「クソガキィ! 生意気なんじゃコラ!」


 傷口に、靴の裏の味が滲んで、熱くなる。

 右頬には、冷たい地面の感触。左頬には、熱く苦しい痛みの感触。

 体全体を蹴りまくられてほとんど感じることをやめた体の代わりに、顔面の感覚が研ぎ澄まされていく。今にも飛びそうな意識の中、痛覚と温度感覚だけは、その感度を増していく。

 僕を見下して暴力を楽しむ金貸しの男たちに対して、屈辱や怒りの気持ちなどはとうになく、ただただ、この苦痛が終わるのを、心を殺して静かに待つしかない。そこに感情はなかった。


「アザを残すと面倒だ、そのへんにしとけ」

「いやいやいや……顔にキズ作って、今更アザもクソもないやろ兄貴」

「バカ野郎、この程度なら事故ってケガしたとかで済むさ。最近のガッコーってのはそういうのに無関心だからな」


 その後、倒れたままの僕に向かって借用書を白紙の束ごと投げつけて、その上から痰を吐くと、男たちはドアを蹴り開けて出て行った。

 体じゅうが痛くて、このまま何もかも放り投げて眠ってしまいたかったが、今日やるべきことはまだまだ山積みだ。気力を振り絞って立ち上がる俺に、棚の裏側に隠れていた母さんが、泣きそうな顔で頭を下げてくる。


「ごめんね……ごめんね、コンちゃん……」

「大丈夫だよ、母さん。怪我なかった?」

「親の私が守ってあげないといけないのに……うぅっ……」

「泣かないでよ。僕は大丈夫だから」


 本当は、もうこんな暮らしは限界だと叫んで、全部を壊しながらどこかへ逃げて行きたい気分だったけど、そんな元気もないし、そもそも母親の泣き顔の前で男がそんなこと言えるワケない。

 僕は下唇を噛んで、涙を堪えながら、2階へと上がっていった。

 自分の部屋に着いてドアを閉めると、溢れてくる嗚咽と涙を抑えることはできなくて、ベッドに飛び込んで枕に顔をうずめた。


 いつまでこんな暮らしが続くんだ。


 いつまでストレス解消のサンドバッグにされなきゃならないんだ。


 いつまで苦しめば楽になれるんだ。


「誰でもいい……助けてくれよ……!」



 ………………。


 信仰を恩恵で返すことが私の役目。

 ならばよろこんでこの身を捧げよう。

 信仰に見合った対価を働きで返そう。


 いつも受け取るばかりの恩を、ずっと、いつになったら返せるのかと、機を待ち遠しく思っていた。


「お前の欲しいモノ……しかと承った」



 僕の名前は、恵比寿金毘羅えびす こんぴら


 基本的に、ちょっとマザコンなんじゃないかと自覚があるくらいには母親に対して家族愛を持っているのだが、このゴッテゴテのキラキラネーミングに関しては母親をひどく憎んでいる。

 神様の、それも豊穣や商売繁盛を支えてくれる神様の名前が2つも付いているというのに、見ての通り、不幸にまみれた人間だ。

 僕は3代前からやっているという古い小商店・エビス商店の息子なのだが、出稼ぎでなんとか商店を支えてくれていた父さんが病気で突然死んでしまって、悲しむ間もなく僕と母さんは金貸しに追われる日々となった。

 ときどきうちに来ては返済の催促をし、払えないと僕たちが言うが早いか、日頃のストレス解消とばかりに僕を痛めつける。心身ともに疲弊しきっているのだけど、当然そんな事情は奴らにはお構いなしだ。

 早ければ今日にでも、またうちに、僕を殴りに来るだろう。


 自分でも過労死するんじゃないかとほとほと呆れるけど、そんなナリでも高校にはちゃんと行っている。

 私立輪通学園の学費免除枠にどうにか食い込めたので、成績を維持するために必死で勉強しているんだけど、こちらもそろそろ限界だ。私生活にも学校にもこれだけストレスを溜めていては、いつかあらぬ方向に爆発してもおかしくない。

