第29話 伝えた気持ち、辿る記憶
時刻は十三時半、園内は更に賑わって次の目的地ライズライズコースターは大行列が出来ていた。看板にはアトラクションまでの目安時間が書いてある。
「二時間...さすがに大人気だね」
空が呟く
「あれ見て!空兄ちゃん。」
凛が指差した方向には徐々に徐々に天高く登っていく恐怖の光景が...しかも垂直にだ
一番てっぺんまで到達し一瞬停止、そして乗客の悲鳴と共に真下へ一気に駆け抜ける。悲鳴は凄まじく、注目の視線を注ぐ観客たちを震え上がらせるには効果絶大
それを見て口を開けたまま震える凛、園内へ入る前に遠目から見て早く乗りたいと発したのを心底後悔する。
「わわわわ、真っ逆さまに落下して...あわわわわ」
「うわぁすっごいね...あんなに高いとこまで登って、そこから真下に急降下するなんて」
「そっ想像よりよっぽど...ごめん私絶対しがみつくと思う...先に謝っとくね」
「大丈夫って...言いたいとこだけど、これは僕も自信無いかも、逆に腕掴んじゃったらごめんね凛ちゃん」
両者不安な面持ちのまま並び、アトラクション降車口から歩く者は足元がおぼつかず皆目元が薄っすら赤い、楽しかったと喜ぶ者より顔が青ざめている者の方が圧倒的に多くより一層不安を掻き立てた
並んで待つ間、次々と生産される悲鳴が嫌でも耳に入る。段々と緊張が高まる二人、額や手のひらに嫌な汗が滲む、そしていよいよ未知の体験へ
係員に誘導され座席に搭乗、身体を固定する安全ハーネスを装着する。ライズライズコースターは八人乗りのアトラクション。今回二人の乗る位置は一番先頭、しっかりしたベルトで守られているとはいえ不安は消えない
空も凛もこれから始まる数分の出来事に身構えていた、そして意気揚々とした係員の掛け声と共に地獄のジェットコースターが出発
「それでは皆様、当テーマパークを高速で駆け抜け一望出来る空の旅へと...グッドラック!行ってらっしゃい」
スタートして、すぐにカーブを曲がり先ほど何度も見た傾斜に差し掛かる。これがまた遠くで見ていた時と違い近くだと恐怖の蓄積値が段違い
カタカタと音を鳴らしながら、コースター山頂まで一定の速度で登って行く。高度はあっという間に観覧車の一番上と同じに到達
凛はたまらず隣の空の手を掴む、空も余裕が無い中掴まれた手を上から覆い握り返す。
一瞬チラッと視線が合い、お互いあまり見たことが無い表情を確認。すぐさま視線を戻し数秒後に訪れる垂直落下に備える。
だが、そんな構えも虚しく人気アトラクションはいつも通りに恐怖のどん底へ叩き落とすのだ
落ちる瞬間。視界が一面の青空からいっきに地面へ切り替わり、速度を上げ垂直に落下
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
先頭二人の悲鳴が園内に轟く、後ろの乗客達も各々違った反応を示す。泣き叫ぶ者、手を挙げて笑う者、目を瞑り声を押し殺す者、更には失神しかける者も...
一気に地上まで降りた後は高速のまま登り降りを繰り返し園内を風を切りながら走行する。一番の恐怖を乗り越えた後だったので、空は徐々に余裕を取り戻し、やがて笑顔で楽しむが、凛はさっきの怖さがまだ抜けず空の手をギュッと掴んだまま怯えていた
高速走行したライズライズコースターは気がつけば、先程出発した時の場所へ戻ってきていた。前にぶつからない様ゆっくりと停車
速度と風で、乗客の前髪は跳ね上がっていた。安全ハーネスを取り外して座席から降りて、ロッカーに預けていた手荷物を取り出口へ向かう
空は笑顔、凛はまだ青ざめている。
「いやー凄かった!!今までで最高に怖かったけど、人気なのが...って凛ちゃん大丈夫!?」
「あっ、うん。だっ大丈夫だよ、ちょっとびっくりし過ぎちゃっただけで全然平気」
よろよろと歩き顔をこちらに向け力無く笑う、いつもの元気いっぱいな大原凛は見る影もない
側に駆け寄り近くにあったベンチに凛を座らせる。空が身を案じた声で言葉を紡ぎ
「ごめん凛ちゃん。僕の我儘で無理させちゃって...待ってて、すぐ水でも買ってくるから!」
言い残しその場を離れる空、凛はその後ろ姿に言葉を掛けようにも彼に届く声量が出ない
「お茶なら持ってきてるよ空兄ちゃん...」
そのまま回復するまで待つ、せっかく自分の為に買いに走ってくれてるので、持参した水筒は出さずに待つ事に
二分もしない内に走って戻って来る空、手にはペットボトルを握っていて全速力で駆け寄った。
