結論から言うと、現時点で鎮火とか考えられないっていうか、夢のまた夢って感じだった。


 我が鯉江中学校の屋上は表向きには立ち入り禁止となっているものの、柵もされていて特に危ないわけでもないため、屋上へと向かう階段を上がる生徒を教師が見つけてもあまり咎めない。というわけで、俺たちはいつも屋上で飯を食っている。

 言ってるうちに今気付いたけど、グーグルマップのヘリとかが昼間に空撮しに来たりしたら写っちゃうんじゃなかろうか。しばらくの期間、俺らがアホ面ぶらさげて談笑しながらメシ食ってる光景がストリートビューに乗ったりしちゃうんじゃなかろうか。

 おいおい勘弁してくれ、この情報化社会に自分の顔が写った写真が拡散されることがどれほど恐ろしいことか。某チャリで来たプリクラも出版社が無断転載して無限に広まって収集がつかなくなったらしいからな、大手検索エンジンの地図アプリで世界中の誰でも俺の顔を見れるようになっちまったような日には、俺は長めのザイルで輪っかを作って天井から吊るすね。

 にしてもインターネット社会のことを『相互監視社会』などと例えるネットニュース記事があったが、実に言い得て妙だな。何か粗相をすればすぐに特定だの住所見つけて嫌がらせだの、おっかない世の中になっちまったもんだ。俺なんてまだ生まれて13、14年くらいしか人生を経験しちゃいないが、大人が昔の時代はよかった、とか言ってるのはなんとなく分かる気がするぜ。


「なに話逸らそうとしてんだ。俺の学級崩壊作戦案、どう思うのかって聞いてんだけど」

「黙れ。口の中にモノ入れて喋んな。こっち向くなツバ飛んでるんだよ気色悪い。あと学級崩壊どうのこうのって質問に対しては全部『どうでもいい』で回答するからいちいち聞いてくるな、アディオス」


 昼休みになって屋上に向かう階段の途中、恭史郎は先の学級崩壊計画について何やら色々くっちゃべっていたのだが、俺は聞く耳持たない。持たないったら持たんのだ。

 恭史郎が雄弁に計画を喋り、ミゾレが興味深そうに……というよりは、子供の戦隊ヒーロー妄想を微笑ましく見守る母親のように、ウフフと笑いながら聞いている中。俺が何を考えていたかと言われれば、せいぜい昨日の残りの生姜焼きをお袋が弁当に入れてないことを祈っているのみだった。

 起も結も聞いていないがどうせ起承転結常識論理的思考物証検証、色んなものがポロポロ欠けすぎてカドケシのようになってしまっているだろう恭史郎のその計画案とやらは、意外にもミゾレには好評を得たようだ。


「ニワカくんもちゃんと聞いてあげなよ。意外としっかりした計画だよ?」

「しっかり、ってどれくらいだ」

「えーと…………湯豆腐くらい?」

「……箸で割れちゃうじゃないか」

「あははは」


 ミゾレミゾレとまだ本名すら紹介していない人間のニックネーム呼称を何度も用いて申し訳なかった、紹介しておこう。

 ポワポワしてるような凜としているような、ちゃんとやれば優等生なのにテストで一問ズレて大損こく感じの雰囲気を身にまとった少女の名は、霙十子みぞれ じゅうこ。友達からはミゾレとか、トウコとか、じゅっちゃんとか呼ばれてるそうだ。俺はミゾレって呼んでる。

 ちなみにテストで一問ズレて大幅減点されたというエピソードは、中一の二学期末テストで本当に起きた話だ。この時ばかりは彼女のポワポワした笑みも消えてメソメソと泣いてしまい、いやはや慰めるのが大変だったなぁと鮮明に覚えている。

 さて、恭史郎のような男前モテ男ならまだしも、何故俺のような偏屈で屁理屈で鬱屈な非モテ野郎がこんな女子と毎回の昼飯を一緒にするようなコンタクトを持てているのかと聞かれれば答えは簡単。恋愛に飢えた思春期男子みんながときめくあの三文字をみんなで唱えてみよう、せーの。

