねーだろ。泣くよ。オレだって泣くよ」

「そういえばツチノコが泣いたところなんて見たことがないわ」


 そもそも私はツチノコと会うことが滅多にないのだ。カバンおめでとうの会で見かけたぐらいかな。


「そ、それはお前、人前だと恥ずかしいからだろうが……。な、なんだよその目は⁉︎ オレだって泣くよッ! この前だってたくさん泣いたな。あれは砂漠ちほーに行った時のことだ」

「目にゴミが入ったんでしょ」

「……うぅっ!」


 どうやら図星のようだ。さすがは名探偵ね。今日も私の推理のカンはバッチリだ。


「こうなったら意地でもツチノコを泣かせたくなってきたな。次の漫画は素晴らしいものにしてやろう」


 何かが先生のハートに火をつけたようだ。


「おお! てことは次回作に取りかかるんですか⁉︎」

「うん。帰ったら描くとしようかな」

「……ハッ。あまり期待せずに待ってみるよ。でもどーせマンガだろ? 嘘の話で涙を流せりゃ世話ねーな」


 なッ⁉︎ このツチノコ、先生の漫画になんてひどいことをッ!


「先生! コイツ許せません!」

「ま、泣かせてからのお楽しみさ。どんな泣き顔になるんだろうねぇ」


 しばらく階段を下っていると、分かれ道になった。一方は暗い道で、一方は明るい道だ。


「ひらめいたわっ! ここは右よっ!」


 私の直感は右の方がいいと告げていた。


「……オレも右だと思うが、ちなみにどうしてそう思ったんだ?」

「ふっふーん。初歩的な推理よツチノコ。こっちの方が明るいでしょ。みんな明るい方に行きたがるはず。そっちの方が怖くないし」


 ほらね。完璧な推理だわ。


「オレは薄暗い方が好きなんだけど」

「変なやつねぇ」


 推理には穴があったようだ。名探偵であるこの私も、まだ修練が足りないのかもしれない。


「アライグマもフェネックも明るいところで生きる動物のはずだろう。その理屈からすると明るい方で正解だったと思うね」


 と先生も味方をしてくれたので、私たちは右の明るい方の道を進んだ。

 進んでゆき……


「げぇ!」


 セルリアンに出くわした。

 大きさはジャパリまん三つぶんぐらいで丸っこい。軟体生物のように移動してくるタイプだ。それが五体はいる。

 私たちはやってきた道をダッシュで逆走し始めた。


「時にツチノコ。自慢のピット器官はどうしたんだいッ?」


 先生が走りながら訊ねた。


「反応に気がつかなかった……。きっと照明の熱にまぎれてたんだッ! バカヤローッ!」


 ツチノコが叫ぶ。


「おっと。アミメキリンは話についていけてないと思うから私が解説しておこうか。ピット器官とは蛇が持つ器官の一つだ。私たちの持つ目や耳や鼻のように熱を感知する器官で、こういう暗がりで獲物を見つけるにはもってこいの器官なんだよっ」

「先生ッ、そういう解説は後でいいですからッ‼︎」


 説明されてもわからなかったのはナイショだ。

 分かれ道まで引き返したところで、階段の上にもセルリアンがいることに気がついた。


 まずい! 囲まれた!


「や、やべえ……。十対以上はいるな。数が多いぞッ」

「暗い方の道に行こうッ。セルリアンが来たら私らでぶっ飛ばしていく」


 先生は懐中電灯を取り出すと、スイッチを押して光を灯した。さすが先生。ヒトの道具の扱いも手馴れていた。

 わずかな灯りを頼りに真っ暗闇の中を駆け抜けていくと、大きな段差があったので、三人でその上に飛び乗った。懐中電灯を照らしてみたけれど、下にはセルリアンの姿はないようだ。うまくまけたみたい。


「ハァ。ハァ。理由が分かったぞ。迷宮の一部分だけ光が点いたもんだから、セルリアンがそこに押し寄せてるんだろう。……こりゃ無事に帰れるかどうかすら怪しくなってきたな。チクショォォォ」