「はぁはぁ...凛ちゃんこれ、遅くなってごめん。水無くて迷っちゃって」
手渡したそれは仄かなグレープフルーツ味がするスポーツ飲料水、受け取り礼を言いながらゆっくりと口に運ぶ
「ありがとう、いただきます。...ぷはぁ」
爽やかな後味と酸味が、ダメージを負った身体に浸透する。落下から時間も数分経過した事もあって、顔色はだいぶ回復した。
空もベンチに腰掛け、再度申し訳なさそうに話しかける。
「本当に...ごめんね。」
「ううん。謝らないで空兄ちゃん、私こそごめん迷惑かけちゃって、これありがとう」
言葉を返しながら鞄を漁る。財布を取り出し小銭を掴む、二枚の百円玉だ
「飲み物とっても美味しかった、さっき手思いっきり掴んじゃって跡とかついてない?」
空の手を掴み強引に手のひらに小銭を置く、こうしないと受け取らないのは知っていたからだ。続けて先程掴んでいた箇所を見る。白い肌をしたか細い男子の手首を確認。跡は...どうやらついてないようだ
「うっ、うん。平気だよ」
空は空でいつも見ない凛のしおらしい弱った姿や仕草を見て、どう反応すれば良いのかよくわかっていなかった。
凛が安堵の表情をこちらに向け、そして立ち上がる。
「良かった、それじゃ空兄ちゃんのおかげで回復したから次行こっか」
「あっ、うん。そう...だね」
時刻は十六時より少し前
ここから次の目的地、大観覧車へと向かう
場所は地図で確認するまでも無く大きく目立っていて、そこへは歩き始めてすぐに到着した。
見渡した待機列はこれまでと比較して一番短かった。まだ若干時間帯が早かった事もあって、混雑のピークを迎えていなかった為だ
看板には約三十分待ちと書いてある。おそらく乗る頃には夕日が沈み、景色を堪能出来るだろう
凛は気づかれない様に握り拳を作り喜ぶ、そこへ空が疑問形で投げかけてきた
「観覧車乗るのって地味に初めてかも...別の遊園地だけど何年か前に灯里さんとりっくんも一緒だった時も確か乗ってないよね?」
「うん。その時はコーヒーカップとかメリーゴーランドとか子供向けのばっかだったよ、ジェットコースターも小さくてお兄ちゃんが文句言ってたの覚えてる。」
「そっか、じゃあやっぱり初めての観覧車だ。どんな感じかワクワクするよ」
「私も!観覧車自体は別のに乗った記憶あるんだけど、こんなに巨大じゃなかったから楽しみ」
列に並びながら他愛の無い話をする二人
「乗ってて思ったけど、ここのアトラクションはどれも驚きがあって、大人気なの頷けるし園内にはまだまだ楽しめる要素があって充実してるよね〜」
地図を広げながら喋る空、ドリーミンランドにはアトラクションだけじゃなく様々な催し物がある。夜になれば通路を華やかで煌びやかなパレードが彩り、園内にある噴水広場ではゴージャスでロマンチックなイルミネーションが幻想的な世界を創り出す。
「季節毎に違う演出らしいからパレード楽しみ、もうじき暗くなって、乗り物も昼と違う体験になったりするだろうし全部一日じゃ楽しみ尽くせないよね!」
少女にとって、今回の勝負所は観覧車だが、もし万が一に機を逃した場合は第二の矢を用意していた。それが事前に下調べしたパレード中一面ピンク色で染まる通称ハートタイムに便乗して想いを伝える計画
だが、それはあくまで奥の手
今は乗り込んだ観覧車で、ちゃんと言う事が最重要、何年もずーっと大好きだった人に打ち明ける一世一代の大勝負
決めねばならぬ時が訪れた
順番がやってきて、白色のボックスに乗り込む二人
対面に座りゆっくりと上昇していく、窓から広がるパノラマを眺める空
凛も呼吸を整え同様に外を眺める。
脳内で想定していた瞬間は一番高い位置に来た時だ、この観覧車は十五分で乗り終わるので、まだ七分は準備する時間があった
窓の外に映る世界は全てが美しい茜色に染まり、思わず感嘆の声を止めずにはいられない絶景が...まるでフィクションの中にいるかの様なビューイングに二人も視線を合わさず言葉を交わす。
「わぁ.....凄い、園内も外の町も全部が赤に」
「ほんとだ...普段も見てるはずなのに、高いとこからだと全然違うね。綺麗」
「うん。しかもちょっと時間がずれたり天気が違かったら、こんなにも」
「素敵じゃなかったよねきっと...あのさ、空兄ちゃん。」
視線を窓に向けたまま呼ぶ、少しづつ本題の話をし易い空気を作るべく探っていく
まずは一番大事な確認だ
「空兄ちゃんは...今気になる人っている?」
その問いを受け視線をこちらに向ける空
「えっ、凛...ちゃん?いきなりどうしたの」
