第28話 恋する乙女の心拍数
ブレイヴアドベンチャー出口通路
歩きながら、目を輝かせ凛がはしゃぐ
「凄かったね!ハラハラドキドキが止まらなかった!」
空も乗る前よりテンションが高い
「うんうん!あそこまでリアルだとは正直予想以上で驚いてばかりだったよ!」
「私ロープでジャンプするとことかリアル過ぎて、つい目瞑っちゃった!面白かった!」
「怖かったよね。緊張したもん!しかし今の技術って凄いんだね。匂いとか風とか映像だけじゃない進化が沢山あって」
「さすが人気なだけあるって事だよね。次のも期待がいっぱいだよ〜!」
「だね!次はスクリームマンションだったはずだから...あっちだよ凛ちゃん!」
チケットと引き換えに受付で貰ったマップを開き指差す。
「うん!それが終わったらライズライズコースター!」
ドリーミンランド
スクリームマンション前、時間が進み行列の伸び具合は少し増していた。
アトラクション自体がホラー系という事もあり、並んでいる層が先程よりカップルが多く見受けられる。
待ち時間一時間ほどと書かれたボードを確認し列に並んで順番を待っていると、出口の方から泣きながら出てくる人が目に入る。
それを見た凛が少したじろぎ、様子に気づいた空は
「凛ちゃんが、こういうの乗りたいって意外かも、小ちゃい時はそもそも乗りすらしなかったからさ、ほんとに大丈夫?」
「だっ、だいじょうぶ...なはず、怖がりだったのは昔の話だし、それに一人じゃないから」
強がる。内心進んで乗りたくは無い、それでも意思を持つのは母と兄からの助言を信じていたから
「凛。いい?空に自然に密着したりするには、流れが無くちゃ駄目なんだ。つまり状況をそっちに持ってくって事、それが許されるのは恐怖心がキーポイントになってくる」
「母さんの言う通り、吊り橋効果って奴だね。空がビビるかはわからないが、少なくとも凛が密着すれば意識せざる得ないはずだ!そのチャンスを活かして頑張れ」
...言うのは容易いが、これを実行に移すのは中々度胸がいると感じる。
まぁ凛自身。距離を密着したい欲が勝つので、事前に空へ伝えるのだが、
「先に謝るね。怖かったら腕掴まったりするかもしれない...」
「うん。わかった、でも気にしないで、もしかしたら僕も怖くなるかもだし」
「そうなの!?」
(空兄ちゃんが怖がる...えっめっちゃ見たいむしろ守ってあげたい可愛い)
その姿を想像しただけでも妄想は止まらない、さっきまでの気持ちは何処かへ吹っ飛び、早く乗りたくて堪らなくなった。
「そうだ凛ちゃん。これ乗り終わったら時間もお昼だしどこかでご飯食べる?」
「そっか、もう十二時なんだ!私お店調べてきてるから、空兄ちゃん食べたい物何かある?」
「特には...あっでも、大丈夫なら凛ちゃんのオススメが良いな」
「私の...で良いの?」
「うん。お願い」
「わかったよ!あっそろそろ順番回って来たね。」
アトラクションの入り口まで列が進み、ホラーチックな衣装を身に纏った係員が誘導する。
見たところ自動で動くソファに座りそのまま室内を移動して行くタイプの方式、なるほどこれはカップルが増えるのも頷ける。
密着し放題ではないか、頭の中で兄と母の言葉がこだまする。
吊り橋効果
よし狙おう、怖いかもしれないけど強がり抜いて、空兄ちゃんが怖がるのを優しく包み込めたら最高だ.....などと少女は取らぬ狸の皮算用を考えたまま発車
緩やかに室内を動いていく、最初は軽いレベルの物から、宙に浮く燭台やひとりでに動く食器、表情が変化する絵画、どこからか聞こえてくる子供の笑い声などなど
これでも十分不気味だった。しかしまだ耐えられる。凛も必死に空へ話しかけながらなんとか保つ
「あれ見て!凄い宙に浮いてるよ!どうやって浮かせてるのかな?」