 夏休みの間はずっと、家の手伝いにバイトに勉強にと、普段学校の授業があるときなんかよりもずっとしんどい生活を送っていたし、現在9月初旬、もう限界がきそうだ。

 せめてもの救いは、学校でいじめられていないことと、何人か友達ができたことくらいだろうか。

 ……なんだか、めちゃくちゃネガティブな自己評価だ。空はあんなに青いのに。


「コンちゃん、おはよ!」

「おはよう、宮野さん」


 宮野美優生みやの みゆき……クラスメイトの女の子だ。

 明るく元気で気立てがよくて友情に厚い、誰からも支持されている『女子高生の模範生』。

 今年の4月の入学当初、父が交通事故で死んでからの地獄のような生活に、病んだように暗かった僕に対しても、親切に手を差し伸べてくれた天使のような人だ。


「って……顔のキズどうしたの!?」

「あーえっと、これは、その……うん。ちょっと仕事でトチっただけだよ」

「…………本当に、それだけ?」

「えへへ……宮野さんは心配性だな」

「もー。どんなことやってるのか知らないけど、無茶しないでよ? 可愛い顔が台無しじゃない」

「……そりゃどうも」


 女の子みたいに長いまつげと童顔のせいか、僕はよく可愛い可愛いと言われる。中学の文化祭で一度、劇で女装をしてみたことがあったんだけど、お客さんたちは最後まで僕が男だと気付かなかったほどだ。

 服装替えただけで、ほとんどウケ狙いだったのに……。

 声もちょっと高いし痩せ気味だというのが、女子化に拍車をかけているようだ。

 僕としては、男なのに可愛いなんてもてはやされることについて、あまり名誉なことでもないし、どっちかって言ったら、男らしいとかカッコいいとか言われるようになりたいんだけど……。


「私もそんな長いまつげ欲しいよー」

「うう……」


 この様子じゃ無理か……。



 昼休み、僕は放送で学園長室に呼び出された。

 扉を開けた瞬間、気まずそうな学園長と目が合う。


「よく来てくれたね、恵比寿くん」

「あの、何のご要件で……?」


 とは言っても、僕の方も、何を言われるかうすうすは気付いていた。

 だから、学園長が僕のことを哀れんで気まずそうな顔をしてくれているという事実が、逆に心に堪える。


「……その様子だともう分かっているんだろうけど。我々学校側が出している、助成金についてのことだ」

「1学期の成績が奮わなかったのは、僕が一番痛感していることです」

「たしかに一般生徒と比べれば良好な成績ではあるが……これからも特待生制度を受けるつもりであれば、ちょっと足りないかな」

「…………すいません」

「君の家庭事情は知っているけど……あくまでもうちの特待制度は、家庭環境の如何に関わらず、一定成績以上の生徒にしか適用されない。慈悲や同情は、あげたくてもあげられないんだよ」


 夏休みが明けてすぐのこの時期、いつか呼び出しがあるだろうとは思っていた。むしろ1学期の間に呼び出しがなかったことを感謝すべきだろう。

 ……にしたって、こんな精神的に参ってる時に言わなくったってなぁ。心の中で、自分の巡り合わせの悪さを笑った。


「2学期も始まったばかりだし……今度の中間からは、心機一転頼むよ」

「……はい、できるだけ、頑張ります」

「うん……まぁ、できれば、『やります』と断言してほしいものだが」

「…………すいません」


 残念そうに眉を落とす学園長に頭を下げて、失礼しますと一声かけて、僕は部屋をあとにした。

 ドアを背に溜息を吐く。


「……全部、ダメダメだな」


 なにもかも、うまくいかない。

 金貸しの奴らに追い詰められているせいだと、精神的にも肉体的にも疲れているせいだと思っていたけど……本当にそうなんだろうか?