窓を見据えたまま、再度訊く
「好きな人、いる?」
口を少し開いたまま息声を漏らして、暫く沈黙が続いた。やがて空が回答する。
「いないよ」
喋ると同時に視線を窓へ
「...そっか」
ずっと知りたかった事実を知れて、気合いが入る。間も無くてっぺんに到達するが、今この流れで伝えてしまおう
「あのさ、空兄ちゃんに聞いて欲しい事があるんだ」
長く窓に向けた視線を大好きな青街空に、真剣な眼差しで
「なに?」
向こうもこちらと視線を合わせる。いよいよその時、緊張で口が渇く、言葉が上手く話せない、それでもひとつずつ紡ぐ
「私、ずっと...何年も前から...あなたの事が、すっ好きでした」
言った、言い切った。一番大事な部分を思わず目を瞑ったまま伝えてしまったが、やっと言う事が出来た。
空の反応は...恐る恐る瞳を開く、目の前にはとても驚いた表情の青街空
「えっと、なんて返せばいいのか...ごめんびっくりし過ぎて」
すぐさま取り繕う凛
「あっ、そうだよね。ご、ごめん。いきなり驚かせちゃって」
「...う、ううん。えーっと、つまりあれだよね。こくはく?してくれてるって事で良かったんだよね?」
「うっ、うん。けど...別に返事は今すぐじゃなくて大丈夫って言うか」
苦笑しながら手を前に出しふるふると振る。
瞬間、空の脳内に幼き日の記憶が蘇る。何年も前、観覧車の中で今は亡き母が目の前に座っていて空の頭を優しく撫でていた
「今すぐじゃなくて大丈夫よ、空は空のスピードで出来るようになるはずなんだから」
泣いていた空にかけられた優しく温かい声、手から伝わる温もり
(そうだ、あの時母さんと僕は観覧車に乗っていて...)
目の前にいる凛の姿が母と重なり、思い出せなかった記憶の続きが再生される。
「あなたは優しい子、その優しさをいつも忘れずに生きてね。私はいつも側で見てるから」
頭の中で何かが弾けた、過去の断片的だった映像をいくつもいくつも思い出した。
瞼から涙が流れ頬を伝う、凛が慌てて声をかける。
「どっ、どうしたの!?空兄ちゃん...大丈夫?」
対面に座っていた空の横に座り可愛らしい柄のハンカチを取り出す。
「凛...ちゃん。ごめん...思い出したんだ」
「思い出したって、何を?」
「いろんな事を、観覧車も僕が小さい時に乗ってたみたいで、それから」
涙ながらに語る口が止まる。
閉じられていた記憶が再び頭の中に...それは思い出したくなかった事故の映像
車の中、後部座席、横には母親がいて心配そうに声をかける。
「もう少しだからね...もう少しで病院着くから、それまで頑張ろう」
空の左手を握りながら、励まし続ける。
(あれ...?これってどういう事なんだ...)
前の席からは父の声が聞こえる。
「もうちょっとだからな!空、お医者さんに診てもらったらすぐ元気になれるから、あと少し辛抱してくれ」
青街彼方と青街雫は必死にこちらを元気づけていて、空が知っている状況と違っていた。嫌な予感が脳裏によぎる。
山道を下る車、外は暗く吹雪いていて視界が悪い、他に走っている車は無い
車のライトと道路照明灯が道を照らす以外に明かりと呼べる物も無く、遠く山の下から微かに光が見える程度だった
ふと車内から外に視線を向けると雪が雨に変わっていた、この時点で記憶の中にいる空が声を上げる。
(駄目だ!これ以上走っちゃ!!父さん母さん!お願いだ...車を停めてくれ)
必死な叫びは届かない、過去に起きた出来事は変えられない
大幅なカーブに差し掛かり、右にハンドルを切る父
しかし、路面凍結して雨で更に滑りやすくなった道路に運転の自由を持っていかれる。
ガードレールを突き破りそのまま車体は下へ落ちた、記憶はそこで半ば強制的に止まり、生々しいあの時体感した恐怖が、現実の空に襲いかかる。
「っあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ...」
精神に重くのしかかり、横にいた凛も動揺
「そっ空兄ちゃん!?」
まるで当時に戻り再び同じ事が起こったかの様な感覚を感じ、大声を出して叫んだ。....そして悶絶し空は気を失った。
垣根トラスト いしげマサアキ @ishige_masaaki_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。垣根トラストの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます