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「ホントつまんねーよな、うちのクラスって」
黒板消しクリーナーの乗った机に腰掛けて、
恭史郎はべつだん『不良』とか『ヤンキー』とか称されるタイプの人間だというわけではない。恭史郎はべつだん髪を染めているわけでもないし、制服なんかは俺より整った着こなしだと言える。成績だっていいし、俺の目と常識と頭の作りが正しいのならば、容姿もいい方だと言えるだろう。ムカつくことに。
そんな優等生要素のカタマリのような人間が言う言葉にしてはいささか粗暴だ。だが俺は……紫暮恭史郎という人間を知っている俺は驚くことはない。
「どうしたってんだ?クラス替えの時には『まぁまぁアタリのクラスだな』とか呟いてたじゃねぇか、今さら何か不満な点が見つかったか?」
「それはこの学年のほかのクラスと比べてアタリだ、って意味だ。日本中を見渡せばこんなクラス、中の下以下のつまらねぇクラスだよ」
「日本中を見渡してどうすんだよ。片っ端から日本中いろんな学校のいろんなクラス調べ上げて、これなら面白そうだぜって気に入ったクラスに転入でもするつもりか?」
「例えばアレ見てみろよ」
「話聞けや」
全く俺の話に聞く耳を持たない恭史郎に若干イラつきながらも、多分このまま粘っても話が進まないだろうから一応従う。恭史郎がアゴでしゃくった方向は教室の入口側の隅の方……黒板側の左端にいる俺たちから見て対角線上だ。
3時間目終わりの休み時間という教室外に何かをしにいくには窮屈な休憩時間、クラスメートたちは次の授業のために寝溜めしたり隣の席の同性と無駄話に花を咲かせたりしている。
がしかし、恭史郎が指したそのポイントではそんな呑気な空気は一切なく、俺たちのような物好き以外は、そのエリアにだけは関わりたくないと見ないフリを決め込んでいる。そこでは、メガネの小柄な男子生徒が、大柄な不良男子2人と腰巾着っぽいチビで瘦せぎすなヤツ1人、計3人のガラ悪い連中に囲まれて不定期的に大小さまざまの暴力やら嫌がらせやらを受けていた。不良男子たちと同じグループなのだろうか、不良たちが多少腕を振り回しても危なくないくらいにちょっとだけ離れて、虐げられるメガネ男子を見てケラケラと笑う女子2人。
俺のように正義感が欠如している人間がこういう光景を見ていて真っ先に思うことといえば、せいぜい「俺がイジメのターゲットじゃなくてよかったな」ってくらいなもんで。最近では、そんな感想を抱くことに対して特に疑問も自分に対しての失望も抱かなくなってきた。
では恭史郎はどうなのだろうか。抜き打ちチェック気味に表情を覗いてみると、許せないと憤るでもなく、俺のように仕方のない犠牲だと傍観することもなく、一度見たそこまで面白くないコメディ映画をもう一回見ている最中みたいな顔してた。
あいつらに聞かれたくないのだろう、声を落として喋りだす。
「イジメひとつ取っても面白くない」
「不謹慎だぞ」
「不謹慎なことを考えようが考えまいが何もしないなら一緒だろ。……でだ、
「どうって……。んー、『遺憾に思う』ってのが建前で、『俺がイジメのターゲットじゃなくてよかった』ってのが本音」
「凡庸だな」
「平和主義者だ」
「俺の感想としては……『生ぬるい』『見ていて面白みがない』だ」
……恭史郎の本性が出始めた。
もっとも、本人には自分の本性を隠す気なんてサラサラないのだろうが。
「不謹慎通り越してんぞ」
「だって見てみろよ。殴る蹴る程度の暴力、頭悪そうな暴言、そして何より許せねぇのは、隠れもせずに堂々とやってるってことだ。ただでさえ地味なイジメなんだから、もっとコソコソ陰湿にやればいいのによ。あのメガネもメガネだ、周りにクラスメートいっぱいいるんだから声上げるくらいしてみろって話だろ」
「お前はどっちの味方なんだ」
「面白い方だよ。あのメガネの家を爆破したりするぐらいの面白いイジメをしてくれるんならイジメる側の味方につくし、逆にあのメガネが、いじめっ子に復讐するためにRPG-7持ってきてぶっぱなす、みたいな展開になったらイジメられる側につく」
「ようするにお前は爆発が起きりゃなんでもいいんだな」
「そしてこれよりもっとつまらねぇのが……アレだ」
「だから話聞けや」
そうツッコミながらも恭史郎の指す方向を律儀に見てしまう自分に溜め息が出てくる。溜め息をするたびに幸せがこぼれていくという話をよく聞くが、この溜め息のせいでおととい親父と一緒に勝った春爛漫宝くじがハズれたらこのアホに損害賠償を請求することは可能なのだろうか。
まぁそんなオモシロ可笑しい事態に巻き込まれたら、当の恭史郎は原告である俺たちの向かい側の被告側席で大笑いしながら裁判を楽しんでいるのだろうが。
そんな想像する価値のない妄想は置いといて、はてさてはてさて、イジメのことを『つまらない』と切り捨てた恭史郎が、イジメよりももっと『つまらない』と思うのはどんなもんなんだろうか。
期待に胸を膨らませながら(誇張しすぎた)、恭史郎が次に指したポイントを見ると、イジメが現在進行形で行われているところから少し右に視線をずらしたところだった。無駄にもって回った言い方をしたせいで俺のほうが混乱してきたので普通に言っちゃうと、教室の後ろ側のドアを出たところ……廊下だ。
2組での授業を終えた無精ひげの男性数学教師、もというちのクラス2-1の担任であるウエダが通りかかった。位置関係的には、まず目でもつぶっていない限りイジメの現場を必ず目撃できるし、あの距離なら殴られた時の低い呻き声だって聞こえてもおかしくないはずだ。
さあ、イジメが発覚してお説教タイムに突入でもしてしまうんだろうかと野次馬心が呼び覚まされる思いでいたのだが、ウエダは今現在いじめられてる真っ最中のメガネ男子と一瞬目が合ったが、それをなかったことにしたいのだろう、慌てて首を振るようにして目を逸らした。
そしてそのまま……気のせいか、歩くペースを少し早めて、何事もなかったかのようにスタスタと革靴の音を響かせて階段を降りていってしまわれた。
……見ないふり。
「…………ははーん……。これはまぁ、たしかに『つまらない』わな」
「そういうことだ」
「んで何か、お前はこのクラスからイジメを無くしたいと?若しくはもっと面白いイジメにしたいと?」
「いや。このクラスを学級崩壊させたい」
「………………………………………………」
「みんな教師の思い通り、社会の倫理通りに忠実に動く木偶人形ばっかしだ。ニワカ、お前も含めてな」
「その呼び方はやめろって言ってんだろ」
ニワカ、とは認めたくないが俺のあだ名だ。久しぶりにこの呼び方に抗議してみたが、最近では恭史郎以外の周りのヤツも面白がってそう呼び始めたので、もはや抵抗する気もない。
苗字と名前の一部を接合して作った単純極まりないセンスの欠片もないあだ名である。こんなクソニックネームを作り晒したアホは即刻訴訟されるべきだろう。宝くじの件と合わせてソイツは2件の裁判を抱えることになるわけだが。
「イジメがあって、担任がなんかいけ好かなくて、進級して2週間足らずなのにもうクラス内カーストが出来上がってる……普通すぎる!こんなクラスはつまらねぇ!」
「普通でいいじゃねぇか、ちょっとは妥協を覚えてくれ。まずは漢字練習帳1ページまるまる使って延々と綺麗な字で『妥協』って書け」
「みんな教師や大人や倫理的社会的な目を気にして生きてる。教師でさえ、『生徒のイジメが発覚したら自分は終わりだ』って考えに支配されてる。ちっぽけな
なんてつまんねぇことか!外面がいいヤツばっかりだ!形は整ってるけど中身がスッカスカのミカンばっかりだ、ひと思いに腐ってるほうが、人様に迷惑をかけて周りも腐らせるクソみたいなミカンのほうが6
「……………………………………………………………………………………はぁ」
疲労というのは大体気付けば溜まっているモノなのだろうが、俺はこの時ばかりは、一瞬で肩こりが生じて、一瞬で徹夜2日分の疲労を体内に溜め込んでしまったような不快な感触を覚えて、静かに眉根を揉んだ。エナジードリンクの領収書をコイツ名義で切って買っても文句を言われる筋合いは無いだろう。
チャイムというのは鳴ってほしくない時に限って鳴るくせに、こういう時にはまったく鳴ってくれない。現代人間社会ならこんなヤツ速攻で解雇処分だ。俺はいったいあと何分この妄想ともガチ計画ともつかない与太話を聞かされにゃならんのか。
「ああ、学級崩壊と言ってもみんなが暗い気持ちになるような学級崩壊じゃあないぜ。もっとこう、アレだ。スクールカーストをぶち壊すような……」
「スクールカーストの枠とは全く関係ない次元を秒速200メートルで動いてるようなお前が、いったい何が不満でスクールカーストをぶち壊すんだよ?」
「そう褒めるなよ」
「褒めてねぇよ、俺の人生史上最大の侮辱を君に捧げたよ」
「何かこう……惰性じゃなくて、いつも何かしら面白いことが起きてる学校にしたいんだよ。水面下で世界征服が進行中とかそういうレベルのさ」
「……………俺の意見なんかその辺に生えてるシロツメクサ並にどうでもいいんだな、お前にとっては」
やれやれを300回リフレインしたものをひき肉状にしてふんだんに使用した苦味たっぷりの溜め息が口をついて出る。
ここまで無気力にウンウンと聞いてきたが、ここへきてスパークアンドショート!割とガチで限界症状である。マジで発狂する5秒前。
痛々しいとか不謹慎とか馬鹿らしいとかそういう表現ではとても追いつかない。コイツと真っ当に対等に議論するにはアッパー系のヤクを2キログラムくらいキメなきゃやってられねぇんじゃなかろうか。
今までも何やら問題を起こそうと燻っていたり未遂だったりで大変だったが、なんというか今回の恭史郎から感じられる熱意にはこれまでにない本気のナニカを感じる。
学級崩壊などというけったいな目的を共にしようものなら、俺のクラスでの立場も内申点も、うちの祖父ちゃんの如く粉々の粉骨にされちまう。どうにかして学級崩壊計画を開始前段階でやめさせるか、それができなければせめて俺が巻き込まれないようにしなければ……。
だが俺の凡庸な言葉を、このイカれトンチキ野郎が鵜呑みにして「そうだな、馬鹿なマネはやめておこうか」となるかと言われれば疑問が残る。ていうか十中八九そうはならんだろう。
くそ、ラプラスの悪魔なるものがこの世に存在するなら、どうか俺が危機を免れるために必要な選択を計算で導いてくれ。
「……なぁ恭史郎よ」
「なんだ?」
「最後に読んだ小説は?」
「小五の時に読書感想文のために読んだ『人間失格』」
「もっと本読め、ていうか小五の時からんなもん読んでるからロクでもない人格形成になるんだよ。……えーっと、本読んでないなら、最近見た映画とかは?」
「実写版ひぐらしのなく頃に」
「…………オーケイ。じゃあアレだ、最近聴いてる曲はどんなのだ?」
「オザキ」
「はい確定。お前のソレは単なる中二病だ」
恭史郎の鼻先に指を突きつけた瞬間、チャイムが鳴った。
次の時間は理科。授業に遅れてくる生徒には厳しいクセに平気で授業を延長しやがることで有名なマツムラだ。
恭史郎は何か言い返したそうに口を歪めたが、マツムラにどやされるのはゴメンなのだろう、早歩き気味に自分の席に戻っていった。
俺も自分の席に戻る。窓際列後ろから2コ目という好立地だ。
「おい、鐘鳴っとるぞ!席つけお前ら!……いつまで小学生しとる、休み時間の間に教科書とノート開いとくのは当たり前だろうが……」
出席簿に記録をしている間、マツムラは延々と愚痴を言う。これがパッパと書いてしまえばいいものを2,3分かけるから始末が悪い。授業が始まっても着席していない生徒なんかよりずっと時間を無駄にしているといい加減気付いてほしいもんだ。
だいたいこの愚痴も、最初のうちはまぁ、ウザいにしてもそこそこちゃんとスジは通っているものなのだが、後半を過ぎると八つ当たりみたいになってくる。
「チッ……こないだのプリントを返そうとしてるのが分からんか?ちょっとは自分から手伝おうとしたりせんのか?生徒の立場だろう?」
…………な。
ま、提出物を忘れたり授業中に目立つようなマネをしない限りは個人に対して攻撃してこないので、俺のように地味で目立たない一般生徒からすれば『カモ』だ。
言われたとおり教科書を開くマジメな生徒を演じながら、俺はぼんやりと恭史郎の言っていた計画について考えていた。
いじめがつまらん、それを見て見ぬフリをする教師もつまらん、スクールカーストをぶち壊して学級崩壊だ!という、こんなのを計画と読んだら軍師官兵衛が激怒して平成の時代に攻め込んできてもおかしくない低レベルな代物だが……このまま行くと俺は、その『低レベルな代物』の片棒を担ぐハメになるわけで。
恭史郎みたいに、創作物の『やれやれ系主人公』に影響されたわけじゃないが、この状況での俺の心情を最も端的かつ分かりやすく言い表すとしたら、やっぱり「やれやれ」というこの言葉に尽きる。
この4時間目が終わったら昼休み、恭史郎のヤツはあの調子だと絶対に俺に何か言ってくるだろう。
こちとら内申点がかかってるんだ、そうやすやすとお前のアホ計画に協力してやる気はないぜ。俺を買収したいならハーゲンダッツ2ダースでも持ってこんかい。
まぁもっとも、具体的な計画なんてひとつもできちゃいないだろうし。
恭史郎も、一通り妄想とそれを語るのに満足すれば鎮火してくれるだろう。
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