「あれは多分だけど、見えない糸とかなんじゃないかな?光の屈折率で人間の目じゃ捉えられないとか...でも違うかも」
そんな会話を挟みつつ、更に奥へ
ホラー度は段階を踏んで上がるかと思いきや、最強の恐怖は突然やってきた。
意識を前方や隣に向けていた為、気づいた時の衝撃たるや
先に気づいたのは凛。空の方へ一瞬視線を向けた時に見てしまったのだ、上空に漂う首から下がない口と左目を縫い付けられた人間の顔が...ばっちりと開いた右目は血の涙を流していて
悲しそうにこちらを見ている。言葉が咄嗟に出てこないくらい顔が青ざめ思わず空の腕を掴む、何事かと思い空も視線の先を見上げる。
二人が気づいて視線を向けた途端、その漂っていた物はすーっと消えてしまった。
顔を見合わせ唇を震わせる。
「いっ今のって、あれもここの仕掛けだよね。いっ、一瞬びっくりし過ぎて本物かと思っちゃったよ...」
「わっ私も思った。距離近いし不意打ちだし、こっ怖かった...」
言いながら呼吸を整えつい手を掴んでいた事を思い出し取り繕う
「あっ、ごめん。そのつい無意識に掴んじゃってて...」
「ううん。いいよ全然、むしろ掴んでくれたおかげで心強かったし」
「...じゃ、じゃあ腕に抱きついても...良い?」
「もちろんだよ、またさっきみたいのがあるかもだし、遠慮しなくていいよ」
「...ありがとう!」
腕に抱きつく、待ち望んでた密着の時
なんだか良い匂いがする。すぐ近くには空の顔が近くにあり抱きついたこちらに笑顔を向けてきて、思わず心拍数が急上昇
すでに吊り橋効果がどうのこうのとか、考えられなくなっている。鼓動が止まらなくて、まともな状態では無くなっていた
次々と仕掛けてくるホラー要素も、今の気持ちが先行してる凛には全く効かない...っと言うか最早視線は空にしか向いてない
空は仕掛けられた一つずつにリアクションを取るが、その都度さっきの衝撃に比べてどれもインパクトが優っていなかった為、すっかり盛り上がりの山場を超えていた。
そのままピークを過ぎたまま出口に到着、ソファから降りて立ち上がる時も腕に抱きついたままな凛
その状態のまま感想について話を進める。
「いやぁ怖かったね〜。仕組みとかも凄かったし、あんなに行列が出来るのも納得だった」
「うん。怖かったけど楽しかったよ、途中の空中に漂ってた顔は本当に怖かった...でも側に空兄ちゃんが居てくれたから、震え止まったんだ」
視線を凛に向け、空いている右腕で頭を撫でる。
「それなら良かったよ、さてお昼食べに行こっか」
予期せぬタイミングで頭を撫でられ、顔が真っ赤っかになる。幸せ過ぎて頭が真っ白になり抱きついていた腕も離してしまった、嬉し恥ずかしな気持ちのままマップを確認してオススメのお店について伝達する。
「えっと、お昼なんだけど、ここでしか食べられない評判が良いトマトや卵料理のお店があるんだけど...行ってみても大丈夫?」
「もちろんいいよ、トマト大好きだし卵も好きだから嬉しいよ」
ええ知っていますとも、好きな食べ物は網羅しております。それを基準に店選択しました故、ひとまず喜んでくれてよかった。挙げられた店、ル・ルブランテへ向かう
外観は遊園地らしいファンタジックなレストランだが、店内に入ると印象がガラリと変わる。非常に落ち着いた空間が広がっていた、二人は店員に案内され席に座る。
「なんだか落ち着いた雰囲気なお店だね。料理もお洒落な感じだし」
メニューを凛に渡して、自分の分も取る。
「ありがとう、だよね!大人な感じがする。...私このトマトのパスタにしようかな」
「じゃあ僕はこのふんわり卵のオムライスにしよ、あっすいませーん。」
店員が来てオーダーを取る。
「アマトリチャーナを一つと、ふんわり卵のオムライスを一つお願いします。」