「だいじょーぶよ。よゆーよ」

「だね。まだ不安になる場面ではないよ」


 今までなんとかなってきたのだから、なんとかならないはずはないのだ。


「……お前ら、迷宮をナメてるだろう」


 ツチノコががっくりと肩を落とす。


「それよりもアライグマたちは無事かしらね。心配になってきたわ」

「そうだなぁ。私たちはなんとかなるだろうけど、あの子達は弱そうだし心配だね」

「ああああ、オレが奴らを誘わなければこんなことには……。なんでこうなった……」


 ここはひとつ、名探偵として居場所を推理してみるか。


「……ねえツチノコ。明るい道の方はどこに通じてるの?」

「あぁ? 迷路みたいなところだな。板で仕切られた広い場所というか、なんというか。一度入ったらなかなか出てこれないし、セルリアンもいる」

「じゃあこの暗い道はどこなの?」

「小部屋がいっぱいあるとこだな。どこも行き止まりが多いくせに、ヒトの道具がたくさん落ちている。

 紙もいっぱいなんだぁ。最高なんだよな。あの質感。触ると崩れるんだけど、なんていうか……キキキ……知らない記号がたくさんあってこれがまたいい感じになるんだよ。オレは記号が読めないから、カバンに見せてやったらどんな反応するか楽しみなんだ。きっととんでもないことが書かれてあるに違いないな」

「……? あなたの好きなフレンズの話なんて聞いてないわよ?」

「んなァ! ち、違うしッ! そんなんじゃねーよッ! さてはオメー話を聞いてねーだろ!」


 ふむふむ。つまりこれまでの話を照合して、アライグマたちがどこにいるか考えてみようか。


 ……ピコーン! ……閃いたっ!


「きっと明るい方の先にいるわっ!」

「それさっきも言ってたよなッ!」


 ツチノコが叫ぶ。ツチノコは叫んでばかりね。疲れないのかしら。


「ふーむ。それじゃあ目も慣れてきたし、私が一人で見にいってみるとしようか」


 先生が呟いた。


「え? 先生一人でですか?」

「うん。オオカミは隠れて移動するのが得意なんだよ。襲われたとしてもあんな小さなセルリアンならどうってことない」

「で、でも先生。危険ですよっ?」

「そうだッ! 早まるんじゃねえ。ここはひとまずむこうが落ち着いてからだな……」

「ここでじっとしていても仕方がないだろう。ちょっと行ってくるよ。なに、心配いらないって」


 というと先生は高台から飛び降りて去っていった。止める間もなかった。


「ちょ……」


 先生がいつも何を考えているのかはわからないけれど、無鉄砲な行動はしないはずだ。なにか考えがあってのことなのだろうけども……。


「ど、どうしよう。この場合、追いかけた方がいいのかしら」

「だァァァァァ! もうどいつもこいつも馬鹿ばっかりだ! なんでオレの思い通りにいかないんだ⁉︎」


 ツチノコが頭をかかえた。


「なんで怒ってるの?」

「怒ってねえよ! ふんっ。もういいッ! オレらが追いかけるとしてもセルリアンの移動が落ち着いてからだ。小さくたって囲まれたらひとたまりもねえんだからな。体力を回復させとくぞ」


 ツチノコはそう呟くと、ゴロンと横になった。

 先生がいなくなった途端、周囲の暗闇がいっそう深くなったように感じた。




 +


 結局それからしばらく待ってみても、先生は帰ってこなかった。

 私はというと不安に駆られてツチノコに抱きついていた。

 暗いし、寒いし、変な音は聞こえるし、迷宮って嫌なことだらけじゃないの。どうしてこんなところに来てしまったんだっけ。


「ツ、ツチノコォ~。どうしよ~。どうしよ~。もう帰ろ~? 先生のところに行きましょう。ね? そうしよ? 一緒にいこ?」

「急にうっとおしくなりやがったな、お前。……暑苦しいから離れろ!」


 無理やり引き剥がそうとして来たので、私はそれ以上の力でしがみついた。


「いやよ。私がここで放したらツチノコもどっかに行くんでしょう? 私を置いて」

「い、いかねーよ」

「だっていつも隠れてるじゃない。なんでなの?」

「それはぁ……」


 話をはぐらかすように、ツチノコはコホンと咳払いをした。


「い、いいかアミメキリン。オレは長生きだから知ってるんだ。動物は馬鹿なやつから消えていくんだってな。フレンズになろうが、それは一緒だ。あの作家はお前よりも馬鹿なやつか?」

