よぉーく狙って

蛍石 光

よぉーく狙って

 自分にとっては今日が初出勤。

 いろいろと思うところはあるが、あえて触れないようにしよう。考えていることを言葉にすると、良くも悪くも現実になってしまうような気がするからだ。


「おう、新人。なんだぁ?なんだか元気が無いじゃないか。」


 出勤と同時に話しかけてきた先輩がいた。


「あ、先輩。どうも、はじめまして。」


「なんだ、なんだぁ?これから一緒にやっていく先輩に対して、そんな堅苦しい話なんていらないって。」


 そういって『ガハハッ』と大声で笑う先輩。このノリには少しついていけない。


「いや、自分はそういうのがちょっと苦手で・・・」


「そっか、そっか。まぁ、そういうやつもいるよなぁ。気にすんな。お互い色々あるってことだよなぁ。」


 そう言って腕を組み、さらに話を続けてくる。


「新人はな、あそこだ。この部屋の中のちょっと後ろにある席。あそこが定位置になってるんだ。」


 先輩が指差す方を見る。確かに自分と同じような新人がたくさん座っている。


「分かりました。ありがとうございます。」


 そう言って自分の席につく。その席から見える先輩たちの仕事ぶりを見ながら新人たちは自分たちのできることを考えるのだという。


「あ、あんたも新人なの?」


 また一人、声をかけてくる人がいた。女性の新人もいるのか・・・


「ええ、そうです。」


 無難に隣の女性に返事をする。


「そう・・・あなたも大変な時に来たわね。ここは今、すごく忙しいの。だから、次々と新人が入ってくるのよ。」


 その女性も新人なのだろうが、自分よりずっとこの職場に詳しいみたいだ。


「そうなんですか。それはまた、気合が入りますね。」


「そうねぇ。そうは言っても、この仕事って相手次第でしょう?この前にね、結構ぼやいてる先輩がいたのよ。」


 相手次第。それを聞くとせっかく出てきたやる気が削がれるような気がする。


「そうなんですか?」


「そうそう。それに、優秀な人ほどすぐにここから出ていっちゃうし・・・残される方の身にもなれって感じよね。」


「はぁ・・・」


 優秀な人ほど辞めていく職場か。なんだか殺伐とした感じだな。


「それにしても、あんた。結構モテそうな感じだけど、どうなの?」


 女性は口元をあげ目を細めてこちら見てくる。それにしてもいきなり聞いてくるか?そんなことを。


「いやぁ、そうでもないですね。何ていうか、そんな事は考えたことはなかったですね。」


「へぇ、そうなんだね。でも、あんただったらスグに前線に出て、先輩たちと仕事することになりそうね。」


 彼女がどうしてそう思うのかわからないが、前線という言葉が気になった。


**********************


 この職場に来てから早三日。

 前線に出る機会など与えられずに未だ新人の席に座ったままだった。

 初日に話しかけてくれた女性は、つい今しがた、先輩に呼ばれて前線に出ることになった。


「私もついにこの時が来たわね。」


「そうですね。なんだかあっという間でした。」


「何言ってるのよ。あなたが来たのは先週だけど、私はひと月もあそこにいたのよ?暇だったから嬉しいわ。」


 そんな言葉を残して女性は前線に出ていった。もう一度話せる機会があるだろうか。

 この三日間、新人席に座りながら先輩たちの仕事を見てきた。自分にもあんなにハードな仕事をこなせるのか。それが一番の感想だった。


 そして、それとは別に、一人の女性が気になっていた。

 その女性は、毎日決まった時間に現れ、ここをひとしきり眺めていく。そんな女性だった。いや女性というには少し若いか。おそらくは高校生くらいだろう。ここに興味があるのだろうか。

 ここはガラス張りの職場だ。外からも職場風景がはっきりと見える。もしかすると憧れの人がここに居るのかもしれない。そう思うことにした。


**********************


 あの女子高生は毎日やってくる。決まった時間に。

 そして、わかったことがある。

 必ず何かに落胆して帰っていくということ。

 それは、彼女にとって望ましくないことがあるからだろうが、それにしてもどうして毎日のようにここに来るのだろう。

 その点に関しては未だに分からない。いつか自分にわかる日が来るのだろうか。


「あ、先輩。今日からお世話になるっす。」


 そして今日も新人が入ってきた。

 最近の新人は少し尖っているやつが多い。それも自分の身を守るためなんだろう。

 ちなみに俺に初めに話しかけてくれた豪快な先輩は、ついさっき笑顔でここを出ていった。やはり優秀な先輩だったのだ。

 そして、同じ新人だった女性。彼女は前線に出て、スグにここから出ていった。あれほどデキる人を見たのも初めてだった。


「あぁ・・・いや、先輩と言っても自分はまだ新人と同じ席しか与えられていないからさ。あまり先輩とか呼ばないでくれよ。」


「いやいや、何を言ってるんすか。先輩は先輩っすよ。それに俺たちくらいの世代からは体格が良いやつが多いっすから・・・先輩たちには迷惑をかけることがあるかもしれないっす。」