 バルス。

 ……ではなく。

 つまり俺とミゾレは幼馴染なのだ。つっても幼稚園で結婚の約束を交わしただとか、片方はヤクザの息子で片方はギャングの娘で昔日のあの日交わしたザクシャインラヴ、みたいな羨ましいエピソードは一切ない。誰かタイムリープマシンを作って三歳のクソガキだった俺に現在の俺を上書きしてくれ、次はもっと上手くやってみせるさ。


「よーす、部活のミーティングから戻りましたよーっと」

「あ、アキ!?」

「アキちゃんやっと来たー!ね、ね、玉子焼き交換しよ?」


 と、俺が本日何度目か分からない0泊0日現実逃避の旅から帰ってくると、昼休みの食卓を囲む4人目の生徒が到着しなすった。恭史郎がアキの登場に驚いているのが少し気になるが、まぁこんな気狂いの一挙一動一表情を気にしていては飯が不味くなる。ただでさえデロデロにタレがかかった、作った本人すら大爆笑しながら失敗作だと評した生姜焼きの味に辟易しているというのに。

 さて、アキとは秋葉桜子あきは さくらこ。中学二年生にしてそのパワー・コントロールは高校生並みとも言われており、すでにいくつかの団体及び高校から声がかかっているらしい、女子テニス部のエースだ。

 一年生の時に恭史郎と付き合っていたとかいう噂が囁かれているが真偽は不明。そのことを聞くといつも困ったように口角を下げるのみで恭史郎から聞き出すことはついぞ叶わず、最近ではつとめて騒がれるような話題でもなくなってしまった。

 ゴシップニュースや恋愛の話をこねくり回してあれこれ想像することは悪趣味なことだと分かってはいるのだが、こればっかりはいつの日か真実を知りたいものだ。恭史郎のような変質者をどうして好きになったのか、そして恭史郎のような変質者が何故人を好きになったのか。


「昼休みにまで呼び出しか……運動部は忙しそうだな。どっかの馬鹿みたいに学級崩壊の妄想なんかしてる暇ないだろ」

「ん、学級崩壊?ニワカ、なにそれ?」

「えっとね、紫暮くんがー……」

「うおああ、お前らやめろ!ストップストップ!!」

「ああん?」


 俺たちが今までの経緯を秋葉に説明しようとした途端、恭史郎が柄にもなく血相変えて俺たちを止めた。

 今まで恥ずかしげもなく俺たちに『計画案』とやらをひけらかしてきた癖に、秋葉には言えない……何か、俺たちには知られてもいいけど秋葉には知られたくない、そんな気難しい『何か』があるのだろうか?

 にしたって、秋葉からしてみれば、俺たちには教えてくれたことを自分だけ口止めされているという状況は決して面白いものではないだろう。ましてや……さきほど語った噂を差し引いても、なんとなくこの2人、恭史郎と秋葉には、微妙な距離感というかよそよそしい感じがある。

 何があったのか、何もなかったのか、だけど些細な会話の一文がトリガーになって変な空気になるって感じの。

 こういうのなんて言うんだ?地雷?


「あ……ううん、いいよ。嫌なら別に、教えてくれなくて」

「………………………………」

「………………………………………………………」


 秋葉の眉を下げた笑顔が痛々しい。どうやら今回も恭史郎は『地雷』を踏んでしまったようで、なんとなくやるせない、中学校の昼休み休憩に似つかわしくない非常に重苦しい空気が立ち込める。

 秋葉は前述の通り微妙に傷ついたようでちょっと俯き加減だし、恭史郎はそんな秋葉の様子を見て『やっちまった』って感じで額に手を当ててるし、ミゾレはおろおろして俺の制服のスソを掴んでくるし。……俺はそんな空気をできるだけ見て見ぬふりして粛々と箸を動かすし、生姜焼きのタレが他のおかずにも染みてて不快だし。

 …………なんだよ。俺がなんとかしなくちゃいけないのか?