「……いいえ。先生は名探偵の賢い私よりも頭のいいフレンズよ」

「じゃあお前より先にいなくなるはずがない。だろ?」


 私は涙をぬぐった。


「それもそうね」


 ツチノコなりに私を勇気づけてくれているのだろう。ツチノコは挙動不審で怪しいフレンズだけど、本当はいいやつなのかもしれない。


「いたのだ~!」


 すると暗闇の方から光が差し込んできた。懐中電灯の光だ。一瞬だけ先生かと思ったけど、これは先生の声ではない。


「だ、誰⁉︎ ……いえ、名乗らなくてもわかるわ。その声のトーンと喋り方。さてはあなた、フェレックね⁉︎」

「アライグマの方だバカヤロー。お前も話したことあるだろうが」


 ツチノコが私の間違いを指摘した。

 アライグマは私たちのいる高台までまっすぐにやってくると、ぴょんと飛び乗った。


「アライさんなのだ。アライさんはちょっと疲れたのだ。休憩するのだ~」


 アライグマは台の上にゴロンと横になって寝そべった。


「ねえ、先生は⁉︎ タイリクオオカミ先生を見なかったっ⁉︎ 無事なのっ⁉︎」

「フェレックと一緒にゴール地点で待ってるのだ。連れてこいって言われたのだ」


 アライグマはのんびりと答えた。この調子なら先生がピンチに陥っていることはないだろう。私はホッと肩をなでおろした。


「よかったわぁ。じゃあ、そこまで案内しなさい。私は暗いところはもうこりごりよ」

「オレも抱きつかれるのはこりごりだ……」


 ツチノコもげんなりしていた。だけど恐怖をまぎらわすためには仕方のないことだったのだ。


「わかったのだ。アライさんについてくるのだ」


 アライグマがぴょんと元気よく立ち上がった。


「元はというと、お前が突っ走っていくからこんなめんどくさいことになってんだよ。反省しろ」

「ごめんなさいなのだ。誰よりも早くすごいものを見つけてカバンさんをびっくりさせたかったのだ」

「ふーん。すごいものなんてあるの?」


 私がアライグマに訊ねると、代わりにツチノコが変な笑い声を漏らした。


「シシシ。この前、新しい迷宮の仕掛けを発見してだな、その動きを確かめたかったんだけど……」


 とにかくすごいお宝が眠っているのだろう。

 名探偵らしくズバッとお宝のありかを突き止められたらいいのだけど、今のところ材料が足りないから推理ができないや。名探偵とはいえ、考えるとっかかりがなければ始まらない。証拠を集めるのは大事なのだ。