 コイツも少し尖っているやつなんだが、思っていたよりもいいやつなのかもしれない。


「確かに、最近の新人は妙に体格が良い奴が多いよな。男女問わずさ。」


 思わず自分の感想を口にする。


「そうなんすよ。なんか、最近のハヤリってやつなんだと思うんすけどね。でも、こんなんだと結構シンドいんすよ。」


「しんどい?」


「えぇ、そうなんすよ。なんて言えばいいんすかね?良く言えば目立つっすよ。でも悪く言えば見た目だけって言う感じじゃないっすか。何ていうか中身が付いてきていないやつもいるって思っちゃうんすよね。」


 自分で自分たちのことをここまではっきりと評価するのも素晴らしい。


「でも、俺たちの時代に比べるとかなり育ちが良いんだなぁと思うよ。」


 そう、俺たちはそれぞれに個性が強く出ている。それが良いのか悪いのか。それはあの女性が言っていたように『相手次第』ってことなんだろう。


「そうなんすかねぇ。」


 そんな話と後輩としていた。俺は一体いつになった前線に出られるのだろう。後輩に抜かれていくのだけは嫌だ。そんなことを思い始めていた。


**********************


 それから一週間くらい経っただろうか。

 突然の移動命令。とは言っても職場はスグ隣の建物らしい。

 どうやらここと隣の建物はオーナーが同一人物のようだ。今の職場と次の職場の改装を含めての移動ということだ。


「いやぁ、先輩と別々になっちゃうのはツライっすね。」


 そう話しかけてきたのは、例の少し尖った後輩だ。


「まぁ、仕方ないさ。これも時代の流れっていうやつかもしれないしさ。」


 少しだけ格好をつけて話してみる。


「そういうもんすかねぇ。っと、先輩。俺が聞いた話だと、ここには俺みたいな尖った奴らばかりを集めるみたいっす。なんで、先輩たちみたいな方には居心地が悪くなるだろうってことで、別の部署に移動ってことみたいっすけど・・・もう聞いてたっすか?」


 実を言うとその話は聞いていた。簡単に言えば俺たち旧世代を一纏めにして、新世代の後輩たちを前線に送り出したい。そういうことなのだろう。まぁ、クビにならなかっただけマシだと思うことにしていた。


「そうらしいな・・・つまり、自分は前線に出ることなく終わるってことだ。」


「何言ってんすか。んなことないっすよ。先輩ならスグに新しい部署で前線に出ることになるっすよ!」


 後輩の思いやりに感謝しながら、軽く手を降って新たな部署に移動した。


**********************


 新しい部署と言っても内装はほとんど変わらない。前と同じガラス張りだ。強いて言えば、少し古い建物だというくらいだろうか。

 いや、それよりも大きな違いがある。この建物、何故かフロアが四角くないのだ。三角形という歪な形をしている。そして、新人席というものは設けられずにスグに前線に出る仕様になっていた。

 つまり、ここに来たものには後がない。そういうことなのかもしれない。平たく言えば旧世代の墓場みたいなところなのかもしれない。


「やれやれ・・・」


 そう言いながらあたりを見渡す。同じ部署に来たのは本当に色々な奴らばかり。生まれた場所も年齢もバラバラ。ただ、なんとなく愛嬌のある奴らが多い気がする。



 そして、今日も例の女子高生がやってきた。彼女はついさっきまで自分がいた建物をみて、明らかに落胆したような表情を浮かべていた。どうしてなのか理由はわからない。落胆の表情のまま俺の移動した建物まで歩いてきた。そして、彼女の表情が変わる。

 今度は明らかに嬉々とした表情になる。何がそうさせたのか。自分にはさっぱりわからなかった。

 彼女は急に走り去る。本当に何があったのだろうか。そして、近くにいる友人に声をかけて一緒に戻ってきた。


 そして、それと同時に責任者に呼ばれる。


「お前も遂にここを卒業だな。」


 そう言って責任者は手を差し伸べて更に続けてきた。


「どうやら、お前のことを気に入ってくれた人が現れたようだな。」


 そうか。さっきの女子高生が自分のことを選んでくれたのか。

 そう思った瞬間、浮遊感が体を包み先輩たちが通った通路に落ちていった。




「やったー、やっと取れたよ!今までずっと狙ってたんだよねー。」


「良かったね。和美、ずっと欲しいって言ってたもんね。」


「そうなのよ。毎日毎日ずっと見てたんだけど、やっと今日、ここに並んだんだよ!」


「うふふ、よかったね。」


 そう言って和美という少女は可愛らしいぬいぐるみを胸に抱えた。

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