 秋葉にこの空気を修復させるのは流石に酷すぎるだろうし、かといってこの空気を作ったのは恭史郎なんだからお前がどうにかしろ、ってのもまぁムリな話だ。ミゾレはずっとオロオロしてるし。

 やれやれ……中学2年生の男子になんて難解な問題を出しやがる。

 『この空気を和ますような発言』はなんだろうかとしばし考えてみるも、まぁ俺の頭の出来なんてたかが知れてる旧世代OSなわけで、しばらく悩んで思いついた言葉が「好きな食べ物はなんですか?」だ。ボキャブラリーが貧相なのか国語力が貧相なのか社交性が貧相なのか、俺は自分のアタマのどの管轄に文句を言いに行けばいいんだろうね。ちなみに俺の好きな食べ物はチャーハンでーす。


「………………………ニワカくん……」

「………………………………分かってるよ」


 ついにはミゾレに手を握られて、懇願するように小声で呼ばれてしまった。

 ……仕方がない、これはある意味『逃げ』とも言える選択だが……。


「あっ、忘れてた!!」

「…………………?」

「恭史郎、お前掲示物係だよな?こないだの掃除の時、いらなくなった掲示物は邪魔だから捨てろってウエダが言ってたから、今日の帰りの会までに処分しとかないと愚痴られんぞ」

「あ、ああ……分かった、今からやるよ」

「じゃ、俺ら教室戻るから!」

「うん、分かった。頑張れー」


 社交辞令的な秋葉の応援を背に、俺と恭史郎は逃げるように屋上から下りる。途中心配そうな顔で後ろを振り返る恭史郎の背中を軽く叩きながら急かし、うるさい足音を立てて階段を駆け下りた。

 ……うーむ、成功っちゃ成功なんだが。ちょっとわざとらしかったかね?

 とにもかくにも教室に戻……るのは得策じゃないか。どこか人目のつかないところに行くべきだろう。何故秋葉に計画のことを隠すのか、聞いておかなくちゃならないからな。

 ああそうそう、言わずもがな、さっきの掲示物云々といったアレは純度100%の嘘だ。バレてなきゃいいがな。

 とりあえず屋上の階段を下り、「中学校で人目につかない場所は?」というお題目のアンケートを取ったならば多分ベスト10くらいにはランクインしてくれるんじゃなかろうかと希望的観測もできなくはない、それぐらい人目につかない場所、3階エレベーターホールへやって来た。

 着くなり、恭史郎はひどく脱力して壁に背を預け、座り込む。


「……で?なんで秋葉には計画のこと言わないんだ?」

「………………………聞くのか」

「当たり前だろ。秋葉だけが、お前のクッソ痛々しい中二妄想を聞かされなくて済むなんて不公平だからな」

「………………………」


 恭史郎は俺以上に深く重い溜め息を一つ落とすと、髪をくしゃくしゃと……搔きむしるというよりは、不器用な奴が纏めた毛玉のように、ぐっちゃぐちゃにした。

 こいつがこんなに狼狽えるのを見るのも珍しい。大阪に雪が積もるくらいのレアさだ。


「…………今回の学級崩壊計画、お前は馬鹿らしいと思ってるかもしれないけど、俺は割とマジに実行する気でいる」

「はぁ………………マジに、ときたか」

「だから、その計画に秋葉を巻き込むわけにはいかない。……ましてや、片棒を担がせるなんて絶対にできない」

「そりゃまたなんで?」


 秋葉は運動部特有のノリの良さがある。恭史郎が『学級崩壊計画』なんて賑やかでドンパチなことを考えてると知ったら、喜んで自分から手を貸すだろう。


「だからだよ。秋葉は喜んで俺の話に乗ってくれる。……『学級崩壊計画』なんて、関わってるとバレたら後の経歴に大きなキズを付けそうな話にな」

「……………………」


 なんとなぁーくだが話が見えてきたような気がする。


「お前も知っての通り、秋葉は将来有望なテニス選手だ。……昼休みの時にお前が自分で言ってたこと、覚えてるよな?」

「……インターネットの普及で、この日本は相互監視社会になっている」

「そういうことだ。どんなに優れた人間でも、過去に大きな問題を起こしていることが分かれば、周囲の人間は嫌な顔をするだろう。

 アイツは本気でテニス選手を目指してる。数年後、アイツが有名になったときに、もしも『中学時代に友人らと学級崩壊を企てた』なんてニュースが世間に広まったりしたら……」

「人生ぶち壊しどころじゃないな……下手すりゃ数年、世間のありとあらゆる人間に後ろ指指されまくる」


 イマと昔、学生を取り巻く環境も大きく変わった。

 ふざけてバイト先の冷蔵庫の中に体まるごと入ってみたり、地下鉄の線路の上を歩いてみたり。馬鹿なことをして『内定取り消し』『懲戒免職』『本名と住所が特定され流出』『退学処分』など、速攻人生バッドエンドコースにギアチェンジされるのが現代だ。

 インターネットなどのない時代に悪ふざけをしたとして、そこにあるのは『被害者側』と『犯人側』だけの対立関係。しかし現代では、被害者と犯人の他に、圧倒的不特定多数の『第三者』が加わってくる。

 犯人の悪ふざけを徹底的にこき下ろしたコメントをSNSに書き込む者、犯人をネタにして馬鹿にして悦に浸る者、行き過ぎた批判や意見を疑問に思い擁護する者、さらにこの事件を面白おかしくした偏向報道を垂れ流して汚い金を得る者、その騒動や口論の中で飛び火的に第二被害を被る者……。

 死ぬ前にウチの爺さんが得意げに話していた大規模学生運動だって、それに参加していたことをネタに脅されたり、内定取り消しを食らったりしていたらしい。秋葉に『中学時代、学級崩壊計画に参加していた』という重すぎる足枷のようなタイムスタンプが押されたら、もはやプロデビューへの道は……。


「だから、秋葉は巻き込まない」

「俺も巻き込まないでもらいたいもんだね」

「お前やミゾレは、どうせ過去の経歴が致命的に響くような就職活動はしないだろ?ていうか、そんな会社に入ったり起業したりする野心なさそうだし」

「……まあ、そうだけどさ」


 そういう問題ではない気がするが、どっちにしろ俺はその計画とやらに参加しないしミゾレも参加させない。悪いが人生転落逆境無頼別室コース行きへは一人で堕ちてくれ、あいにく俺は賭け事が苦手なんでな。


「ていうか、なんでまた学級崩壊なんか思いついたんだよ?前々から創作物に影響されやすいヤツだとは思ってたが、ここまでとはな。悪いことは言わないから今聴いてるオザキのCDを全部売っ払って、ブルーハーツを聴くことだ」

「……………………ま、形式的な復讐ってやつさ。兄を殺した犯人を、同じ方法で殺すようなもんだ」

「ああん?殺した?」

「例えだよ、例え。まぁ、学級崩壊は俺のコダワリなんだ。断じて中二病なんかじゃあねぇ」


 そうかそうかそりゃよかったな。ところで6次元空間とフラクタルとの関係性についてどう思う?

 どうって聞かれても困るだろう。それが今の俺の気持ちだ。

 突然何を言い出すかと思えば、復讐だ殺すだ兄だ、だと?んなテコ入れ失敗して4週先に打ち切りが決定した駄作ドラマが無理やり付けたオチじゃあるまいし。これも中二病なのかね。

 俺が割とマジにこのいかれトンチキの将来を心配し始めたところで、紫暮恭史郎こといかれトンチキさんは、自分の中で何やらリセットしたような神妙というか奇怪な面持ちでこちらをお向きなすった。


「ニワカ。……学級崩壊に関わるのがイヤなら、せめて、イジメを止めるのだけでもやってみないか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る