かしこまりました、しばらくお待ちくださいと言い残しその場を離れる。
先程頭を撫でられた余韻がまだ残る中、次に考えていたのはまたしても兄母の助言。
「一日いるなら昼ごはんは必ずあるだろうから、出来るだけ調べといて、空の好物を把握しとけよ凛。食べ物一つでモチベーションが変わるから大事だからな」
「加えて付け足すなら無理に合わせに行かないで、出来るだけ自然に気を使う感じも忘れちゃ駄目、空に勘付かれたらあの子は優しい子だからね。」
...上手くやれただろうか、幸い向こうが、店の選択をこちらに委ねてくれたから良かった。ふと空の表情を見るとメニューを見て目を輝かせている様にも見える。
可愛いなぁ、ずっと近くで見ていたいなぁとにやけていると声をかけられ
「凛ちゃん見てこれ!このいちごパフェとっても美味しそうじゃない?こっちにはトマトを使った珍しいアイスまであるし!悩むなぁ」
食後のデザートをもう選んでいる。気が早いなぁ可愛いなぁと内心思いを募らせながら
「せっかくだからパフェもアイスも注文しちゃお!悩みはどっちも食べれば解決だもん」
「流石にどっちもアイス乗ってるし、お腹壊しちゃう気がする...でも確かにどっちも興味あるし」
...これはひょっとしたらチャンスなのではないだろうか、息を吸いあくまで普通を装いながら放つ
「じゃあさ!私も食べたいしどっちも注文して半分ずつってのはどうかな?」
半分ずつと言った瞬間。空の顔がパァっと明るくなって前のめりな態勢をとる。
「ほんと!?それなら凄く嬉しいよ!ありがとう凛ちゃん。」
ありがとうはこちらの台詞、なにせこれで意図した狙いの確率が跳ね上がるのだから...店内を見渡せばちらほら凛の狙いと同じ光景が視界に広がる。ここならロケーションも相俟って自然に、ごく自然に実行出来るだろう
厨房の方から店員が皿を二枚持ちこちらへ向かってくる。品物が完成した模様
「お客様お待たせしました。アマトリチャーナとふんわり卵のオムライスでございます。」
二人それぞれ目の前に置かれ、凛が追加注文を伝える。
「すいません。追加でいちごパフェとトマトジェラートをお願いします。」
店員は注文を復唱すると、礼をし移動した。
「さぁ、じゃあ食べよっか」
「うん!いただきます」
空はスプーンでオムライスを口に運び、凛はフォークを使いパスタを巻いていく
「んっ、これ美味しい!」
「ほんと!?こっちも絶品だよ空兄ちゃん!」
「うーん。凛ちゃん...良かったらなんだけど、一口交換しない?」
来た来た来た、狙いが来ました。待ってました。興奮気味に受け答え
「もちろんいいよ!じゃあはいどうぞ」
凛がフォークで巻いたパスタを空の口元へ持ち上げる。所謂一般的な、はいあーんの形だ。恥ずかしさを伴いつつの攻めの姿勢
だが予想外だったのは空が何の躊躇もなく、パスタにかぶりついた事
「...うん!美味しい、トマトの酸味とベーコンの塩加減が絶妙だね!!」
顔が真っ赤になったのは凛。そこに何の気なく更に拍車をかける一言
「凛ちゃんありがとう!これ、はいどーぞ!」
スプーンですくったオムライスを凛の口元へ、湯気が出るんじゃないかと錯覚するくらい火照り緊張する中学三年生はゆっくりと口を開け食べる。
「どう?美味しいかな?」
「.....」
幸せ過ぎて言葉が発せないので、ひたすら頷きを繰り返す。こんなあっさり簡単に達成出来るなんて、思ってもいなかった。
そこからの会話はあまり覚えてない、デザートが運ばれて来て、それも一口ずつ交換して至福の瞬間だったのはかろうじて記憶にあるのだが...店を出るまで凛の頬は紅潮しっぱなし、昼を済ました二人は人気アトラクション。ライズライズコースターへと向かう
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