 +


 暗闇の中を歩いて行くと明るい通りに出た。セルリアンの姿はあんまり見えない。どこか別の場所に移動してしまったのだろう。

 私たちは元々通るはずだった道へと戻り、その先へと進んでゆき、板で仕切られた迷宮へとたどり着いた。

 何度か迷ったけれど、ツチノコの道案内のおかげでそんなに手間取ることはなかった。


「あーっ! フェネックなのだーっ! 見つけたのだーっ!」


 アライグマは高台の上にいたフェネックの姿を見つけると大はしゃぎした。さすがにここでセルリアンに見つかるとまずいので、ツチノコと二人でアライグマの口を塞いだ。


「にしても、よくもまあヒトはこんな複雑な場所を作ったものね……。なんで作ったのかしら?」

「知らん。自分たちで楽しむためだろ」


 ツチノコが答えた。


「セルリアンもいるのに? 危ないわ」

「セルリアンのことは考えられてなかったんじゃねーのか。知らん」


 高台にたどり着くと、アライグマはフェネックに飛びついた。フェネックはアライグマをあやしていたが、どこかうかない顔だった。そういえば先生の姿が見えないけど。


「先生はどうしたの?」

「……うん。そうなんだよ。タイリクオオカミがちょっと大変みたいなんだぁ」


 フェネックはぴょんと高台を下りて、迷宮の隅っこの方へと案内した。

 そこで私たちが見た衝撃の光景とは━━ッ


「やぁ」


 最初は先生が壁からはえていたのかと思った。

 寝そべった先生の上半身だけが見えたのだ。

 先生の腰の上には重たい鉄の壁がのしかかっており、そのおかげで先生はそこから動けないようだ。私も持ち上げてみたけれどビクともしない。


「お、おおおおお前ッ! 何やってんだァァァァッ⁉︎」

「あっはっは。歩いていると上からこの鉄の壁がふってきてね、押しつぶされてこの通りさ。すまないが、持ち上げてくれないだろうか」


 ツチノコとフェレックと力を合わせて持ち上げてみたけれどビクともしない。ということは、こんなに重たい壁が先生にのしかかっているということは。先生もかなりキツイことになっているに違いない。


「……んー。ダメね。動かないわ。先生、大丈夫?」

「今のところはね。でも、セルリアンがきたらマズイかもしれないな」


 私たちはゴクリとつばを飲み込んだ。

 ええっと。考えてみよう。逃げられないってことは、セルリアンがきたら捕まっちゃうってことで、捕まっちゃうってことは、もう先生とお話しできないということだ。それはいやだ。


「……こいつはきっと、“しゃったー”だろう」


 とツチノコが言った。


「ちょっと前にカバンが動かしてたのを見たことがある。近くの壁にスイッチがあって、それを押せば扉が開く仕組みなんだ。探そう」

「すいっちってなによ?」

「とにかくでっぱってんだよ! とりあえず壁を触ってみろ。怪しいでっぱりがあったらオレにいえ」


 私は近くの壁をペタペタと触ってみたけれど、それらしきものは見当たらなかった。そもそも私はすいっちなんてものを見たことも触ったこともないのだ。


「んー。すいっちなんて私も知らないけどー、その壁のむこう側にあるんじゃないかなぁ」


 フェネックが鉄の扉を指差した。向こう側ってことは、壁に挟まっている先生のお尻の方のことだろう。


「……かもしれん。ここにカバンがいたらすぐに見つかりそうなんだが。……チクショウ。お前、本当に大丈夫なんだろうな」


 ツチノコはガジガジと指を噛んだ。


「はっはっは。まあ地面もひんやりして気持ちいいし、しばらくここで暮らすのも悪いかもしれないな。いい感じにインスピレーションが湧きそうだよ」


 先生はほがらかに笑った。鉄の壁に押しつぶされているのだから大変だと思うのだけど、まだまだ余裕はあるみたいだ。


「バカヤロウが。こんなマヌケな死にざまがあるかよッ! すぐに助けだしてやるからなッ!」


 ツチノコが叫んだ。


「死ぬなんてツチノコは大げさだなぁ。まぁなんとかなるよ。落ち着こう」

「とにかくテメェはそこで待ってろよ。オレはむこう側にいける道を探してみる。他の奴らもここでセルリアンがこないか見張ってろ。いいなッ?」

「待って。私も行くわ!」


 ツチノコは私の方を振り返ると、小さな声で言った。


「……ああ、頼む」





 +


 それから私たちは迷宮をさまよい歩いた。寄ってきたセルリアンはみんな小さなものばかりだったのでペシペシと叩いて蹴散らすことができた。でも、なかなか鉄の壁の向こう側には出られない。

 同じような光景が続いてばかりで、目が回ってきた。


「ぐるぐるするわねー。本当にヒトはこんなところで遊んでいたのかしら。びっくりね」


 私はげんなりして呟いた。


「……頭が良すぎるのも考えものか」

「ツチノコはカバンと一緒にここを歩いたんでしょ。あの時はどうしてたの?」


 ツチノコはポンと手を叩いた。


「あ。そういや肩車してたな」

「それよっ! 背が高いと遠いところを見ることができるわ」

「ウォォォ! 本当だ。ち、ちくしょう、そんなことにも気がつかないなんてオレはマヌケかよ。お前、よくそんなことを知っていたな」

「当然。私は名探偵のアミメキリンよ」


 動物の時の知恵が役立ってよかった。

 私はツチノコを乗せて立ち上がった。このままの状態でも歩けるみたいだ。


「私が歩くから、指示して」

「ああ……。分かった。まずはその先の通路を右だ」


 それからはセルリアンと出くわすことなく迷路を抜けることができた。

 迷路の隅っこには横穴が空いていて、ツチノコによればそこから鉄の壁の向こう側に出られるらしい。

 明かりはついていたので安心して進むことができるようだ。


「時間がかかりすぎだな。やっぱ俺たちだけじゃカバンみたいにいかないのか……」


 ツチノコがぼやいた。


「そう? ツチノコもすごいと思うけどな。カバンってそんなにすごいフレンズだったかしら。全然そうは見えなかったわ」


 廊下の曲がり角で出会った時も怖がって縮こまってたし。


「すごいんだよ。オレなんかよりもよっぽどな」

「え? つまりツチノコはすごくないってこと?」

「ちげーよ!」


 くねくねした狭い道を進んでいると、先を歩いていたツチノコがピタリと足を止めた。


「……セルリアンがいるぞ。しかも、かなり大きなやつだ」


 私は曲がり角の陰から顔だけ出して、セルリアンを見た。

 そこは広場になっていて、私の身長の何倍もある大きなセルリアンが通路を陣取っていたのだ。

 セルリアンのいる場所のさらに奥にはまた小さな横穴が空いている。あそこからタイリクオオカミ先生のいる場所へとたどり着けるのだろう。


「よし。いきましょうっ」

「待てッ!」


 ツチノコが私の首根っこを掴んで止めた。


「やっべえだろ! 見るからにあんなの二人じゃ無理じゃん! ちょっとは考えろ! 体当たりされたらひとたまりもねえんだぞッ!」

「でもあそこを通らないと向こうに行けないわよ?」

「広場を渡りきるまでに食われると言ってんだ!」


 ツチノコは頭を抱えてしゃがみこんだ。


「あああああ”~~~~~‼︎ これどーすんだよも~~~~ッ‼︎」

「なんとかなるわよ」

「ならねえよッ!」

「なるわっ!」

「ならねえって! 詰んだよ! 今! ゲームオーバーだよォ!」

「私は名探偵よ。あんなセルリアンも私の推理マフラーで殴れば楽勝よ」

「推理関係ねえよぉぉぉ!」


 ツチノコはしゃがみこむどころか、その場にへたり込んで、ポロポロと涙をこぼしはじめた。


「……もう、どうにもならねぇじゃんかよぉ」

「あら、ちょっと、どうしちゃったのツチノコ。……泣いてるの⁉︎ まだ先生の漫画も読んでないのに」

「うぇ……えぐっ……ぜんぶ、ぜんぶオレのせいだ……」


 私もツチノコのそばに座った。


「どうしたのツチノコ? もしかしてどこか痛いのかしら?」

「ごめんな……。ひ、ひとりで洞窟にこもっていれば、いつものように隠れていたら、こんなことにはならなかったんだ。……オレがお前たちを連れてきたから、こんなに危ない目にあわずに済んだのにな」

 ツチノコは顔を両手で覆ってうめいている。

「違うわ。私たちは勝手についてきただけよ」


 ツチノコは首を横にふった。


「もうダメだ。オレはヒトみたいに賢くないからいい考えなんて浮かばねぇ。クマのように強くないからセルリアンにも敵わない。あのセルリアンを倒すには、セルリアンハンターを何人も呼ばないといけない。セルリアンハンターを呼んでくるまでに、オオカミを守ってやらないといけない。そんなこと、オレにはとても……」


 私の推理によると。


 ツチノコは、思ったよりも悪いフレンズじゃないのかもしれない。

 それはここまで一緒に冒険して気がついたことだ。

 偏屈だけど、目つきが怖いけど、背筋が曲がっているけれど、動きが怪しいけど、とてもとてもうるさいけど……。でも、他人のことを想って泣くことができるとても真面目でいい子だ。


「私がいるじゃない」


 ツチノコは顔をあげた。


「名探偵であるこの私の推理によれば……」


 私はツチノコのフードをずらして、その頭を撫でた。


「……あなたは、みんなと一緒に探検ごっこがしたかったのね」

「は? はぁぁぁぁ⁉︎ そんなの今は関係ないだろ」

「ごまかしても無駄よ。人見知りなあなたが仲間を呼んだのがその証拠っ!」


 ビシッと指さすと、ツチノコの顔がみるみる真っ赤になってゆく。


「うぅ……そ、そうだよ! 悪ぃかよ! ……ゆうえんちでワイワイやってたのが、ちょっといいなって思ったんだよ。……オレだって」


 犯人ツチノコが独白を始めた。


「……オレだって、そんなことがしたいって思ったのさ。でも、思うようにいかなくて……。死ぬかもしれないフレンズまで出てきやがるし。お前だって、危ない目にあっているんだぞ。……怒ってるだろ、オレのこと」

「そんなことはないわ」


 私は否定する。


「危険な遊びもたまにはやりたいし。肩車した時もそうだけど、いっしょにがんばればあのセルリアンもどうにかなるにきまってるでしょ」

「……お前」

「先生のピンチなのよ。あんなデカブツなんて、どうってことない」


 私は首に巻いたマフラーをブンブンと振り回した。このマフラーで殴ればだいたいの相手も追い払うことができるのだ。セルリアンに襲われないギリギリのところで振り回していると、勢いよく回転するマフラーは通路の上に引っかかって止まってしまった。


「……あら?」


 いくら引っ張っても取れないようだ。どうしよう。大切なマフラーなのに。


「カッコ悪いな」

「う、うるさいわねっ!」


 私が引っ張ってマフラーを取ろうとするのを見て、ツチノコが驚いた顔をした。


「上にも通路があるのか? なあ、アミメキリン。そのマフラーは頑丈か?」

「ええ。そりゃ私のマフラーだもの。これがどうかしたの?」

「登れそうじゃないか」


 登る? なんでマフラーを登るんだろう。

 ツチノコは立ち上がると、私のマフラーをぐいぐいと引っ張った。

 苦しくなってもがいていると首からマフラーが取れてしまった。首に巻いたままだと動けなかったし、これでもいっか。


「ちょっと見てくるぞ」


 ツチノコはマフラーに抱きついて、するすると上へと登ってしまった。器用なフレンズだなぁ。私にはできそうにないや。

 口を開いて頭上を見上げていると、ツチノコの頭がひょこっと出てきた。


「手をかしてやる。登れるか?」

「ええっ! 私も登りたいわっ!」


 ツチノコに捕まって上まで登り、棒に引っかかっていたマフラーを見つけた。私はさっそくはずして首に巻いた。

 上の通路は広場をぐるりととり囲むようになっている。これならセルリアンに気がつかれないまま向こう側に行くこともできそうだ。


「やったわねツチノコっ!」

「あ、はは、そうみたいだ。……いや、こうしてはいられん。急がないと」


 私たちは通路を走って向こう側へと走った。

 大きすぎるからなのか、セルリアンはとてもゆったりしている。

 私たちの方を見ているようだけど、急いで追いかけて来ようとはしなかった。


 丸っこいセルリアンなのだけど、一本だけ尻尾のようなものがついているのがわかった。尻尾の先の方には蛇のような口がついていて、それがまっすぐに天井まで伸びている。天井に噛み付いてぶら下がっているらしい。


「宙ぶらりんのセルリアンね。すごいわね。すごいヘンテコ」

「どおりで移動が遅いと思った。……見かけ倒しだったのかもしれんな」


 反対側までたどり着くと、私はぴょんと飛び降りて通路の前に立った。

 ツチノコも私に続いて飛び降りた。

 あとはこの通路を進むだけ……なのだけど。


 私たちは細い通路の先を覗いてぎょっとなった。

 小型の丸いセルリアンが三匹いる。バッチリ目が合ってしまった。


「うぎゃわあああああァ!」

 臆病なツチノコがびっくりしている。

「驚いてる場合じゃないわツチノコ! たおすわよ!」


 私はマフラーを振り回して、その先っぽをセルリアンに向かって投げつけた。

 一番前にいた一匹に当たってのけぞらせたが、その脇をくぐって二匹のセルリアンが向かってくる。

 驚いていたツチノコも足で一匹を蹴り飛ばし、通路の天井に叩きつけた。フラフラしているセルリアンの背中に石がついているのが見えた。私は石を狙ってマフラーを狙い、ツチノコが最後の一匹のセルリアンを蹴り飛ばした。一匹を倒して残り二匹になったところで、ズズンと重い地響きが聞こえた。


 ツチノコが背後を振り返る。

 広場に陣取っていた巨大なセルリアンが落下してきたのだ。


「オィィィィィ……。あいつの尻尾がこっちに向かってきてるぞ!」

「わかった! あの尻尾で捕まえて私たちを食べる気なのよ!」

「見りゃわかるわッ!」


 小型セルリアンだけでも厄介なのに、あの尻尾を相手にするのは流石の私でもできそうにない。


 私たちは小型セルリアンを飛び越えて、廊下の奥の方へと走った。


「この先にスイッチがあるはずだ。それを押せば逃げられる!」


 廊下はすぐ行き止まりになった。

 行き止まりの壁からは先生のお尻と尻尾が生えているのが見えた。


「おや、本当にそっち側までたどり着いたのかい。二人ともどうもありがとう」


 お尻の尻尾が嬉しそうにフリフリと動いている。


「それどころじゃありませんよ先生! セルリアンがいます!」


 私は先生のお尻に声をかけた。


「なんだって⁉︎」


 お尻が驚いた。でも、尻尾は相変わらず楽しそうにフリフリしている。

 大発見だわ。この尻尾は先生の気持ちを表しているのかもしれない。

 私はツチノコと一緒に近くの壁をペタペタと触ってみたけど、それらしいものは見当たらなかった。


「やべえやべえやべえやべえやべえやべえ……」


 ツチノコは半狂乱になりながら壁を探している。けれど、なかなかスイッチは見つからない。

 背後から小型セルリアンが迫って来た。

 私は探し物とか得意じゃないし、ここは名探偵である私の出番だろう。つまり、私が時間稼ぎをするのだ。

 私はマフラーを振り回して、セルリアンに投げつけた。運良く石に当たったらしく一撃で消滅してくれた。だけどまだ一匹とデカセルリアンの尻尾が残っている。


「ツチノコ! まだ⁉︎」

「まだだッ!」


 小型セルリアンが私の足に触れた。ガクンと脱力しそうになるのをこらえて離れ、そこにマフラーによる一撃をおみまいする。吹き飛んでゆくセルリアンと入れ替わりに、デカセルリアンの尻尾が飛び込んできた。


「あったッ!」


 ツチノコが先生のそばにあった足元のすいっちを押したのと、私がマフラーで尻尾を弾き返したのは同時だった。

 自由になった先生が私に抱えて、通路から飛び出した。さすがオオカミだ。とても速い。


 通路から出て来た小型セルリアンはアライグマとフェネックが袋叩きにしていた。尻尾も追いかけて来たけれど、先生が足元のスイッチをもう一度押すと、しゃったーが降りて、こちら側に来れなくなった。


「た、助かったの……か」


 ツチノコがへなへなとその場にしゃがみ込んだ。


「大丈夫かい? 私のためにそんなに必死になってくれるとはね」


 先生がツチノコに手を差し伸べた。


「ふん。寝覚めが悪くなるだけだからな」


 ツチノコがそっぽを向いて素っ気なく言う。

 私の推理によれば、ツチノコはきっと照れているに違いない。

 私にはわかるのだ。


「やれやれ、大変な目にあったぜ。あんなセルリアンがいるんじゃ、探索はお預けだな。ここまで来てもらって悪いが、今日はここまでにして……」


 と言いかけたツチノコの口を先生の人差し指が塞いだ。


「何言ってるのさツチノコ。冒険が我々を呼んでいるんだよ。ここで引く手はないだろうッ!」


 アライグマが激しく頷いた。


「そうなのだっ! お宝っ! お宝っ!」

「アライさんが行くなら、私もついてくよー」


 とフェネック。

 もちろん私も同じ意見だ。


「さあ! みんなでいっしょにジャパリパークの財宝を探しましょうっ!」

「違う! ちずを作るんだよ! まず目的が違う! 忘れたのかお前ら!」


 ツチノコが叫んだけれど、みんなの意思は固かった。

 それからみんなで気のすむまで迷宮を冒険した。


 結局財宝なんて見つからなかったし、ちずとやらも満足に完成はしなかった。アライグマのアライさんもちょっとがっかりしていたみたいだった。……のだけど、私は違った。以前よりもちょっとだけ素直になったツチノコを見て、それならそれで、まあ良いかなと思ったのだ。今度は私から遊びに誘ってみるのも悪くはないかもしれない。










 +


 そして事件は解決パートへと移る。それはもちろんこの騒動を引き起こした真の犯人についてだ。

 場面は再びロッジ。部屋の中には私と先生の二人だけがいた。

 出来上がりつつある先生の漫画を下書きを見て、私はピンと来たのだ。


「……先生。あの時、じつは壁にはさまってなかったんじゃないですか?」


 椅子に座り満足そうに自分の下書きを眺めていた先生は、驚いた顔で私を見上げた。


「え”⁉︎ 」


 先生の尻尾がワサワサと動いていた。これはちょっと怪しい動きだ。


「な、な、なんの話だい?」

「だって先生もフレンズとしてかなりの力持ちですし、鉄の壁ぐらいどうってことないと思うんですよ」


 先生がぶんぶんと首を横に振った。


「そんなことはないよっ! 重かったね。うん。死ぬかと思ったな、あの時は」

「そんなに重かったら、体が半分にちぎれちゃいますよね。あの壁って薄かったし」


 先生は大きく息を吸い込んで、ふうと吐き出した。


「……やれやれ。アミメキリン君はいつものごとく思い込みが激しいようだね。だとしても君とツチノコとフェネックとアライさん、四人で力を合わせて鉄の壁を持ち上げようとしていたじゃないか。でも、びくともしなかった。違うかい? あれはとても重かったんだよ。重くて重くて、息もできなかったな。助け出してくれたみんなには感謝してるよ」


 私は先生の言葉を聞き流して、ロッジの室内をぐるぐると歩き回りながら自分の推理を始めた。


「すいっちは足元にありました。……ちょうど、先生のお胸のあたりでしたね。ツチノコも見つけるのに苦労したのでしょう」

「い、いやぁ、あはは。そうだね。まさかあんなところにあるとは、思わなかったよ」


 先生があさっての方向を向いたまま頭をかく。


「私たちが最初に先生が捕まっているのを見たときと、裏にまわってお尻を見たときとで、位置がずれていました」

「そうだったっけなぁ〜」

「……隠していたんじゃないですか? すいっち」


 私がギロリと睨み付けると、先生が縮こまった。


「き、君のその目つき。……なんか、どことなくツチノコっぽいんだけど」

「ツチノコから推理の基礎というものをならいました。もうダメ探偵とは言わせないわっ!」


 すると青ざめていた先生は、逆にふんぞり返った。


「ふ、ふん! 証拠がないのなら話にならないなっ! どうしてもというのなら、私が犯人である証拠をここに持ってきてみたまえ名探偵っ!」

「先生。窓の外を見てください」


 先生は急いで振り返ってロッジの外をのぞいた。

 ロッジの下方には、ロープでぐるぐる巻きにされたフェネックとロープの端っこを持つツチノコの姿が見えた。


「……フェネックは先生がしゃったーで色々と実験していた様子を喋ってくれましたよ。“ククク……。これでよし。二人とも、黙っていればジャパリまんをあげよう。今からちょっと面白いことをするから、見守っていてくれ”。ですって」

「待ってくれアミメキリン君! 弁解をさせてくれ!」

「タイリクオオカミ! 犯人はあなたよ!」


 自らの敗北を悟った真犯人タイリクオオカミは私にすがりついてきた。


「ち、違うんだっ! 私はツチノコの泣き顔が見たかったんだよ! どうしてもっ! だって絶対に泣きそうになかったろう? クールじゃないか! 私が大変な目にあってみたら、私のために泣いてくれるかなって。ただの興味本位なのであって。結局泣いてはくれなかったけど、私はツチノコのことが大好きになったよ。それは確かなんだ!」

「先生」

「わかってくれるのかい。ああ、そうだね。やはり君は私の一番のファンだよ」


 私はマフラーを犯人の体にぐるぐると巻きつけて叫んだ。



「犯人かくほーっ!」 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

名探偵アミメキリンといちばんあやしいフレンズ ふくいちご @strawberry_cake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