 僕は結局、自分では何も変えることのできない人間で、家庭環境を言い訳にして、『自分は本気を出せばもっとやれる』と言い訳をしている、惨めなモノ。

 最近、そんな考えが頭をよぎって仕方がない。

 頑張ろうと気合を入れても空回るばかりで、全てがうまくいかない。自分の心一つとっても、上手くコントロールできない。


「………………帰ろう」


 まだ昼休みだけど……少しだけでも義務を放棄したい。決められた何かに抗いたいだけなのかどうか分からないけど、それでも、今の状態でみんなと一緒に授業を受けることが、とても危険なことに思えた。

 担任の月丘先生に声をかけ、保健室に行き、早退許可をもらった。

 どうやら先生は僕の家の事情を知っているらしく、僕の顔を見るなり、向こうの方から「今日はもう帰った方がいいんじゃないか?」なんて言ってくれた。

 ……そんなに酷い顔してんのかな、僕。心配は嬉しいけど若干凹む。


 教室にカバンを取りに行くと、みんなからもやたらと心配された。

 ちょっと床に置いてるカバンに足をひっかけてフラついただけなのに、救急車を呼ばれそうになったくらいだ。

 ……男のくせに細身なのがいけないんだろうか。そのせいで病弱っぽさが増しているとでも言うんだろうか。

 愛想笑いを振りまきながら教室を後にする。



 早めに学校を出たけど、特にしたいこともないので、まっすぐ家に帰る。

 僕の家は、輪通学園がある万津市から、慶判線に乗り換えて4駅。そのため必然的に通学時に使うのは普通列車なので、ラッシュなどには巻き込まれず、比較的落ち着いて座れるというのが日常の救いだ。

 普通列車に慣れているせいで、前に友達と遊びに行くため急行に乗った時には死ぬかと思った。電車で窒息死したというニュースを聞かないのが不思議なくらい息苦しかったし、肺のあたりが圧迫されて、目的の駅に着いて電車から吐き出された時には半泣きの思いだった。


 やはり普通電車はいい。

 たった4駅なのでそんなにゆっくりとした時間はないが、何もせずスマホを触るだけというのも勿体無い。つい一昨日、顔馴染みの古書店のおじさんから処分品として貰ったビジネス書の続きを読むことにした。

 黒田勝平くろだ かっぺいという、割とみんな名前だけは知っているようなシステム系会社社長。彼が伝授する驚きの経営術……らしい。


 ……一昨日、昨日、今日と、時間の合間を縫って読み続け、ようやく200ページに到達したのだが。


「うーん……い、イノベーション……」


 イノベーションだった。

 ……要するに、この本は元々、読者にシステム系の知識があることを前提に書かれたものらしく、経営にもシステム系にもド素人の僕には理解不能だった。

 200ページまで読んだが、限界だ。仏経を読むほうが、まだ日本語で書かれているだけマシかも。……日本語って言っていいのか知らないけど。

 イノベーションとかコミットとかライフスタイルにマーチャントとか……意味が分からない。昔にいたタレントの喋り方みたいだ。


 母さんも病気がちだし、商店の経営をこれからは僕が支えていかないといけないので、最近はこういう本を読み漁ったりしているんだけど……こんな大規模な会社の経営術、どう考えても役に立たないか。

 これまでで一番参考になったのって、『趣味でOK! 老後の静かなカフェ経営』くらいだしなぁ。僕まだ15なんだけど。


 愚痴っぽく考えているうちに、目的の駅に着いてしまった。



 千森町せんもりまち

 慶判線千森駅を降りてすぐ広がる下町風景。

 千森商店街というアーケード張りの商店街は有名で、よくローカル局のコーナー企画で芸能人が取材とかに来る。

 そのおこぼれがウチの商店に来てくれれば、これほどありがたい話はないんだけども。そもそも普通のコンビニの10分の1くらいの商品しか置いてないオンボロ商店に取材に来たところで、面白みなんかあるわけない。

 そもそも商店街からけっこう離れた位置にあるウチに、ちょっと寄り道なんて感覚でテレビカメラが寄ってくれるわけもない。

 魅力もない、地の利もない、金もない。吉幾三も顔を青くするないない尽くし。


 ……やめよう、店のことを考えるのは。

 せっかくズル休み気味で早退したんだ、今日くらい全部忘れてゆっくりしないと。

 いや、でも家に帰ったら仕事しないとな……いくら疲れてるとは言っても、母さんに全部丸投げするわけにいかないし……。

 か、肩が重いなぁ……。これで家に金貸しの奴らが来てたら、もう本当に限界。


 駅から7分ほど歩くと、家兼エビス商店の前に着く。

 だけど、すぐには入らない。

 それは別に、仕事が嫌で入るのに気が重いということではなくて、毎日欠かさずやっていることだ。


 家の前の小道に設置されている、マフラー地蔵様。

 かすれて読めない文字の書いてある石碑と、こぢんまりとしていながらも荘厳な雰囲気を漂わせる石造りの祠。祠の中に、首のところにマフラーの切れ端が巻かれてあるお地蔵様が立っている。

 僕はいつも、このマフラー地蔵様にお参りしてから家に入ってゆく。

 子供の頃の僕が、冬の日、寒そうだからと言って自分のマフラーを切り、その切れ端をお地蔵様の首に巻きつけた。

 それ以来、僕の身内を中心にマフラー地蔵様という名称が定着していった……らしい。幼少の頃のことだから普通に覚えていないのだ。

 ただそれでも、物心ついた時からこのお地蔵にはいつもお参りしていた。朝に歯を磨くのを面倒臭がっても、夜にお風呂に入るのを嫌がっても、子供の頃から今までずっと、それが義務ででもあるかのように。


「……お願いします」


 何をお願いするというのか、分からないけれど。これも、物心ついた時からのクセである。朝起きたらおはようございます、よる寝るときおやすみなさい、お参りするときお願いします。そういう習慣が、もう染み付いていた。

 春は桜の花びらを供え、夏は冷たい水を供え、秋は紅葉を供え、冬は毎日、ヤカンから熱いお茶を紙コップに入れて、供えた。

 お供え物の定義とか、今でもそんなに知らないんだけど……桜の花びらなんて食べることもできないものをお地蔵さまに供える子供は、僕ぐらいのものなんじゃないだろうか。


 9月初旬、まだまだ残暑は続くが、今日は少し涼しい。こんな気候の中で冷たい水をお供えするのもアレなので、今日学校で友達から貰ったアメを供えることにする。

 お爺さんがくれる感じの特別なキャンディだし、喜んでくれるだろう。


 数秒手を合わせて自己満足に浸った僕は、さて家に入ろうと、身を翻した。


 そして……出会った。


 綺麗なボブヘアーにはどうも合わない、『¥』型の悪趣味な金色バッジをつけた、大きなリボン。胸元を少し開けたカッターシャツの上に、リクルートスーツと銀行員の正装を足して2で割ったような、ちょっと珍しい感じの女性用スーツ。

 そして、ジトっとやる気なくこちらを見上げてくるような、半目に開かれた、黒目がちの大きな瞳。

 失礼にも、和服とかが似合いそうだな、と、初対面なのに思ってしまった。


 うす桃色の唇が、そっと開かれる。


「……いつもお供え物、ありがとう」

「え? ……ああ、いえいえ。好きでやってますから。保存会の方ですか?」

「この地蔵を保存してくれる会などというのは、もうない。名義上は、この地蔵を管理するのは、あそこの廣宮ひろみや神社ということになってるが……近年は地蔵盆すら運営してない」

「地蔵盆? ……お地蔵さまを祀って、子供たちを集めてお菓子とか配るやつでしたっけ。このお地蔵さまでやっているのは見たことないですけど……」

「20年以上前はやっていたんだよ。子供が嬉しそうに飴をかじっていたものだ」

「はぁ……」


 20年以上前?

 冗談じゃない……この子、どう見たって、僕と同い年か少し年下くらいだ。

 なんでそんな昔のことを見てきたように喋れる?


「それは、私が……座敷童子ざしきわらしだからさ」

「…………えっ?」


 ……座敷童子に関しては今はどうだっていい。

 問題は、こいつ……今、


 座敷童子と名乗った少女は、こちらに手を差し伸べながら、薄く笑った。


「創作物でも伝承でも、せめて名前くらい聞いたことがあるだろう? 居着いている家に、幸福を運んでくる……とか、そういう設定の妖怪だ」

「いや、そりゃ知ってますけど……ゲ○ゲの女房見てたし……」

「向○理カッコよかったよな」

「話逸れてますから……。で、その座敷童子がどうしました?」

「お前な、初対面で、しかも今顔を合わせてる相手に、呼び捨てか?座敷童子さんとか、ざっさんとか、わらちゃんとか、あるだろう色々」

「わらちゃんって……。いやいや、何かの冗談でしょう? 自分が妖怪だなんて」

「妖怪の住み着いている地蔵に毎日手を合わせてた奴がよく言う」


 ……また衝撃的なこと口走ったぞ、こいつ。

 このお地蔵さま……マフラー地蔵様に住み着いていただって?


「子供のころにお前がくれたマフラー……なかなか暖かくて重宝したぞ」

「あ! そ、それ……」


 座敷童子がどこかから取り出してきたのは、僕がお地蔵さまに巻いてあげたマフラーの切れ端だった。

 冬が終わるころ、そろそろ外してあげないとなぁと思ってマフラー地蔵様を見に来ると、何故かマフラーが外れているのだ。それも、毎年。

 座敷童子は、マフラーの切れ端をたっぷり12年分ほど取り出して、手のひらの上に広げてみせた。


「せっかく貰ったのに、返すのが惜しくてな……悪いとは思ったが、毎年毎年、お前が回収に来る前に、隠させてもらっていた」

「ほ、本当に座敷童子……?」

「何度もそう言っている」


 こ、混乱してきた……。もしかして走馬灯か何か?

 金貸しの奴らに蹴られすぎて死ぬ、って間際に見てる夢とか……。


「ああ、それだ。今日はそのことで話があって姿を現させてもらった」

「僕死んでるの!?」

「阿呆。……ま、このままじゃ死ぬだろうな。こんな生活続けてちゃ」


 ギクリとした。

 そうか……。この子が座敷童子で、マフラー地蔵様の中に住み着いていたなら、その真ん前にある家の子供の様子くらい、見てないわけないよな。


「違法なまでの利子で苦しんでいるはずだ。それをダシにした理不尽な暴力で疲弊しているはずだ。その疲弊を隠して学校に通うことでおかしくなっているはずだ」

「…………」

「そして分かっているはずだ。こんな生活を続けていたら、いつか死ぬ、と」

「……でも、何もできない……」

「力のないお前にはできないだろう」


 なんだと、と、少しイラっときたが。

 睨んだ僕の目を、座敷童子は正面から覗き込んできた。

 目と目を合わせて、何かの力を送り込むように。



 ひとのことわりは ものをあたえ もらうこと


 しんずることは あたえればもらえるということ


 しんらいとは きたいにこたえること もらったものをおなじかちでかえすこと


 ならばこそ なんじにもらったおんを ちからとかえてかえさん



「――――うぅあッ……!!」


 両の目が、一瞬、焼け焦げるように熱くなる。

 痛みに耐えかねて閉じた視界では、謎の4行の平仮名文字列が踊っていた。


「取引は果たされた……あとはお前の力量次第だ」

「なんなんだ……! いい加減にハッキリと……!」


 ハッキリと、目的を言え。


 そう考えて顔を上げた瞬間……座敷童子と目を合わせた瞬間。


  【恵比寿金毘羅への恩を返すこと】


 青い文字が、座敷童子の頭上に浮かんでいるのが見えた。

 ニヤリと笑う座敷童子に、僕は、呆然として質問することしかできなかった。


「……何なんだ、これ……?」


「虐げられる者へこの眼を贈ろう……」


 座敷童子の頭の上には、無機質な文字列が、【メティス・アイ】と示していた。


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